『Puella ーdoloremー』
ーーぽたり、と零れた大粒の涙が、アンクォアの掌に落ちる。
……ぴくり、
「!?…アンクォア!!?」少女の驚いた声が復讐者達の視線を一箇所に集めた。横たわったままである筈のアンクォアの手が動いた。まるで少女の悲しみに呼応する様に。
「女神…しとめそこなっちゃったの……!?」
「…引き摺り出した時は指の一つすら動かさなかったのに」
ずっと此の場に居たエムオルと復讐者もまた驚いた。エムオルに至っては動揺も混じっている。
然し復讐者は其れでも取り乱す事は無かった。予めこうなるかもしれない事を予測していたし、女神が一筋縄ではいかない相手である事を熟知していたからである。
「…アンクォア……アンクォア!!」少女は懸命にアンクォアの身体を起こそうとしている。
「…う、ぐ……痛っ…、………■■■■、ちゃん?」
「アンクォア…!!」
起き上がったアンクォアを少女が安堵しながら抱き締めた。矢張り、慕っている以上は少女にとってアンクォアは家族の様に大切なのだろう。
「レミエさん…何故彼女を……」
「すみません……彼女が女神に聞きたい事があると仰っていたので。其れにそもそも彼女は討伐の対象では無いとニイスさんが仰っていましたよね?」
「…ニイス、こうなる事は」
『予測済みさ。彼女、記憶の限りでは実在していない。星の乙女と同様にね』
ニイスは、此の場で遂に打ち明かす。
「アンクォア…良かった……!!あたし、アンクォアに」
「………………………」
「アンクォア…?」
明るい声と表情から一転、不安なものに変わる。慕うべきアンクォアの様子が恐ろしい程おかしい。女神の中に宿る本性を垣間見た気がして、少女は少し引き下がる。
「アンクォア?…アンクォア……どうしたの…!?」
「………………ネ、」
「?」
「ーー……シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ………グアァァァァァァァァ…!!!ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
「ひっ…!!アン、クォア……!!!」
「きゃっ!!!」アンクォアの放つ衝撃に弾かれて、少女が転がってきた。復讐者は少女の身体を受け止めて彼女の肩に触れる。
「大丈夫か、お前…」
「あ…有り難う……アンクォア…何が……」
「死ねシネ4444師ねし根Shi音次ネ44稲444444氏ね子値しne4シシシシシシシシシシシシシシシシ死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛酷wシネ■■死ねルウ女トShi7■■氏ね市ねシねええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ーー獣に等しい女神の咆哮。
「きゃああっ……!!!」
「ぐっう…耳が………っ」復讐者達の耳を通して彼等の脳を焼き付かせそうな轟。
「嫌…!嫌だ……!!アンクォア…!!!!!」
「コロす!!!復シュう者殺ス!!!!!殺し尽クしてやルんだッ!!!!!!!!!今まデヨリもイチ番残酷にコロしてヤる!!!!!!ガア゛ア゛ァァァァア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
女神の視界には最早少女は映らない。それ程荒れ狂っている。
そして女神の最初の一撃が復讐者に降り掛かった。
女神が投げ付けた巨大な瓦礫に、復讐者は下敷きになった。
少女が巻き添えになる前に、彼女を壁際に弾き飛ばして。
「ひっ…ふ、復讐者ぁっ!!!!!!!!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!あはは葉ハはは羽母は歯ハハハ派ハははははhaは刃は覇8母は葉破88ハハ刃は母ハ玻は8ははhaha歯ハハ波葉覇haははははは母は母ハ88派は刃ハハは8は歯波haはははハ母8葉ハ母ハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
アンクォアの狂った笑い声が廷内に響き渡った。女神が下した一撃の下で、復讐者のものと思わしき赤い血が広がってゆく。
「そんな…!!」レミエの血の気が引いた。と同時に彼女はへたり込む。目の前でまざまざと死を見せ付けられた気がして、思わず吐きそうになる。
