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Dea occisio ーFlos fructum nonー  作者: つつみ
Infirmitatem et Play(衰弱と再生)
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『Cecidit hodie caput ーⅠー』

一行がリンニレースの都である癒都リナテレシアを目指してから、目的地へ辿り着いた頃には既に夜であった。

復讐者は宿を取り、レミエは食料の買い込みに、そしてニイスは、その姿が簡単には知覚されない事を利用し都と女神の拠点である「廷」の偵察に向かった。


ニイスは特定の人物以外には姿は見えず、また声も聞こえはしない。割と喋るニイスからすればやや不便であるかもしれないものだが、復讐者からすれば目的の達成には必須でもあった。




復讐者からは予め「女神に気付かれない様に気を付けて欲しい」と言われている為、ニイスは女神に存在を気付かれぬ様に密かに行動していた。

















(………此処からなら女神にも気付かれはしないだろう)

廷の裏門からならば、女神リンニレースに気付かれずに済む。

(それにしても彼の事について指名手配までされていなかったな、何故だ?)

ニイスは相方である復讐者が指名手配されておらず、情報が出回っていない事について考えていた。


『…女神達が(わざ)と隠滅したのか、いや、違うな。僕が見てきた限りの彼女達なら率先して情報や特徴を世界全土に広めて吊し上げて惨たらしく殺すつもりだろうし、此れは単に女神達から「吊るし上げる必要の無い、取るに足らぬ存在」とでも看做されたかその辺りだね』

全く、女神というものは傲慢なものだ、と軽く溜息を吐いた。然し今回は幸いな事にその傲慢に助けられたと言うべきか。






…兎も角、頼まれた事は済ませておこう。というつもりでニイスは裏門からリンニレースの廷へ入ってゆく。

ーー回廊を仄かに照らす柔らかな灯り、道先を示す様に敷かれた紅の絨毯、全てにリンニレースの意匠が凝らされている。

回廊の向こう側からは中庭が覗く。その様相は旧時代に見られた「日本庭園」の様なものだった。

おまけに池まである始末。



『…リンニレースは随分極端な設計をしたんだね……』

「廷」の外観や内装に反して、中庭は全く真逆な造りになっている事をニイスは皮肉を込めて呟いた。

…ふと、柱の陰から何者かの気配を感じたニイスは、気配の感じる方を一瞥した。




(…不味いな、気付かれたか?)

然しニイスの姿は特定の者以外には知覚されない筈。なのにその気配はニイスの存在に気付いているらしい。

(戦闘能力が僕自身には備わっていない。単身のこの身、唯一出来る事と言えば「対象を喰らい尽くす」事だけ…でも相手が強大な存在なら弱っていなきゃ厄介だし……)

ニイスは逃げるべきか、それとも先手を打って対象を喰らうべきか思案していた。逃げてももしかしたら追い掛けられるかもしれない。喰らうにしても力が強い相手なら多分、叶わない。









ニイスが行動に移そうとするよりも早く、陰に隠れていた気配の方から動き始めた。

咄嗟の行動を取る程の余裕も無く、ニイスは向かってきた気配の方へ振り向いた。

































「■■!!■■くん!!」

『……は?』

ニイスが感じた気配の正体は、随分と愛嬌のある少女であった。

今にも飛び付きそうな勢いであったが、ニイスは驚いて距離を取る。



「その姿!!ちょっと違う所があるけれど、どう見ても■■だーー!」

『……■■?悪いけど僕はそんな名前じゃなくて、ニイスだけど』

「ううん!絶対そう!!…やっぱり、私の事覚えていないんだ……」

目の前の少女は少し悲しそうに俯いてしまった。









(……僕が見えるだけで無く、声まで聞こえるとは…"廷"に居たから女神の類いか?にしても、頭のおかしい奴じゃ…)

