『Eundemque parricidalis animi』
廷内の中庭に出たアンクォアは、湯浴んだ身体を陽光で暖める為にその身をまた大きく広げた。
「んーっやっぱり天気が良いのは最高ですなーっ!!身体が乾くのが早そうだし■■■■ちゃんをprpr出来そうですぞwww」
太陽の様に活気のある女神アンクォアは戯けた言葉を只管喋る喋る。
随分とお喋りな気性らしい。
中庭には誰も居ないというのにも関わらず楽しそうに彼女は語る。
「はー然し精一杯動いた後は疲れますなぁ…まあ鬱憤晴らせないよりはマシだけどもねー!!」
ぐっと身体を伸ばしながら中庭を歩き回りつつ、アンクォアは先程の快感を思い出す。
人を手に掛ける事がこんなに快感だと、彼女は思わなかった。先ず「倫理観」なんてものがあったし、大好きな■■■■ちゃんに倣って大きな剣を持つ様になったが正直重かった。
勿論、どんな形であれ「人を殺す」という行為は気持ちの良いものでは無かったのである。でもそれも最初の内だけだった。
気付けば率先して先陣を切って、歯向かう抵抗軍をバッサバッサと斬り伏せていったし、何よりも女神シーフォーンの我儘な懇願によって"何か"から与えられていた超常的な力が自分を大いに助けていた。
与えられた超身体異常レベルの運動能力はアンクォアの限界を超えて活動する事を叶えたのである。
(でもどうせだったら仕事やゲームに活かしたかったなー)
今でこそそんな事は思いもしないが、当時のアンクォアはまだ人間時代の生活等が抜け切っていなかっただけあって、心惜しそうにそんな事を思っていた事もあった。
…ただ、アンクォアは知らなかった。自身に与えられた能力が例え限界を超える大きな身体能力を発揮出来るものであったとしても、"何か"に与えられた能力には大きな代償が付いている事を。
ーーそう、「限界を超える力」は酷使すればする程「人としての倫理を失う」のである。
アンクォアは其の事に全く気付きはしなかった。
限界を超えて活動出来る己の力に万能感を感じて構わず振るい続けた。其の結果が今のアンクォアなのである。
生命を手に掛ける事の重さを忘れ、倫理的な瞳を失い、只管殺し続け戦い力を振るう事に己の意義を見出した、凶暴な化物と化してしまった。
そして、彼女が狂ってからは殺戮の日々が長く続く事となり彼女の暴力は多くを傷付け、殺していった。
残虐さは収まる所を知らず却って増してゆく一方。殺す対象が居なくなると民衆にまで躊躇いも無く手を上げた。
自らの手の内の民ですら。
ーー手に掛けた数を覚えていない事もあり、遺された者達ご流した涙の数は彼女すら把握していない事だろう。
「パイセンには何時も迷惑掛けちゃってるなぁ。偶には私が自ら掃除した方が良いかもしれんww」
だっはっは!と笑うアンクォアの姿を、屋根上から見つめている影がある事も、その影と星の乙女が対立している事も、彼女は気付いていない。
気にも留めないからでは無く単純に彼女の気質故に気付いていないだけであろう。暖まった身体を身軽に動かした後、中庭でダラダラと過ごすつもりで彼女は其処に居た。
ーー酸の海に落ちて死ね。
ふと、風に乗って誰かの憎悪に満ちた声がアンクォアの耳元を掠めた。
其れは極僅かなものであったが、彼女の情緒を爆発させるには充分だった。
「ーー…………………あ?」
耳元を掠めた、例の声を聞いた途端アンクォアの陽気だった表情と声は一変する。今や彼女の顔は憤怒に満ち溢れた恐ろしい表情だ。
そして声も先程とは打って変わって恐ろしく低く、ドスの効いた声である。
ビキリ、と血管の浮き上がった彼女の顔はギラつき、怒りを孕んだ瞳と剥き出しの歯、捉えたものを射殺しそうな程鬼気迫るもの。まるで怒り狂う神の姿であった。
其の恐ろしい彼女が声の聞こえた方向へ視線だけを向けたが、声の主は既に居ないらしい。
唯一其処から感じたのは、儚く小さな星の様な小さな光。恐らく星の乙女だろう。
怯えさせちゃいけない、と我に帰った女神アンクォアだが、彼女の殺意は燻り続けている。