「あ……あたしのせい…だ………!!!」
少女が震える。
自分の所為で、復讐者が死んだ。
本来なら喜ばしい事である筈なのに、今の少女には其の喜びを欠片も感じなかった。ーー寧ろ、己が慕い続けていた女神の狂った本性を知って、彼女は絶望している。
「…ふ、ふくしゅうしゃのおにーさん……」
血溜まりを前に膝を付いてエムオルは酷く動揺する。
…此の出血量では、どう考えたって致死量の筈。復讐者は恐らく助からないだろう。
「きっひひひひひひひひひひひひひひひ!!!!!!死んじゃった!!!!あはは!!!私が殺しちゃったwwwwwwwwwwwやっぱ所詮ただの人間って所ですなwwwww復讐者(笑)wwwクッソうけるwwwwww」
アンクォアは一人飛び跳ね踊りながら喜び続けている。
「こーろしちゃった!!!ひゃはwwあーあつまんないですなwwwwwもっともっと、もっともっともっと!!!!!捻り潰してグチャグチャにしてやろうと思ったのに!!!!!!!!!!ぎひっ」
恐れ、震える一行を前に、アンクォアの下卑た笑い声が響き渡るのみである。
「〜っ!!!!!!!!」
少女は不意に立ち上がり、毅然とした様相で己の主を見据えた。
「〜いい加減にしてよアンクォア!!!!!」
狂った笑い声を引き裂く様に、少女の声が割って入った。
ーー静止。
アンクォアの小躍りも笑い声も止んだ。
「………■■■■ちゃん?どうしたの急に……え?■■■■ちゃん怖いですぞ…何かあった……??」
「しらばっくれないでよ!!アンクォア…信じていたのに……!!なのにアンクォアは、こんなにも残酷になれるんだ…!!!?」
少女の双眸からは、涙が溢れている。其れを上回って、少女の悲哀が滲み出る。
「…やっぱり、本当なんだね…アンクォアのその様子じゃ、アンクォア達女神が間違ってるんだって……」
「〜はあ!?待って■■■■ちゃん!!!違う!!違いますぞ!!!私達が間違いなんてしてる訳無いじゃないですか!!!!!…、まさか、■■■■ちゃん、其処の女に変な事でも吹き込まれた……!?」
アンクォアの言葉を強く否定する様に、少女は怒鳴る。
「誰かのせいにしないでよ!!!いつもいつも、どうしてアンクォアは弱い人達や復讐者の様な人達のせいにする訳!!!?アンクォア達女神へ対してそう思ってたのは、あたし自身なの!!アンクォアがおかしくなってから、ずっと…!!!!!」
もっと早くに気付くべきだった。
悔しさのあまり、少女の心は締め付けられる。
「見損なったよ、アンクォア。あんたって酷い奴だったんだね…」
「…え、■■■■ちゃん、そんな…そんな事………」
冷たく言い放った少女の言葉に、アンクォアは打ちひしがれた。
「………く、」
「!!!!!」瓦礫の下から僅かに聞こえた男の声にレミエとエムオルが反応し、瓦礫の元へと駆けてゆく。
二人は急いで瓦礫を取り払おうと瓦礫の端を持った。エムオルの怪力を持ってしても中々上がらない。だが次の瞬間、重たい瓦礫が一気に持ち上がった。
「復讐者さんっ!!!!!」
「おにーさーん!!!!!!!」
レミエとエムオルが思わず喜びと安堵の声を上げた。ーー生きていた。致死量の流血を経た筈にも関わらず、彼は生きていたのである。
「……済まなかったな」
生存していたものの、復讐者の傷は深い。レミエが急いで傷を癒やし、エムオルが一つ訊ねた。
「おにーさん、どうして無事だったの…?」
「………ああ、それはな…」
「…アンクォアが瓦礫を投げ飛ばしてきた時に、あの少女を突き飛ばしただろう。…その後、ニイスが喰らったディーシャーの力を使って氷を生成したんだ。アンクォアが目覚めて力を行使していた影響で直ぐに氷は溶けたが、其れで出来た水がクッションの代わりになったんだ」
「でも、瓦礫の下の血溜まりは……?」
「クッション、と言っても無傷じゃ済まんよ。思いの外損傷が大きかった。ニイスに頼んで、リンニレースの力とレイヨナの力を少しだけ使った」
復讐者の思わぬ発言に、レミエは驚く。
「その方達って…ニイスさんが、取り込んだ方達ですよね。彼女達の能力を、復讐者さんが…!?」
「…いや、正確に言えば"ニイスが得た力"かな。ニイスが女神や追従者の魂を喰らえば、連中を地獄へ送るだけじゃない、取り込んだ奴等の力をニイスが使える様になるらしいんだ」
