第1話 「……だるっ」
………ねぇ、お母さん。
僕、つよくなったんだよ。
この前ユウがいじめられてるときにイジメッコをおいかえしてやったんだ。
母さん言ってたよね。
だれかをまもれるようにつよくなるのよって。
僕、泣かなくなったよ。
ころんでひざこぞうをすりむいたときだって、先生におこられたときだってずっとがまんしてたんだ。
母さん言ってたよね。
お兄ちゃんになったんだから泣かないのって。
………ねぇお母さん。
僕、まだよわいのかな?
僕、まだ泣き虫なのかな?
ほんとにまもりたかった人をまもれなくて、泣かないようにがまんしてるのになみだが止まらないんだ。
ねぇ、お母さん。目をさましてよ…。わらってよ…。なにかはなしてよ。
ボク、さみしいよ………。
夢心地とは意味としては気持ち良い、とか心地良いなどと解釈して構わないだろう。
だが、大抵夢を見ているときは深い眠りについているため起きるのは非常に億劫である。
それを全力で体現している少年がここにいた。
少年の名前は如月歩。先程の夢の主人公にしてこの物語の主人公。
現在、ベッドの上で目を緩慢にしばたたせている高校二年生である。
しばらくベッドの上で上半身を起こしたまま動かなかった歩だがやがて観念したようにベッドから這い出すと一言呟く。
「……だるっ」
歩は基本的に真面目な人間だ。早寝早起きを現代に体現する彼はここ一週間、覚えの無い疲労に悩まされていた。しかも日を追うごとにその度合いは酷くなっていく。
口をへの字に曲げながら枕元の時計に目をやる。
六時半、彼が起きるいつも通りの時間。
昨日寝た時間から考えても九時間は寝ている筈だが、如何せんダルさが抜けない。
「………着替えるか」
観念したように呟き、寝巻きであるシャツのボタンに手を掛けたところで扉の向こう側から階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。
リズミカルに響くその足音が扉の前まで来ると同時に扉が開け放たれ、人影が部屋に飛び込んでくる。
「朝だよおおおおおおッ!!」
その人影が飛び込んでくると同時に着替え途中の歩に飛びかかる。
その全体重をかけたタックルの前に抵抗すら出来ずに倒され、いつの間にか人影にマウントポジションをとられている。
「すばらしい朝だよ!お兄ちゃん!!!」
「……あぁ、そうだね、優。すっきりお目覚めのすばらしい朝だよ」
飛び込んできた人影―――一つ年下の妹である如月優の毎朝の襲撃に辟易しながら答える歩であった。
とりあえず二階である自室を優を引きずるように出て一階のリビングに向かう。
階段を降りる度に後ろから『あう、あう』と声が聞こえるがいつものことなのでもはやツッコミはしない。
リビングのドアを開けるとエプロンを付けた中年男性がこちらを向き柔らかい笑顔を浮かべる。
「おはよう、歩くん、優ちゃん」
「………おはようございます、お義父さん」
「おはよう!お義父さん」
片手にフライパンを持った男性―――義父である如月大地に歩はぎこちなく挨拶をする。
「すぐに用意できるからそこに座っといてね」
「あ…、はい」
「は〜い」
もう片方の手に持っているさえばしでテーブルを指している大地に従い椅子に座り、隣に同じように優が座る。
如月歩は10年前から一緒に住み始めた如月大地に未だに馴染めない思春期の少年である。
10年前、急に現れたその男は常に笑みを湛えていた。
歩が喧嘩をして傷だらけで帰って来た時、優が一人迷子になってようやく見つかった時、母親と話している時、いつも、いつでも笑顔であった。
片親であった歩と優にとってどこまでも異質な存在であったその男は警戒の的であると同時に好奇の的でもあった。
8年前、どうやらその男に害が無いと悟った子供たちは少しだけその男に心を許していた。母親を横取りされた様な気持ちにもなったが、その男と同じように笑っている母を見て、それでもいいかと思うことが多くなった。
7年前、母親が死んだ。
全て―――壊れた。
少年の心。少女の心。幸せな家庭。
6年前、少女が立ち直り、少年の涙がようやく乾きはじめていた。
その時、少年は一つの事実に気付く。
“あの男は母さんが死んだのに笑顔だった“
気付いた少年は憤激した。
“あの男は母さんが死んだのに悲しくないの?辛くないの?ねぇ、何で笑っているの!?”
