『Post arbitrio vilissimi proditione』
…追従者スノウルの手で女神リンニレースが殺された後、リナテレシアに混乱と女神の訃報が飛び交った。
『女神リンニレース暗殺!!』
…の題名を大きく書き記した新聞がそこかしこにばら撒かれている。
別の意味で喧騒に満ちた癒都リナテレシアを離れ、復讐者達は新たな場所へ向かうべく歩を進めていた。
『…それにしても皮肉だね。女神暗殺の報から女神の所業が明るみに出たらしい。女神の死だって云うのに、民衆は薄情にも悲しみやしないじゃないか』
「当然だ。リナテレシアを治めていた裏で傷付いた民衆を引き摺り出して強引な治療で何人も殺していたんだから…」
復讐者とニイスの遣り取りも、少し物騒な言葉が出てはいるものの、何時もの二人らしいやり取りであった。
「ですけど…酷いですよね。傷付いていた人達は何も悪くなかったのに、リンニレースの気紛れや気分一つで何人も殺されてしまったのですから……」
然し、そのやり取りには新たにレミエも加わっている。
レミエの重々しい其の言葉に、二人は思わず俯いてしまう。
「……あ、そのごめんなさい、お二人を落ち込ませるつもりは無かったのですが…」
其の様子に気付いたレミエが焦って取り繕うが、レミエもまた俯いてしまう。
「…だけど、やっぱり許せないです。……今回の件で、一人の女神の行いが露見して、そしてリナテレシアの人は救われました。…もう女神リンニレースの行いに怯える事は…無くなったんですよね、きっと」
レミエの言葉には、僅かな怒りと助けられなかった人へ向けた無念があった。そして、リナテレシアの無辜の民が其の犠牲にならずに済む様になった一つの安堵も、彼女の言葉に含まれている。
『まあ、そうだね…女神リンニレースの所業に巻き込まれずに済む様になったんだ。でも、女神の治癒を受けられなくなったのはリナテレシアの民衆にとっては痛手かもしれないね』
ニイスの言葉もまた複雑な感情と僅かな皮肉を感じさせるものだ。
「…でもリナテレシアは「癒都」と呼ばれるだけあって医術の発達が著しい都市なんだ、別に、女神が居なくなっても多少不便なり何とか出来るだろうさ」
復讐者は二人とは対して異なり何故かあっけらかんとした態度で言い放つ。どうやらそれなりに事情は分かっているらしい。
『あ、そうか…なら平気だね』
「それなら、ある程度は大丈夫そうですよね、良かった」
彼の言葉に二人は杞憂に済ませる。レミエに至っては胸を撫で下ろしていた。
『いや…然しリンニレース殺害の張本人が僕達じゃ無くて良かったんじゃないかな、復讐者』
ニイスは不意に復讐者の傍まで飛び、彼の周りを漂っている。
「まあそうだな、女神を殺したのはあのスノウルだ。此の手で殺せなかったのは惜しいけど都合良く事が運んだし良いんじゃないか」
『まさか彼処まで潰してやったのにね。吸収してしまった方が良かったかな』
ニイスは物惜しげに振り返った。其れを見て復讐者は(不味そうだ)と密かに思う。どうやら、ニイス的には其の魂を吟味したかった様だが。
「…そう言えばニイス、君は女神を喰らったんだろう」
ふと、復讐者はニイスに喰らった女神について訊ねた。
『リンニレースの事かい?…んー、何か…甘かったね。でも、薬の苦味があったよ』
「薬の苦味?じゃあ奴はやっぱり医療関係の職務に就いていたのか、"彼"の予想していた通り」
『其れはちょっと分からないな。でも確かに苦味があった。…甘いのは多分彼女が人間だった頃製菓が趣味だったとかそういう理由なのかな』
吟味した魂の味をニイスは淡々と語り出す。
二人は女神達の事についてどうやら色々と知ってはいるが、傍から聞いていたレミエにはやや分からない。
レミエは少し物寂しく思いつつも、復讐者とニイス、そして女神達の関係について少しだけ気になった。
(お…お二人と女神達の間に何があったのでしょう…っ…!)
『…………………。』
一行が新たな目的地を目指す間、ニイスはふと振り返る。
女神を喰らった時の事を。リンニレースと云う女神を「喰らった」経緯と顛末を。
……………………
『……………。』
ニイスは横たわったまま動かぬリンニレースの亡骸をただ見つめていた。
(幸いにも此の女神に"僕"の姿が捕捉されずに済んだ…か……)
ニイスの心中に"或る"一つの出来事が浮かぶ。
ーー其れは嘗てあった事であり、その時は未だ人間であった此の女神に苦しめられた時の記憶であり、そして此の女神の罪である事を。
『復讐者とレミエは外に出てもらったが…「こんな姿」、あの二人には見られたくないしね…』
ニイスは皮肉を浮かべて嗤う。
そして、彼はリンニレースの亡骸に、其の手を伸ばし、そして触れた。
冷たくなったリンニレースの亡骸にニイスが触れた途端、女神の亡骸は蒼白く光り、そしてニイスに吸収されてしまった。
ーー遂に、女神は「喰らわれた」のである。
ニイスの力として、彼の地獄に落とされた。
今や女神リンニレースは先に喰らわれていた者と共に、彼の中にある永遠の地獄と牢獄の中に囚われ苦しんでいるのだろう。
哀れな女神だ、とニイスは冷たく嗤った。ーーでも、何れは残り三人の女神も、未だ存在している追従者も、皆が此の地獄に囚われるだろう。
誰も悲しむ事は無くなる。待ち望んだ結末が訪れ、喰らわれた彼女達も孤独のまま牢獄に囚われ罰を受ける事は無いのだから。
ーー彼女達の消滅が、彼の無念を晴らす事だろう。
ニイスは止まらない。彼の、復讐者による報復が終わるまで、"彼"の無念が晴れるその時まで、"ニイス"は復讐者に手を差し伸べ続ける。
彼等の苦しみに終止符を打つ事が、ニイスにとっての終わりでもある。
だから、ニイスは誓って、女神と追従者、あらゆる全てを喰らい尽くす事を。
"彼"の瞳は常に決意に満ちている。
ーーそして、女神リンニレースは地獄に堕ちた。
犯した罪に対して罰を受ける為に。
永遠の苦しみを受けるべくして。




