『Et virgo, somnum exterreri solebat ut haeream -Ⅰ-』
時は満ちて、刻限ーー場所を変えて復讐者とエインはデインソピアの廷の尖塔の上に立っていた。
星都の女神の廷は第一の本邸と第二邸の二箇所に別れているらしく、彼等は二邸の尖塔の上から女神デインソピアの居るであろう本邸を見下ろしていた。
下方の星都の光景はまるで夜の星空の輝きに匹敵する程に輝いており、宛ら地上の星空の様であった。
「……………………」
復讐者は下方の光景に、都会の摩天楼の様な感覚を覚えつつエインと共に飛び降りた。
「先に入ったレミエさんととエムオルを追って下さい。私は、一度此処で」
飛び降りている最中にエインが一言そう告げると、陽動するつもりなのか本邸のステンドグラス窓を割って飛び込んでいった。
彼の飛び込みで割れてゆく、星の乙女が描かれたステンドグラスの破片を遠目に眺め、ほんの僅かだけいい気味だ、と鼻を鳴らした後、復讐者もレミエ達の居る場所に近い地点を目指して着地する。
案の定、エインが飛び込んだ方から騒ぎの声が聞き取れる。用心深い割に大胆な行動に走るのがエインらしい、と思いながら。
(エインが陽動してくれている間に…レミエさん達と先に合流せねば………)
復讐者の表情は少し険しくなる。
手早く、知られない様に、的確な場所を突いて己の姿を見た者達を斬り伏せてゆく。幸い敵兵の姿は疎らで少ない。此の調子ならば予想よりも早く合流が叶いそうだーー
後は先の方にある第三大回廊を通り過ぎれば、彼女達の待つ場所まで苦も無く行ける。
デインソピアを相手に取る以上は温存するべき力がある。
だから早くーー
ーー復讐者が大回廊に差し掛かった時、其の先に以前相対した者が、驚きながら彼を見詰めていた。
「ク…ロル……!」復讐者も思わぬ人物の姿に酷く驚く。
そして其れと同時に彼は武器を構えた。
「復讐者…さん……!!」
彼女もまた静かに武器を構えた。ゆっくりと、月明かりに照らされると共に。
両者の間に剣呑な空気が漂う。
一方、復讐者と共に飛び降り、一度別れたエインは、飛び込んだ先で多くの兵と戦っていた。
技師として星都に潜んでいた傍ら、得てきた知識と寄せ集めた素材とを合わせて作り上げた彼特製の使い捨ての機銃を振るい敵兵達の頭を撃ち抜いてゆく。
エインの射撃の腕は恐ろしく正確で、目の前で頭を撃ち抜かれ原型を失ってゆく彼等の姿に臆する事無く、そして確実に屠らんと見据える彼の蒼い瞳に恐れを成す者、怒る者、自らを奮い立たせ目の前の男に挑みかかろうとする者。
どんな者であろうとエインは容赦無く殺してゆく。
彼等に罪こそ無いが、女神の下に属し刃を向けるのだから、仕方の無い事とエインは冷たく割り切りながら。
(……殲滅完了。敵兵戦力の殆どは削ぐ事が出来たかもしれない。後は合流を目指すべきか)
ふう、と一息を吐いて赤くなった周囲を見渡しながら、エインは他の場所へ繋がる道を探す。エインの全身は酷く真っ赤に汚れていた。
(血が………全て終わったら服を替えて洗わなければ…)心の中でそう思いながら何処までも常に冷静に努め続ける。
ゆっくりと暢気にしてはいられない、とエインは先の白兵戦で使えなくなった使い捨ての機銃を捨てて直走り、目的である復讐者達との合流を目指す。
「肝心の復讐者は報復者の剣をニイスに託してますからね…加勢に向かわなければ彼等が駄目になってしまう…」
ーー復讐者は追従者クロルと相見える。
彼女との間に漂う空気に少し冷や汗を流しながら、エインに渡された仮初の武器を構えて対峙する。場合に備えて、そっと銃に手を伸ばしながら。
だが、クロルは武器を下げて思わぬ行動に走った。
「……!?何のつもりだ」
戸惑う復讐者を前に彼女は丸腰になって対話を望んだ。
「…私は今其れ所じゃ無いです。復讐者さん、少し話をしましょう。そうして下されば今回も見逃します。だから…」
クロルは其の儘歩み寄る。
「…だがあんたは追従者だ。其の道を選んだ時点でもう永遠に相容れない。あんたは"追従者クロル"という敵になってしまった」
復讐者は武器を下げず更に身構えた。
…其れを、クロルはほんの僅かだけ眉を下げた後、彼女は復讐者の言葉に結論を得た。クロルの表情はこれ迄の中立的な表情と打って変わって、険しく敵意と殺意に満ちたものに変化する。
「……其処まで。其処まで敵視するのでしたら、ならば復讐者さんは私にとっても敵。歩み寄ろうとしても、駄目ですか」
彼女の表情はまるで彼に「殺してやる」と言いたげでありーー
「私自身の気持ちは見ないのですね」
「己」という"個"を「女神達」という"群"に変えて彼女は遂に対立を選んだ。
「……歩み寄り、と言っても女神達に寄った者としてのお情けの様なものでしか無い癖に大それた事を言う」
対して、復讐者の表情は最も皮肉めいて諦めに満ちたものへ変わる。
「…だが、此れでやっと貴女を殺せる様になったな、あんたは」
「只殺したがりの貴方には其れ以上言う権利などある筈が無い!!!」
彼の言葉を遮りクロルは叫ぶ。
「貴方は只の殺人鬼でしか無いのです。私達も貴方方と同じく意思を持っております。其れを惨たらしく踏み躙る…」
凛とした声を低く、眉を歪ませ、睨み付ける。
「……ならあんた達だって同じさ。群で個を迫害し其の命を絶たせた。個を救おうとしていた事は知っている。けど最終的に迫害する側の群に回る選択をしたのは誰だ?」
「………………」彼の返す言葉に、クロルは黙る。返された言葉が本人にとって都合が悪いものかどうなのか、其れは本人にしか分からないのかもしれないだろうが。
…踵を返して、彼女は背を向ける。月明かりが白い髪を照らす。
「……………………」
少しばかり思い悩んでいるらしく、何かを思案しながら間を置いて。
「ならば、決着を付けましょう。ーー但し此の場ではありません。聖都の方でまた逢いましょう。必ず。約束して下さい」
ーー冷たい声で言い放った彼女の声は、月の明かりすら棘に変えて。