少女の様子にニイスは心無しか嫌な気持ちになり、そして何故か面倒なものを感じ取った。

だが、此処に居たという事ならば、もしかしたら有益な情報くらい知っていてもおかしくは無い。…逃げないでおこう、多分追い掛けられる気がする。




『…じゃあ、君が知っている事について教えてくれ。僕の事知ってるんだろう?』

演技だ、演技…ニイスは何とか怪しまれたりしない様に取り繕いながら相手をする事にした。

「うん。分かった。じゃあまずーー」

『おっと、君の話は矢継ぎ早になりそうな気がするし生憎そこ迄されて対応を取れる程僕も出来ていないよ。僕が聞きたい事を答えて欲しい』

「まず」からこの少女の機関銃語り(マシンガントーク)が始まる予感がしたので、遮って上手く誘導する。聞きたい事だけ聞いたら上手く撒こう。

『此の廷の案内出来るかな』

「良いよ。あなたの力になりたいもの」少女は明るく上機嫌で歩み始める。其の表情は幸せの中にいる者の様であった。

























「…先ず此処が大広間。リンニレースが奇跡の力を披露する為に作られたんだって!他の女神様の所にもあるんだよ!」

少女は大広間でくるくると回りながら、笑顔で案内を続ける。

『奇跡の力ね…』

階段の手摺りで頬杖をつきながら、女神の奇跡に対してシニカルな表情を浮かべた。ーーあんなもの所詮は紛い物。癒しを振るい民の傷を癒した所でまた直ぐに傷付けば負担は増えるし、その実を言えば彼女の力によって癒された者は衰弱死する確率が他者と比べて圧倒的に高いらしい。

恐らく、爆発的な早さで細胞を活性化させた代償として細胞が死滅する速度が上がるのだろうと思う。



「…はあ、やっぱりこういう所は好きだなあ。…■■と私だけの二人で、手を繋ぎながら踊りたいなあ。とてもロマンチックで素敵だと思うもん」

対して、大広間で回っていた此の少女は呑気にロマンチックな事を語っていた。ニイスは心の中で愚かだとほくそ笑みながらも、敢えて無言で対応した。

「…ね!■■も、そう思う?」

『……嗚呼、うん、まあ…良いんじゃないかな』

全く持って興味は無いし、其の上こいつとそんな事をするとなると何だか憤死しそうになる。


「もう!!私の話ちゃんと聞いていたの!?」

少女はぷくーっと頬を膨らませてニイスに怒った。傍目から見れば愛嬌もあるし、青年と少女の恋愛模様の様にも見えなくは無さそうである。

…尤も、そんな事を指摘されたら肝心のニイスが怒り狂いそうな気がするのだが。









「…でね、此処が………で、彼処が……!それとあれは…って言うの!!」

楽しげに廷の案内を続ける少女を見ながら、ニイスはぼんやりと考えた。

(…この人物は何者だろうか……)

宇宙の熱量を秘めた髪に、青い宝石の様な瞳、星を散りばめたドレス。ーーまるで「星の乙女」の様じゃないか、と思う。

だが、隣の少女が星の乙女であるという可能性の他にも、女神デインソピアかもしれない可能性だってある。あれも、星の乙女と酷似した特徴を持っているからだ。

…然し、もしそうだとしても、見えているのならば率先して消しに掛かる可能性だってあるじゃないか。


でも僕自身の容姿がこの少女の思い人であるだろう事は確かなのだから、例外的に安全なのかもしれない。これが星の乙女であってそうなのだとするなら、生みの親である女神デインソピアも同じだろうし、もしかしたらシーフォーンすら、有り得る。

















「…で、此処がリンニレースの御所になる所だよ!■■は、リンニレースに会いに来たの?」

くるりと踵を返して少女は問うた。ニイスが少し答えあぐねているとーー









「…あれ、■■■■ちゃん、どうしたの?私の所なんかに来て」

扉の奥の方から現れたのは女神リンニレースであった。

不味い!!と思って咄嗟にその場から離れたが、リンニレースに己の存在が気付かれていなければ良いのだが。


「えっ…あ、えっとね、さっき、■■くんに逢って、それで私、彼の為に此処を案内しててーー」

少女が振り返ると、既にニイスの存在は居なかった。









「…あれ?さっきまで後ろに居た筈なのに……」

先程まで共にいた青年の姿が無い事に気付いた彼女は、酷く落ち込んでしまった。

「ひぃ何それ幽霊とか!?こ、こんな所に幽霊が出るなんて…怖いよ〜」

自身が女神である事すら忘れているのかとでも言ってしまいそうになるが、リンニレースは幽霊が苦手なのだろう。

「■■くん……」

少女がまた俯き落ち込んでしまった様子を見て、リンニレースはそっと寄り添い、少女を優しく抱き締めた。




「…仕方無いよ。居なくなっちゃったならまた探せばきっと見付かるよ。■■■■ちゃんにとって、最初で最後の思い人なんだもの。私は応援してるよ」

抱き締めた少女の頭をその手で静かに撫でる。

「ありがとう…リンニレース……」

少女■■■■はリンニレースの身体をぎゅっと抱き返した。

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