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Dea occisio ーFlos fructum nonー  作者: つつみ
Infirmitatem et Play(衰弱と再生)
3/91

『NIS』

人目を憚る様に駆け抜ける黒い影が一つ、女神達の所から抜け出した。

男の外套は猛火の為に少し焦げており、また戦いの所為か所々破れてしまっている。



(矢張り親玉を先に倒そうとするのは不味かった…手っ取り早い方があの人の無念を晴らせると思っていたが……)



改めて、男ーー復讐者は己の至らなさを痛感した。

想い想い、無念への報いの為にと逸ってしまったばかりに、ものの見事に失敗してしまったのである。

本来なら手際良く済ませるものなのだが、女神の実力を見誤った為かーー

















…一方、そんな中で復讐者の帰還を待つ者が、少し離れた場所で佇んでいた。

やや退屈そうにしていたらしい「其れ」は、まだかまだかと復讐者の帰還を待っている様だった。


『それにしてもあれは遅いね…』

待つべき対象の帰還の遅さに、何か異常事態でもあったのではないかと思いつつも、復讐者から「其処から動くな」と言われてしまった以上ただ帰還を待っているしか無かった。




暫くして、待ち侘びていた「彼」こと復讐者が此方へ向かってゆく姿を見つけるやふわり、と其れは寄って来た。

『遅かったね。油でも売っていたのかい』

「違う。…失敗した」



『女神殺しに?』

いきなり?と言いたげではあるが、相手の様子からして状況の全てを察した様だった。何せ所々焦げ付いてボロボロの外套だ、分からない筈が無い。


『あーあ、残念だったね。外套(それ)、形見みたいなものなのに』

「仕方無いよ、あの人の形見だけどこうなったら修繕の施し様が無いしな。…新しい外套でも調達しないと」

復讐者の声音は先程よりも打って変わって穏やかである。

『まあそれは仕方無いね。そうしなよ。あまり目立たない奴の方が良いよ。…女神の頭目を殺せなかったんだからさ』

「其れ」はやや皮肉げでもあり、然し慣れ親しんだ親友へ向ける様な言葉でもあった。

『それに顔覚えられてるかもしれないから、目の色変えるなりしときなよ』

「そのつもりさ。…少しだけ君が羨ましいよ、ニイス」

ニイス、と復讐者に呼ばれた者は、少しだけ目を細くして隣に立つ復讐者を見下ろしていた。

























ーー数日を掛けて女神の手の及びづらい所へ向かった復讐者とニイスは、新たな外套と装備を求めて闇市場へ足を運んだ。

『あの人なら良いんじゃないかな?』

ニイスが指を指した方向に、見るからに気の良さそうな男が座っている。闇市場の中じゃ目立ちそうだが却って信頼も出来そうだと二人は思った。

「新しい外套と…それと殺傷能力の高い武器を幾つか」

「どれ位出せる?」



「…通貨なら大体5000ジャンドラだが……」

「全然足らん。アンタの様な奴が求める武器はまず用意出来ん」

「………。じゃあ旧世代通貨も加算するが。旧世代通貨は円とドルとユーロの三つなら出せる。其々合わせて合計は数十万程以上だ。此れならどうか」

「良し、いいだろう。其処まであるなら寧ろジャンドラは必要無い。此方に来てくれ。とびきり良い奴があるから」

「感謝するよ」

店主の男に連れられて復讐者とニイスは路地裏の奥へ進み行った。











「此処にあるものを自由に選んでくれ。アンタが出した分なら此処らにある武器は五〜八種類程なら選べる。但し其処にある一番高いやつを含めると大体三つ程が限界になるが…」

一番高いやつ。

店主が指を指した方を見ると、大きめの箱が其処に置かれていた。店主に許可を取って箱を開けると、恐らく旧時代に生産されていたであろうデザートイーグルが入っていた。



「…デザートイーグル!昔、本やネットでしか見た事が無かったがーー店主、此れは何処から?」

「ああ、其れはつい最近になって何とか仕入れの出来たやつでな。此処の所女神さん等が長らく続いた逆賊や反抗軍(レジスタンス)対策として武器の規制ーー特にそういった、扱いが難しくても殺傷能力の極めて高い危険な奴を連中が簡単に手に入れられない様にする為に戒厳令を敷いたのは覚えてるよな?アンタも後ろ暗い目的のある旅人だろ?」

店主は持っていたであろう煙草を吹かしながら事の次第を語ってゆく。

ーー後ろ暗い目的か…

確かに女神殺し程後ろ暗いものは無いかもしれない。




「それの影響で闇市の独自のルートの幾つか掌握された上に壊滅させられちまったんだ。だから残ったルートが規制の影響受けちまう前に闇市の皆で新しいルート作ってな。それで俺はソイツを仕入れられたって訳さ…」

