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十九羽



 十二月三十一日。



 海風はいつだって強くべたついているものだ。しかし今は、更に密度ある臭気を纏っていて不快にも程がある。

 五十嵐はお洒落には程遠い髪をがしがし掻き回し、舌打ちした。泣きそうな顔で海上を見つめている乾は猫っ毛が祟り、不器用な鳥が作った巣のようになっている。櫛すら通らぬ有様では、後で治すのに苦労するだろう。


「まあ、後があればの話だがなぁ」

「な、何てこと言うんですかぁ!」


 泣きだしそう、ではなかった。既に半べそは通り越し、八割べそになっている乾の頭を鷲掴み、五十嵐は豪快に笑う。尻尾を踏まれた猫のような悲鳴をあげた乾に、周囲もまた始まったと笑いを漏らす。波が叩きつけるコンクリートの上には、それぞれの武器を持った戦闘員達が待機している。五十嵐達がいる対策本部の周囲にもだ。



 何が悲しくて大晦日の夜に、世の人間達は仕事を納めて温かい部屋で明日の為にと準備された寿司やおせちの匂いにそわそわしながら、煩悩を払う除夜の鐘を心待ちにしているこの時間に、海風吹きすさぶ寒い場所で死んだ目をした仲間達と日本が終わるかどうかの瀬戸際に立たされなければならないのだ。

 パニックにならないようにとの政府の方針通り、情報は閉ざされたままだ。もしも五十嵐達が負ければ、日本人はそうと知らずに国を失うことになる。しかも物理的にだ。経済が破綻して国が消えるのも、新しいものにばかり気を取られて繋がってきた文化を散らし失うのも嫌だが、物理的に根幹から日本という存在が失われれば、この地に生きる人間達はどうすればいいのだ。

 故郷が、この地に根付いてきたものは枯れ果て、四季どころか何も芽吹かぬ不毛の地となる瀬戸際だなんて泣けるにも程がある。


「外国籍の船だか何だかで、よくもまあここまで手こずらせてくれやがって。なぁ?」


 お偉方の都合やらなんやらで、結局目星をつけてからも踏み込めなかった大型の貨物船。そのお偉方の中には、今回相手方に組した大馬鹿者が含まれているのは想像に難くない。

 周囲の緊張を解したふざけた口調とは裏腹に、海上を見据える視線は苦々しい色を含んでいた。本当に忌々しい。人の国になんて物を持ち込んでくれやがったのだ。

 盗難にあった霊障物質の中で、最も単純で最も厄介な物。何千年も何万年も、穢れだけを詰め込んだ希望も糞もないパンドラの箱。決して開いてはいけないという伝承付。だったら何で作ったこの野郎。おかげで後世の、しかも他国の人間が苦労する羽目になった。

 霊感が皆無と呼べる五十嵐の鼻にも届く悪臭。乾達にはさぞかしきついことだろう。寧ろなんで、今までこれに気付かなかったと再び舌打ちしたかったが、この悪臭は箱の蓋がずれたことによるものだ。今まではきちんと閉じられていたのだろう。そうでなければ船上員という名のテロリスト共もみんな揃って箱の餌食となっていたはずだ。

 テロリスト側の術者と思わしき人影達は、杭のように海上に浮かんでいる。人間なんだからそこまで怪めいた演出しなくていいだろうに、冬の空を背景に人影はどんどん増えるばかりだ。彼らの演出の為に気合を入れたのか、臭気は更に濃度を増し、何人かが口元を押さえて駆けていく。


「……本気で仕掛けてくるな。神鬼月の推測が大当たりだ」

「ひゃい。ひかひ…………」


 鼻を塞いだ情けない返事と、泣き出しそうな視線が告げたいことは分かっている。何千年も熟成された穢れを、こんな寄せ集めた戦力でどうこうできるはずがない。時間を稼いだとしても増援が捌ききれる密度ではない。だが、勝てないからと引くわけにもいかないのだ。ここで引けば比喩でなくとも日本が終わる。日本という形を作ってきたのは人間だけではなく。自然も災害も怪も、皆一様にあってこそ国が此処に在る。日本という国の根幹を担う歯車の一つが怪だ。それを根こそぎ枯らされれば、揺らぐだけでは済まなくなる。

