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僕と天使と  作者:
4/5

第四話 「私は天使よ」

 時は少し遡る。


 アンナ・レインは天界にある自室で、人間界に降りるための荷造りをしていた。

 小型のトランクにはその性格とは違い、几帳面に生活用品などが入れられている。

 服などはすでに郵送済みであり、今手元にあるのは最低限の必要な物だけである。

 とりあえずの用意を済ませ、ベッドの端に座って誰にともなく呟いていた。

 ああ……面倒くさい、と。


「ふふふ、随分と参ってるようね」


 不意に声が部屋に響く。その声に反応しアンナは声のした先に視線を飛ばす。

 視線の先にはいつの間にそこにいたのか、開いた扉に寄りかかったスーツ姿の妙齢の女性が笑みを浮かべて立っていた。

 

「……うるさいわね。こんな面倒なことに巻き込まれて喜ぶ奴なんていないわよ」


 声を掛けてきた女性―――部署内で彼女と唯一、まともに会話が出来る先輩天使ユーリ・レスタの姿を見て彼女とは正反対に不愉快そうに顔をしかめる。

 ユーリは自分の胸の前で腕を組みながら年齢不相応に可愛らしく首を傾げていた。


「いいじゃない? その間、デスクワーク免除なんだから」

「人間界で起こった面倒事を全部押し付けられるなら、眠くなるようなデスクワークの方が百倍マシよ」


 鼻を鳴らしてベッドに倒れ込むアンナの姿を見てユーリは笑みを深くし、アンナが寝転がるベッドの隣に腰を降ろす。


「大丈夫よ。せいぜい数年で戻って来れるし、指令もそんなに大変なモノは無いわよ」

「……アンタ、なにを根拠にそれ言ってるのよ?」

「え? 何ってもちろん勘よ」


 ああ、もうこの女は…、と言い掛けてアンナは口を閉ざす。

 隣にいるこの女性は、愚痴を言おうが嫌味を言おうが全く意に介さない、抜けているのか、はたまた神経が異様に図太いのかよく分からない生物てんしであったことを思い出したのだ。