女神の手は信仰の強制改宗と制定した規律を守る事を民衆に強いる行為から武器の規制、そして闇市場のルートの掌握と壊滅にまで及んでいるらしい。

『うっわ』

「……………………。」



「誰かあの残虐な女神さん達を殺しでもしてくれたら良いんだけどよ…そういやつい最近あったらしいが逆賊が女神さんを殺そうとして失敗したんだってな」

殺害に失敗した逆賊、それは自分の事だ。

「だけど何でも女神さんの住んでる廷内を燃やしまくって駐在してた兵士とかいっぱい火達磨にしたんだとか…単身で乗り込んだ癖にお蔭で被害はレジスタンスの反乱に匹敵する被害が出たんだと」

「…そうなのか。旅をしていたから知らなかったよ」

自分がその「逆賊」である事を隠すつもりで、素知らぬ振りをした。






然しそれにしてもまさか自分がやった行動が連中に其処までの被害をもたらしていたとは。

あの時は其処までの被害が出せるとまで考える余裕が無かったが、物騒な情報には恐ろしく正確で詳しい闇市の奴が言うのだから事実なのだろう。

今頃死んだ兵士達の葬礼や廷の修繕に勤しんでいる事だろうと復讐者は想定した。









「…じゃあ、このデザートイーグルに…其処にある鞭、それと牽制の為の投擲武器を複数。投擲なら複数個持つ事が出来るし」

「随分と距離を取るやつはかりだが…白兵戦は苦手なのか?」

「いや、白兵戦が出来ない訳じゃ無いのだが正直を言うと持ってるやつで事足りてしまって」

そう言う復讐者の腰には何時も帯刀しているであろう黒い剣。吸い込まれそうな程の黒さを持つ其れは光すら反射せずに、それでも何故か静かに湛えている。

「ほう。随分と良い代物を持っているんだな」店主の目が物欲と商売欲に光る。…残念ながら流石にこの剣はあげたり売ったり出来る代物では無い。

「悪いんだが此れは売れなくてな…」

「そうか、すまんな…商売やってるから癖でだな」

店主の申し訳無さそうな顔に、ニイスは少し笑っていた。

(ニイスめ…)

現時点で復讐者以外に姿が見えない事をいい事に店主の禿げた頭の上でピースサインをしている。

然し此処で吹き出しては怪しまれるのは確かなので俯いて堪える。ある程度慣れたら流石に呆れた。

























「外套を新調したし、武器も揃えた。此れなら効率も上がるやもしれん」

『良かったね。…でもあの外套は残念だったね』

ニイスはやや物惜しげに外套の事を語った。


「あれはどうしようも無かったがその代わりスカーフにする事が出来たから良いじゃないか。…いや本当は形見をこんな形にしたくなかったけど」

然し最早後の祭り。妥協するしか無い。

『それに君手先不器用過ぎるだろ…以前よりボロボロになってるじゃないか』

ニイスが徐に指摘すると、復讐者は思わず拳を振るった。

振るわれた拳は残念な事にニイスの身体を通り抜けてしまったが。









「まあ良いさ、目的を果たす為の準備は整った。行こうじゃないか」

『整ったけどまた親玉叩きに行くとか流石に無いよね?』

「当たり前じゃないか…目測を見誤ったし援軍や他の女神も集まられたらまず敵わない。追従者まで来られたら無理だ絶対詰む」

『だよね。…なら各個撃破で行くのかい、やっぱり』



「まあそうだね。厄介な奴から殺す。女神は全員厄介の塊だけど。…ニイス、追従者を喰らった感覚は残ってるかい?」

『追従者?嗚呼、数年位前に僕達の前に出て来て「殺して欲しい」って言ってきた奴の事だろ?感覚は残ってるし、ハッキリ覚えているよ』

数年位前に二人の前に現れた追従者は、追従の呪いによる不老不死と殺戮による心の苦しみに苛まれていた。

だから、彼は二人に殺され、喰われる道を選んで命を棄てた。

そういう者にとっては、二人の存在は救いでもある。

「そうか。なら良い。君の腹を満たしてやれなくて済まないね」

『気にしないでくれ。だってこれから僕は満たされてゆくんだろ?君が、奴等を、殺してくれるから』






『…目的が同じだからこそ、僕達は一蓮托生となったんだ。悪く思うな、此れは殺戮の花を咲かせる為なのだから』

だから女神達には是非とも犠牲になってもらおうーー

ニイスの薄い微笑みが、此れから起こる事への歓喜を滲ませていた。


「最初の目標は、衰弱と再生の女神…リンニレースから」

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