 しかし、全く何の策もないわけではない。戦力を集中させれば今度は地方が危ういとは分かっているが、そうも言っていられないと日本中の上位能力者を掻き集めている。やれることはやる。やった上で更にやる。それが部下の命を預かった上司としての務めだ。まして五十嵐は情報部。自分の力不足で死ぬのは己の部下だけではないのだ。


「そういや、神鬼月はほんとにくるのか? 腹に風穴開いてんだろ?」


 首を後ろに向けて問えば、ごきりと響いた音に部下が引いていた。この一週間、碌に眠らず仕事をしているのだ。そんな人外見る目をしなくてもいいだろうに。

 五十嵐は自覚がなかったが、彼の首から鳴った音はごきりなんて可愛いものではなかった。部下一同の耳には、どう聞いても首がもげ落ちたような凄まじい音が届いていたのだが、知らぬは本人ばかりなり。

 五十嵐はガリガリ頭を掻きながら三時間前の連絡を思い出していた。

 増員できると神鬼月は言った。無事かとか大丈夫かとか、こっちからの問いは全部無視された上での言葉だったが、内容が内容だったためすぐに食いついた。いま、戦闘員は喉を突き破って両手で奪い取るくらい欲しい。 

 神鬼月は詳しい話はせずに通信は切れた。失礼な、などとこの程度で怒っていては彼と付き合うことは不可能だ。

 神鬼月は基本嘘をつかない。そもそも会話が極端に少ないので、嘘をつくまでに至らないというのは勿論あるが、不必要な嘘はつかないだろう。そんな面倒なことをしでかす茶目っ気が欠片でも、ミリでもあれば、もう少し付き合いやすいからだ。



「ま、どっちにしたって俺達がここから動かないのは変わらんしな」


 乾がこくこくと涙目のまま頷く。苦笑しながら掴んでいた頭を離した。

 瞬間、臭気にやられて何度も吐いた乾の青白い顔が、死人のそれより酷くなった。五十嵐でさえ吐き気を催し、口元を押さえたくらいだ。


「箱が、開かれっ…………!」


 感知能力の強い乾にはきつい。これ以上は命に関わると五十嵐は咄嗟の判断で部下の首筋に手刀を叩きこみ気絶させた。爆音が響くのも突然だ。夜の会場には光はないはずだが、点滅するように様々な色が飛び交っている。

 広がるのは闇ではない。闇よりもチープな絶望だ。安っぽい特撮でも揶揄されそうな手抜きの背景に見える。それくらい簡単で安っぽいのに、現実で見るとこれほどシュールな物もないだろう。


「始まったか」


 戦陣の指揮を執るのは五十嵐の仕事ではない。五十嵐の仕事は、飛び込んできた伝令の情報を捌いて指揮官達に回すことだ。同じ場所では指揮官達がぎりりと唇を噛み締めて戦場を見ている。


「化け物を日本に持ち込みやがってっ……!」


 百年単位の代物なら当たり前のように処理してきただろう彼らだが、流石に今回は大物すぎる。いつになく余裕のない彼らを更に苛立させているのは鳴り続ける政府からの直通回線だ。何をしている、早く何とかしろ、役立たず、何の為に融通を効かせて。やかましいと怒鳴りつけた古参の指揮官が回線を物理的に切ろうとしていて、部下達が泡を食って止めに入る。そうだ、正しいぞ部下達。何が悲しくて聞きたくもないおっさん達の声を聞くために、貴重な予算で新たな配線を買わなくてはならないのだ。中古で十分だ、中古で。聞き取りづらければ尚よし。今度からもっと雑音が多くてノイズにしか聞こえない配線にしておこうとこっそり決めた。

