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『闇の武器商人の取引を、阻止しようとしている』人がいる。

「今日も、悩んでるみたいだねぇ」

白衣の男、パイプ椅子に座った男を見据え、微笑む。

外は夜。締め切った窓の内側、室内には静寂が漂っている。

デスクランプの明かりが、ぼんやりとパイプ椅子の男の体に触れている。

パイプ椅子の男が動くたび、揺れるデスクランプの明かり。

それはまるで、パイプ椅子の男に寄り添っているかのように、白衣の男には感じられた。

「電気、消したまんまでいいの?」白衣の男が尋ねた。

パイプ椅子の男が、電気を消し、デスクランプの明かりをつけるように頼んだのだ。

「はい。この方が落ち着くので」

「そう」と白衣の男。

「確かに暗いのは落ち着くよね。私も好きだ。それに、相手に顔をはっきり見られることもない。どんなことを思ってるかも、表情がよく見えないから、なかなか知られることもない」

パイプ椅子の男、黙っている。白衣の男、静かに呼吸を繰り返したあと、おもむろに口を開いた。

「君は、誰だい?」

パイプ椅子の男は黙ったままだ。

「君は何者で、何を考えているんだい?」

パイプ椅子の男、尚も黙ったままだ。

「ふっ」と白衣の男が小さく笑った。

「なんてね。なんて、冗談」

「冗談、ですか」

明かりに照らされたパイプ椅子の男の体が、ゆらりと揺れた。

白衣の男、うっすら笑いながら、そのぼんやりとした表情をじっと眺めている。

穴が開くくらいに。透視でもするかのように。

そしてやがて、口を開いた。

「なんかね、そういやニュースでやってたんだけどさぁ」

「あっ」とパイプ椅子の男。

「もしかしてあの、スパイの?」

白衣の男の顔が驚いた表情になる。

「どうしてその話だってわかったの?」

「いや」とパイプ椅子の男。

「だって、君は誰だ?とか何者だ?とか言ったので、そっから想像して、もしかしたらスパイの話かな?って。なんとなく」

白衣の男、今度は声を出して笑った。

「なんか僕の事、結構わかってきちゃった?恐いなぁ」

パイプ椅子の男も声を出して笑った。

「いや、その話なんだけど」

まだ笑いながら白衣の男が言った。

そして「君も」と繋げると、パイプ椅子の男。

「知ってると思うけど」

白衣の男、デスクランプの明かりに顔を近づけ、表情に笑みを宿したままに、言った。

「今も、何処かで」


『闇の武器商人の取引を、阻止しようとしている』人がいるみたいだね。


『チャッチャカチャッチャ~チャッチャッチャ♪チャッチャカチャッチャ~チャッチャッチャ~♪』とリズミカルにチャッカマンを点けたり消したり。

そして私はチャッカマンをポケットにしまい、代わりに、ズボンの腰にしのばせた銃を取り出し、構えた。

「セッコー」私は続ける。

「セッコー・ボンド」

「わかってるわよ」とエムー。

「いいから銃をしまいなさい」

私は何も言わず、銃を腰にしまった。

「何を怒っているんだエムー」

私は口元に笑みを浮かべながらエムーの目を見つめた。わかっている。私の無茶な行動に

腹を立てているに違いない。

でも闇の武器商人『マサオ』を追跡していたのだ。仕方がなかった。それはエムーもわかっている。

いつもの事だ。説教がエムーの仕事。それを聞くのが私の仕事でもある。

「ダブルオー処分」エムーが私のコードネームを呼んだ。短い綺麗な銀髪を右手で撫でつけ、

目を瞑る。そして大きくため息。

と、大きなため息と同時に、入れ歯がデスク上に吹っ飛ぶ。

私は俊敏な動きでそれをキャッチした。

「あっ」とエムー。「あしがしょう」

私は頷き、受け取った入れ歯を彼女に渡した。

入れ歯を装着すると、彼女は言った。

「私ももう歳ね。そろそろ引退を考えないと」

私は何も言わず、彼女から目をそらし、後ろで腕を組んだ。エムーはもう老婆だ。彼女を悩ませてはいけない。わかっている。反省はしている。だが、どうしようもない事もある。

