『Vigilate vulpis』
…復讐者一行は次の目的の為、女神アンクォアの座する烈都フィリゼンを目指していた。
一見二人だけの旅に見えるが、ニイスと云う不思議な青年が常に彼等と共に居る。
それ故、一行の旅路は意外と賑やかである。…専ら、ニイスがお喋りなだけなのだが。
そんな一行の様子を見つめている影があった。どうやら、前回とは異なる人物の様である。
…其の人物は、旅装に相応しく無い程に際どく乱している服を着ている。
少しだけ絢爛な柄をあしらったその服は、見るからに和服の様である。
(………ふーん…アレが復讐者ねえ。復讐者なんて大層な名前を名乗ってるんだから随分エグい見た目なのか想像してはったけど意外と整ってるんやねえ)
復讐者の姿を初めて見たらしい様である彼女は、一行への興味の他に、仕えるべき主、女神シーフォーンからの密命を受けて密かに追っていた様だった。
名はアユトヴィート。艶めかしい其の姿は、正に蝶や花の如く。然し其の様相はどう見ても此の場所に似つかわしくない。
彼女の様な者なら、寧ろ絢爛豪華な社交の舞台に居るべきだろう。
其の彼女の、僅かな香の匂いが、柔らかな風に乗って戦いだ。
「……?」レミエが不意に振り返る。其の表情は何かに気が付いた様な、はっとした様な、そんな様子であった。
「今、何か良い匂いがした様な…」
レミエの小さな囁きは、復讐者達の耳に届きはしなかった。
…が、彼女が"何か"に気付いた様子を、ニイスは見逃さなかった。
『…………。』
ニイスが彼女の振り向いた方向を訝しみながら睨み付けているが、復讐者にもレミエにも、その様子は伝わらない。
勿論、彼等を覗き見ているアユトヴィートにも気付かれはしないだろう。
そして同じ時、同じタイミングで全く別の存在も彼らを見ていた事は…どうやらニイスにすら分かっていない様であった。
「……………………」
其の"もう一つの影"は、アユトヴィートとは異なり、彼等を追う様に木々を伝って移動している。
「………?」ほんの些細な、枝葉の擦れる音に気付いたアユトヴィートが其の方向へ視線を送るが、相手の方が素早かったらしい。彼女が気付いた頃には、もう気配はしなかった。
おなじく、復讐者達も大分遠くへ行ってしまったらしい。
「…ふう、何やったんやろね。今日はほんまに騒がしいわあ」
復讐者達にも逃げられ、もう一つの影の正体を掴めなかった事で少しばかり気を悪くしたアユトヴィートが、ものつまらなさそうに其の場を離れて、辺りは木々のざわめきと風の音のみとなった。
…フィリゼンを目指して歩を止めぬ復讐者達は、ニイスの駄々で一度歩みを止めて休む事にした。リナテレシアからは幾分か遠いフィリゼンは、其の途中の道という道は時として険しく、そして過酷故に舗装された道を通る者の方が多い。
然し復讐者達は「女神殺し」という大義の為に其の様な場所を利用しない。何故なら、そういう場所は女神の手が入っているからだ。
女神の手の下で、まだ、殺される訳にはいかない。
…休憩を取る一行の前に、がさりと音を立てて物陰から現れる、小人。
復讐者は警戒したが、其の姿を見たレミエは何かを悟ったらしく庇い立てる様に立ち塞がった。