 部下に死ににいけと発破をかけ、入院していた者も重体患者以外は引っ張り出してきている現状で、これ以上何をしろというのだ。

 飛び交う怒声と報告と悲鳴は、こっちにとって良いとされる情報を伝えてはこない。指揮官達は広げられた図面に次から次へとバツを書き込み、飛び出る言葉は戦線を下げるばかりとなる。


 五十嵐も喧噪に負けじと大声で部下に指示を飛ばし、拳を握りしめた。来るなら早く来い神鬼月。この戦力に出来ることは粘るだけだ。攻めに転じる手立てがない以上、溢れだす瘴気は止められない。他国の術者を追い払えないくらい、今の戦闘力は低下しているのだ。これ以上間合いを詰めても詰められても、自家中毒を引き起こす。お偉方は誰に責任を押し付けるかに躍起になり、押し付けられた方は内輪で罵り合い、身の内から腐り落ちていくだろう。五十嵐は、それらも水際で食い止めなければならない。こんな胸糞悪い物は命を懸けて戦う彼らの仕事ではない。裏で座っていられる五十嵐の仕事だ。




「やっとるのぅ」


 隣に立つ人間の声さえ聞こえない音量で飛び交う喧噪が、ぴたりとやんだ。

 いつの間にか知らない老人が立っていた。小柄な着物姿の老人は、それでも矍鑠としており背筋はピンと伸びている。好々爺めいたその姿に散歩中の老人が紛れ込んだのかと思ったが、護衛達の歯が鳴り膝が折れたのを見て違うと悟る。歴戦の勇者である指揮官でさえ先程の比ではないほど青褪め、そろりと腰に手を回す。彼らがそれぞれ愛用の武器に手をかける寸前に、全ての武器は老人の前で浮いていた。


「これだから生の短い生き物は短気でいかん。食ってしまおうかという言葉に対し、大きくなってからのほうが食べる比重が増えていいと思うよと答えた幼いお凛を少しは見習うべきじゃな」


 それはそれでどうなんだろう。正直に思った五十嵐の思考を塗り潰すほどの悲鳴がそこら中から溢れ出た。男の、それもおっさん達に金切声など聞きたいものではないなと呑気に思っている暇はない。作戦本部は戦場とは違うパニックに陥っていた。


「八つ目大墓主!?」

「なぜこんな場所に!?」

「滅んでいなかったのか!?」


 大妖か。何とも間の悪い時に。五十嵐も思わず呻いた。何もこんな時に、伝説級の妖怪など現れなくてもよいではないか。妖怪からすれば、騒がしかったから、暇だったからという理由だろうが、こっちはそれどころではないのだ。

 一色触発の空気の中、元凶は朗らかに笑っている。

 その背後から悲鳴とも歓声ともつかぬ絶叫が上がった。


「何だ!?」


 事態を把握しようと外を見た五十嵐は絶句した。絶句以外の何をすべきだったのか今でも分からないくらい、絵に描いたような、いっそ見本にすべきくらい見事な絶句だった。





「なんだ、こりゃ」


 勝機のない悲壮感漂う戦場が、妖怪大絵巻と化していた。

 妖怪大図鑑の中でしか見たことのないような怪が闊歩している。しまくっているという方が正しい。能力者達は、怪を攻撃すべきか侵略者を攻撃すべきか迷い、おろおろと視線を彷徨わせている。

 ぽかんとした五十嵐の前を手足がやけに細長い巨人がひょうきんな動きで駆けていく。空一面にうねるのは百鬼夜行か。

 阿鼻叫喚の中を、見知った二人組が駆けてくる。


「爺さん! 先に行くなうっひょう!?」


 珍妙な悲鳴を上げた武田は、横から飛び出してきた首なし猪を避けた。後ろにいた丹羽は頭上ぎりぎりを通過した蟲の大群に口元を引き攣らせている。二人を飛び越えて、巨大な蜘蛛が眼前に着地した時、流石の五十嵐も喉を引き攣らせた。しかし、蜘蛛の背に人影を捉えた瞬間、恐怖も忘れて身を乗り出す。


