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朝起きるような気分で俺はあくびをした。
違和感はその時に気付いた。
う、浮いてる?
「なにこれ。俺、浮いてるけど」
浮いている。
目を開けている先に広がっている光景は、はちきれんばかりに広がっている青空と雲。そして下の方に広がっているのは建物。普段目にしている巨大なビルや一軒家などすべてが、俺からは小さく映っていた。浮いているからだ。
なんだこれ……。
夢とはどこか違う。かといって、現実とも違う。
足をばたばたさせても変化はない。浮いているが、落ちていくわけでもない。
ハッと気が付く。呼吸をしていないことに。
俺はパニックになってきた。呼吸をしていないのに苦しくない、ということが起きている。俺は苦しいはずなのに苦しくない。そのことが異常に気分が悪い。
なんだこれは。
オカシイし、苦しい。嫌だ。
こんなに苦しいのに誰も俺に気が付いてくれない。誰もいない。おかしい。
「天竺 結城という名なのだな、君は」
声がした。女性の声だ。
振り向くと、そこには黒スーツ姿の女がいた。比較的ボーイッシュなイメージの髪型をしているから女であると一瞬わからなかったが、その細見なスタイルと、柔和な顔つきから女性だとわかる。いったい何者なのか。何せ、彼女も浮いているのだ。謎だ。
「ミカドという」
彼女の名前というわけだろうか。フルネームだろうか。簡潔的な名前をしていると思った。といってもこの浮いている状況だから、相手が普通ではないとはわかる。だから日本名みたいに苗字と名前じゃなくてもおかしくはない。
にしても、俺だ。そう、彼女が日本人であるか違うのかなんてどうでもいい。
俺は無呼吸なのに生きている。
どうして?
まさか…………
「察しがいいじゃないか。そうだ君は即死だった」
はい?
即死ですと?
「死んだというですと?」
「即死だから君は、新鮮だ」
新鮮とはどういう意味か、と問うと、
「霊体が新鮮で、ラッキーということだ」
と続ける。俺は幸運なのだと言うが、はっきり言って、死んでしまって不運だと思う。
だが彼女は俺が瞬きをする間にすぐ傍にまで寄ると、肩をポンと叩いた。
「蘇られるぞ、オマエ」
えっ、と戸惑う俺に彼女はさらに続ける。
「仕事に協力してもらうことが条件だがな……」
まだ現実味がない。死んだという現実味が。かと思ったら死神みたいない出立ちの相手から蘇りを提案されている。そういや、腹が減る感じがしない。さっきまで、俺が地上にいた時は腹が減って仕方がなかったような気がするのに。
「これを受け取っておけ。オマエがこれから使っていく武器の一つだ」
俺は事態をよく理解する間も与えられず、レンズの入っていない眼鏡を渡された。
そして、自分が地上へと引っ張られていく感覚に襲われる。
気が付くと、俺は街の一角でぼやんと立ち尽くしていた。背後では、鉄骨が地上に落ちてくるという事故が起こっていた。もしかして、そこに俺がいたのだろうか。冷や冷やするなんてものじゃない。
レンズの入っていない眼鏡は手に。たしかに。そして、影から人が伸びてきた。
「信じたろう?」
にやにやと笑いながらそう言われれば、はい、とうなずくしかない。
俺はその日以来、仕事人になった。