『Parva populo』
此れからの状況を顧みて、備えの無い状態では過酷さに倒れてしまうのが先だろうと判断した復讐者達はエムオルの案内によってツブ族の集落地、ポプル・ビレッジにやって来た。
彼等を歓迎する様にツブ族独自の言語で書かれた看板が立っていた。
ーー『Poplo ma Welca tomm!(ツブ族の村へようこそ!)』
「…意外と広いんだな」
集落地を訪れ、彼等の土地に足を踏み入れた彼は、先ず辺りを見回しつつ其の光景を眺めていた。
長閑な草原に緑の木々、エムオルの様に小さなツブ族が畑仕事や機織に勤しみ、また更に小さな者達は野を駆け回って遊んでいる。土地が広いからか家々は彼方此方に点在する。中には木の上に建てられた家まであるし、巨木の切り株を家にしている者もいるらしい。
ーー木々には赤い果実が実る。林檎なのか、そうでは無いのか定かでは無い。
変わった客人達を饗す為なのか、はたまた好奇心か、幼いツブ族の子供達が集まって復讐者達にもぎ取った果実を手渡してきた。
「たべても、いいよ」
愛らしい姿の子供が大きな目をぱっと輝かせて復讐者を見詰めている。
彼は其の姿に色褪せた懐かしい記憶を思い出す。
「…有り難う」
手渡された赤い果実を其の場で早速口にして、舌でゆっくり味わいながら飲み下す。
酸っぱくて僅かに苦い。
柘榴の様な味だった。
「それね、ここではとーってもゆうめいなのよ」
復讐者に果実を手渡した子供がそう言う。
「林檎みたいだが柘榴みたいな味がするんだな。悪くない」子供の言葉に応える様に復讐者は返した。
ツブ族の子供は、そんな彼の姿と言葉に満足した様だった。
「この先にぶっしをいっぱい持ってるツブぞくの商人さんがいっぱいいるから、そろえた方が良いかもー」
エムオルに勧められて、早速品物を覗き見る。
…凄い、色々な商品が取り揃えられていた。闇市でしか手に入れられない代物ですら其処には当たり前の様に置かれている。
女神達の所で作られたものですら、彼等の「売ってお金にする」という理念一つで分けられる事無く其の場に置かれているのだ。フィリゼンの商人ギルドが運営する市場ですら区画毎に取り扱う商品が異なるというのに。
「あ、もしかしてわかりにくい?」
商人のツブ族が声を掛けてくる。品物の並ばせ方に不満を持ったのだろうと思われたらしい。
気にするな、と手を動かして伝えた。上手く伝わったらしく「好きなだけ見てってもいいのよ」と優しく返された。
「…此れと此れ、あと其処のやつを下さい」
「はあい。合わせて1500りいふぇ、だよ」
スッ、と手を出す商人を前に、復讐者は戸惑った。
「……"リイフェ"?」
「そう。りいふぇ。ツブぞくのお金だよ。ここでは何でもツブぞくのお金じゃないと買えないのよ」
ふんす!と鼻?を鳴らして通貨の話をした商人を前に、彼は各地の通過を小分けにして入れている小箱を取り出した。…"リイフェ"という通貨らしきものは、一銭も無い。
「困ったな」
「どうしたのー」復讐者はの様子を見たエムオルが近付き彼が困っている原因に気付くや手持ちの財布からサッと商人に明け渡した。
「このひと、ここに来るのはじめてだからりいふぇのこと知らないようなんだよねー。ごめんね」
エムオルから事情を聞いた商人が、「ああそっか、そういう事かー」と納得の言葉を吐いて頷いた。
「ごめんね。言っとくべきだっただよ」
しょんぼりするエムオルを見た復讐者は敢えて何も言わず、エムオルの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「おお…」そのまま何処かへと向かい去ってゆく復讐者の後ろ姿を眺め、感嘆の囁きを口にしてエムオルは其の場に立ち尽くしていた。
ポプル・ビレッジの彼方此方を見歩いて、一本の珍しい樹が聳え立つ小高な丘の上に辿り着いていた。
其の樹の姿は女神を殺す旅の最中で、唯一世俗から切り離されたかの様な独自の賑やかさと牧歌的な此の集落の中でより一際切り離されている、と彼は心に思う。
(桜に似ている)復讐者は樹に咲き乱れる白花に視線を送る。此の樹も元々存在した種類の植物とは言えないのかもしれない。
花木である点と、花弁の形は桜に似ているが、花自体が桜よりも小さく細かい。例えるなら霞草の様に小さな花が沢山付いている様なものだろうか。
…其れにしても、眠くなる。
此の集落そのものの雰囲気の所為もあるのかもしれないが、最近は酷く疲れた気がする。
暖かな陽射しと穏やかな風が心地良い。
気が付くと自分が樹の下で横になっている。…そう言えば、女神を二人も殺し、そして長い道程を歩いている。
追従者も数人は殺していた。
自分一人では無く、レミエやエムオルの様な心強い仲間が居たから叶った事だと思う。
…ああ、眠い。
どうして此れ程迄に眠たく感じるのか。
単なる疲れだったとしても、おかしい気がする。
霞の様な花が、心の上に積もる寂しさの様に降りてくる。
ーー何時から此処にあったのだろうか、と考える間も無く復讐者の目蓋は閉じていった。




