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『謎の組織を追っている』人がいる。

真っ暗な部屋の中を照らす、月明かり、街の明かり。

自然と人工の混じりあった、ぼんやりとした明かりの中、一人、デスクの前に座っている男がいる。

男は白衣を着て、動かず、呼吸だけを繰り返している。

時折、咳をしたり、鼻を啜ってみたり。

そんな音が、時に静寂をびりびりと破り、そしてゆっくりと破れた時は治癒し、またびりびりと破られ。

それを繰り返すだけの時間が、暫く流れ続けていた。

「失礼します」

声が聞こえ、白衣の男は久方ぶりに、咳以外の声を上げた。

「どなた?」

そう言ったが早いか、扉を開けて入ってきた顔見知りの男。

その男は、白衣の男の患者。

白衣の男は、この病院で一年程前から、精神科の医者として勤務している。

「今日は、アポイントメントがないようだけど」

「すいません。突然尋ねてきてしまいました」

白衣の男は薄らと眉間に皺を寄せ、困ったような表情を浮かべる。

だがその顔を、尋ねてきた男が確認出来たかどうかは、わからない。

「今日は忙しくてね。また今度にしてもらえるかな」と白衣の男。

いつものようにデスクランプを点けようとしない。

尋ねて来た男も、入口横にある、電気のスイッチを入れようとはしない。

大きな窓から入ってくる、ぼんやりとした光だけが、室内を照らしている。

「少しだけ時間をくれませんか?今日は、話があって来たんです」

白衣の男は小さくため息を吐いた。そして顔を上げ、口を開こうとした。

刹那、動き出す男。

ゆっくりと、しかし、確かな足取りで歩いてくる男。

やがて白衣の男の前まで辿り着くと、机上に、持っていた雑誌を置いた。

ページが開かれている。

白衣の男はデスクランプの明かりを点けた。

暫くぶりに見た活字という生き物は、押し迫るような錯覚を覚えさせ、その存在を訴えているように感じられた。

男がゆっくりと後退し、まるで、水槽の中に置かれたミニチュアの椅子のように頼りない、パイプ椅子に腰を下ろした。

「今日は、私が話をさせて戴きます」

「いや」と白衣の男。

「私は、時間が・・」

そう言った瞬間、パイプ椅子の男が、手に鈍く光る何かを持っているのが見えた。

「先生」とパイプ椅子の男。

「もう、時間切れですよ」

白衣の男は、鋭い目でパイプ椅子の男を見据える。

「君は・・私を殺すためにここに・・」

「今も、何処かで」とパイプ椅子の男が声を上げた。

口を閉ざす白衣の男。やがて諦めたように俯いた。


『謎の組織を追っている』人がいます。


私はフリーのジャーナリストだ。

戦場で、ある男から預かった手紙を、女性に届けようとしていた男がいた。

私は命がけで手紙を届けようとしている姿に感服し、彼に命を掛けさせるまでの男がどんな男なのか、それを見たくなった。

そして私の前に、その『命を掛けさせた男』がいる。

その男は檻の中、全身裸で、股間を露わに踊っている。

私は檻の外側、簡易椅子に腰かけ、その様子を渋い顔で見つめている。

いつまで無言で踊っているつもりなのか。私は何も言わずその様子を見つめていたが、やがて堪え切れなくなり、口を開いた。

「あの・・いま・・どうしてあなたは踊っているんですか?」

「見えるのか!?」

驚いた顔で私を見るホラデターと名乗る男。私が最初に自己紹介した時、彼はそう名乗った。

そして『ぶぉーん』と突然言ったかと思うと、踊り出した。

私は咳払いを一つ。そして言った。

「見え・・」

「見えるのか!?」目を見開いて、驚愕の声を上げるホラデター。

