『Feroces ignis ーlaterー』
『…遅いなあ。やっぱり僕が行けば良かったかな』
ニイスが苦々しい表情を浮かべながら言葉を漏らす。
「ニイスが嫌がったからエムオルが行ったんだろう。嫌だと言った以上は我々と待つんだ」
『…む、迎えに……』
「駄目だ諦めてくれ」復讐者は其の場から密かに抜け出そうとするニイスにぴしゃりと言った。
『……ぐっ………』ニイスは已む無く、エムオルが戻ってくるまで復讐者達と其処に留まる事にした。
「この姿でフィリゼンに向かうのは良いが、アンクォアが炙り出しを行っている以上あの場に向かうのは姿が変わっていても危険な事に変わらん。フィリゼンの外れで待っていればエムオルも戸惑わずに済むだろうし」
「そうですよね。エムオルさんには、此処で待ってると仰いましたもんね」
レミエが復讐者のフォローをして、不意に沈黙した後、復讐者達に訊ねた。
「あの…そう言えば次の目的地の烈都フィリゼンってどんな場所なんですか?」
「フィリゼン?フィリゼンか……聞き伝えた範囲でだけだが、四女神の治める領域の中ではミストアルテルに匹敵する程交易が盛んらしい。露店が沢山並んでいて、四女神が世界を統治した祝祭日と聖女の日、そして星の乙女教の記念日には最も賑わうのだとか」
「へえ…!露店には色んな物が有りそうですね!!」
「有るだろうな。各地から取り寄せた香辛料もあるし工芸品から珍しい物も揃っているだろう。…武器までは取り扱っちゃいなさそうだが」
『復讐者は武器の方が好きだからね』
「ニイス、私にだって武器以外に好きな物位あるさ。…まあ、そういう物よりも、女神共を殺せる物が必要なだけで」
「お…お二人共話してる事が物騒ですよ……」
復讐者とニイスの遣り取りに水を指すつもりは無いが、レミエは明らかに引き気味である。
「…え、えと、お二人共!フィリゼンの事は分かりましたから、他の都について教えて下さいませんか?…あの、お恥ずかしながら立ち寄った事が無かったので……」
「それなら私達だって立ち寄った事は無いさ。女神の膝下と思うと酷く不快だからな」
『でも、だからって敵の居城に知らないまま挑もうとはしないよ。聞き伝えた範囲でしか知らないのが殆どだけど、都市の情報はある程度知ってるからね』
レミエの発言で物騒な遣り取りを止めた二人が、他の都について一通り説明し始める。
「…先ずは我々が立ち寄った癒都リナテレシア。女神リンニレースが治める地域の中心部に当たる。全体的に青と白の建造物が並ぶが少しだけ東洋の意匠を凝らしている。フィリゼンと比べれば交易が盛んでも無いし他の二都と比べても目立っているとは言えないが、一つだけ突出しているものがある」
「それが、リンニレースによる治癒の秘術…ですね?」
「嗚呼。然しリンニレースによる施術は限られているからリナテレシア内の医療施設が中心だ。他と比べて医術の発展が著しい。」
「次は星都ソフィアリア・イル。フィリゼンのアンクォアを殺害したら次に立ち寄る予定の場所だ。」
『正直彼処は好きじゃないんだよねえ』
ニイスが嫌々しげに顔を歪めた。
「そう言えばニイスは一度行った事があったんだっけか。…と、ソフィアリア・イル自体はリナテレシアやフィリゼンと比べるとかなり大きい」
「大都市の部類なのですか」
『大都市と言うよりも小さな国みたいだって言ったほうが早いかもね。…まあ、都市自体は遊園地や何とかランドとかって言ってもいい位、派手だし、言っちゃったら星の乙女ランドってやつ』
「…と、大都市みたいになるのはソフィアリア・イルが此の世界の統一宗教である「星の乙女教」の聖地でもあるからなんだ。最大勢力を持った統一宗教の聖地ともなれば、其の教祖の座する所は豪奢であるべき、といった具合か」
