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Dea occisio ーFlos fructum nonー  作者: つつみ
Infirmitatem et Play(衰弱と再生)
11/91

『Exitium yuku salvus factus est』

「……私に、勝つ?…ふん、馬鹿馬鹿しい。下らない事なら夢の中で言いなさい」

リンニレースは静かな怒りをレミエに向けている。それでも、レミエは臆する事無くリンニレースを見据えている。

「いいえ、本気です。私、あなたの様な人には負けない」

だって負けられないもの。

レミエは既に決意していた。復讐者達に同行し、女神殺しを敢行する道を選んだ時点でーー

そして何よりも、許されざる光景を目にした。




「…なら、徹底的に壊しましょう。その華奢な身体が醜く歪んで割れて裂けて、飛び散らせる様子を楽しむ事にしちゃいますね!」

リンニレースの声に狂気と歓喜が入り混じり、先手を取る様にその杖先から光弾が放たれた。

「!!!!!」

レミエは咄嗟に杖を持ち直してその先から同じ様に癒しの力で作り上げた光弾を放つ。



「あ…危ない…っ!」

何とか光弾を打ち消したが、装填はリンニレースの方が早かった。

次々に打ち出される光弾をレミエはその身一つで全て避け切る。

「取った!!!!!」

リンニレースの其の叫びと共にレミエに向かって一回り大きい光弾が飛ぶ。


「きゃっ!!」

間一髪の所で其の光弾も避け切った。

(何とか避けられた…)レミエは束の間の安堵に胸を撫で下ろす。









「…チョロチョロと鼠みたいに逃げ回ってますねえ。私が昔飼ってた犬や猫の様ならまだ良かったのに。それか、水槽の中の魚の様であったら…」

リンニレースは昔の自分を思い出しながら言い放った。

「…昔の事を思い出す余裕なんて持っていたら、痛い目に遭いますよ!!」

レミエが素早く駆け出してリンニレースに蹴りを喰らわせようと動く。

「はわっ!!!」

リンニレースは思わず杖で受け止め、そして驚いた。

「くっ」

「ひゃわ…っ、明らかにシスターなのにさっきからキレッキレだし、何なのこの人…っ」

リンニレースは驚くと同時に、レミエの意外な実力の高さに惹かれていた。

故に、状況を顧みずレミエを引き込もうとする。



「…っと、待って。……あなた、レミエって名前なんですよね?ねえ、あの、追従者になりません?追従者になればスノウルさんみたいに長生き出来ますし、とっても良いですよ!」

それに対しレミエはにっこりと微笑みを浮かべながら、

「いいえ。お断りします。私は私の信じる道や仲間が既に居ますので、欲深な貴女方の様にはなりたくありませんから」



先の殺意の気を変えて女神の慈愛の如き微笑みを見せていたが、拒絶された途端に元の殺意の篭った表情に戻る。

「…そうですか、残念です。ーーこんなにも優秀な存在を、殺さなきゃいけなくなってしまうなんて!!!!!」

リンニレースの声と表情が先程の様な狂気と歓喜に変わり、再びレミエへ向かって光弾を差し向けた。

「はあぁっ!!」

レミエも対抗する様に光弾を放つ。両者の力が相殺され、そして掻き消えた。




「幾ら打っても相殺されるのが関の山なら、直接治癒の力を打てばいいだけ!」

リンニレースの目がカッと見開かれるのと同時に、女神の杖先からより大きな癒しの力が展開される。

「!!主よ、私に奇跡の手を!!!」

状況を悟ったレミエが祈りの言葉と共に、女神と同じ様に振る舞う。…此の奇跡を振るうべき対象を女神リンニレースにして。


女神と修道女の、「癒し」の力比べ。









「く…っ、負けません……っ!!」

レミエの癒しの奇跡がリンニレースの癒しの力と拮抗する。




初めて、女神を討伐する身となったが、こんな所で圧されてしまう様では、きっと後々彼等の足を引っ張ってしまう。

何よりある種同じ()()の力を扱う者として、彼女の凶行は許されざるものがあった。

治癒を無辜の人殺しの為に振るうなんてーー!

