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同じ学校に通っている真坂 浜辺は写真部で一緒の仲なので、気心が知れている部分もある。
だが俺は幽霊部員みたいな感じなのに対し、浜辺はバリバリに写真を撮って活動していた。そんな彼女が幽霊というか、悪霊になってしまった家族を撮影してしまったのが二日前。
悪霊になったということは、何かが無念だったのだろうか。
とにかく原因はあるはずだった。
ポルターガイストが発生している室内、皿が宙に舞い、リモコンやペンなども飛んできて危ない。俺はドライヤーのスイッチを『守』とラベルされている所に回し、起動した。ドライヤー・フィールドとでも言わんばかりの、空気を使った防御壁が展開され、飛び回る物々から浜辺や俺自身を守る。
「とにかく、何かを言ってみるんだ」
策が無いといえばそれまでなのだが、実際、まずはそういう所から始めるしかない。
手当たり次第で原因を探っていくのだ。
浜辺は、うっすらとほほ笑む。かと思いきや、すぐに泣きそうな顔になった。
「私だけ助かったのが、憎たらしいの?」
ハッと息でも付くかのように、静寂が広がった。
俺は慌ててドライヤーのスイッチを『聞』に回した。こういう機能があると便利だ。これを使い捨てって勿体なくないか。そんなことを思いながら、ドライヤーから声が聞こえてくるのを待つ。
聞こえた。『チガウ』『チガウ』
「違うの? じゃあなんで、こんな、私が困るようなことをしているの? 私だけじゃない、親戚のおじさんやおばさんだって怖がってる……」
『コワイ』『イヤダ』
『ワシタチハ、キエルワケニハ、イカナイ』
「なんで……?」
沈黙が走る。
『ムスメヲ……』
「私? 私のことなら心配いらないよ。一人になっちゃったっけど、事故で突然両親を失くしちゃったけど、それでも私はまだ生きていけるよ。だから、安心して眠ってよ」
『イヤダ』
俺は『攻』にスイッチを回して、ドライヤーを空気中に振り回した。
「彼らはもう悪霊になってしまっているから、いろいろと混乱しているんだ。しかし君の説得のおかげで今が静まったチャンスだ。彼らを成仏させるよ」
「やめて! 父さんと母さんが苦しんでる!」
「やめちゃダメなんだ。悪霊が良い幽霊になることなんてない。多少苦しんでもらうにしても、それが終われば成仏できるんだ。わかってくれ」
「やめて!」
浜辺にコンセントを引っこ抜かれた。ドライヤーの動きが止まってしまう。
ポルターガイスト現象が再開してしまった。
皿の一枚が浜辺の額にぶつかり、彼女は流血してしまう。
危険なのは彼女だけじゃない。ドライヤーの電源を俺は慌てて再度入れるべく、コンセントを握ったが、その手にハサミが刺さった。痛いし、血が出る。
だがこれ以上好き勝手やらせるつもりはない。俺はコンセントを再度挿入口に入れると、電源をオンにした。ドライヤー・フィールドを展開させ、そして、ポルターガイストが収まってきたころを見計らって、『攻』にスイッチを切り替える。
悪霊は、しかし消えない。皿が飛び、割れる。
何かが彼らをこの世に留まらせている。強い残留思念を持った彼らの、その原因を取り除かない限りはこの現象が止むこともないのだろう。
俺は再び『聞』にドライヤーをセットし、彼らの声を聞く。
『ワスレテシマッタ』
何を忘れてしまったのか?
それは俺にはわからない。だが、彼女にはわかるのではないだろうか。
浜辺は何か思いついたのだろうか、駆け足で二階へと登っていったのである。
俺は彼女が降りてくるのを待ち、そして、やがて浜辺がストラップを握って降りてきたのを見て、なんだろうと思った。プレゼントなの、と彼女は言った。
「これを忘れてしまったんでしょう? 大丈夫、持って行って」
それで事件は、解決した。
「娘を一人置いていってしまったことと、自分が事故死したことを認められない気持ちが混ざり合って悪霊化したのだろう。今後ともアフターケアも欠かさず、仕事に取り組めよ。真坂 浜辺は大丈夫だと自分では言っているが、精神が不安定なことは確かだ。お前が面倒を見てやれ。それも立派にこなしてこそ、一つの仕事をしたと認められる」
件が終わった後、ミカドは偉そうにそんなことを言ってきた。まあ、俺より立場が上なのだから、偉そうなのは必然だろうか。
とにかく浜辺の両親は成仏した。
手にしていたドライヤーが、音を経てて壊れた。