『Feroces ignis ーAnteー』
「ーー烈都フィリゼン、ですが」
数人を引き連れて先導する者。少しだけ青味掛かった白い髪を、緩やかに編んで揺らしている。
「女神リンニレースの殺害に伴ってミストアルテルよりシーフォーンさんの指示をアンクォアさんにお伝えする為に来訪しただけです…が」
彼女が振り返ると、恐らく目的の為に同行していたと思われる二人の女性は都の中でただ楽しそうにはしゃいでいる。
「………あの、ペールアさん、アラロさん」
名前を呼ばれた二人が、ハッと我に帰って慌てながら必死に取り繕う。
「あっいやっあのあのっクロルさん!!その違うんです任務に託つけてさぼるつもりは…っ!!」
「すすすすすすいませんっ!!!フィリゼンを訪れるのは久し振りだったものでしたから…つい!」
あまりの必死さにやや呆れ、然しフィリゼンへの来訪が揃って久し振りになっていたのもあって二人の弁明を酷く咎めはしなかった。
「…まあ、お二人のお気持ちは分かります。でも、やるべき事は優先しましょう。満喫するのはそれからでも宜しいでしょう?」
「「!!!!!」」特には咎められず、苦笑混じりにそう言われた二人は、怒られずに済んだ事の安堵もあってーー互いの身を寄せ合いながら、クロルさん!!と声を上げた。
ーーフィリゼン郊外・秘密の道
「……えっと、えっと…ひみつの道は、ここだったはず」
エムオルが密かに小道の付近を探り、何度も確かめてから茂みを分けて入ってゆく。ツブ族だけの通り道。誰かに見られてしまってはいけない。
(ひっそり、ひっそり…)息を必死に殺して進み行った先に、開けた場所がある。アンクォアの廷の裏側だ。
廷の裏側は此の開けた場所を除いて整った場所とは言えない為、兵の入りは無い。
ツブ族の様な小柄な種族だけが安全に裏側へ回る事が出来る。
茂みを掻き分けて抜け出すと、急に何かにぶつかった。
「むぎゅ…い、いったー」
エムオルが顔を上げると、此方を見下ろす様に見つめる少女の瞳と目が合った。
「あっ」目が合った瞬間、エムオルの心臓が止まった様に錯覚した。
同時に、見付かってしまった事への不安を覚える。どうしよう、女神に引き渡されてしまったら一貫の終わりだ、と。
…然し少女は、エムオルの不安とは裏腹に純真な視線を向けて、ただ一言だけをエムオルに投げ掛ける。
「あれ?あなたも此処を知ってるの?」
其の言葉には何の意図も無い。純粋な疑問だった。
「え…う、うん、そう。この場所、ぽかぽか、するよね」
其の純真さが逆に威圧的にも感じてしまったが、エムオルは必死に此の場を躱す為に言葉を紡ぐ。
「そうなんだ…じゃああなたも此処が好きなんだね!!私もなの!!!」
少女は何の疑いも無く嬉しそうに笑うと、くるりとその場で一回りした。星空の様なドレススカートを少しだけたくし上げながら。
「此処って本当に暖かい…自然を感じる事も出来て、アンクォアちゃんの太陽の様な暖かさを近くに感じる事が出来て……」
少女は続けて語る。
「こんなにも暖かな場所で、陽だまりの下で、■■くんと一緒に出来たらな…そして、■■くんと手を繋いだりして…っ」
長い髪を指で掬い上げたり、手櫛で梳かしながら少女は甘い想いを語った。其の姿は好きな人への恋心をつらつらと語り、夢見心地に抱かれる乙女の様であった。
少女の半ば一方的な夢語りを眉を顰めながら聞いていたエムオルは、此の少女が夢語りしている今の内に廷内に入ってしまおう、と考える。
…が、其れを見抜いていたのかと思いたくなる位に良いタイミングで少女はエムオルに声を掛けた。
「あなた、■■って知ってる?」少女はさも知っているだろうと言いたげに、然しそうでは無いだろうと理解してエムオルに尋ね人の名を出した。
「…■■?…だ、だれなのかは分からないや」
エムオルは知らぬ者の名を聞かれて、当然の如く知らないと返す。
「そっか…残念。でも、あなたが悪い訳じゃ無いもの。いいの。いきなり聞いちゃってごめんね」