憤った少年が男から距離を取り始めた時、少年はある場面に出くわす。
いつも笑顔だったその男が母親の写真を抱くようにして声を殺し泣いていた。
少年の心の中にぶつけ所の無い気持ちが生まれる。
そして取ってしまった距離を今更縮めることが出来ずに中途半端な状態になってしまう。
そんな宙ぶらりんな関係は現在に至るまで続くこととなる。
「はい、お待ちどうさま」
その言葉とともにテーブルに置かれた料理は母親が生きていた頃と比べても遜色は無い。
「いっただきまーす!」
「…いただきます」
「ちょっといいかな?」
二人が各々の皿に手をつけ始めたのを見計らって大地は声を掛ける。
「なーに?」
「今日の夜、二人に大事な話があるんだ。……というかお願いかな」
どこか困ったような笑顔を浮かべる大地に二人は怪訝な顔をする。
「別に…構いませんが」
「そっか、よかったよ。今日は出来るだけ早く帰ってくるからね」
答える歩に心底ほっとしたように笑い大地は台所に向かう。
「大事なお話ってなんだろうねぇ?」
「さぁ?見当もつかないよ」
しばらく黙々と朝食をとっていたが不意に優が疑問を口にした。
内心、『父さん、再婚することにしたんだ』とか言われたらどうしようかと思っていたりするのを歯牙にも掛けず歩は味噌汁を啜る。
「どうしようか〜?『父さん、再婚することにしたYO』とか言われたら」
その言葉に虚空に向け盛大に味噌汁を吹く歩。
「ちょっ…!どうしたのお兄ちゃん!?」
「…や、何でも無い。ちょっと自分がサトラレなんじゃないかと思っただけだよ」
気管に入ってしまった味噌汁にむせながら誤魔化しのつもりでご飯をかき込み一気に朝食を終わらせる。
「へんなの〜。まぁいいけどね」
特に追及もせずに残ったソーセージを咀嚼し優も朝食を終える。
「じゃあ片づけておくからお兄ちゃんは制服着てきていいよ〜」
「ん、ありがとね優」
「感謝の気持ちは形で表して!」
その言葉とともに歩に飛びかかるが寝起きでもなければ着替えの途中でもない。
軽くいなして、優を避けるとさっさと二階へ上がる。
後ろから椅子を巻き込んで倒れる音と『ぐへっ』とカエルを潰した様な声が聞こえた気がするがたぶん気のせいだ。
部屋に入り、早々に制服に着替える。
学校に行くにはまだ早いくらいだがいつもの習慣で体が勝手に動く。
ネクタイを鏡を見ながら直しブレザーに付いた埃を落とす。
「後は、歯でも磨いて優を待とうかな…」
独り言呟きながら部屋を出ようとした歩だが不意にその動きを止め、机の上に置いてある古い懐中時計を手に取る。
「忘れてた。ほんとに疲れてるんだな…」
手に乗った懐中時計を握り額にあてる。
ひんやりとした感触が額から全身に伝わる。
……母さん。
「…行ってきます。母さん」
歩は一言呟き懐中時計を胸ポケットに入れ部屋から出た。
どうも、埼というヘタレ作者です。
この作品、スピリチュアルファンタジーに仕上げるつもりなのですが実際どうなるでしょうか…?
路線どおりに進むかいささか不安です(笑)
今、現在執筆中の短編とクロスさせるつもりですのでそちらが完成したらあらすじを改編し、その旨を書き込みたいと思います。
感想や評価を頂けると嬉しいです。