『Saeva Sophia』
「じゃーん!!綺麗でしょ?改めて紹介するね!!此処は星都ソフィアリア・イル。別名…というか、デインソピアが付けた名前は■■■■ちゃんランド!!この都全てが私の、理想の世界!!」
『……ふうん、そっか…』
ノイズが邪魔をする。もう何度目だろう。彼女の本当の名と思われる所は、ノイズで聞き取る事は出来無かった。
「■■くんが居なくなって、それから私は新しい世界を創ったの。それが、この世界。私の生みの親のデインちゃん…あっデインソピアが私の気持ちを優先してくれたからなんだよ」
『……………』
「本当はデインソピアの世界で、彼女の創作で、此処は彼女が治める所。…だけど、「自分の考えた理想の美しい世界は、■■■■ちゃんのものなんだよ。■■■■ちゃんが全てなの、■■■■ちゃんは■■■■ちゃんであるべきで、■■■■ちゃんは■■くんと一緒にならなきゃ駄目なんだよ」って、言ってくれたの!」
「だから私と■■くんは一緒にならなきゃ。みんな■■■■■を一番だって言ってくれてる。■■くんは、私とじゃなきゃ駄目」
両手を胸に当て、愛嬌ある乙女は夢物語をつらつらとニイスに語る。其の語る事がどれだけ迷惑で、自分本位で、相手の気持ちを蔑ろにしているかはどうやら彼女には一欠片も分かっていない様であった。
『……君は、』
「?」呆れ果てたニイスに、純真で愛らしい乙女の顔が向けられる。
…其の瞳が嫌だ。
…何て悍ましい事だろう。
こんなにも恐ろしい夢は、己の手で終わらせてしまおう。
『君は自分の発言がどれだけイカれてるのか自覚すら無い様だね』
ニイスの精一杯の溜息が漏れる。だが、其れは至極あっさりと辺りの賑やかさに掻き消されてしまった。
此の場に居るのはニイスと星の乙女のみ。然し、彼女の理想の世界が静けさを打ち破り続ける。
「…■■くん?どうして?何でそんな事を言うの?」
星の乙女は、彼の言葉をまるで理解していない様だった。
最早自分の都合の良い言葉しか受け止められないらしい。
ニイスは其のあまりにも酷い造りに、呆れを通り越して怒りすら湧いてくる。
嗚呼、本当に創造主の思いのままに、欲の全てを極め尽くした存在なのだなと、同時に哀れにも思った。
だが、ニイスは星の乙女を決して許すつもりは無かった。
全ての元凶の一つである以上、此の一見して無害そうな存在も報復の対象でしか無いのである。
『復讐者達を先に行かしておいて良かったよ。此処では君と僕の独断場じゃないか。ありのまま、力を振るえる』
「嫌!!私は■■くんと争うつもりなんて無いもん!!!私は■■が好きなの!だから…■■……貴方と…」
『煩いんだよ、■■■■。何度も言ったが僕は君の■■じゃないんだ。これ以上の邪魔も、狼藉も、僕は見過ごさない』
「いやぁ…!■■くんとは絶対に争いたくないの…!!おねがい…■■…私と一緒になって……私と一緒に生きて……!」
絞り出す様な声を、星の乙女は吐き出す。
ニイスの足元に縋り付きながら。
…この女、
矢張り何処までも相手の話は聞かない様だ。
其れが例え、自分の愛する者であってもらしい。
「■■…、お願い!!もう、止めよう!!私と一緒になればデインソピアも、シーフォーンちゃんも、きっと許してくれるよ!!!私と■■が一緒になる事をあの二人も強く望んでるから…!だから貴方だけでも助けられるの!!」
縋り付いたまま離れようとはしない星の乙女、■■■■にただ苛立ちばかりが募る。
『…君が僕の話を聞こうとしないのは分かった』
「話!?お話なら沢山聞くよ!!だから考え直して!!いっぱい貴方のお話を聞くからーー」
『そういう意味の話じゃ無いよ。どうして君は其処まで曲解し続ける?』
「■■くん…?分からないよ……■■…、■■!!!!!」
『……君には酷く呆れた。失望もした、幻滅もした。嫌気が差したよ』
「……っ、………」
乙女の双眸から大粒の涙。
何も知らずに此の場の光景を見たものなら、きっとニイスが悪い奴に見える事だろう。
「ひ…どいよ……私だって、大好きな■■の為に頑張ってきたのに…」
『其れは構わないんだ、でも君は君の意思で相手を思い通りにしようとしていないか。僕にだって意思はある。君と同じ様にね』
「そんなのは分かってる!でも…」
