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Dea occisio ーFlos fructum nonー  作者: つつみ
Dura et somnia(夢想と苛烈)
54/91

『Deo meo』

……遠くから彼女の魂を呼ぶ誰かの声。

其の声は魂を引き寄せる様な、力強いもの。

僅かに希薄である事から、其れが長い時間の中で忘れ去られかけてゆき掛けていたのだろうと、彼女は憶測する。




(ああ……あなたは誰でしょうか?)

レミエは目を閉じて問う。

『嘗て人が神と呼んだモノで、内側に居るあなただ』

声の主は抑揚の無い声で答える。

『あなたは私を呼んで、望み、求めました。望む者の手を払う様な事を誰がするだろう』



レミエは心の中で言葉を紡ぐ。

(では私の為にあなたが?)彼女の疑問は尽きない。

『あなたがあなたを求め、私を思い出しただけである』



()()()よ、あなたは私を思い出した。だから応えよう。時間は少ない。征きなさい』

声の主の言葉は意味深長だったが、レミエの心に染み渡る様に届いていった。ふと、レミエの意識が何処かへ引き込まれそうな感覚に陥る。まるで声の主に背中を軽く押された様に、レミエの意識は元に戻ってゆく。

















































「ーー()()()さん!!」

聞き覚えのある男性の声が名前を呼んだ。

光景が変わる。冷たくて、ほんの少しだけの明かりしか灯らない、現実の空間。

「ーー……お待たせしました」()()()何時に無く静かで、鈴の音と共に立つ。



「其の姿は…」

エインが問う間も無く、

「ガァァァァァァアッ!!!!!!!!!!」ファロナーがレミエに向かって飛び掛かって来た。

覚醒めた彼女の、大きな力に気付いたのか。


それとも亜獣としての本能がレミエを殺せと突き動かしているのかーー

「!!」レミエは向かってくるファロナーへ向かい無言のまま素早く印を結んだ。

「グルァアアァァァァァ!!!!!!!!!!」

「はああっ!!!!!!!!」印を通し、掌に込められた力を以て、迫る亜獣に掌底を喰らわす。

















彼女の掌底をまともに喰らったファロナーの身体は、掌底を受けた部分が大きく凹んだと同時に爆発し、ファロナーの身体は見るも無惨な肉塊となった。

「……………………!」エインとエムオルは彼女の素早い立ち振る舞いとあのファロナーがあっさりと斃されてしまった事にただ脱帽する。

「ば…ばかなー」エムオルがまるで巫山戯たギャグの様な言葉を言いながら驚いている傍ら、エインは大きく目を見開いているだけであった。

(あの方にそんな力があるとは……)エインは静かにレミエの力に驚きながら。









































「……ユイルさん、」

()()()がユイルに改めて向き直る。彼女もどうやらエイン達の様に、レミエが追従者であるファロナーを斃した事に驚いている様子だった。

レミエを見据えるユイルの虚ろな眼は、驚きに見開かれていた。



「私は貴女を助けます」

彼女は真摯に立ち向かう。

『……己を信じなさい』ふと、レミエの脳裏に先程聞いた者の声が響いた。


『取り戻しなさい』

『思い出しなさい』


『蘇りなさい』



『救いなさい』









レミエの脳裏より響き、彼女の全てを突き動かさんとする声。

彼女の意思の強さに比例する様に声は大きくなってゆく。


ーーだが、決して不快と思う事は無い。

















彼女(レミエ)という存在の、魂の深い所から湧き出す大きな力が、傀儡の様にされてしまったユイルと対等に渡り合わせる。



()()()の力は、以前程よりも強力なものとなった。無邪気で傲慢な女神の凶悪な計画に利用されてしまった者を救うべく振るわれる。

元々僧兵であったものの武人であるユイル程特化しているとは正直言えなかったが、紡いだ意思と心の強さが臨界点を超え、(やが)てユイルを圧倒した。

























(圧倒されても、戦うのですね……!)