私は深くため息を吐いて、狼狽した。

見えると言ったら、何を言われるんだろう。

面倒くさいな・・。

「見え・・」と顔を上げる。そして「ません」と続けた。

「はっはっはっはっ」笑いだすホラデター。そして「ぶぉーん」と言うと、得意げな表情で言った。

「見えるわけないよな、はっはっは。だって俺は、消えていたんだから」

「そうですね、消えていましたもんね」

もう本当、この世から消えてくれ。本心からそう思った。

何故、こんな男の為に、あの男は命を掛けていたんだろう。

命の重さは空気より軽い。そんな残念な妄想に、私は項垂れた。

「あの・・」と私は言った。

「あなたの為に命を掛けて、戦場を走っていた男がいました。彼は、あなたから預かった手紙を、ある女性に届けようと必死でした」

「そうか!」とホラデター。そして、「そうか・・そうか・・」と何度も頷き、やがて涙した。

「あいつ、届ける事が出来たかなぁ・・」

「わかりません」と私。

「手紙を書いた相手は、誰なんですか?」

ホラデターが頬笑みながら言った。

「素敵な女性だよ。その女性は、ずっと私の事を嫌いだと言い続けていたけど、嫌い嫌いも好きの内。私の事を好きだったに違いないんだ」

あ、こいつ危ない。私は腰を少し上げた。

「ちきしょう!」とホラデターが悔しがった。

私はその声に驚き、浮かした腰を落としてしまった。

「私が暗部ローラに雇われて、トレジャーハンターなんて探しに行かなければ・・。そうすれば、彼女のそばにいる事が出来たのに」

「暗部ローラ?」私は復唱した。

「ああ、暗部ローラだよ」ホラデターが続ける。

「暗部ローラという組織に私は雇われ、トレジャーハンターを探しに行った。その途中、乗っていた飛行機が墜落したんだ。生き延びた私達は、森の中を彷徨った。そこで、透明狩人に出会ったんだ」

「透明狩人?」

「そう、透明狩人だ。やつは全裸で弓矢を持っていた。やつは透明になる事が出来た。仲間が一人殺された。私は透明狩人を殺すため、自らも全裸になった。そして、やつを倒す事が出来た。それからだよ、私がホラデターになり、透明になる事が出来るようになったのは」

マジで意味がわからない。こいつ、ぶっ飛んでる。

しかし、私はそんな戯言よりも、暗部ローラという言葉が気になっていた。

私はおもむろに問いかけた。

「暗部ローラについて聞かせてくれないか?」

ホラデターが静かな表情に変わる。そして、ゆっくりとしゃがみ、体育座りをした。

全裸で。

「なにを聞きたいんだ」ホラデターが神妙な表情で言った。

私は彼を見下ろしながら、問いかけた。

「暗部ローラ・・それはどんな組織なんだ?」

「わからない」とホラデター。「だが、なにか怪しげな実験をしている組織のようだ」

お前の方が怪しい。とは言わなかった。

「透明狩人は、般若の面をかぶっているんだが、その面の額の部分に、暗部ローラのレインコートのマークがついていた。それと」

「それと?」

「小さな町に、ゾンビが現れた話、知っているだろう?」

「あぁ」確かに知っている。小さな町にゾンビが現れ、そこに派遣された軍隊が全滅した。

そして不思議なことに、ゾンビ達は何処かへ消えてしまった。

ゾンビに変えられてしまった町の人々も。

大きなステルス機に乗り、透明になり、何処かへ。

「あれにも、暗部ローラが関わっているらしいんだ」

「なんだって!?」

私は驚いて身を乗り出した。

「ゾンビ達は何処へ消えたんだ」

「わからない」とホラデター。

「ただ、今回私が探しに行ったトレジャーハンターは、暗部ローラに雇われていた。そのトレジャーハンターが探しに行ったもの。それが、ゾンビに深くかかわっているものらしい」