『君は些か自分本位過ぎる。君が■■と一緒に居たい、其れは君自身の望みでもあるけれど君の生みの親であるデインソピア自身の望みであり、彼女は自分自身を君に投影している。』
『ほら、君は僕の事を■■と呼ぶ事もあれば■■くんとも呼ぶ。■■くん、という呼び方は間違い無くデインソピアの呼び方だ』
『…君は、君自身でもあり君自身に自己を投影した夢を見る乙女のデインソピア自身でもあるんだ』
『…そんな奴一人の為に、僕が、■■そのものが靡くものだろうか?』
「……………………」
星の乙女は只静かにニイスを見つめる。
沈黙が双方の間へ介入する。騒がしい程の世界の音と、刺さりそうな程眩い星々を模した光が、二人を囲む。
「…■■くん、」
『おっと、君の気持ちが強いのは嫌な程分かっている。他者を考えてくれ。同じ様に■■が好きだった者達を踏み躙り過ぎた、君には罰を与える必要があるらしいから』
「…私、私は!!」
必死に駆け寄ろうとする乙女の柔らかな手をニイスは取った。
はっと目を見開く乙女。
ニイスの昏い微笑み。
(……何の道、此れには正攻法は効かないだろうし解決も儘ならない。…不本意ではあるが堂々と「彼女の理想の■■」として振る舞おう。復讐者達に追いつく為には仕方無い)
ぐっ、と自分の方へ、星の乙女を引き寄せた。
「……!!」打って変わったニイスの突然の行動に、星の乙女はどきりと胸を高鳴らせ、引き寄せられるままにニイスに抱き留められた。
『………さて、■■■■。さっきまで君の事を沢山困らせてごめんね』
ニイスは鳥肌が立ちそうな気持ちを必死に堪えながら、目の前の愚かな乙女を相手に穏便に済ませようと装う。
「……■■、くん…っ!」
懐かしくも愛おしい人の声に、乙女は彼の身体を強く抱き締める。
「私、ずっと待ってたよ。話したい事がいっぱいあるよ。あのね、…っシーフォーンちゃんが沢山のお金で「■■神社」を造らせたり、物語を永遠に続かせようとあなたの所の偉い人達に沢山のお金を渡して私の物語を公式…?ってものにしてもらおうとか、色々してくれて、デインソピアは■■■■■が公式になって本物になったらいいのにって、ずーっと言ってた。…会社って所の事は叶わなかったけれど、でも、彼女達の願いも、私の願いも、叶っちゃうんだね。嬉しい」
『嗚呼、そうだね。君が嬉しいなら僕も嬉しいよ』
本意とは真逆の言葉を只管紡ぎ続ける。
『…■■■■、君は、どうして欲しい?愛を囁き、語り合いたいかい?それとも、君の純真と貞操を僕に捧げたいとか?』
ニイスは小気味良く星の乙女の心を沸き立たせる。
「…!!あ…っ、えっと、私は、■■と、愛し合いたい。どっちも、したい。■■になら、全部」
顔を赤らめてあらゆる事を想定している。
『ふふっ、初心かと思っていたけど、見た目に合わず積極的な様だね。■■だから、だとか?』
「そっ、それは!!そうだもん!!■■だから私は全部あげられるの!!!」
乙女は顔を赤くしたまま、ニイスの言葉に対して何かを弁明する様に振る舞う。
『…そうか。でも其の前に一番綺麗な此の場で、僕達の永遠の愛を誓い合おう』
ニイスが乙女の身体を優しく、緩やかに傾けさせ、まるで情熱的なダンスを終えたばかりの様な姿勢になる。
■■■■の心は、きっと最高に高鳴っている事だろう。
近くにある彼女の顔は最高にロマンチックで、最高に幸せな乙女の表情をしているのだから。
ニイスが更に身を屈めて、互いの顔が近くなる。
双方の唇が触れそうになった瞬間、ニイスは静かに囁いた。
『さようなら、星の乙女■■■■』
そしてニイスは、星の乙女の身体を報復者の剣で貫いた。
「…っく…!私にも、報復の力があれば…!!」
ーー場所はデインソピアの廷内は広間。亜獣の追従者ファロナーを相手に、思いの外苦戦するエイン。決着を付けて合流を果たそうと焦燥に迫る。
(此の儘では私の方が力尽きてしまう事でしょう、急ぎ此の場を離れ合流を果たしましょう。)
決着を付ける事を取り止めて、エインは復讐者達と合流する道を選ぶ。…然し其の為に此の厄介な亜獣を伴ってしまう事に、彼にしては珍しく苦虫を噛み潰した表情を浮かべながらーー
「何様ァ?私を置いて逃ゲるつモリかよォ!!?」
