『Reunion』
さて、エムオルやレミエが別行動を行っている中で、復讐者はニイスを伴ってとある場所へ来ていた。
…と言うのも、かなり前に伝書鳩を通じて届いた一通の「手紙」に書かれた内容を頼りに此処までやって来たのである。
手紙には「星都の外れで技師としてやってるので何れ訪れる機会があれば顔を出して下さい」という一言だけだったのだがーー
『離れだから寂れてるね…』辺りの様子を見回したニイスが如何にも彼なら、と言いたげな様子で復讐者の傍に居た。
「あまり目立つのが好きじゃなかったしなぁ…」対して復讐者はやれやれ、と呆れている。
入るぞ、とドアノブに手を掛け、コン、と鳴らし中へ入った。
「入るぞエイン」
勝手に扉を開き、中へ入る。
ーー其処には誰も居ない。
(?空けているのか…??)復讐者は辺りを見回したり、奥の方を覗き込む。見知った姿は見られない。
『出直したらどう?』
「でも一刻も早く此の都から離れたいのはニイスだろう?変に厄介な事に巻き込まれるよりも此処で待っていた方が安全ではないのか」
其れに対して、確かに復讐者の言う通りだ、とニイスは納得して彼と一緒に店の主の帰還を待つ事にした。
思ったよりも其れ程待たずして、店の主が帰ってきた。
古いながら軽やかな鐘の音が扉の開閉と共に鳴らされる。
「…来客でしたか」扉の方から低く静かな声が聞こえた。エインである。
「突然済まんな」復讐者は一瞥をくれて一言済ませる。
「いえ。店を空けていてすみませんでした」彼の言葉に対し、エインは全く気にせずに返す。
「お久し振りです、ーー…ああ、今は復讐者でしたね。貴方。そして、ニイス」
『大分ご無沙汰だね、エイン』
ニイスが穏やかに返し、復讐者はゆっくり瞳を伏せた。
「今日は店を閉めますので奥の方へどうぞ」
エインに案内されて二人は奥の部屋へ入り、改めて三人で過ごす。
エインが先ず気に掛けたのは、復讐者の容姿。
「そう言えば貴方の容姿変わりましたね。当時とはまるで違う」
「ツブ族の魔術だ。長くは持たん」
「ほう。そういう事でしたか……ツブ族は不思議な種族と聞きますがまさか魔術まで扱えるとは…」
エインの真面目な表情が、尚更真面目になる。
『はいはい、エイン、先ずは落ち着いて』ニイスが真面目に没頭し掛け始めたエインを窘めて軌道を戻した。
「……数年振りだな」
「そうですね。久し振り、とは言いましたが」
静けさが夜の冬の日の様に、三人に積もってゆく様なあの感覚。
親族との再会。
ーーと、これからの話。
「此処に来たという事は…女神デインソピアを殺しに来たのでしょう?」
ふと、エインが問う。
「そうだ。其のつもりで来た。ただあの時みたいに独りじゃない」
「…貴方の醜聞はお聞きしましたよ」
「あれは…出来れば心に留めないで欲しい」
「ほう」エインが一つ溜息を吐く。復讐者が女神殺害に失敗したあの出来事はどうやら彼にも伝わっているらしかった。
彼等の遣り取りは再会したにも関わらず思いの外静かであった。親類の再会ならば話に花が咲くものなのかもしれない。でも、彼等の間には沈黙が差し入ってゆく事が多いらしい。
「…エイン、お前は此処で技術者めいた事をして、どういうつもりだったんだ」
「……………………。」復讐者の言葉に、彼は静かに沈黙する。
エインの、前髪に少し隠れている青い瞳がほんの僅かに揺れた。
「女神デインソピア、そして星の乙女の動向を探っておりました」
エインは低い其の声で語り始める。
「復讐者達にとって厄介なのは…シーフォーンも厄介ですが、…一番厄介ではありますが、………次点で厄介なのはデインソピア、彼女だと思いまして。何より彼女はシーフォーンが一番目に掛けており彼女と共に暴威を振るい易い存在。それにデインソピアは私達やシーフォーンと同じ国の生まれ育ちではありますが元は異人ではありませんか。異人の血もあるのでしょうが切れやすく喧嘩っ早いと、ニイスが仰っていたでしょう」