私は無言で頭の中を整理し始めた。トレジャーハンターの話も知っている。

そのトレジャーハンターは確か、男性と女性。二人とも無事に戻ってきている筈だ。

女性の方は富豪の娘だ。居場所も直ぐにわかる。

会いに行ってみるか。

体育座りのまま、足を開いたり閉じたり。それをうっすらと笑いながら繰り返しているホラデターに構わず、私はそんな事を考えていた。


それから数日後、大富豪の娘がパーティーを開くと聞き、私はその会場となっているホテルにやってきた。

教えてくれたのは、雑誌記者の遠凪加奈子という女性だ。

とても可愛い女性で、二十六歳。昨日このホテルで、ある小説家を取材していたとのことだった。

彼女はその小説家の大ファンで「もう、ラブラブでマヨネーズちゅっちゅ」と以前から言っていた。

どうやらその小説家を惚れさせることに失敗した様子だったが、諦めないと言っていた。

本当、彼女に好かれている小説家がうらやましい。どんな小説家なんだろう。

それは、第6話、番外編を参照してくれ。

さて、このパーティー。無事に生還したエマの為に、開かれたパーティーだという事だ。

エマへの取材を申し込んだが、断られてしまった私は、どうしても彼女に近づき、話を聞きたい。

その一心で、特に策のないままにやってきていた。

招待状の無い私は、受け付けで酔っ払いを演じた。

「いやぁ~、もうまいっちゃったよ酔っ払っちゃって。会場に入っていい?」

「駄目です」

まぁ、当たり前だった。

私は諦めきれず、会場に料理を運ぶアルバイトの男性を買収した。

私はアルバイトの男性になりすまし、アルコール飲料を運ぶ仕事をこなしていた。

最初からこうすればよかった。

会場、正面の壇上にエマが上がり、スピーチが始まった。

とても綺麗な女性だ。私はアルコールを銀の盆に載せながら、その姿に見とれていた。

「ねぇ兄ちゃん、酒、ちょうだいよ」

男の声が聞こえた。この会場にいるということは、金持ちに違いない。

きっとあんなに素敵な女性には、金持ちじゃないと釣り合わないのだろう。

悔しい、自分の今を呪う。

「ねぇ、兄ちゃん!」

「なんでしょうか?」私は声のする方を見た。

禿げた中年の親父が、高級そうなスーツを着て立っている。

「酒、ちょうだいって」

私は「わかりました」と言い、見えないように男に背を向けると、グラスの中へ唾を入れた。

そしてそれを男に手渡した。

「どうも」と言って、知らずに何処かへ去っていく男。

私はほくそ笑みながら、『ちょっとこのままトイレに行って、しょんべん入れてこようかな』と考えていた。

しかし、エマのあまりの美しい声に、私は再び壇上を見つめた。

「私は、洞窟で毒を飲み、死にかけました。だけど、そこにあった一滴の宝物、『聖なる涙の滴』を飲み、こうして元気な姿を取り戻しました。そして不思議な事に、『聖なる涙の滴』を飲んだ私は、以前より増して、とても体の調子が良くなったのです」

エマが胸元まで開いた薄いピンクのドレス、喉の辺りを両手で押さえ、にっこりとほほ笑んだ。

「この話は私が家に帰って来た時、テレビでもいいましたね。世間では『聖なる涙の滴』を父の会社が売り出すつもりではないかと思われているみたいですが、テレビでも話した通り、『聖なる涙の滴』は百年に一滴しかとれないという大切な滴。それは私が飲んでしまいましたから、売りたくてもありません」

そしてエマが、会場にいる彼女の父を見た。

「残念でしたね、お父様。もっと儲ける事が出来たのに」

会場が笑いに包まれる。

「まぁ、それは冗談としまして。今日はその一滴を私に与え、命を救ってくれた男性は、残念ながらこの会場にはいません。彼は再び宝物を探しに出かけてしまいました。今度は、雪女の湯たんぽを探しに、雪山へ行ったようです」