「ダブルオー処分、これを見なさい」

エムーがデスクの抽斗から雑誌を取り出し、机上に置いた。

そこには私が、闇の武器商人『マサオ』と、街中で銃撃戦を繰り広げている写真が大きく掲載されていた。

私の顔にはモザイクがかかっている。そして、股間にもだ。

「これはどういう事?」

私はエムーの言葉を受け、薄らと笑った。

「これは、闇の武器商人『マサオ』を追跡中、ズボンが破けてしまったんだ。私自信、ズボンが破けている事に気がついていなかった。なぁ、エムー、仕方がないだろう?私だって死ぬか生きるかで必死なんだ。いちいちズボンが破けているかどうか、確認している暇がなかった。それに、俺はパンツを履かないんだ」

「そう・・」とエムー。

「まぁ、それは百歩譲って仕方がないわ。だけど、一般人を何人も巻き込んで、その内、数人の人間をあなたが殺した。それはどう説明するの?」

「殺したくて殺したんじゃない!!」私は激昂した。

「私の撃った弾が、たまたま一般人にあたってしまったんだ。それに、マサオやその一味の銃の弾も、一般人にあたっている。私だけのせいじゃない!」

「馬鹿たれ!」とエムーが叱りつける。

「それだけじゃないわダブルオー処分!あなた、銃撃戦が終わった後、マサオをにも逃げられ、一般人も殺してしまったにも関わらず、こんな事もしたでしょ!」

エムーが雑誌のページを一枚捲った。そこには私が、たまたま通りがかったサンバカーニバルのダンサーたちと一緒に、楽しそうに踊っている写真が掲載されていた。

私は言葉に詰まった。確かにこれはまずい。モザイクがかかった顔、股間。手をあげて楽しそうに踊っている私。

「私じゃない・・」苦し紛れの言葉を発する。

「あなたよ」とエムー。

突然、扉をノックする音。私達はそちらを見た。

職員の男が扉を開け、中に入ってくる。

「マサオが発見されました。職員が一人追っています。そして、残念ながら職員が一人、殺害されました。場所は・・」

私は場所を聞き終えると、エムーに頭を下げ、扉の方に向かっていく。

「処分!」エムーの声を背中に受ける。しかし、私は振り返らずに扉を開き、部屋を出て行った。


私は地下鉄のエレベーターを、駆け足で降りている。

そのずっと前、マサオがエレベーターを急いで降りている姿が見える。

彼を追っていた職員は殺された。そしてマサオの一味は、私が全員ぶっ殺してやった。

一般人の被害者も多く出た。だが、仕方がなかった。

マサオはなんでも出に入れる闇の武器商人として、世間に名を轟かせている悪党だ。

依頼人が欲しいといった武器を、どんな手を使っても手に入れる。もちろん、強奪も厭わない。

そんなマサオが、『世界をひっくり返すような武器』を手に入れたという情報をキャッチした。

それは、どこかから彼が盗んだものだという事だ。

かねてからマサオの行方を追っていた私は、躍起になって彼を探した。

そして、見つけました。意外と、簡単でした。

本気になれば、人はなんだって出来る。そう分かった瞬間でした。

そして今、僅かな距離の先に彼がいる。私はエレベーターを、前にいる一般人を押しのけながら(私が押しのけたせいで、転び、その前の人もドミノ式に転んでいく。しかし、気にしてはいられない)彼を追跡している。

