『Fox faciem covering』
…何処とも知れぬ場所。風が吹き去った後に花弁を伴って現れた女の姿が其処に在った。
「…ふーっ、ちょっと昔たいになってもうたわ、ウチもまだまだどすなぁ」
そう其処まで遣り取りはした訳でも無いが、遠い昔の事をほんの少しだけ思い出した。
復讐者はどうやら"奴"を思い出させるらしい。流石近親者なだけある、と彼女は思っていた。
「あんの暗くて怖い所、ほんまに似てるわぁ…シーフォーンちゃん達に嫌がらせしたってのほんとなんやろなぁ……」
アユトヴィートの顔は僅かな怒りを秘めていた。…だが、彼女の言う言葉は復讐者の動機とは異なり、妙な矛盾がある。
もしも、彼女の此の言葉を復讐者が聞いていたら其の場でアユトヴィートを殺していたかもしれないだろう。
(でも、ウチからしたらどうでもいいんよ、ウチはウチが楽しければそれで…だけど……)
其れから先の言葉を、彼女は態と言い噤む。
心の中で言うにせよ、言葉に出すにせよ、其の先を言ってしまえば心が崩れてしまいそうだ。
「ウチはまだまだ…此処では倒れられへんのや……」
アユトヴィートの双眸が何かの決意に満ち溢れた。
「ふう…然しまあ女神のとうさん達に嘘まで言ってあたんの人に会いに行ったんやし、嘘の通りにあたんの人を出し抜いて色んな情報を持ってきたつもりにならへんといかんしなぁ…」
然し肝心の情報は得ていない上に、寧ろ彼女自身が内部の情報を敵に漏らしたのだ。女神、特にシーフォーンに悟られてしまえば一溜りも無いだろう。
「まあ、相手が相手やし…ウチも無傷では済まなかった上出し抜く事すら出来へんかった、失敗したって言っとけば何とか誤魔化す事は……」
そう言って彼女が一つ視点を向けた先に、一つの岩。
「〜ちょぉ痛いやろけど!!」
岩に向かって駆け出した彼女は其の儘無抵抗で岩に激突する。
物凄い音が響いた後、彼女の身体はごろごろと下に向かって転がって行く。転がってゆく最中で身体中が汚れ、無数の傷が彼女の身体に付いてゆく。
ーーようやく下方へ落ちた後、アユトヴィートはよろめきながらゆっくりと起き上がる。
「くっ…ふ、流石に誤魔化すのは無茶ある……かな」
まだ此れでは足りていない、とアユトヴィートは霞で銃を作り上げる。復讐者が持っていたものと同じものを。
(幾ら幻とは言っても怖いもんは怖いやねぇ…)
震える指先で、アユトヴィートは霞の銃の引鉄を引いた。
ーー銃声すら響く事無く、彼女の行動は成された。
………よろよろと、道無き道を進んでゆく何者かの姿がある。
其の姿はあまりにも異様で、大変恐ろしい。
胸にも、己の頭部にも沢山の銃傷が付けられている彼女の全身にも無数の傷が有り、最も酷い頭は半分が穴だらけで、額は大きく抉れて流血している。
元々着崩していた和装だが、何時に無く酷かった。
(やり過ぎたっぽいなぁ…ま、ええわ…説得力はあるやろ)
ぼんやりとした頭で考える事は言い訳の様だが、考えすら霧散しそうになる程己を撃ち抜き過ぎた事には変わらなかった。
ただ只管目的の場所を目指して歩き続ける彼女の向こう側に、見覚えのある場所がはっきりと見えてきた。
「おっ、ミストアルテルやね…シーフォーンちゃんいるやろなぁ……今頃…」
目的の場所が見えた彼女の声は安堵と僅かな緊張に満ちている。
さて、どうやろうか。
此れから先の事を少しだけ考える。霧散しそうになる己の脳を懸命に纏めて。シーフォーンへの言い訳で何とか誤魔化す事、そして最終的には自分の最も望む結末。
其の為には先ず己は此処まで傷付かねばならなかった。
「ウチの…叶えたい事の為に……利用されてくれな…あたんの人………ふふ……」
ぼんやりと静かに立ちながら、聖都ミストアルテルを見通している彼女の片方の瞳は損傷で少しだけ濁り掛けていた。