「神鬼月! 夜叉丸も無事か! …………あ――……お邪魔だったか?」


 状況も忘れて、野暮をしてしまったかと鼻を掻く。周りも何と声をかけていいのか分からないでいた。互いに視線を交わしてもどうしようもない。この微妙な空気をどうしてくれよう。

 巨大な蜘蛛の上には三人いた。あれだけ安否を気にしていた二名がいるのに、素直に喜べないのは彼らの体勢が原因だ。夜叉丸を背凭れに、神鬼月と少女が抱き合っている。抱き合っているというよりは、神鬼月が少女にしがみつき、(いだ)かれているといったほうが正しい。少女は胸元で抱く少年の頭に額をつけ、慈しむように目を閉じている。


「まるで生を受ける前の胎児のようじゃて」


 八つ目大墓主は顔中の皺を使って飄々と笑った。


「儂らはお凛の要請でぬしらに協力しよう。寝床を異国のものに荒らされるは不愉快じゃて。ただし、貴様ら祓い人の前に姿を現す危険を儂らだけが負うのは公平とは言えぬ。それに対しての交渉は後に回してやろう。今はただ、目障りな残り滓の処理を優先せい」

「残り、滓」


 日本を崩壊の危機に陥れている物が、残り滓。出汁を取った後のじゃこみたいな言い方に、五十嵐の力が抜けていく。くぐもった声が追い打ちをかける。


「とうに死んだ人間が残した感情だけだ。残り滓が正しいだろう」

「……………………その格好で言われてもな」

「うるさい。凛がこのまま気を失ったんだから仕方がない。夜叉丸の結界がなければ僕も意識は保てない」

「つーか、なんでその体勢になったよ」


 都合が悪くなったらだんまりはずるい。顔は埋もれて見えないが、神鬼月の手はしっかりと少女の腰に回っていたし、腹に穴が開いている身としてその体勢は苦しいはずなのに相手を突き飛ばしもしないことから、大体の状態は予測できる。なんだか甘酸っぱい想いが込み上げてくる。微笑ましいというか、こっちまで恥ずかしくなってきた。

 話す時に人の目を見るどころか、体を向けることない少年の背に話しかけるのは慣れている。だが、こんなパターンは初めてだ。笑いを噛み殺しきれない丹羽の含み笑いにつられて、さっきまで緊迫感しかなかった場所に小さく笑いが漏れ出していた。

 何から驚けばいいのか分からなかった衝撃が遅れて溢れ出してくる。神鬼月に温もりが届いている。神鬼月が、人の手に触れている。これは奇跡だろうか。奇跡は少女の形をして現れた。奇跡はその名に恥じず、壊れた人形を幼子のように抱き、人間にしてしまった。かろうじて人の形をしていた人形に魂を入れ、人間にしてみせたのだ。


「なんともこりゃ……奇跡と喜劇だな」


 ぼりぼりと頭を掻いてさっきまで戦場だった場所を見やる。絶望の象徴だった背景を背負いながら、戦士達が阿鼻叫喚だ。仲間かと思って抱き上げた相手がのっぺらぼうだった男が憐れでならない。こら、怪。人間で遊んでないで戦え。




「お前さまぁ! お前さまぁ! これはあたしの手柄でいいのかい!? お前さまぁ! ご褒美をくだしゃんせ!」


 人一倍派手な柄をした怪が飛び跳ねている。大量に束ねられた蜘蛛の糸が船を吊り上げ、蜘蛛のタワーの頂点で女が大きく手を振る。その手に持つ小さな箱からは未だにもくもくと絶望が漏れ出しているのに、女は気にしたそぶりも見せずに振り回していた。


「八つ目大墓主。呼んでるぜ」

「わしゃ知らん」

「お前の女だろう」

「儂はあれが卵の頃から知っておる。あんな青臭い女を相手にする趣味はないよ」

「なんつー爺だ」


 思わず爺呼びしてしまったが気にする風はない。まあ、外見爺だし、恐らく中身もそれなりに爺だろう。もう爺でいいだろう。嫌なら言ってくるだろうし。


「あ」


 もう何に驚けばいいのか分からない状況の中、間が抜けた声と、四つ辻女郎の金切声が重なった。長い女の爪が掴んだ小箱を、空から伸びた巨大な手が浚っていったのだ。腕の太さが高層ビルほどもある巨大な手は、巨大な災厄を齎しているとは信じられないほど小さな小さな箱を、どうやってか太い指で摘まんでしまった。