「待て!マサオ!」

私は叫びながら彼を追跡する。転んでいる人々を、踏みつけ、蹴飛ばしながら。

マサオがエレベーターを降り切った。そのあと、少ししてから私も降り切る。

マサオが黒いコートをなびかせながら走っていく。そして、歩いていた一般人の女性を捕また。

マサオが女性の背後に回り込み、銃を突きつける。

「やめろ!」私は立ち止り、銃を構えた。

周囲を悲鳴が埋め尽くす。ざわつく周囲の声を気にしている暇はない。地下鉄のホームには、たくさんの人々。しかし、私と彼の間に、遮る人間はいない。彼の後方にいる人々が、ぞろぞろと慌ててこの場から去っていく姿が見える。私の後方も、同じに違いない。

マサオは青白い顔、オールバックにした黒髪、細長な目。

ブルーのレンズの入った小振りのサングラスの奥、私を睨みつけながら言った。

「俺の仲間に入らないか!?」

「馬鹿を言え!」

私は銃を構えたまま、姿勢を崩さない。

「世界をひっくり返すような武器、それはどこにある!」

マサオは、銃を女のこめかみに突きつけながら、小さく笑った。

「それは、俺のコートのポケットにある。小さなものだが、世界をひっくり返すようなものだ。どうだ?これを使って、世界を我々のものにしないか?なんだって手に入れられる。女だって、金だって、好きなだけ手に入れられるんだぞ」

私はその言葉を受け、少し考え込んだ。

それは本当か・・そいつは素晴らしいな・・。そう言ってしまいそうになり、私は首を振り、邪念を振り払った。

「馬鹿野郎!」私は叫んだ。

「てめぇと一緒にするな!」

もう少しで危なかった。

「ふっふっふ」とマサオが笑う。すると、地下鉄のやってくる音。きっともうすぐ到着する。

轟音が近づいてくる。「間もなくぅ~1番ホームに~」という機械アナウンス。

やがて地下鉄が現れた。

「じゃあ、またどっかで、ダブルオー処分」マサオが女の背後に隠れながら、停車する地下鉄の近くに向かっていく。

逃がすわけにはいかない。

私は、女が盾にされているのにもかまわず、銃を撃った。

『バキューン』女性が倒れ込む。驚いた顔のマサオ。

弾は女性の肩に当たった。仕方がなかった。本当はマサオを狙ったのだけども、少々女性が動いた・・んじゃないかなと思う。

「流石だなダブルオー処分!殺しのライセンスを持っているだけの事はある。誰でも殺していいって事みたいだな」

「そんなわけあるか!」私の怒号がホームに響き渡る。

停車した地下鉄。乗り込むマサオ。

私は倒れ込んだ女性の近くに辿り着くと、しゃがみ込み、声を掛けた。

「大丈夫か!?」

「大丈夫じゃねぇよ!馬鹿野郎!訴えてやる!」

元気みたいだ。私は彼女を置き去りに、地下鉄に乗り込んだ。

「ダブルオー!」マサオがコートを広げ、通路に立ち尽くしている。

すでに動き出している地下鉄。悲鳴を上げるもの、その場に座り込んだまま、動けないもの。

マサオの広げたコートを見る。そこにはたくさんの爆弾。

「一緒に死ぬか!ダブルオー。それとも、俺を逃がしてくれるかだ。どうする?」

私は彼を見据え、冷静さを装った。

窮地に陥った時でこそ、ポーカーフェイスだ。決して相手に隙を見せてはいけない。そうする事で、相手に焦りを与える。

意図した通り、マサオの表情に怪訝さが浮かんだ。

「ダブルオー、何を考えている。なんだ、その顔は」

実際、私は何も考えていない。しかし、彼の焦りがどんどん増していく。

「ダブルオー!俺はこれを爆発させるぞ!そしたらここにいる皆が死ぬ事になる!それでもいいのか!」

「いい!!」私は叫んだ。驚いたマサオの表情を確認した後、言葉を続ける。

「それでいい。私の人生なんて、糞みたいなもんだ。女にはもてないし、年中悪党を追いかけまわしているせいで、器物破損、建物損壊、他にも訴訟で金を取られ、もう財布もすっからかん。こんな人生、ここで終わらせてくれるなら本望だ。それに、ここにいる一般人だって、私には縁もゆかりもない。だから、別にお前が殺したところで、俺の心は痛まない。やるならやれ!」