 しかも笑顔がデフォルトなのだ。話している方が疲れる。

 そう思い至り、アンナが再び溜息を吐きながらごろりと横を向こうとした時、ふとあることに思い至る。


「……私、何処に飛ばされるのかしら? あの男、何も言わなかったわね…」

「それはアナタが部長をいびり過ぎたからよ」

「あの男のタマが小さいだけよ」


 そう言って、アンナは中途半端な体勢から一息に体を起こし、備え付けのテーブルに向って歩き出す。

 テーブルの上に乱立している書類の中、目当ての物を見つけたのか大きめの茶封筒を引っ張り出す。

 ほぼノンストップでそれの口を破り出したアンナの様子にユーリが笑顔のまま眉根を寄せる妙な表情をする。


「女の子がタマなんて言うものじゃないわよ……、って何をしてるの?」

「よく考えてみたら配置替えの書類、ちょっと前に来てたわ。……ああ、何すんのよ!?」


 いつの間にかすぐ後ろまで近づいて来たユーリがアンナに抱きつくようにして書類を奪い取る。


「どれどれ…。……あーこれはまた微妙な、というか何処?」

「……どんな田舎よ、ここは?」


 あまりに見慣れない地名が記されていた書類を見た二人は、その場で絡み合いながら固まっていた。

 その書類には、こう記されていた。


 『転属先:日本―○○県―蓮華市れんげし




 舞台は再び教室に戻る。


 不意に倒れた歩の身体をアンナが受け止める。

 教室にいた人間のほとんどが事態を把握できず、動きが止まる。

 その事態の中、いち早く歩の身に起こったことを理解した信哉が飛びつくように歩に近寄る。

 その姿を見た愛理も椅子を蹴飛ばすようにして歩に近づく。


「オイ!? どうした歩ッ!? 返事しろ!」

「歩君!? しっかりして!」


 信哉が気を失った歩の肩を掴み揺さぶるが反応がない。

 舌打ちをして携帯に手を伸ばそうとした信哉の動きが止まる。

 何故か? 簡単だ。止めた人間がいたからだ。


「少し、黙りなさい」


 リン、とした声が響き、信哉と愛理、二人に引っ張られるようにざわめき出した生徒全員も黙り、止まる。

 彼女が自己紹介をした時も起こった現象が再びここに起こる。


 これは誘惑テンプテーションといい、天使のみが使える技術の一つである。

 耐性、というか霊力の無い者の思考をごく短い時間のみだが奪い去ることが出来るというものだ。


「はぁ……、しょうがないわね」


 本当にしょうがない、そんなていで溜息を一つ吐いて歩を床に寝かせる。


「このまま死なれちゃ目覚めが悪いしね」

「……おいおい、コイツ何でこんなに衰弱してんだよ?」


 先程まで自分の席で怯えていたリオが事態の深刻さに髪を掻きながら歩の側まで歩いて来る。

 だが、アンナとの距離を微妙に取っていることから彼がどれだけアンナのことを恐れているか知れるというものだ。よく見れば足も若干笑っている。

 アンナはそのリオの様子を一瞥して目を細める。その視線を受けてリオは思いきり顔を引きつらせる。

 アンナは視線を再び歩に戻すと、その頬を撫でる。


「この子、『蟲』に憑かれてるわね。否、違うわね憑かれてた、かしら?」

「………何だと? そんな気配は」

「恐らく、依存型じゃないわね。それに気配を消すのが上手い。近くにいてもほとんど匂いがしないわ」


 驚愕をあらわにした様子のリオの言葉を途中で遮り、アンナが歩の目の下に出来ているクマを見て顔をしかめる。


「……匂いってアレか? 例の甘い匂いってやつ」

「アンタは? ……ああ、この馬鹿が世話になってるわね」

「ああ、気にしないでくれ。親父の相手をしてもらって助かってる」


 自分の席についたまま事態を静観していた志雄が不穏な空気を察知してリオの近くまでやってくる。


「もしかしてアンタ、『蟲』のフェロモンを判別できるの?」

「…ん、まぁ、薄っすらとだが」

「……呆れた霊力の高さね。まぁいいわ、話は終わり」


 アンナはそこで話を区切り、いつの間にか取りだしたヘアゴムで髪を束ねる。


「何をするんだ?」

「……黙っとけ、殺されるぞ」


 志雄は突拍子も無いその行動の意図が分からず、隣のリオに聞こうとするが意味の分からない返答に顔をしかめる。


「悪いけど、アンタに選択の余地は無いわよ」


 アンナは気を失っている歩にそう宣言すると、顎をつまむ。

 そして、自らの顔を近づけ歩の唇に己の唇を重ねた。



「………あ。え………?」


 教室に静寂が落ちた中、未だに事態がよく飲み込めていない志雄の間の抜けた声だけが響いていた。




「………あれ? ここは何処だろ?」


 歩が目を覚まして最初に目にしたのは真っ白のカーテンと天井であった。

 起き上がり、辺りを見てみると、どうやらここが保健室のベッドの上であることがわかった。


「ようやく目を覚ましたわね」


 視線の先のカーテンが開き、その向こうから見慣れない金髪の女生徒が歩いて来る。


 歩の目が点になる。

 目を覚ましたら保健室にいて、知らない、しかも今まで見たこともない程綺麗な外人がいる。


 ……え、と。夢?


 ぽかんとした様子の歩を尻目に、その女生徒はベッドの横を通り過ぎると、白いカーテンを開き、窓も開け放つ。


 瞬間、風が室内に吹き込み、女生徒の腰ほどまである長い金髪を掻き乱す。

 その金糸の如き金髪が陽光に照らされ、その一本一本が輝いているような錯覚すら感じさせる。

 余りに非現実的で幻想的なその様に歩は毒気を抜かれた様子で呆然としている。


「体の調子はどう?」

「え、えと。あれ?」


 急に質問された歩はしどろもどろに答えようとして自らの体の変化に気付く。

 朝、あれほど気だるかった体が軽いのだ。

 自分の腕や足を触って驚いている様子の歩に満足したのか、女生徒は軽く笑みを浮かべ、立ち上がる。


「はい、これ」

「え? あ、ありがと」

「じゃあ、もう少し寝てなさい」

「ちょ、ちょっと待って」


 女生徒が備え付けになっている冷蔵庫から常温よりもやや冷たくなっているミネラルウォーターを歩に渡し、その場から立ち去ろうとするが、歩に呼び止められる。


「……君は、だれ?」


 歩の質問に女生徒は眉根を寄せるが、合点がいったのか納得した表情になる。


「そう、そうね。私は」


 女生徒はそこで言葉を切る。

 その顔には数万の軍勢を相手にして、尚、嗤う勇者のように、不遜で、ふてぶてしくて、不敵な笑みが浮かんでいる。


「私は天使よ」


 今一度、室内に風が吹き込み、長く、美しい天使の髪を撫でた。

1.花粉症がひどいです……。軽くムスカ様状態です。

2.本題。とりあえず書いた物を即投稿です。誤字とか発見出来次第、直したいと思います。

3.感想・評価・指摘など頂けると力になります。

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