『Post scaenae diaboli』
ーーアンクォアの廷の屋根上で見覚えのある姿が佇んでいた。
黒に僅かながら白色が入っていた其の髪は、リンニレースの死後どうやら白色の範囲が少しだけ増したらしい。然し、其の容姿は少女の儘であり、決して老化したなどと言うものでは無い様だった。
「ーーふーん、■■■さんも昔と比べたら気違いに拍車掛かってんじゃん」
廷の屋根の上でやる気の無い表情でアンクォアを見下ろす。その瞳には女神アンクォアへの嘲笑と侮蔑が混ざっている。
■■■さん、と、アンクォアが嘗て名乗っていたSNSの名義を口から出した彼女は、風に吹かれた中で見知った者の気配を感じてその方角へ視線を送った。
「…あなた、どうして此処にいるの」
先程何処へと去った筈の少女が立っていた。彼女の所へは飛んで来たのか、その背に白い翼を出している。
「…へー……"アイツの被造物"が何か用でも?」
彼女ーースノウルの低い声に少女は僅かに怯えるが、キッと顔を引き締めてスノウルを見据える。
「あなたに用は無い」
「じゃあどうして此処に来たんですかね」
対して、スノウルの言葉からも余裕は無い。其の表情は先程までの緩くやる気の無い表情では無く強く敵を憎み、まるで獲物を捕らえようとする様に見据えるものだった。
「ーー…っ」少女はスノウルの恐ろしい目付きにゾッとした。もし、此の場で本格的に敵対すれば単に被造物でしか無い自分は消されてしまう事だろう。
追従者ともあれど元人間か、それとも女神の被造物かで異なるものは沢山ある。被造物は創造者の意の儘に強くもなれるが、造られたものである以上人間として生きる事も死ぬ事も出来無い。
でも、元であれ人間てあれば被造物と比べれば弱くとも、何れ其れを遥かに上回ってしまう。
人間の成長速度は恐ろしく早い。其れが「追従者」ともなれば話は更に変わる。
「…で、喧嘩でも売るつもり?」スノウルは少女の様子を見抜いているのか軽く煽っている。
「…は、私、そんなつもり…無い」
少女の歯切れの悪そうな言い方に途端につまらなく感じたスノウルは、カツン、カツン、と数歩音を鳴らして歩いた後、相変わらずの青々とした空を見上げて振り向いた。
「喧嘩売るのは良いけど相手を考えな■■■■ちゃんw…あ、いや寧ろ大衆向けだと星の乙女か」
「ーー!!!」名を呼ばれた少女、星の乙女はハッと表情を変えると、スノウルに声を掛ける事も無く立ち尽くす。
「という事でスノ氏も無駄な喧嘩はしたくはないのでさらばといこう」
そうしてやる気の無い表情に戻ったスノウルがもう一度だけ廷の中庭に居るアンクォアの方へ視線を向けるや、
「……酸の海にでも落ちて死ね」
スノウルの僅かな呟きは風に掻き消されたが、彼女の無気力の中に秘められた女神への憎悪を星の乙女は見届けた。
乙女の長い髪が彼女の顔を隠す様に風に荒れて、視界が一度遮断される。そして其の視界が開けた時、スノウルの姿は其の場から消えていた。
「…………………………」星の乙女はただ立ち尽くすしか出来無かった。あまりにも呆気無くあまりにも僅かな出来事だった為に。
…何より、乙女は追従者である筈のスノウルの中にあった「追従者とは異なる何か」に、酷く怯えてしまっていた。
そして其れは同時に、星の乙女に或る一つの答えを割り出す事でもあった。
スノウルが「リンニレース殺しの張本人」である事の絶対の証左を、本能で感じたのである。
星の乙女■■■■は、己の両手をきゅっと軽く握り締めた。
(デインちゃんに伝えなきゃ…でも、あの人が怖くてまだ上手く動けない……■■くん、こんな時に貴方が居てくれたら…)
乙女の中の歪んだ愛情は灯ったまま。そして彼女の表情は恐れを前にしていたにも関わらず、助けを求める御伽の姫君の如く。
恋をして愛を欲しがる夢見る乙女の表情。
幻想と夢ばかりの星の乙女は、風に煽られながら其の儘静かに立ち尽くす。




