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僕と天使と  作者:
3/5

第3話 「…気のせいか?」

「憂鬱だ………」


 朝早いということもあり、人がまばらな教室で一人の男子が机に突っ伏しながら誰にともなくぼやいている。


「……なんだ、藪から棒に」


 後ろから聞こえてくる人生の悲哀を一身に集めたような声に前に座っていた男子が文庫本を置き、後ろを向く。


「…やはり人に囲まれるってのは慣れない。それに声が高くて鼓膜が破れそうだ」


 眉目秀麗な顔を歪めながら李王照りおうてることリオ・テイルは長い黒髪を掻きながらぶつぶつと文句を言っている。


「だったら俺みたいに黙って座ってれば良い。いずれ周りも飽きるだろ」


 リオの前に座っている男子―――新庄志雄しんじょうしおは眉間にシワを寄せながらリオに提案する。


「お前みたいにいつも仏頂面してられるか。…それになにか嫌な予感もする」

「嫌な予感だと…? オイ、まさかまたあの変なのが出るってのか!?」


 今まで小声で話していた志雄が声を荒げる。

 本人が自称するようにいつも黙っていることが多い志雄の声に、少ないとはいえ周りの視線が一斉に集まる。

 それに気付いた志雄は舌打ちをしながら黙り込む。


「とりあえず落ち着け。確かにそこらに臭いはするがしばらくは動きは無さそうだ。それにど

ちらかというと俺自身の身の危険が迫っている気がする…」

「………なんだ、うちの親父にでもちょっかい出されそうなのか?」

「それは昨日出された。ベッドシーツと掛け布団が全部ネコがらになっていた…」


 呻き声を上げながら答えるリオになんと声を掛ければいいかわからず志雄が言葉に詰まる。



 現在、リオは志雄の家にホームステイという形式で居候をしている。

 本来、転校扱いのリオが他人の家に居候するのはおかしなことなのだがそこら辺の問題は権力者である志雄の父親が叩き潰した。


 そしてリオは人間ではない。

 いわゆる人間が『悪魔』や『死神』などと呼ぶような幽体で、本来、天界などと呼ばれる人間界とは違う空間で過ごしているはずである。

 では、何故リオは人間界に、ましてやホームステイなどしているのか。

 簡潔に言えば左遷。仕事をサボっていたところ上司に見つかり、鉄拳制裁とともに社会的制裁ももらい、仕事場である人間界に堕とされることになったのだ。


「……それにしても、本当にあの『蟲』とかいうのは動かないんだろうな?」

「まぁな。あいつ等が本格的に人間を襲おうとするときは、その少し前に強烈な臭いがするんだ。前はお前も何か感じたはずだ。今はそれがない」

「………あの甘い匂いか?あれがしなきゃ場所の特定は出来ないのか?」

「ま、そういうことだな」


 悪魔であるリオの仕事は『蟲』と呼ばれる存在の撃滅である。

 『蟲』というのは死した人間の残留思念が怨念にも似た力で変貌。異形となった者の総称である。

 そういった存在のほとんどが『高位霊体』という霊力の無い者、それに毛が生えた程度の者では見ることも感じることも出来ないため、噂になることはほとんどない。

 また、悪魔である彼も高位霊体であるが現在は実体を取っているため通常の人間にも視認することが出来る。

 ちなみに志雄は実体を取る前のリオの姿、蟲の異形も視認出来たほど霊感が高かった。


 志雄が溜め息をつきながら壁に掛けてある時計を見て顔をしかめる。


「こんな時間か。もうそろそろだな…」

「ん?なんのこと………」


 意図が掴めない志雄の言葉にリオが何かを言おうとしたが、皆まで言えずに黄色い歓声に掻き消される。いわゆるリオのファンクラブだ。

 我関せずの態度で前に向き直り、再び文庫本を読み始める志雄。

 きゃあああ、と歓声が上がる隙間に、いやあああ、と悲鳴じみた声が聞こえるがどうやら完全に無視を決め込むらしい。

 が、不意に視線を上げて教室の入り口に目を向ける。


「………気のせいか?」


 あの匂いがしたと思ったが、と呟きながら志雄は再び文庫本に目を落とした。


 教室にはちょうど二人の男子生徒が駆け込んで来ているところだった。




「…結構ギリギリだったな」

「話に花が咲いていたからね」


 まぁ、話に花が咲いていたのは君と優だけだけどね、という言葉を飲み込みながら、歩は乱れた呼吸を直した。


「けど、本当に何でこんな遅れたのかなぁ? いつも通りに家を出たのに」

「……さぁ?何でだろうね」


 頭に疑問符を浮かべながら聞いて来る歩に信哉は素知らぬ顔をして応える。

 実際のところ、軽くふらつきながら歩く歩に、全員が合わせていたからだったりするが、結局走っても問題無かったので黙っていることにするらしい。

 何故か一切息が切れていない信哉がさっさと自分の席につくと、その右隣に歩が座ろうとするが、机に足をぶつけて躓きそうになる。


「…だるいようなら授業まで寝てるといい。要点は後で教えよう」

「………あはは、面目無い。とりあえずは大丈夫だよ」


 ぶつかってずれた隣の空席を直しながら、ようやく席について一息つく。

 傍目に見て、とても大丈夫そうには見えないが、それ以上の言及を避け、溜息をつく。


「どうしたの? 溜息とは珍しいね信哉。あっ、おはよ歩君」

「おはよ、不動さん」

「…んん?愛理か。ま、いろいろ心労が溜まっててね」


 クラスの隅で話していた女子グループから自分の席に戻って来た女子―――不動愛理ふどうあいりが手をひらひらとさせながら信哉の前の席についた。


「デリカシーの欠片も無いアンタが心労ねぇ…。世も末だわ」

「そういうことを言うか? どちらかというとお前の方が…」

「…何か言った?」

「や、何でもないです。何でもないですから足を退かしてくださいぃぃぃ!」


 机の下で起こっている小規模戦争を見ながら歩は苦笑いを浮かべるが、不意にゆらりと視界がぼやける。しかし、歩はそれを強引に耐える。


(走ったのがまずかったか?フラフラする…)