「なるほど…楽しそうに思えますけれど何だか嫌ですね……」
「そして我々の怨恨の全てである女神シーフォーンの座する聖都ミストアルテル、此処は四女神のリーダーである奴が治めているだけあって規模自体はソフィアリア・イル程では無いがあらゆる面において最も盛んだ。」
「やっぱり、女神のリーダーが治めるだけあるからでしょうか」
『うん、まあそうだね。フィリゼンの交易、リナテレシアの医療技術、ソフィアリア・イルの信仰と娯楽の要素を女神シーフォーンは自分の統治下に詰め込めるだけ詰め込んだんだよ』
「我儘……ですね…随分と」
「だろう?四女神なんて我儘な幼児がデカくなっただけの様なものさ。其の我儘で此の世界は滅茶苦茶にされたんだ」
ふと、レミエは復讐者のその言葉に「レジスタンス」の存在を思い出した。
「…あ、そう言えば復讐者さん、突然になりますが"レジスタンス"が嘗て存在していたって仰ってましたよね」
「ああ、リナテレシアからフィリゼンへ向かう最中でそんな事も言ってたっけ」
「"レジスタンス"って…どんな感じだったのでしょう。やっぱり、私達みたいに敵の居城に乗り込む方が多かったのでしょうか」
思案するレミエには、恐らくだが女神相手に勇ましく駆け出して行く抵抗軍の姿が脳裏に浮かんでいる事だろう。
ーーだが、そんな彼女の脳裏の光景を打ち崩す様に復讐者は現実を語った。
「敵の居城に直接乗り込んで火炎瓶や爆発物を投げ飛ばしたり女神含めて複数相手に勇ましく戦うのは極一部の命知らずな奴だけさ。大概の奴は軍団で女神の影響が少ない所からじわじわ責めていったんだ」
「えっ…え、そ、そうなんですか?」
思いの外現実的で、…言い方を変えれば地味な抵抗軍の活動に拍子抜けしている。
『抵抗なんて大体そういうものだよ。そういう小さくて地味そうに見えても、やっていれば相手には確実にダメージが入るからね』
「まあ、女神共が運命の女なんて呼ばれていた時は、あの四人の女、先進国に喧嘩売って各国の首脳を酷く憤慨させていたものさ」
想像よりも現実的だったものの、復讐者とニイスの話はレミエの好奇心をとても満たすものであった。
そして其れは同時に、此の二人が普通の人間では無い事を指し示していた。
「…おっ、そうしてる内に帰ってきたぞ」
復讐者が立ち上がり、見詰めた先には小さな人の姿が見えた。
エムオルが帰ってきた。どうやら無事に偵察を済ませて来た様である。
「お帰りなさい、エムオルさん」
「ふーっ、どうなるかと、思っちゃった」大きな溜息を吐いたエムオルから、何かややこしい事に巻き込まれたであろう発言が出た。
とは言え無事に戻って来れたのだから上手く掻い潜れたのだろう。そんなエムオルの様子を見てただ"一人"だけは薄っすらと嫌なものを感じていた様だ。
『…ねえ、復讐者、あのさ、』
「?」ニイスがふよよっと復讐者の傍に近寄り、密かに耳打ちをする。ニイスの姿も声もエムオルには見えない為、復讐者の口から聞き出すしか無い。
「…分かった。所でエムオル、廷内調査の時に変な少女を見掛けなかったか?」
「女の子?…うーん、見た。見ちゃったかんじだよ」
腕を組んでその場で考え込む仕種をするエムオルの様子から、ニイスは全てを一瞬で理解した。
(嗚呼…やっぱり出たんだな彼奴……)ニイスは苦々しい顔をしたが、然し同時に彼の中で例の少女に鉢合わせる事が無くて良かった事に酷く安堵した。
出来ればあの現実の見えていないヤバそうな感じに当てられたくないものである。
『………やっぱり行かなくて良かったかも』
「おい最初のはどうしたんだニイス」
改めて嫌がった自分を顧みて出た言葉に、復讐者の突っ込みが出たのであった。
ーー同じくして、一方。
「はーっ!!あースッキリしたー!!!」