レミエはユイルの持つ胆力の強さに改めて驚かされる。

(完全に助けるには、此れでは足りないのです)レミエは改めて杖を強く握り締めた。"救いたい"と願う彼女の力が、形を伴う。願い続ける限り際限無く力が増してゆく。



其の心に寄り添う様に、杖は透き通った白銀の刀剣へと変化した。

『其れがあなたの想い描いた抗力だ』とーーほんの一瞬だけ先程と同じ声が聞こえた。

「有り難う…私の神様……」

慈しみを孕む、感謝の言葉が呟かれた。









































ーーレミエとユイルの戦いを、エイン達は固唾を呑み込みながら見詰めるしか無かった。

加勢する為に動くべき筈の身体が動かない。…両者の力のぶつかり合いによる余波を受けてか、動かせられないと言うのが事実だ。

あのニイスですら其処から動かず、心無しか少し怯えている様な気がした。



『シーフォーンとは別のベクトルで厄介だよ』ニイスがふと、ぽつりと言う。

「厄介…ですか……確かに、あれは最早神気の類に思えますしね」

ニイスの恐れにエインは宥め共感する。

「………う……………、」

『復讐者…』

「目が覚めましたか」




「…何だ……?何が……………」目覚めた復讐者が状況を把握しようと緩やかに思考を巡らそうとする。

「デインソピアの居城内ですよ。今は彼女がユイルという方と交戦してます。追従者ファロナーは彼女が斃しました」

「彼女…って…レミエ………さんか……」

少し苦しい中、復讐者が状況を理解しようとする。

「ええ」

エインは一言ぽつりとそう言うと、立ち竦んでいた己の身を引き締めて交戦中のレミエに加勢しようと決意する。

其の様子を見たエムオルも、気を持ち直して立ち直した。


「貴方はニイスと休息を取っておいて下さい。正直に言えば満身創痍の今の貴方は足手まといですしね。…ニイス、私は彼女に加勢しに行ってきますから見ていて下さい」

エインとエムオルが復讐者とニイスを置いてレミエに加勢しようと向かう。彼等二人は持っている武器を構え、そして勇み出ようと歩を進めようとした。

其の時、二人の背後から復讐者の声が聞こえる。

















「…ま……、て…エイ…ン」

復讐者は少し苦しそうな声で身内の名を呼んだ。

「レミエ…さんに加勢……するな……………………っ、()()は、彼女の戦いだ…ぞ………」

復讐者はどうやら彼女達の間にある"()()"を理解した様だった。

だからなのか、彼は二人を必死に引き留めようとする。


「……見守ってやれ」

其の言葉の後、復讐者は静かに目を細めて沈黙した。彼女達の戦いを見守ろうとする様に。

























































「ーーユイル、気高な武人よ。…安心しなさい。お前の武功に報い、只今苦しむお前を救いましょう」

神の様相の如き振る舞いをするレミエの優しい空の色が、強く真っ直ぐなものへと変化する。彼女の想いが紡ぎ出した()()の様な力は、ユイルの中に救う女神の悪性を滅ぼす為の鋭利さと強靭な刃を構築し、聖女の黄金は神の依代としての白銀になった。




「ーー!!」レミエの放つ神気が更に大きなものとなった事に本能で感じ取ったユイルが、臆する事もせずに己の拳を強く握り締め、そして構える。

女神の悪性に侵されたと言うよりも武人としての気高い本能からなのだろうか。彼女は恐れ退く事よりも、武人として玉砕するか、或いは己よりも強い者へ対し挑みたいと願う、好戦的なものなのか。

「其の振る舞いと意気は認めましょう…」レミエはほんの僅かだけ、溜息を吐いた。


「…貴女と、貴女と相まみえる事が無ければと、私は思っていました。定めとは、残酷なものですね」

其れでもレミエは覚悟を決める。救うと此の場で誓った事を、何時までも誰かの後ろに居るべきでは無いと決めた事を、果たす為に。

























ーーレミエとユイルが、同じタイミングで駆け始める。挙動はユイルの方が僅かだが早い。彼女達の距離は徐々に近付いてゆく。眼と眼が合う程の距離、レミエの白銀の刀剣が振り上げられた其の勢いの儘、両者は目にも止まらぬ速さで通り過ぎていった。