私は泣いていた。ポーカーフェイスが、自分でも知らぬ間に崩れ去っていた。

私は銃を構えた。マサオの額を狙う。私が撃つのが先か、マサオが、手に持った爆破装置のスイッチを押すのが先か。

どちらにせよ、なんとなく『ダイ・アナザー・デイ』私は呟いていた。

「くそ!!」マサオが自棄になったのがわかった。爆破装置のスイッチを押そうとする。

刹那、地下鉄が揺れた。私の体が傾き、瞬時に近くの手摺につかまる。

すると「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」という叫び声。先程まで座っていた若い男性が、マサオに向かっていくのが見えた。

その男性は、マサオに向かって一目散に体当たりしていく。倒れ込む二人。

「もうイヤ!」別の席に座っていた若い女性が立ち上がり、半狂乱で叫ぶ。

そして、倒れ込みながらもみ合っているマサオの顔を踏みつけた。

意識を失うマサオ。

地下鉄が次の駅に滑り込んでいく。

そしてやがて停車した。

車両の扉が開き、拍手で称賛される若い男性と女性。

私も彼らの近くに寄っていく。そして「素晴らしいファイトだったよ」と称えると、

二人から顔に唾を吐きかけられた。

愛してるという意味なんだろう。そう私は解釈した。

その後、別の大勢の乗客に囲まれて、殴られたり、蹴られたりした。

その間私は防御の姿勢を取りながら、蹲り「私は悪者ではない!悪者はそこで倒れている男だ!」と叫び続けた。

きっと彼らは勘違いしていたに違いない。暴力の嵐が治まった後、私は『仕方がない』と心で思った。

そして暴力でふらふらになりながら、私は倒れているマサオに手錠を掛けた。

爆破装置も回収し、コートのポケットを探る。

そこには飲料水の缶が一缶。ラベルにはこう書かれていただけで、他にはなかった。

『迂闊に飲むな、危険。ローラ飲料水』

停車した車両の中、

私も意識を失った。


「いろんな職業の人がいるんだね、この世界には」

「そうですね・・スパイなんて本当にいるんですね」

パイプ椅子の男、窓の外を見ながら小さく言った。

「君は・・」と白衣の男。

「スパイじゃないよね」と言って笑った。

パイプ椅子の男はただ呼吸を繰り返し、やがてゆっくりと、顔を白衣の男に向けた。

「あなたをスパイする必要が、あるんですか?」

そう言って少しだけ笑う。

「そっか・・」白衣の男が、デスクランプの明かりが届かない場所まで顔を下げ、おもむろに言った。

「そうだよね・・」

静寂が室内を包み込む。白衣の男は何も言わないが、無言で帰省を促している。パイプ椅子の男にはそう感じられた。

「では、もうそろそろ」

「おっ、もう行くのかい?」

白衣の男の顔が、デスクランプの明かりに現れる。

「えぇ、また来ます」

白衣の男が、パイプ椅子の男の表情を見据えたままに、小さく笑った。

「そうだね、また、おいで」

「トゥモロー・ネバー・ダイ」

パイプ椅子の男が呟いた。白衣の男が黙って男を見ている。

「いや・・」とパイプ椅子の男。

「明日は、絶対に、死なない」

「明日は、絶対に、死なない」白衣の男が復唱する。

「えぇ」とパイプ椅子の男。そしておもむろに言葉を続けた。

「まだまだ、人生は続いていく。そういう事です。きっとどんなに辛くても、厳しくても、その人間が成し遂げなければならないことを、完遂するまでは」

そしてゆっくりと立ち上がり、扉の方まで歩いていくパイプ椅子の男。

振り向いた。

「あなたには、それが、ありますか?」




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