『Vetus historia』
「…復讐者さん!遅かったじゃないですか!!」
門の外で待っていたレミエが少しだけ声を荒げた。
「おっそーいだよ!!」エムオルも顔をぷくっと膨らませている。
「済まなかった…ちょっとな」待ち侘びたであろう二人の様子を見て申し訳無く思った復讐者はこんな事も有ろうかと、とフィリゼンの露店で買った土産物を二人に渡した。
土産物の美しさに二人の態度も一変。待ち侘びた勢いでつい怒ってしまった事を詫びた。
「復讐者さん、先程はすみませんでした。お土産まで…有り難うございます。それにしても…綺麗ですね……本で読んだ「緋寒桜」みたいです」
「うっわーかわいいなー!!きらきら、お星様みたい。ありがとうおにーさん、さっきはごめん」
二人に其々、異なるものを買ってきたらしい。レミエには桜、エムオルには星。
何層にも重ねて綺麗に、頑丈に作り上げたお守りは美しい造形をしている。壊れてしまわない様に、と大切に懐に仕舞った。
『上手く言い訳したね、復讐者』
ニイスがからかう様に笑って、復讐者を小突いた。
「言い訳の為、とは言わないでくれよ……後が怖い」
『分かってるさ。…彼女には会ったのかい?』
さて本題、とニイスは復讐者へ訊ねる。
「…ああ、会ったよ。君の言った通りだった」
『……。彼女からは、何か言われたかい』
「いいや。特に言われる事は無かった。…だが、女神殺しに関わってるんじゃないかって詮索はされたよ。流石追従者内のブレーン枠なだけある」
彼女はある意味厄介だ、と言った。
そんな復讐者の表情は、少し複雑そうだった。
『…思い出すね、昔を』
ニイスが静かに語り始める。後ろの二人はどうやら呑気に談笑をしているらしい。復讐者と、ニイスの二人で話が展開されてゆく。
「…そうだね。我々に、"あの人"にだって、彼女達との繋がりはあった」
ーーだが、彼は弱かった。そして連中は彼の壊れ掛けていた精神を徹底的に破壊し尽くした。
『強く無かった。そうだ、だから酷く苦しんだ。其れを君と彼は見ている。だからそれ故に彼女達を許せないだろう。……其れを、僕としては喜ばしくも思っている』
…でも、酷く哀れにだって、見えてしまうんだ。
一番深い所に僕は居るのに。
『…はあ、女って怖いものだね。僕には矢張り理解出来無いよ』
ニイスが軽く戯けた。
「そうだな。女って恐ろしい。人間の中で陰湿で我儘で、そして残忍薄情極まりない。男の残忍さや薄情さとはまた一味どころか二味位違う」
ーー兎に角、ねちっこい。其の陰湿さたるや同胞を惨たらしく殺す。
『知ってるかい、■■。「相手の心を壊す行為は精神的な殺人」って。物理的に相手を殺すのとはまた違う。何より質が悪いだろう?』
ニイスから■■、と呼ばれる。■■は、復讐者の嘗ての名だった。彼の本当の名前だった。
…復讐の為に、其の名を捨てたが、ニイスからは極偶に其の名で呼ばれる時がある。
「ああ、勿論だとも。昔君から聞いたよ、ニイス」
復讐者は何時もよりも穏やかな声と表情でニイスの言葉を聞いて、そして応えた。
ーー捨てた名を呼ばれるのは好きじゃないが、ニイスと彼奴に呼ばれる事は嫌いでは無い。
彼奴は数少ない身内だから。
ニイスは"あの人"を彷彿させるから、だろうか。
「正直思えば、こんな事になるなんて思いもしなかった」
『まあ…そうだよね。僕だって考えもしなかったさ』
現実世界が「女神」に侵食されて、魔法技術が蘇った事、
現実の世界が異世界化した事、
自分が死線を掻い潜る様になった事、
見知ったもの達が「遺物」となってしまった事。
色々だ。本当に。
…でも、そうだ。考えすらしなかった。
"あの人"が自殺した事だってそうだし、奴等が増長した事だって。
ただ実親から虐待されて死に掛けていた所を、"あの人"が助けてくれた。一緒に過ごした時間は遠い昔の思い出となってしまった。
色褪せてゆく度に、復讐者は苦しめられる。
(あの人は連中に壊されて死んだ。僕の命の恩人を殺した奴等が憎い)
復讐者を復讐へ駆り立てる、"あの人"の死と憎悪の呪い。
あの時の「少女」の死を経て、彼は過去を思い返した。