「其れで私は星都に一時の居を構える事で彼女達の動向を探る事に決めました。此の星都はデインソピアの御所にして、星の乙女教の総本山兼聖地。女神の洗脳の為に在り続ける星の乙女の動きも見れますしね。…私は貴方方寄りですし、何より元々洗脳の類は受けない体質でしたから……」
エインが事の次第を語る。成程、確かにこういう事ならばエインが適任ではある。
「成程な、そういう理由か。でも、出来るならあの時に話して欲しかったよ」
復讐者が少し惜しがった。相変わらず口が固くて、真面目で、静かな奴だ。
「…で、貴方の方でも何かありましたか」
今度はエインが問う。とは言え二人の女神が討伐された事は彼も既に知っているだろう。女神殺害の報を受け取らなかった筈はあるまい。
「うん、そうだな。アユトヴィート接触の事や、クロルさんにあった事とか」
「あの方にですか。…私も嘗ては少しばかりお話したものです。然し、アユトヴィートという方は」
「ああそうか君は■■さんの事はそう詳しく知らなかったな…ほら、滅茶苦茶絵の上手い人で通るか」
復讐者の案外投げ槍な説明に、エインはハッと目を見開いた。どうやら雑な説明でもエインには分かったらしい。
「………あああ…あの方ですか、名前だけなら存じております。戦闘発生しました?」
「いーや。向こうがそもそも戦意無かった。ブッ殺してやろうかと思ってたけど戦意の無い奴を一方的にいたぶるのは趣味じゃ無い」
其処へ合間を縫う様にニイスが横槍を入れた。
『女神は別だろう?』
復讐者は彼の横槍に別段憤慨する様な事は無く、
「事の元凶はある意味では女神だしな。特にシーフォーンだったら例え奴がどれだけ弱っていようが降伏しようが報復するさ」
復讐者は思い出す。
彼奴が"あの人"を利用した上に自殺にまで追いやった事を。
"あの人"に全てを背負わせ、悪人とし、あの人に自己破滅を植え付け、挙句あの人が弁明すら儘ならない様に見事に仕立て上げた、女神シーフォーン、■■■■。
(ーー彼奴だけは永遠に許さない)
復讐者の胸中に、相手へ対する強い怒りが込み上げた。
「……………………」復讐者の強い怒りに対し、エインは表情一つ変えずに沈黙する。
彼の表情は堅苦しく真面目な其れであるが、何処か暗く、物哀しい気がした。
其れに対して肝心のニイスは、気不味そうに眉を顰めてやってしまった、と言いそうな表情である。
『復讐者のデインソピアと(特に)シーフォーン嫌いは昔から知ってはいたけど…嗚呼、言うんじゃなかったな』
「良いんですよ、ニイス。彼はそういう人でしょう」
最も、………の為だとはエインも言わなかったが。
「落ち着いてください復讐者、"あの人"の事に関しては私だって同感です。貴方一人で熱くならないで下さい」
エインが復讐者を窘める。窘められた復讐者は直ぐに何時もの様に戻りアユトヴィートから聞いた事を打ち明け、今後の行動について話す事にした。
「取り敢えず、アユトヴィートから聞いた話では星の乙女が動き始めてニイスを狙っているらしい事だ」
「星の乙女…ですか」
『彼奴、僕の事を諦めずめげず何処までも追い掛けてくるよなあ…何なんだろうあれ。まるでゴ○ブリみたいだ』
ニイスはありったけの嫌味を吐く。
「ご覧の通りだ。ニイスも相当嫌がってる。ーー直接干渉してきた回数が多い訳じゃ無いみたいだが……」
「然し統一宗教の主神と定義されている以上、厄介でしょうね…」
エインはエインで、星の乙女への対策をどうやら講じている様だ。だが彼は、
「ですがニイス、貴方を執拗に追う相手、何とかするのは貴方自身ですよ」
『うえっ…アレを僕が捌き切れと……?』
表情に表れる程の嫌悪感。
「ええ。私達には私達の戦いがある様に、貴方には貴方の戦いがあるべきです」
嫌そうな顔のニイスに、エインは淡々と告げる。
「…っはあ〜、ニイスも逃げられない状態になっちゃうのかー」
復讐者も呆れ混じり、流石にニイスを庇い切れない様子である。