その綺麗な瞳で辺りを見渡すエマ。そして言葉を続ける。

「今日は彼に感謝して、そして、ここにいる全ての命に感謝して。乾杯しましょう」エマがそう言うと、手に持ったワイングラスを掲げた。

「では乾杯!」そう言った刹那だった。

会場の扉が乱暴に開かれた。全員がそちらを見る。

そこには赤いジャケットを着た男の姿。

「ビチャビチャ、オーイエ♪ビチャビチャ、オーイエ♪」歌っている。

「ゾーンビー♪オーゾーンビー♪」踊っている。

彼の後ろ、気持悪いゾンビ達が連なって入ってくる。そのゾンビ達も皆、踊っている。

「なんなの?あなた達は!?」エマの声。

ざわついていた会場内、見ると全員が踊り始めている。

かくいう私も、体が勝手に。

「我々は、暗部ローラ上層部からの命令で、あなたを攫いに来たんだよ、エマ。さぁ、素直にこっちに来るんだ」赤いジャケットの男。

狂っていく思考回路。しかし、確かに『暗部ローラ』と聞こえた。

私は悔しさに顔を歪める。

体が言う事を聞かない。折角、暗部ローラに近づいたというのに。

うっすらとしていく意識のまま、私は踊り続ける。

「誰か!誰か助けて!」

エマが叫んだ。

その時、彼女の唾が、私の持っている銀の盆、その上のワイングラスの中に入った。

私は踊っている。そして、たまたま足をくじいた。

転んでいく体。持っていたワイングラスが傾き、中に入ったワインが、私の体に降りかかる。

そして、浴びたワインが口内に入っていく。

私は我に返った。

「ビチャビチャ、オーイエ♪ビチャビチャ、オーイエ♪」歌いながら、赤いジャケットの男がエマに近づいていく。そして、その手を掴んだ。

「やめて!気持悪い!」

「はっはっは、俺は気持いいぞぉ」と赤いジャケット。

「やめろ!」気がつくと私はエマの傍に立ち、エマの腕を掴む、赤いジャケットの男の手を振り払っていた。

「俺にも触らせろ!」と言ってしまい、「なんて、冗談だよ!」と訂正した。

ちょっと思考回路が停止ししかけていたせいで、思った事を口にしてしまったみたいだ。

「なんだ貴様は!ポー!」と赤いジャケットの男。

「逃げるぞ!エマさん!」私はその手を掴み、彼女を引っ張った。

「待て!ポー!」

その声に構わず、踊り続ける人々の間を縫いながら、出口に向かっていく私達。

「おまえたち!あいつらを逃がすな!ポー!」赤いジャケットの男がそういうと、会場の人々やゾンビ達の視線が、一斉に私達に向けられる。

「捕まえろぉ!」

その声と同時に扉を開け、飛び出していく私達。

一斉にぞろぞろと追ってくるゾンビ達。

逃げられない。そう思った刹那、眼前に迷彩服を着たセクシーな女性の姿が見えた。

手にはマシンガンを持っている。

「避けて!」と言われ、私達は素早く横に避けた。

マシンガンが火を噴いた。

連続する銃声。外に飛び出してくるゾンビ達、ゾンビに変わってしまった人々。

呻き声を上げながら、銃弾の餌食になっていく。

そんな中、私はマシンガンを撃つたびに揺れる、迷彩服を着たセクシーな女性の大きな胸元を見ていた。

「バババババババ~ン」という銃声が、私には「ブルルルブルル~ン」に聞こえていて、

その銃声が止んだ瞬間、死のうと真剣に考えた。

「こっちよ!ついてきて!」そう言われ、私達は彼女についていく。

ホテルのエスカレーターに差しかかった時、後方、赤いジャケットの男の声が聞こえた。

「ジュリア!お前、また俺達の邪魔をしやがって!」

「マイコー!」ジュリアと呼ばれた女性が振りむく。

そして、私達二人の顔を見て、諭すように言った。

「あなた達は、早く行って」

「えっ!、でも、あなたは?」とエマ。

「私は、やることがあるの」

「ビシャビシャ、オーイエー♪ホッ!アッ!ホッ!アッ!」

マイコーと呼ばれた男が、股間に手を当てながら踊り、少しずつ前に進んでくる。