身体をぐっと伸ばし、非常に気持ちの良さそうな表情で身軽に動く。
「アンクォアさんお疲れ様です〜」
「おっディーシャーパイセン!!ありがとうございます〜!!!(^o^)」
渡された浴布を受け取り、顔を伝う汗を拭き取ったアンクォアが笑顔で先程の荒々しさとは打って変わった振る舞いをしている。
「アンクォアさん最近多いですね」アンクォアに対し穏やかに振る舞う麗人は追従者が一人、其の名をディーシャーと云う。
「そうですかね?」アンクォアはあっけらかんとした態度ながら、何処か焦りの様なものを感じている。何時もよりも汗を拭う時間が長い。
「…にしてもかなりやりましたね。浴布、真っ赤じゃないですか」
「え?…ああ、ですな、何時もより派手にやり過ぎてしまいましたぞww」
あはは…と気の抜けた笑い声がアンクォアの口から漏れる中、二人の周りはあまりにも凄惨な光景が広がっていた。
ーー激烈と暴走の女神アンクォアの、凶暴な側面が此の現状を形作る。
彼女の精神の均衡がほんの僅かでも崩れそうになれば、彼女は愛用の大剣を取り世界中の強者や猛者達を相手に渡り合う。
…それだけならばまだ良いが、彼女の場合、挑めば相手を殺し絶命させる。最悪ならば、強者や猛者では無く奴隷や外から来た無辜の人間にまで凶行が及ぶ。
曰く「ストレス発散」ーー此の殺戮は彼女にとって当たり前の事であり、日常のほんの一行動でしか無く、機嫌が悪ければ問答無用で行われる。
彼女が此の様な凶行に及ぶ様になったのは、フィリゼンが出来てから数十年くらい経った頃である。フィリゼンが出来て当初は、賊等の連中からフィリゼンの民を守る為の、正義の剣であった。
彼女の強さと攻撃性を恐れた者達がフィリゼンを襲わなくなってからは、退屈を極めたアンクォアの其の攻撃性と強さが内側に向けられ始めた。
フィリゼンの民を手に掛ける彼女は言わば荒神の様な存在。彼女を恐れ始めた一部の者達が彼女の為に世界中のあらゆる強者達を寄越す様になって初めてフィリゼンの安全は保たれる様になったのである。
「あーあ、にしても最近よく此処使うから汚くなりましたね〜」
「兵達に掃除させておいた方が良いですし私の方で言っておきますよ」
「おっパイセンほんと気が利きますなwww沢山殺したから鉄臭いですぞwwwww」
「それにあんまりやり過ぎていたら彼女に嫌がられますよ」
「むっ、そうですな…ワシが鉄臭くて真っ赤な姿なんてきっと■■■■ちゃんだって見たくない筈ですものな……」
おちゃらけた言い方こそ崩れないが、何時もの明るさよりも落ち着いた様子から、彼女の言う■■■■とやらは余程大切な存在なのかもしれない。
「よーしほかってくるぞー!!!」
一転、元気いっぱいに駆け出したアンクォアの背を見届け、ディーシャーが柱に寄り掛かる人物に声を掛ける。
「…、■■■■ちゃん、見てたんですか」
「……………………」
名を呼ばれた少女は、複雑そうな表情を浮かべたまま沈黙していた。
「…まあ、仕方無いですよね……アンクォアさん、リンニレースさんが殺された事で不安なのかもしれないし…」
「…うん、それは分かってるんだ。でも、アンクォアが沢山人を殺してくの、正直嫌だな」
少女は胸中を言葉に変えて語った。
「…そうだよね。私達は昔の彼女を知ってるからどうしても複雑になっちゃうよね」
ディーシャーは少しだけ泣きそうな声音で胸中を語った少女に近寄り、彼女の頭を優しく撫でた。
「……っうう、ディーシャー……!!」
堪えきれなかった想いが、少女から溢れ出した時、彼女はディーシャーにしがみついて顔を濡らしていった。
追従者は、只静かに少女の背中を優しく叩いて、物言わずその身を貸していた。
凶暴な炎が、女神の心を燃やし始め、そして彼女は殺戮の為に剣を取った。