獣の姿のファロナーが辺りを破壊しながらエインを追い掛けて来る。
「ーー恐ろしくて尻尾を巻いたつもりではありませんよ。状況的に不利と判断したまで。場所を変えましょう」
「あなたの様な図体のデカいイカれた思考の化物相手に私が全力なんて出さなくったって良いのですから……然しまああなたの様な者を配下にしているとは、デインソピアとやらも随分と高の知れた奴ですねえ」
「はァア!!?フザけンな!!!パイせンを馬鹿にスる奴はブッ殺してやル!!!!!!!!!!」
(………乗ったか)
ファロナーがエインの煽りに乗った事を理解すると、エインは更に敵を煽り続ける。彼らしくも無い程に口の悪く汚い罵声を浴びせながら。
そして其の度にファロナーの怒りは増し、自制も利かなくなっていった。
ーーそしてエインがファロナーを引き付けながら走り続けていると、目の前数km程先の方で見知った姿が見えた。
其れが復讐者達であると気付いたエインは、直ぐ様にファロナーの方に向き直し、ファロナーが飛び掛って来るのを待った。
「テメえを潰シて殺してヤルよぉぉッ!!!!!ヒャハハハ!!!!!!!!!!!!!!!」
爬虫類の瞳がぎょろりとエインを捉えた。
獣の動きに、エインは口元を僅かに吊り上げて身構える。
ーー彼は此の時を待っていたのだ。
エインはファロナーの巨体に潰されるほんの僅かな間に、物凄く恐ろしい速さで立ち回った後ファロナーの背後を取って彼女の尻尾を掴んだ。
「残念でしたねえ。獣の殆どは尾を持つもの。あなたも例外では無いでしょう?」
「!?」ファロナーが背後のエインに視線を向け反応するよりも早く、エインは勢いに任せて自らよりも大きなファロナーを投げ飛ばした。
「ギャッッ…!!」尻尾を強く掴まれた上、自分よりも小さな人間に投げられた勢いで回廊の壁に身体の一部をぶつけていた。
ファロナーの身体は回廊の壁を削りながら復讐者達の方へ飛んでゆく。其の勢いは依然として衰えずに。
「復讐者!!武器を!!!構えて!!」
エインは大きな声で叫ぶ。向こう側の復讐者にファロナーの処断を任せる為だ。
彼の声に気付いた復讐者が其の方角へ顔を向けた途端、飛んでくる巨大な爬虫類の姿が飛び込んでくる。叫んだ声の意味を理解した復讐者が、エインから受け取っていた刀剣を構える。
「復讐者さん!!!」
レミエが叫ぶ。獣の距離が近付き、復讐者達に当たりそうになる。
然し彼は仰け反る事も、退く事もせず迎え撃つ。
彼の構えた刀剣が、飛んできた亜獣を真っ二つに引き裂く。
「〜ぎゃああアあああああアアああああアアアああアあああああアあアアああああアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
劈く悲鳴と共に、追従者ファロナーの身体は分断されていった。
「ーー〜っっ…」レミエとエムオルは其の大きな獣の叫び声に思わず両耳を抑え、復讐者も少しだけ眉を顰めたが動じなかった。
暫くしてエインが復讐者達の所へ駆け寄って来る。
「お見事です、復讐者」
「お前は昔からこういう奴だよな……」
「横暴でしたか?」呆れ返る復讐者相手に、彼は何時もの様な堅苦しい表情の儘で応える。
「ま、まあ倒す事が出来たのですし…それにしてもお二人の連携、凄かったです」
レミエは感心した様子で二人の間に入った。
「…とは言え、今ので侵入はほぼ気付かれてしまった事でしょう。急ぎ、女神討伐に行きましょうか」
「ああ、そうだな、早く済ませよう」
厄介事が更に増えてしまう前に。
(ニイスは上手くやれているだろうか………)
復讐者はニイスの行く末に少しばかり不安を抱いたが、決意を更に改めて進む。
ーー一方、エムオルが真っ二つに分断されたファロナーの遺骸をじっと見詰めていた。
「……………………」
「…ど、どうしたんですか?」
「…………これ、」
「???」エムオルの様子に復讐者とエインも振り返る。
「これ、食べれるかなー。おいしいと、おもう?」
遺骸を指差し振り返ったエムオルの口から、涎がだらりと出ていた。
「………美味くは無いと思うぞ」
「でしょうね…多分、食べるとお腹壊すかもしれませんよ」
エムオルに対して、復讐者とエインの、呆れ果てて気の抜けた答えが返ってきた。




