ビンタと屋上と意気地なし。
不定期でゆるく更新していきます。基本行き当たりばったりです。
すぱぁん。
四月。まだ風は冷たいが、雲のない晴天の日。快音が学校の屋上に響き渡る。
高いフェンスで四角く区切られた空間には、複数の女生徒が集まっていた。
もしも彼らがフェンスの外にいたとするならば、さながら無法者の集う地下闘技場である。
人込みの中心には、どこか対照的な印象を受ける二人の女生徒が立っている。
一人は茶色のショートヘアの、小動物のような印象の小柄な少女。
もう一人は黒のロングヘアーを三つ編みにした、眼鏡をかけた長身の少女だ。
「私は貴方が嫌い」
黒髪の少女が茶髪の少女を睨みつけて告げる。
茶髪の少女は赤くなった頬をさすりながら、上目遣いで黒髪の少女を見る。
その目の端には涙が浮かんでいた。
「な、んで?」
弱々しく尋ねた茶髪の少女の問いに対して、黒髪の少女は応えない。
ただ無表情のまま、茶髪の少女を見下ろしていた。
「わ、たし、ディアナさん、とはあんまり、話したこと、ないです、よね?」
所々、茶髪の少女は詰まりそうになりながらも、精一杯に言葉を紡ぐ。
黒髪の、ディアナと呼ばれた少女は自身の名前を呼ばれたところで、眉根をピクリと動かした。
「わたし、その、悪いところがあったら、直します。だから、わたしのどこが嫌いか言ってください」
茶髪の少女は、制服の裾を握り締めながら、ディアナを正面に見据える。
「何処が嫌いかって?」
ため息交じりに吐かれたディアナの言葉に、茶髪の少女の小さな体がわずかに震える。
「全部です」
そして、更に告げられた言葉で、目の端にためていた涙が頬を伝う。
「強いて言うなら、笑顔、ですね」
ディアナは三つ編みのおさげをくるくると回しながら、こともなげに言い放つ。
「ディ、ディアナさん!」
事を見守っていた、周りの群衆から一人の男子生徒が慌てた声で間に入ろうとする。
「何ですか」
ディアナは男子生徒の方を見ることもなく応える。
「ど、どうしてそんなにも・・・」
言葉の最後の方が尻すぼみになりながらも、ディアナのクラスメイトである男子生徒は尋ねざるを得なかった。
黒髪の少女、霧雲月姫は休み時間には本を読んでいるような物静かな少女であり、今のように感情を露にすることはほとんどなかったのだ。
怒ることも、笑うことも、悲しむこともほとんどせず、冷静沈着な文学少女。
それが、クラス内におけるディアナに対する共通認識だったのだ。
とはいっても、四月に入学してから今までの一週間足らずの認識だったのだが。
「貴方には関係のない話でしょう」
そのイメージが今、本人によって覆されようとしていた。
普段は怒らない人物ほど、怒らせてはいけない。
男子生徒は、それを痛いほど感じていた。
「久木、君、ちょっと、ごめん」
その時、きゅっと、男子生徒、久木の肩が軽く掴まれる。
「三山さん?」
掴んだのは、茶髪の少女、三山日向その人である。
「庇ってくれて、ありがとう。でも、大丈夫、だから」
日向の目は赤くなり、潤んでいるが、真剣そのものだった。
「わたしが聞かないと、きっと、ダメ、だから」
日向は謝りながら、ディアナの前に立つ。
この日、イメージが覆ったのは、きっとディアナだけではなかった。
「教えて、ディアナさん。私の、何処が嫌いなの?」
臆病で内気で、でも笑顔の可愛い、小動物みたいな子。
その三山日向は、真っ向からディアナに立ち向かっていた。
「そういうところよ」
ディアナは小さく呟くと、一瞬、日向から目を逸らし、屋上の入口を見る。
そして、ひときわ大きなため息を吐くと、がっしと日向の両肩をつかむ。
「貴方の、そういうところが、大嫌いなのよ!」
「どういう、ところ、ですか!」
二人は額を突き合わすように顔を近づけ、クラスメイトが聞いたことのないほど大きな声で言いあう。
「言わなくても分かるでしょう?自覚していないの?」
「言ってくれなければ、分かりません!」
「なら、自覚させてあげるわ!」
ディアナは日向の顎を掴んで、今までで一番冷たい声色で告げる。
「笑いなさい」
え、と間の抜けた顔になる日向に、ディアナはなおも言い募る。
「今、ここで笑ってみなさいよ。そうしたら退いてあげる」
ディアナはにこぉ、と笑う。唇が三日月のような形になるほど、攻撃的な笑み。
日向は、口角だけを無理に上げようとする。十人いて十人が不器用だと評価するような無理な笑み。
「何、それ」
それを見た瞬間、ディアナの顔から一切の感情が消えうせる。
「笑えって、言ったでしょ?」
底冷えのするような声に、日向の顔がこわ張る。
「それは、笑顔じゃないわ。分かってる?分かってるでしょう?」
ぎりっと日向の肩を掴む手の力が強まる。
日向は痛みに顔を顰めながらも、なおも笑顔を作ろうとする。
「分からないの?分からないふりをしているだけ、ではないでしょう?」
ディアナは日向の肩をゆする。彼女の細腕からは信じられないほどの力で、日向の体は揺さぶられる。
「笑いなさいよ。もっと、心からの笑みで、笑ってみなさいよ!」
がくんがくんと日向の首が揺れ始めた時点で、周りのクラスメイト達は急いで止めに入る。
「ディアナさん、もう止めて!」
「お、おい!みんな!ディアナさんを止めるんだ!」
「笑ええええ!」
クラスメイトが数人がかりでディアナを羽交い絞めにし、暴れるディアナを屋上の入口まで引っ張っていく。
「ああ、もう、いいですよ」
屋上の扉が開き、中に入ったところで、今までのが嘘だったかのようにディアナは抵抗を止める。
呆気にとられた生徒たちが思わず手を離すと、ディアナはすたすたと歩いていく。
その前には、屋上前の階段で座り込む、一人の女生徒がいた。
「意気地なし」
「あんな修羅場に入っていけるかああああ!」
ディアナの言葉に反応した女生徒の叫びが、校舎中に響き渡った。