「実は此の廷に侵入する直前まで知らなかった。…侵入する手前になって、ニイスから聞かされる事になるとは思わなくて」
どうやら復讐者も侵入するまで知らなかったらしい。
ニイスにはまだ謎が残されているとでも言うのだろうか。
「…あっ!復讐者!!無事だったんだ!!!」
少女が駆けて来る。復讐者の存命を知ってアンクォアの時以上に安堵している様だった。
「突き飛ばして悪かった」
「良いよ気にしないで!!あんたのお陰であたし助かっちゃったんだからさ、…にしても、ごめんね。あたしのせいで、あんたが…」
「しんみりするな、気が塞ぐだろうが人参娘さんよ」
復讐者の呆れ混じりの声が少女に降り掛かった。人参娘って。
「〜っもーっ!!あたしがあんなに心配してたのにその言い草何なの!!!?大体あたしは人参じゃないっての!!!!!!!!」
「お、お二人共いけませんこんな所で喧嘩しては……!」
レミエが二人の間に割って入り、少女を必死に宥めている。
「………何あれ…最悪…巫山戯てる…■■■■ちゃんが、あんな奴と親しくしてるなんて……やっぱり吹き込まれたんだ…■■■■ちゃんは騙されてる……………」
アンクォアがブツブツと独り言を喋り続けている。
「殺さなきゃ、殺さなきゃ、殺さなきゃ、殺さなきゃ、…復讐者を殺して、リンニレースさんの敵を討つんだ……■■■■ちゃんを取り戻して、シーフォーンさん達に喜ばれなければならない!!」
アンクォアの身体から、炎の様なオーラが溢れ始めてゆく。
ゆらりと立ち上がり、復讐者達の方へ向くやアンクォアは己の武器を持って復讐者の方へにじり寄ってゆく。
彼女の姿が、少しずつ変化していた。
「…!?」
アンクォアの先程とはまた異なる異常さに、少女含め復讐者達は身構える。
『…厄介な事になりそうだ』
ニイスの突然の一言が、此れからを物語っている様だった。
「……………………グルアァァアアァァァァァ!!!!!!」
アンクォアの叫びが再び廷内を轟かせる。
「■■■■ちゃんをカエせぇぇェぇえエエエえええええエエええぇぇぇエエエエぇ!!!!!!!!!」
アンクォアの叫びが、剣が、炎が、復讐者を再び殺さんと云わんばかりに、今、突き刺さろうとしている。
女神の剣が復讐者の目の前に迫った時、彼の視界を覆う様に鮮やかな赤色が目の前に立ち塞がった。
「ーー復讐者っっっっっ!!!!!!!!」
ほんの僅かな間の出来事である。アンクォアの手から復讐者を庇う様に少女が立ち塞がり、彼女の身体はアンクォアの剣に貫かれた。
「お前…っ……!?」復讐者は先程以上に驚き、そして初めて動揺した。
ーーー本来ならば敵である筈の少女が、彼女にとっての敵である筈の自分を庇った。
少女の身体が崩れ落ちてゆく。
貫かれた少女の、其の身体を復讐者が抱き留めた。
「何故こんな事をしたんだ…お前にとって我々は敵じゃないか……」
珍しく沈んだ声と表情の復讐者へ、少女はゆっくりと手を伸ばして彼の頬を撫でる。
「え…へへ……ごめん…あたし……我慢出来なかったんだ………これ以上、誰かに死なれるのは…もう、嫌……」
「然し…」
復讐者が言い掛けた言葉を制止して、少女は語り続ける。
「だって、だってさ…見ちゃったんだもん…あんたがアンクォアに殺されちゃうとこ………助かったから良かったけどさ、やっぱあたしにとって苦しいよ…今までずっと、アンクォアが色んな奴を理不尽に殺していったのを…見ていたから……………」
少女の口から真っ赤な血が溢れる。
「喋ってはいけない…静かにしてくれ……レミエさん…助けてやってくれないか」
涙混じりの少女の顔に…何かから解放されたかの様な心地の良さが滲み出ていた。
「……いいよ、レミエさん…あたしの事は、構わないで………。ねえ…復讐者…お願い……アンクォアの事、殺してあげてよ…残りの女神の事も、これ以上…間違いが増えたりしない様に………」
少女は残り少ない命の中で、復讐者に「呪い」を残した。
"あの人"が復讐者ともう一人に残した"呪い"とは、同じ様で全く別のもの。
「待って下さ……っ、そんな…■■■■さん………!!!」
レミエが少女に癒しを施すよりも早く、少女の光が喪われていった。
レミエの施しを拒絶した少女は、復讐者の腕の中で事切れた。
そして少女は、少女だったものは、溶けてゆく光の様に消えて在るべき本来の形へと戻っていった。"誰かが嘗て使っていたであろう、一つの小さな携帯端末"に。