 心臓の鼓動が早まるのを感じながらポケットをまさぐると、冷たい何かに指が触れる。

 それを取り出し、手の中にある物を見て、目を細める。

 目に映るのは表面に龍が彫刻してある銀色の懐中時計。


(あははは…ほんとにどうしちゃったんだろうね。なに入れてたかも忘れちゃうなんて…)


 懐中時計を額に当てると少しだけ頭の中のもやが晴れる。


「…もう少し、あと少し大丈夫だから」

「……うぇ? らんか言ったか、歩?」

「どしたの歩くん? あ! なにその時計?」


 足を踏まれるだけでなく、頬を摘ままれている信哉と愛理に独り言を聞かれ、苦笑しながら答えようとした時、教室の扉が開き、担任の教師が姿を現した。


「よーし!点呼とるぞ、席つけー」

「あ、先生来ちゃった。次の休み時間に見せてね、それ」


 そう言って一際強く信也の頬を引っ張ってから放すと、短かく揃えられた髪を揺らしながらくるりと前を向いた。

 信也はつねられた頬を擦りながらその背中を恨めしそうに見ていたが、やがて諦めたのか歩の方を向く。


「…あいつの乱入ですっかり忘れてたが、件の転入生、何処をどう調べてもてんで情報が手に入らなかったんだ。ただ転入してくるってことしかわからなかった」

「……本当に? 信哉が分からないって相当だね」


 前の愛理と担任の教師に聞かれないように声のトーンを下げ話す信哉は顔をしかめる。


「…ありとあらゆる伝手つてを辿ってみたんだけどね、一切不明」

「…謎は深まるばかりって訳か」

「よし、全員いるな。…で、かなり急だが今日から転入生が来ることになったぞ」


 信哉と同じように歩も顔をしかめ、首を傾げるが、担任の言葉に反応して前を向く。


「…百聞は一見にしかず」

「…実際に見た方が速いよね」

「転入生だって! 知ってたの信哉ッ!?」


 教室がにわかに騒がしくなり、愛理が凄まじい勢いで振り向いたところで教室のドアが音を立てて開く。



 しん、と静まり返った中、教室に入ってきたのは金髪の女子生徒であった。

 陶磁器のような白い肌。アンティークドールのように整った顔立ち。まるで羽でも生えているのではないかと思えるほど軽やかな歩み。

 窓から入った陽光がその一挙手一投足をまるでスポットライトのようにその女子生徒を照らす。

 そのあまりの神々しさに生徒全員が呆気にとられ教室には先程とは違った意味で沈黙が落ちる。

 その沈黙の中、それを歯牙にもかけず堂々と教卓まで向かうと生徒の方に向き直る。


「…あー、この子が今日から学校に来ることになった」

「アンナ、雨宮あまみやアンナっていうわ。よろしく」


 教師の言葉を途中で遮り、腕組みをしながら傲然と自己紹介を済ませた女子生徒―――アンナは値踏みするように席についている生徒たちを見やる。本来、そういったまなざしで見られるのは転入生である彼女の方なのは今更言うまい。


 空気が………唐突に変わる。生徒たち、教師までもが固まる。

 目を細め、アンナは教室の端から順繰りに生徒を見ていく。その視線はまるで値踏みするようなソレ。

 その視線が歩の所で止まる。そして、そこで声を出さずに唇を動かす。


『よろしく』


 はっとしたようにアンナを見る歩だが先程の傲然とした態度からは考えられないほど柔和な微笑みを向けられ再び固まる。

 その微笑みを次の瞬間には完全に消し去り、再び順繰りに生徒たちを見ていく。

 そして再び視線が止まる。リオと志雄の席だ。

 唯一、彼女の雰囲気に飲まれていなかった志雄に興味深そうな視線を飛ばし、その後ろに座っているリオには歩に向けた笑顔とは質の違う笑顔を向ける。

 その笑顔には明確な意思が込められていた。


『ぶっ殺してやるわよ、リオ』


 簡単に言えば殺意である。

 にこりと浮かべた笑みに含まれていた意味を悟ったリオの顔からだらだらと脂汗が流れ出る。

 嗚呼…終わった、と虚空を見据えながら呟くリオを見てから、アンナは視線を動かすが、すでに向けていた視線は教室の端にたどりついていた。

 フンと鼻を鳴らして右手を目の前まで上げ、白く、美しく伸びた指を鳴らす。

 瞬間、解凍されたように教室中がざわめき立つ。


「…あー、でだ。空いている席は…如月の隣か。あそこに」

「あそこに座ればいいのね」


 教師の言葉を再び遮り、衆目の視線を一身に浴びながらもそれを毛ほども気にせずに悠然と歩みを進めるが、歩の隣にまで来てピタリと動きを止める。


「アンタ、もしかして………」

「…え?」


 歩はその言葉を最後まで聞くことなく、アンナの方へと倒れ込み、意識を闇へと返した。

1.というわけで更新です。若干世界観を見せた所で終了です。いわゆるチラ見せですね(笑)

2.全体的な構想はジャンプの某死神漫画に影響されています。もちろん大元は変えてますのでFFにするつもりはありません(爆)

3.最近ちょっと小説執筆から離れていましたので、しばらくは更新を早めたいな〜とか思ったり思わなかったり。

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