零羽
「ロン!」
見なくとも分かる声に呼ばれ、少女は振り向いた。左右に結い上げられた髪の隙間からリボンが揺れる。
「ラン!」
大好きな声に呼ばれた少女は、弾けたようにぱっと笑って振り向く。大好きな相手をそのまま抱きしめようと両手を広げ、動きを止めた。
「…………どんまい?」
少年は大きな目にいっぱいの涙を浮かべて、ズボンの端を握りしめていた。
「どんまいじゃない……」
「また、おんなのこみたいっていわれたの?」
「なやまれなかった……」
「うわぁ、ただしい!」
「ロンまでそんなこという! うわぁあああああん!」
長い睫毛に、白い肌。大きな瞳にぷくりとした頬と唇。長い髪などなくても美しく愛らしい少女にしか見えない少年は、泣きながら少女に飛びついた。同じ大きさの塊を支えきれず、二人ともが転がる。
「ランはなきむしね。いっつもなく」
「だって……だってぇ……」
少女は背中を泥まみれにして、ぽんぽんと相手の背を叩いた。彼が泣き虫なのはいつものことだし、女の子にしか見られないのもいつものことなのである。
「わたしだっておんなのこよ。そんなにきらいきらいいわないで。かなしい」
「ロンはおんなのこだもん! ぼく、おとこのこだもん! おんなのこじゃないもん!」
「わたしよりおひめさまよ?」
「ランがおひめさまだもん! ぼくじゃないもん! ぼくはおうじさまだもん!」
泣きじゃくる少年の手を取って、二人で歩き始める。ぐしゅりと音がするから、少女はティッシュで拭ってやった。
「はい、ちーん」
大泣きしても愛らしいのは「いっしゅのさいのうね」だ。
でも、あんまりにも泣きやまないので、少女はとっておきの言葉を唱えた。
「ルン」
ぼろぼろと泣きながらも、少年はそれに応じた。
「ロン……」
「ラン」
「リン」
「レン」
交互に言葉は放つ。淀みなく、呪文のように、ぽんぽんと言葉が連なる。子どもの高い声で楽しげな音となっていく。
「ルン」
今度は少年が始めた。大きく涙を拭って、照れたように笑う。
「ラン」
「ロン」
「レン」
「リン」
二人は顔を見合わせて、にっこりと笑った。
ルンロンランリンレン・ルンランロンレンリン・ルンロンランリンレン・ルン……。
それは、二人だけの内緒の呪文。
二人だけが知っている、二人にしか分からない、秘密の合言葉。
どんな時にも元気になれる、二人だけの魔法の言葉。