「大丈夫ですよ、肝心の女神達は私達で叩けばいいのですから」
ニイスにはニイスが相手するべき敵がいる。どうやら、エインは星の乙女という存在がニイスでしか制する事の出来無い相手であると見越しているらしい。
ニイスが其の手を振るうべき存在ーー
其れが星の乙女だと言う。
「ああそれともう一つだ、エイン。もう一つはシーフォーンが何らかの動きをしているらしい」
其れ以上の詳しい事はアユトヴィートから聞き出せなかったが、彼女の口振りから瓦礫の聖堂に居た人物と関係があるらしい。
「して、其の瓦礫の聖堂に居た方とは一体誰なのでしょうね」
エインが疑問に思ったが、復讐者は答える事に拱いた。誰であるのかを説明するには先ず聖堂で出会った修道女のレミエについて話さなければならない事、そして彼女と共に行動していたユイルについて話さねばならなかったからだ。
「詳しく話したい所だが……」
復讐者は悩む。然し悠長に説明していられる程の状況とも言えない。
其処で彼は一つ、エインに聞く事にした。曲がりなりにも技師をやっていたのだから、職人伝で何らかの情報位は得ているかもしれないと踏み込んでの事である。
「説明はしたいが…所でエイン、お前は何か聞いたか。最近あった事でも構わんから」
エインは少し考えて、其れからふと思い出した事を話す。
「……職人伝で何かを聞いた事は有りませんでしたが…嗚呼そうだ、ミストアルテルの方から女神の使者を名乗る方が私の所に訪ねていらっしゃいました。"腕の良い技師と聞いて訪ねに参った。女神シーフォーン様がお前を重用したいと仰っている。我々と共にミストアルテルのシーフォーン様の所へ来い"…と」
エインは至極あっさりと淡々とした口調で話すが、復讐者とニイスは内心ヒヤリとしていた。
『ま…まさか君……』
「ええ、思い切り蹴り飛ばして断りましたよ。流石に私も一個人ですからね。顧客は選びたいですし」
「……………………」流石の復讐者も黙る。ニイスはニイスで少し引いている。
『いや、そういう…でも君女神の使いからの言葉どころか使いを蹴り飛ばして断ってよく首が付いてるなあって』
「…ふふ、そうですね。女神の断罪を受けずに済んでいる事に私自身驚いておりますとも。シーフォーンは最も欲張りで我儘、傲慢と強欲の極みみたいな存在ですからね」
少しだけ口元と目を緩ませたエインの表情は珍しい。
「単に奴が餓鬼なだけだろう。お前の首が付いていられたのも奴が子供みたいに気紛れだったからだぜ」
復讐者は心底嫌そうな声音でシーフォーンについて語る。
「まあ、そうとも言いますよね」
対してエインは何処までも落ち着いていた。
「………其れで我々の目的だが。此処に居るという事はもう分かっているだろうが、女神デインソピアの殺害だ」
「…デインソピアまでの攻略は私が先導致しましょう」
エインが、静かに名乗り上げる。
「仲間のエムオルが最短ルートを探してる。だからエイン、もし女神殺しに出るなら別ルートから向かって欲しい。奴とて追従者もきっと居るだろうし、別行動から合流しよう」
復讐者はエインの参戦に少し嬉しそうな表情を浮かべたが、直ぐ険しい表情に戻る。
「了解しました。なら其の様に致しましょう」
エインも彼の言葉を了承し、受け入れる。
「そしてニイス、エインが見越してる通り星の乙女はニイスにしか倒せないと思う。何とかしたいがアレは君が仕留めろ。君自身の戦いだ」
復讐者はニイスに対し一層険しい表情で見詰める。
『……う、っ………分かったよ、…アレは僕が何とかする。アレを仕留めれば事実上世界全土に影響を与えるけど、女神達に大打撃を与えられるからね』
ニイスも渋々納得したらしい。
「…済まんな、本当に」
復讐者の表情はとても申し訳無さそうで、珍しく心配している様に見えた。
『……あああ、もう、僕だって臆病風に吹かれた情けない奴じゃないんだ、やってやるさ』
ニイスの意気込んだ声が、都外れの小屋の中で、二人にだけ聞こえた。