傷付いた者を癒し続けてきた彼女にとって、此の女神の振る舞いは耐え難い。

























「…おーやってるやってる、リンニレースさん超頑張ってー」

対し、復讐者と追従者スノウル。スノウルは復讐者を相手に取りながら、一方で女神とレミエの戦いを余裕を保ったまま見ている。

「……隙を作るのは痛手になるのでは?」

瞬間、復讐者がカッ!とスノウルの足を払った。

「うわっ」

先程の余裕とは打って変わり急な水面蹴りにスノウルは対応出来無かった様だった。其の身はがくんと傾き、顔面が地面に付きそうになる。

其の僅かな隙すら逃さず、復讐者はスノウルの身体を掴み上げ、盛大に投げ飛ばした。



「ぐっ…!」背中から壁に激突したスノウルの身体は、ミシミシと骨の軋む音を鳴らし彼女の身体に損傷をもたらした。

スノウルが立ち上がる前に復讐者は忍ばせていた銃を取り出し、スノウルの利き腕を撃ち抜いた。

「ぎゃっ!!」

スノウルの口から僅かな悲鳴が零れる。


彼女が目を開けると、復讐者は既に目の前に立っていた。





「…はー、これだから……頭でも撃つつもりとか?」

「頭は撃たない。女神側である以上、そう簡単に殺すつもりは無い。」

復讐者の冷たい瞳がスノウルを射抜く様に捉えている。戯けて見せたものの、通用はしなかった。

…本気だ。()()()、最初から殺すつもりだったんだ、()()()()()()()()()()ーー!!

スノウルの頬から冷汗が一筋通った。




「…あ、はは。ちょっとさあ、大体()()って大型の獣や猛禽類を撃ち殺す為のものじゃん?」

スノウルは復讐者の取り出した銃を指差して指摘する。どうやら銃がデザートイーグルである事は知っているらしい。

「…だから?」

復讐者の声も瞳も、恐ろしく冷たい。

「…最終的に確実に殺せるならば何でもいいんだ」

「えっ引くわ…スノ氏猛禽類じゃない何この人怖い」

「減らず口を叩くのもいい加減にした方が良いだろうな、先ずは喋れなくするべきかもしれない。苦痛で儘ならぬ様にお前の口を剣で裂くか…」

報復者の剣の切っ先をスノウルの口元に突き付けてからギリギリの距離でなぞり上げる。

「やっ…だなあ……………冗談……だって………w」

復讐者の本気の高さにスノウルは思わず命の危機を感じ取る。

戯けて余裕の無さを隠すが、却って逆効果であった。

































「はあぁぁっ!!!」

杖を握るレミエの手の力が強くなる。こんな所で力を抜く訳にはいかない。

然し女神は相変わらずの様子だった。このままではレミエの方が力尽きるかもしれない、ジリ貧になり力尽きてしまえば、女神リンニレースの癒しの力によって内側から破壊されてしまうだろう。


それ程までにあの女神の癒しの力は大きいのだ。

だから、レミエは益々気を抜く訳にはいかないし、少し前程に繰り広げられていたであろう、この女神の所業の事もあって彼女自身の心は密やかながら怒りに燃え上がっていた。



(だから…私、こんな所で力尽きる訳にはいかないのです。主よ…どうか、どうか私に力を。)


(この女神、いえ、目の前にいる()()は、「女神」の名を騙る「化物」の一人なのです。)


(繁栄の裏側で、化物達の所業に、苦しんでいる無辜の民がいる…此の目で見て、そして私は知りました。きっと、私の祖先も彼女達の所業を憂いていた事でしょう)


(…だから、私は復讐者さんとニイスさんと共に女神殺しに往く事を誓ったのです。…例え女神殺しの所業が罪であったとしても、その果てに裁きが降り掛かるとしても、私はそれでも構わない…)


(理不尽に苦しめられる者達の為に私は戦いたいんです…!!それなら私は罰を受けたって良い!!!)


(だから、だから、主よ、力を!!!主よ……!!!!!!)

















「っ…はああああああああっ!!!!!!!!」

レミエの杖先から更成る力が溢れ、そして其れはリンニレースの姿を飲み込んだ。

膨大な破壊の力として。

「きゃあああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

目映い光に飲み込まれたリンニレースは、レミエの放った力に目を開く事すら叶わなくなる。


女神の悲鳴が、ただ只管木霊した。









































……………………空間の全てに、静寂が浸透してゆく。

「……や、やった、のか?」復讐者もまた顔を伏せてしまう程の力。その光が失われて彼は初めてレミエ達の居た方向へ顔を向ける。

向いた方向には、膝を付く女神リンニレースの姿と、立ち尽くすレミエの姿。



「……あ…」膨大な力を振るって間も無いレミエは、その場からそのまま崩折れる。

その身が地に伏せる前に急ぎ駆け寄った復讐者が彼女の身体を抱き留めて事無きを得た。



「う………、ふ、復讐者…さん?」

「レミエさん…よく、頑張ったな……大丈夫か」

不安そうにレミエを見る復讐者の姿に、彼女は口元を少し緩ませた。

「ふふ…大丈夫ですよ復讐者さん……少し、疲れてしまいました。癒しの奇跡の力、こんな風に使った事なんかありませんでしたからね」

だから休めば大丈夫だと、復讐者に語る。

まるで、不安がる子供の心を宥める様に。









「…っぐ、」

膝を付いていたリンニレースが、杖を支えに立ち上がろうとする。

其の姿は、先程の力を一身に受けた事で満身創痍であった。




「まだ…わたし、は…倒れない……!」

リンニレースが憎悪に満ちた目で復讐者達を睨む。かたや倒すべき対象は満身創痍の女神一人。追従者スノウルも既に碌に動けない。今の復讐者達に勝機が無いとは思えない程、リンニレースは落ちぶれていた。