少女は悲しそうな顔をして落胆したが、直ぐに気を取り直してエムオルに謝った。
「…その、■■って人、わるい人なの?」
エムオルの些細な問い掛けに、少し寂しそうな表情とそれでも愛おしむ様な優しさを込めて、少女は答える。
「…そうだなぁ、■■は悪い人。だって私の事を置いて行っちゃったから……でも、私にとっては大切な人なの。とてもとても大好きで、どんなものよりも愛してる。■■も私にそう言ってくれたから…」
少し紅潮し照れながら答えた彼女の瞳には、恐らく彼女の言う愛おしい人物の姿が映されているのだろう。事情を何一つ知らないエムオルからすれば「わけが分からない」の一言に尽きるのだが。
…と、このまま居てはいけない、もしかしたら此の少女は女神側の人間の可能性があるのかもしれないのだから。
幸いながら少女が自分の事を復讐者側の者である事を知らないのをいい事に、早々に此の場から立ち去らなければならない。
エムオルは語る少女へ断りを入れる様にそろそろ用事がある、と一言告げると、其の場から直ぐ様立ち去ろうと動いた。
ーー立ち去ろうとするエムオルに、少女はそっと近寄り、エムオルに静かに告げた。
「…ねえ、小人さん。……もしも、■■くんに会ったら、どうか伝えて欲しいの。『■■■■は■■くんの事をずっと待ってる』って…」
エムオルはぞっとした。
逃げ去ろうとしていた自分の横に、音も無く近寄って耳元で言伝を頼んだのだから。
「…私、行かなきゃ。あんまり遠くに行ったのがばれたら怒られちゃうもの」
其の言葉を最後に、少女の姿は無くなっていた。
「……!?」
戸惑いすらしたものの、目的を直ぐに思い出したエムオルはそのまま廷の侵入に進んだ。
「…ふーっ!!やっぱりフィリゼンは賑やかで良いですよねえ!!!」
胸いっぱいに抱えられたものは虫に関する書籍の様だ。
「ペールアさんは本当に虫がお好きなんですね」クロルが嬉しそうに顔を綻ばせるペールアに微笑みを浮かべながら見つめる中、アラロが露店の燈火を物欲しげに見ていた。
「ふわわぁ…綺麗……!!」綺麗、と感嘆の言葉を漏らすアラロの瞳にまるで星でも入っていそうな様子を見たクロルが、彼女の隣に立って覗き込んだ。
「わあ、本当だ。凄く綺麗ですね…」
「でしょでしょ!?凄く綺麗で良いですけど…あっこれ!良いなぁ〜此のステンドグラスのフレーム、雷みたいで格好良い…!!」
「………」別の品物へ関心を向けるアラロの姿に、呆れながらもクロルは他の露店の品物へ視線を向ける。
あらゆる品物の中で、たった一つだけクロルの視線を独占した物があった。
「…これは」惹かれる儘に手に取った物は、燈火の様でも、フレームの様でも無い。嘗て「ヒンメリ」と呼ばれていた伝統工芸品に近い形だが、其の中に小さく透明な匣がある。更に其の中に、深く鮮やかな青紫の結晶が淡く輝いていた。
ーークロルの中で、遠い昔のある人物の姿が僅かに蘇った。
「わぁ…クロルさんそれ良いですね!!もしかして買うんですか!!?」
アラロがひょこっと横から顔を出してクロルが手に取った物を楽しそうに見ている。そんな様子に興味を持ったペールアも顔を出してクロルと品物を見る。
そのつもりじゃ無かったがーー買わないと言えば恐らくこの二人は大いに落ち込む事だろう。露店の店主でも無いのにである。
それだけで無く店主からの視線もやや痛い。居た堪れなくなってきたので仕方無いが手に取った以上、此の品物を買う事にした。
「いやぁ良いお買い物になりましたー!!」
ペールアに続きアラロも嬉しそうに買い上げた品物の入った紙袋を抱えている。どうやらアラロはあの後迷った挙句に両方共買った様だ。
ペールアは虫の本を抱える一方、先程の露店で好みの物を見つけたらしく早速買い上げたらしい。クロルはそんな二人の姿に嬉しそうな様子で、先程買った品物を取り出して見詰める。
(……"あの人"は、何故あんな事を)
クロルの複雑な心は、淡い輝きと共に秘められた。