 ぽかんと動きが止まった戦場の空気を察してか、それまで微動だにしなかった凛が顔を上げる。ほんの僅かに現れた隙間でさえも心許無いと言わんばかりにしがみついた神鬼月の腕に、五十嵐は状況も忘れて笑った。




 喚くには絶望が深すぎて、枯れるには早すぎる涙は流し疲れた。凛の思考は熱を持ったように緩慢で、周囲の喧騒もどこか遠い。けれども強制的に引き戻された感覚は、痛みを伴って一気に覚醒を促した。


「うっ……」

「……放っておけばいい。どうせすぐに終わる。僕らはこのまま寝ていればいい」

「そうも、いかない、でしょ」


 まるで駄々っ子のように腕の力を強める藍に苦笑する。痛いのは傷口に響いているからか、純粋に彼の力が強すぎるからか。加減を知らない子どもの力は骨が軋む程に強い。罅でも入っていたら笑うしかない。そうだったら紀練の所為にしておこう。

 衰弱している凛の視界は極端に狭くなっている。物理的にも精神的にもだ。周囲の阿鼻叫喚もほとんど把握できていないが、それは分かった。

 凛から温もりを分け与えているようでいて、その実、凛の意識を保っている身体をやんわり引き剥がして、緩慢に姿勢を正す。自立できず、身体は凭れたままだったけれど。

 空が落ちてくるほどの威圧感を纏ったそれは、小さく騒がしい声を連れて凛の傍に降り立った。小さな小さな声達は、この世の春が来たとはしゃぎ、甲高い声を上げて跳ね回っている。


「御方様はお役目を果たされた!」

「お役目は終わりを告げた!」

「この世が終わるから始まる!」

「始まるから終わる!」


 小人達はきゃあきゃあ声を上げて跳ね回り、あっという間にその数を増やした。まるで海が溢れたといわんばかりに地面を埋め尽くし、さざ波のように揺れている。数を増した小人達は、いつしか光となっていた。

 夜の世界は、いつの間にか金の原となっている。蝶が鱗粉を振るうがごとく金色を纏った小人達は、惜しみなく黄金を世界に降らせた。


「感謝します。年神様」


 小人と彼らが担ぐ神輿に捧げた砂糖菓子が日本を救うとは。まさに、情けは人の為ならず。先人は凄い。

 年神は名の通り、その年だけの絶対神だ。時が戻らないのと同様に、年が終われば決して(まみ)えることのない神が、災厄を持っていくと言ってくれたのである。これほど確実な封印は何処を探してもあり得ない。今年は二度と訪れない。今年の年神の手に渡った災厄は年を跨ぐことなく、今年に置き去りになる。実質的には、永久的な封印である。


「砂糖菓子、美味であった」


 光の中から声がする。男とも女ともとれる不思議な声だ。


「砂糖菓子の礼をこれとしよう。やれ、礼の一つも侭ならぬのは不便なものである」


 どこか愚痴のような口調に凛は苦笑する。


「その不便さに救われるのが人間です」


 今度の苦笑は空から降った。

 きゃわきゃわ騒ぎ立てる小人達のさざ波は、訪れた勢いをそのまま逆再生させたように引いていく。きゃわきゃわがさわさわと変わり、引き波は金色を纏って世界に帰っていく。



 鐘の音が響く。

 空を覆っていた暗雲が金色に染まった瞬間、化学反応を起こしたように雲が消え去った。遮るものが無くなった空には、星も月も当たり前のように輝いている。

 その星の間を、銀色を纏った影が横切っていく。




 一月一日。

 年が明けた。

 世界に新たな年神が生まれたことを知ったのを最後に、凛の意識は途絶えた。




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