「そんな惨めな姿で我々に勝とうとでも思っているのか?」

憎悪には憎悪で。復讐者も憎悪の瞳と表情を浮かべてリンニレースを睨み返す。リンニレースは一瞬怯みそうになったが、持ち直して睨み続けている。

「わたし一人でも…あなた達を殺して…やる……!!」

リンニレースが絞り出す様に声を出した。其の時、彼女の背後の方からスノウルの姿が現れる。




「…!?追従者スノウル!!?」

復讐者は驚きのあまりに目を見開く。

あれ程、徹底的に痛め付けて動けなくした筈であり、女神を殺してから殺すつもりであった筈だったあのスノウルが、ゆらりと不気味に立ち上がって女神リンニレースの背後に居る。

「!!スノウルさん…!まだ、立てたんですか!!!あぁ良かった!!!」

振り返ったリンニレースが喜びの言葉を吐く。そして彼女は再び復讐者達の方へ顔を向けて、スノウルさんがいるから大丈夫だーーとでも言わんばかりに、表情に余裕を出した。


「私とスノウルさんの二人が居れば、どうにか出来ちゃうんです!!さあ!持ち直してあの煩くて醜いゴミを片付けちゃいましょうっ!!!」

リンニレースは嬉しそうに振る舞い、杖を持ち直した。

ーーそのリンニレースの表情が、一瞬にして変化する。









































「ごめんねー…リンニレースさん」

先程の戯けていた様子から打って変わり冷たく変貌したスノウルの短剣がリンニレースの背中を貫いた。

彼女の言葉に感情が篭っていない。

「……え、あ、スノウル…さん?」

リンニレースが背中からそのまま突き抜けた短剣に視線をゆっくり向ける。…スノウルの短剣に、自分の血が付いている。


スノウルは短剣を一息に引き抜く様に、然し惨たらしく殺すつもりでリンニレースの身体を下に引き裂いた。

刺し貫かれた所から、ブシュ、と音を立ててリンニレースの身体から血がどっと溢れ出て、引き裂かれた傷口から全身を伝う。

真っ赤な真っ赤な血がリンニレースの服を赤黒く染める。

深々と刺された、とリンニレースが認識した途端、激痛が背中から全身に回り始めた。









「あっ…ぐ、う、いた…い……スノウルさん…どうして、痛いよ」

血液が失われてゆくのに合わせて全身の力が失われてゆく。リンニレースの手から杖が滑り落ち、床に転がった。

リンニレースが痙攣し床に血の海を作った後、彼女の身体は動かなくなった。




ーー女神リンニレースは、追従者である筈のスノウルの手によってトドメを刺され、息絶えた。









































「…追従者でありながら、従うべき対象の女神を刺しただと……?」

スノウルの変貌と行動に、復讐者は動揺する。

『ーー追従者は女神を殺さないし、殺せなかった筈』

ニイスもまた、思わぬ事態に動揺を隠し切れない。



「…もうさ、飽きちゃったんだよね。元々白兵戦も長々と戦うのも性に合わないし。それに復讐者さん強過ぎじゃない?()()()()()()()()()()()()事は聞いていたのになー」

「!!」

『嗚呼、やっぱりね…君の殺害失敗の報は直ぐ広まっちゃってたか』

ニイスの呆れ気味な声に突っ込みたくなるがーー其れよりも、このスノウルという存在が思ったよりも危険である可能性に気付き、一層警戒を深める事となった。



「まあ良いや…私は私の目的があるし、その為の足掛けとして女神を殺したんだし、これで良し。目的を果たしたんだから長居する必要は無くなっちゃった。まあ悪くは無かったよリンニレースさん、今までお疲れ様」

スノウルは淡々と服に付いた埃を払い、横たわるリンニレースに感情の無い労いを贈ったスノウルは、傷付いたままの身体ながらも高い身体能力を活かして高所の窓を割ってそのまま外へ飛び出す。

復讐者は急ぎ追い掛けようと窓の近くへ向かうものの、彼女の姿は既に暗闇の中へ消えていった。

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