アリスと願いと大作戦。
事の発端は、その日の朝のことであった。
「仲良くなりたい子がいる?」
「そう!」
朝のホームルームが始まる前、ディアナは彼女の数少ない友人から、あるお願いを受けていた。
友人の名は竹馬アリス。念のため言っておくと、生粋の日本人である。
ディアナにとっては物心ついてから今までの長い間を過ごした、貴重な幼馴染である。
薄い茶色の髪をポニーテールにした長身の少女で、肌は健康的に日焼けし、背もディアナより高い。
アリスは人懐っこい笑みを浮かべながら、ディアナの顔を覗き込む。
対してディアナはハードカバーの本を開きながら、興味なさげに聞いている。
「それで、誰と?」
「えっとー、三山日向って子。知ってる?」
ディアナは呆れた顔でアリスを見上げる。
「クラスメイトじゃない。知っているわ」
「おお、さすが、霧雲センセ」
アリスの茶化すような言葉にディアナはため息を一つ。
「なら、話は早いわね。ひとっ走りして仲良くなってくれば?」
「えーっ、そんなぁ。冷たいなぁ」
つんつんと頬を突いてくるアリスを見もせずにディアナは告げる。
「いつもと同じ感じで友達になってくればいいでしょう?」
アリスには友人が多い。女子だけでなく、男子の友人もいるはずである。
「ええーっ。無理だよぉ」
頬を赤く染めて、口を尖らせつつ、ぶーたれるアリスを見てディアナは頭を抱える。
「あたしに彼氏いたことないの知っているでしょー?」
「いや、知らないけど」
そう冷たくあしらってから、ディアナはうん?と疑問符を浮かべる。
「あれ、何、仲良くなりたいってそういう?」
「えっ、違、いや、違わない?よく分からない・・・」
ディアナの質問にたじたじになるアリス。
「ただ、その、いざ話しかけようと思ったら、何かドキドキして。うまく話せないし・・・。話のネタも、あまり思い浮かばないし・・・」
ディアナはいつもアリスの周りにいる友人たちを思い浮かべてみるが、確かに彼女と同じタイプの大人しい人間はいなかったな、と思い返す。
「分かった。相談なら乗るよ」
「ありがとー!我が竹馬の友よー!」
アリスは自分の名前を使ったダジャレを放ちながら抱き着こうとする。
ディアナはアリスの額を掴みつつ、問いかける。
「彼女と話せないなら、彼女の友人となら話せるんじゃない?」
ディアナの質問にアリスはうっ、と固まる。
「どうしたの?」
「正直、彼女の周りの友人たちは苦手・・・」
ディアナは三山日向の周りにいた人物を思い浮かべ・・・。
「じゃあ、趣味とかは?」
「速攻諦めたね・・・。趣味、えっと、分かんない」
「確か刺繍とかだったかしら。無理ね」
「あ、無理だね」
「あとは、あっ、一緒の部活に入るとかは?確か彼女、手芸部ではないはずよ」
「えっ、そうなんだ!じゃあ、どこなんだろう?」
ディアナはため息を吐く。
「あのねえ、仲良くなりたい子のことぐらい知っておきなさいよ」
「あははぁ、ごめんごめん。だって、ディアナ、こういう人の情報とかよく知っていそうだもん」
「完全に私頼みじゃないの・・・」
「実際、知っていたでしょ?」
自慢げに豊満な胸を張るアリスに、ディアナは再びため息を吐く。
「彼を知り己を知れば百戦危うからず、よ」
「何だっけ、子牛だっけ。いや、男じゃないし、戦いじゃないもん」
「孔子じゃなくて孫子ね。発音も気になるけど。それに」
真剣な顔でディアナは告げる。
「人付き合いは、戦いよ?」
「おお、なんか、ディアナ氏が言うと重い・・・」
ディアナはこほん、と咳ばらいを一つ。
「そういえば、彼女、演劇部の見学に来ていたわね」
「演劇部?じゃあ、ディアナと同じ部活になるの?」
ディアナは中学の三年間、演劇部に所属していたのだ。高校でも同様に続けるつもりである。
「まだ見学だから分からないけど、ここ数日ずっと来ているから入るんじゃないかしら」
「そっか、演劇部かあ。うーん」
アリスは唸りながら腕を組んで考えている。彼女自身が演劇部に入るかどうかを決めかねているのだろう。
「そういえば、彼女、ヒーローものが好きみたいね」
「ヒーローもの?」
「ええ、後ろで話していたのが聞こえてきたんだけど、日曜日の朝の話で盛り上がっていたわ」
件の友人たちと共に、主に魔法少女の話をしていたのをディアナは聞いていた。
「やっぱり彼女のこと詳しいじゃん」
「たまたまよ、たまたま。目につくのよ、彼女」
ディアナは茶化すアリスを適当にあしらう。
「ふむ、ディアナと同じ演劇部で、ヒーロー好き、か」
今までの情報をまとめるように呟いたアリス。そして、
「あっ、いいこと思いついた!」
目を輝かせながら、ディアナを見る。
対してディアナは頭を抱える。長年の経験から、彼女がこういった顔をしたときは良い提案だった試しがないのだ。
「一応聞いておくけど、何を思いついたの?」
ふっふっふ、と自慢げに笑うアリスは、
「題して、ヒーロー大作戦!」
その作戦名から、ディアナは己の予感が当たったことを確信するのであった。