そしてその後ろ、ゾンビ達がぞろぞろと同じ踊りを踊り、ついてくる。

「あなたも行きましょう!」と私。

「だめなのよ。私はマイコー達とここに残る。もう、終わりにしないと」

「なんで!?」エマが叫ぶ。

「あの人、私の元彼なのよ」

「なんで!?」私は心の底から叫んだ。なんで一緒に来ないのか?という意味ではなく、なんであいつが元彼なのか?という嘆きだった。

「さぁ、これを持って行って」そう言って、彼女がマシンガンを私に手渡した。

見ると、少しずつ彼女の体が踊り始めている。

「ねぇ、あなた」とジュリア。私を見つめる。

「エマさんはわかるけど、なぜあなたも無事なのかしら?」

不思議そうに見つめるジュリアの瞳を、私はただ見つめているばかりだった。

やがて、答えも得られぬままに、ジュリアは言った。

「さぁ、もう私も限界が来ているみたい。このホテルにいる人々が皆、ゾンビに変わり始めている筈。襲われたら撃ちなさい」

私はマシンガンを持ち、彼女の顔を見つめた。

「早く行きなさい!」叱りつけるような顔で、ジュリアが叫んだ。

私達二人は無言でうなずき、エスカレーターを駆け足で降りていく。

エスカレーターで一階まで下りていく。そこにいる人々が踊っているのが見えた。

「うぅーうぅー」と呻きながら、徐々にゾンビ達と同じ表情に変わっていく。

私達は出口まで走って行った。

そして外に出る。あたりは静かな夜。ホテルの中で起こっている事など、まるで知らない。そんな世界が広がっていた。

そんな世界を二人は走る。走り続ける。何処へ向かえばいいのかなど、考えてもいなかった。

出来るだけ遠くへ。頭の中に浮かんでいたのは、そんな漠然とした意識だけだった。

突如、爆発音が響いた。

立ちどまり、振り返る二人。

再び爆発音。先程までいたホテルの窓が割れ、勢いで、中の物が吐きだされる。

あちらこちら室内が真っ赤に燃えて、カーテンが揺れている。

「お父さん!お母さん!」エマが叫び、ホテルの方に戻ろうとした。

その腕を掴み、私は彼女をとどめた。

「行ってはいけない!」

そしてエマを抱きしめる。

本当、いい匂いがした。あっ、自分は多分、エマの事が好きになってしまったんだな。

そう思った。

「あなた、誰なの?」

エマが私に尋ねた。

私は抱きしめたままに答える。

静かに、耳元で。

「誰だっていいだろ?」

そして、燃え盛るホテルを睨んだ。

「それよりも何故、僕らは無事なんだ?その事を、これから考えよう」

エマは何も答えず泣いていた。

私は小さく頭を撫で、抱きしめる力を強めた。

「考えよう・・二人で」


「先生、その記事を読みましたか?」

「あぁ、読んだよ」と白衣の男。雑誌に目を落としながら答える。

「謎の組織・・・」

「暗部ローラの事ですよ」

パイプ椅子の男が言った。

「そこには謎の組織と書かれていますが、あなたもわかっているでしょう?暗部ローラです」

「わかっているよ」

白衣の男がパイプ椅子の男を見据えた。二人、見つめあっている。

静寂を殴ったのは、白衣の男だ。

波動が体を殴ったような、そんなふうに、パイプ椅子の男には感じられた。

「君の正体がわかったよ」

パイプ椅子の男は、もっていたナイフを静かに見つめた。鈍い金属が心を叩く。

さぁ、どうする。さぁ、どうする。聞こえてくるようだ。

「そうですか・・」

パイプ椅子の男がナイフを見つめたままに呟いた。

そして、おもむろに顔を上げ、白衣の男を見つめる。

悲哀のこもった表情だ。白衣の男は何も言わず、黙ってパイプ椅子の男を見つめていた。

「さぁ」パイプ椅子の男が口を開く。

そして、白衣の男から目を逸らし、外の世界を見つめた。

「私は、あなたを殺すべきでしょうか?」






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