『Cometes occisionis』
「此の太矢を身に受けると、対象は忽ち麻痺してしまいます。麻痺毒でして、先ず最初に対象の脳を侵し、そして全身に影響を及ぼす。…ずっと昔には脳梗塞や脳卒中の原因とまで云われたものです。処置を施せばある程度無事ではありますが後遺症が残る事もあります」
「無論、手遅れになれば死は避けられませんがーー」
エインは自分が撃った太矢の正体を打ち明かすと同時に、こんな事を言った。
「まさか女神にも効果があるとは思いませんでしたよ。少しだけ改造は致しましたが、身体の一部を溶かす作用まで出るとは」
エインはゆっくり、双眸を閉じた。
「…どうだ、苦しいか。彼奴の改造品だ、只では済まんよ。お前の体内は矢の毒で臓腑が溶かされている事だろう。」
復讐者は彼女を見下ろしながら歩んで来る。復讐者の足音が一歩近付く度にデインソピアは小さな悲鳴を、碌に動かせられない口から発した。
実に滑稽だ、とでも言われるのだろう、と彼女は復讐者の顔を自らの顔を懸命に動かして見ようとする。
ーー嗤っていた。
一見言い様の無い恐怖を感じた時の彼の表情と変わり無かったが、其の中にある本質は先程までの自分や、大好きな姉ちゃんことシーフォーンや他の女神が下等な人間達へ向ける嘲笑と同じであった。
「…怖いか?私がそんなにも恐ろしく見えるのか」
彼はまるで女神の心の内を見透かした様に言葉を綴る。
「此の姿は死神みたいに見えるものな。先程まで猛威を振るっていた貴様が無力化されて、今度は踏み躙られる側になったが、どうだ、お前が。お前達がこれ迄人間達にしてきた事と、形こそ異なるだろうが何一つだって違いは無い。今お前を嬲るだけ嬲れるが私はしないさ。お前がエインの放った太矢で苦しみ藻掻く様を傍で見ていてやろう」
彼もまた淡々とした様子で語ってゆく。
ーーデインソピアは復讐者を初めて恐ろしい存在だと思った。彼の黒い姿が、命を刈り取る死神の様に思えてならない。彼の蒼く燃える冷たい瞳が自分の苛烈な火柱を凍てつかせてゆく。自らに毒の矢を撃った者とは更に抑揚の無い声が、まるで残忍な処刑の宣告の様。
「……っいあ、ひにはくあい、やは、ひにはくあいっ…!!」
デインソピアの身体は殆ど動かせられなくなっていた。
にも関わらず復讐者から逃げ出そうとする。其れも、全く以て無意味でしか無かった。
「ーーしぶといな、臓腑を毒に蝕まれ溶かされてもまだ声は出せるのか」
復讐者はデインソピアの傍から離れない。
「………少し教えてやろうか。何故貴様の星が二人によって破壊され、そしてこうなったのか」
既に知っているだろうが敢えて話してやろうーー
敗因なんて驕り高ぶり過ぎた存在に自覚出来るとは、彼は思っていなかったらしい。
「…原因は"星"だ。完全女神態の時のお前は星を纏う。我々は其処に着目した」
さも当たり前かの様に彼は続ける。
「あれだけの星を沢山携えるのだからには、お前自身に"引力"が発生している筈。斥力であれば我々が不利になっていたかもしれないが先ずお前は「星の女神」だ。煌星……完全女神態にもあるが、フェイシンシャオニュ…だったか。アレはお前の国の言葉で「煌星の少女」という意味だろう?」
彼の言葉を聞いた時、女神デインソピアは全てを悟った。
ーー利用したのか。
星を周りに留める為に発生させていた引力で、本来なら其の儘戻ってくる筈が無い三節棍をブーメランの様に扱えた。
そしてエインの弓も、彼が元々狙撃手として優れていたからこそでもあるだろうが、敢えて大きめの星を撃ち砕いたのも、きっとーー!!
「…此の世界は人の道から外れたお前達によって魔法が使える世界になったが…"あの人"の知る限りではお前は理系だったそうだな、そして宇宙や天体関係の知識を有していた……正しく其の姿こそ理想の体現だろうと思う」
「天体に纏わる奇跡を得たが、実際は理知を選んでいたか。永い時を其の儘の「女神デインソピア」として振る舞っていたのを変える事等最早叶わなくなってしまっていた癖に、矢張り自身の全能感に酔いしれていたか」
驕り過ぎて自分の本質すら忘れてしまったか、と吐き捨てる。
「……っゴボっ、かハッ……わ゛だ、わだじっゴプ、っは」
「まだ弁明するか、愚者め」
彼は嫌悪を露わにして、血の混じる吐瀉物を吐き散らす女神に眉を顰め、そして剣を向けた。
「最早貴様は救いを得る価値など無くなった。報復者の剣によって永遠の罰を受けろ、夢想と苛烈の女神デインソピア」
黒い剣の切っ先を女神の目の前に向け、其の刃を首に静かに当てる。最早女神の両眼からも赤い血が涙の様に溢れ落ちる。
復讐者が大きく腕を振り上げた後、彼女の舞台に骨肉を切断する音が響き渡ったーー




