『Somnia plenus ex arce aut defectus』
…復讐者が立ち尽くしている。
「済ませたか、ニイス」
復讐者の冷たい声だけが静寂を引き裂く様に響いた。
『うん。もう終わったよ。後は何度も激痛と死を繰り返すだけさ。中身の無い幻覚に惑わされ続けながら』
ニイスが報復者の剣から出てくる。
復讐者の眼前には、首の無い女神デインソピアの身体と、彼女の首が転がり落ちていた。
"舞台"であった此処ーー空中庭園は灯りを失い仄暗く、今や頼りになるのは星空の明かりと都のライトアップのみである。
「ーー!!」突然、エムオルが慌てだした。
「?」復讐者とエイン、ニイスがぽかんとしている様子に、エムオルは必死になって訴える。
「こ…ここ、くずれちゃうよ。早く出ないと、みんなつぶされちゃう!!」
エムオルの言葉の通り、ゴゴ…と重々しい音を立て廷全体が揺らいたのを二人は感じた。
「いかん、脱出するぞ!!」
急ぎ、廷の範囲外へ脱出しなくては。逃げ遅れれば必然的にデインソピアの後を追う事になってしまう。
一行は逃げ延びている最中、
「可怪しいですね…城の形、しかも規模の大きな廷なのですから、明らかに頑丈でしょうしあの追従者があれ程暴れても何も起きなかった筈ですが………」
エインが首を傾げながらぼそりと呟いた。どうやら悩んでいるらしい。
『……………………』ニイスは何と無くだが、察しがついたらしい。復讐者も彼の様子を見てなのか、漠然と答えが見つかった気がした。
其れよりも。
『ほらほら!急いで!!!!!!!!』
ニイスが煽動する。彼の示した道に沿って走り抜けてゆくと、廷の外、どうやら秘密の通路の様だ。
「彼処か!!!」復讐者達が通路の終わりを目指して走り抜け、そしてやっと辿り着く。
ーー彼等が辿り着いた場所は、廷より離れた路地裏。
どうやらエインの店の近くらしい。
「取り敢えず私の店の中に入って様子を見ましょうか」エインに案内されて店の奥から屋根の上に出ると、都中のライトが一斉にデインソピアの廷を照らしている。
「うっわー、ライトさんがぴかぴか、おしろを照らしてるんだよー」
壮観だと言いたげにエムオルが眺めていた。
「あちらの方は少々賑やかですが」エインの一言で気付いたが、向こうの方は何故か賑やかな様子であった。恐らく、廷の様子が可怪しい事に気付き、集まってきたのだろう。
「あ、おい、あれ見ろ」
復讐者が改めて三人を促す。三人が復讐者の言葉に従って廷の方を見続けていると、廷は突如として崩れ、粉塵が舞った。
ものの見事な倒壊振りである。下の方から綺麗に崩れて、デインソピアの夢の城であった彼女の廷は跡形も無くなってしまった。
「地震も無いのに全壊が凄まじいな」復讐者は笑うどころか酷く呆れている。成程、欠陥住宅もいい所だ。
「そう言えば」エインがふと何かを思い出して語り始める。
「実はデインソピアの廷内に侵入中に少しだけ色々と見ていたのですが、何もしていないにも関わらず爆発してしまいましてね」
危ない所でした、と彼は言う。…そして、遂にエインも廷が倒壊した理由に気付いてしまった。
「嗚呼、そうか……彼女は国籍こそ私達と同じでしたが、異人でしたね」
エインの表情がほんの僅かだけ緩む。恐らく、少しだけだが呆れつつ笑っているのだろう。
冗談には疎い方である実直な彼が、珍しく冗談に触れて笑った瞬間でもあった。
ーー星の女神が、星の乙女が夢見た現世離れの御伽の城は、全壊しても可怪しくは無かったし更に爆発する物に溢れていたらしい。
証左として主亡き今、彼女の夢の城は役目を失ったかの如く綺麗さっぱりと崩れ落ちてしまった。
彼女にとって、星の乙女にとって夢の都であった星都が、彼女の長い夢から目覚めた時でもあった。