ーー双方が其の動きを止めている。すると()()()の白銀の刀剣はパキパキと欠片を飛ばし、軈てレミエの黄金の杖に戻ってゆく。

彼女の振るった刀剣が杖に戻りゆく最中、()()()自身の姿も其れ迄の彼女の姿へと戻っていた。

…そして、ユイルの方が膝をついた。

















「……レミエさん!!」

エインが慌てて駆け寄る。レミエは少し疲れた表情ではあったが、穏やかな微笑みを向けてエインを宥める。

「…私は大丈夫です。ユイルさんは?」

ユイルの居る方へ向き直し、レミエは少し急いでユイルの所へと寄る。膝をついてから、ユイルは其の儘倒れ込んでしまっていた。




「ユイルさん……」傍に座り込んだレミエが彼女の身体を抱き上げる。女神の悪性から救う事が出来た筈であると理解しながら、レミエの表情は心無しか物哀しい。

「…ぶじんのおねーさんも、おねーさんも、がんばった、なのに」

エムオルは少しだけ泣きそうな表情で、二人を見詰める。

すると、









「……………………ん、」

レミエに抱き上げられていたユイルが、目を覚ます。

「ユイルさん…!……ユイル……さん…!!」彼女の目覚めに逸早く気付いたレミエが、ユイルを強く抱き締めた。

「レミエっ…さん…痛いです、痛いです……!!」

「あっ…ああ、ごめんなさい!!」

レミエが慌てて腕の力を緩めた。




「ふふ…レミエさん、有り難う御座います」

レミエの腕の中でユイルは柔らかな微笑みを溢す。

「暗くて怖い悪夢を…私の居た国が、エフィサが滅ぼされてゆく光景を見た時の様な…絶望が………女神の恐ろしい顔が、でも…」

ユイルは弱々しくも静かに語り続ける。

「でも……眩い光が、女神の悍ましい姿其のものと、深い闇を払ってくれたんです………女神の言葉は、声は聞こえ続けてはいましたが…正体がレミエさんだと分かった時、無意識に手を伸ばしました」

「無我夢中だったんです。私は…其れでも私の中に残る武への執念と誇りが、女神の言葉を打ち払い、そして私の手は光を背負うレミエさんの伸ばす手に届きました…」



「私は助けられたんです。救われたのです。国からの使命で守り続けると決意した彼女に。武人の誇りすら呑み込まんとしていた恐ろしい女神の闇を払われて」

















ユイルは一通りを語り終え、ゆっくりと目を閉じる。

「…ユイルさん」レミエが彼女の手を優しく握った。幸い、ユイルは穏やかに眠っているらしかった。


「…水を差す事を頼みますが、復讐者(ヴェンデッタ)の治療を願えませんか」

エインは状況を顧みつつ、復讐者の治療を願った。彼がチラリと視線を向けた先では復讐者がニイスの傍で、彼に気掛かられながら座り込んでいる。

「分かりました。すみませんが、復讐者さんを此方の方へ連れてきては頂けませんか?」

レミエは此れまでと変わらぬ笑顔を向けている。




「…すまんな、レミエさん………」連れて来られた復讐者を、レミエの奇跡の力が癒やす。

「お気になさらないで。覚醒して…前よりも此の力を使い熟せる様になれたんです。直ぐに動ける様になりますから」

レミエの癒やしの力は、彼女自身が覚醒し本来の魂の姿を思い出した事によってより強力なものへと進化した様だ。彼女の力によって回復した復讐者が、すくりと立ち上がる。

『復讐者!!』

「おにーさん!!良かった、良かった…だよ」

喜ぶ二人の前に立ち、改まった復讐者はこう告げる。

























































「残るのは女神デインソピアだけだ。奴を討ち滅ぼそうか」

報復者の剣が、僅かに差し込んだ夜の光に照らされた。

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