『墜落した飛行機から、生き延びている』人がいる。
「また来たんだね」
白衣の男、扉を開き、部屋の中に入ってくると、後ろ手に扉を閉めた。
少し慌てた様子で、パイプ椅子に座った男の横を通りすぎる。
「いやぁ、外は雨だよ。傘、もって・・」と言って、しっかりとパイプ椅子の男を見た。
「もってきてない感じだね。びっしびしょじゃないの」
パイプ椅子の男は少し頭をさげ、申し訳なさそうに言った。
「なんか、雨に濡れたい気分で。どうでもいいっていうか、そんな感じで。部屋を濡らしてしまいましたね。申し訳ないです」
「いや」と白衣の男。持っていた書類を机の上に置き、椅子に腰掛けた。
「悩んでんの?いつものように」
「はい」パイプ椅子の男、鼻を啜っている。泣いているのか、濡れているだけなのか、判別がつかない。
「ぼくなんかね」と白衣の男。
「ラッキーでラッキーで、ハッピーな毎日だよ」
「どんなふうにですか?」
「どんなふうにって・・」白衣の男は少し考え込み、やがて口を開いた。
「いや、生きていれば不幸な事は必ずおきる。だけど、不幸ななかにも、ラッキーだなって思える事がきっとあるだろ?例えば、財布を落としたとする。だけど中にはお金があんまり入ってなかった。だから少しはマシだなぁとか。それをラッキーだったって思うだけで、人生は変わる。そうだと思わないかい?」
パイプ椅子の男は、うつむきがちに考え込み、少ししてから話はじめた。
「財布にはカードとか入ってますよね。お金よりももっとまずくないですか?」
「うん・・」白衣の男は眉間に皺をよせ、やがておもむろに口を開いた。
「例えが悪かったね」
そう言ったあと、思い出したように「あっ!」と言い、続けた。
「そういやさ、飛行機が落ちたって話。あれがいい例えだね。君も知ってると思うけど」
パイプ椅子の男が、白衣の男を見た。
白衣の男、パイプ椅子の男を見つめ、言葉を続ける。
「今も、何処かで」
『墜落した飛行機から、生き延びている』人がいるみたいだね。
我々は、『暗部ローラ』に雇われた傭兵。
聖なる涙の滴を探しにいき、戻ってこない男を追って、飛行機に乗っていた。
飛行機では高級な料理、酒などがふるまわれ、みんなでジェンガをやったり人生ゲームをやったり、楽しく過ごしていた。
密林に落ちるまでは。
気がつくと、私と二人の人間を残し、他はみな死んでいた。
いや、飛行機を運転していた男も生きていたが、「いや~俺も酔っぱらっちゃってさぁ、ごめんね」と言った瞬間、撃ち殺してやった。
奇跡的に無傷で生き延びた私とレイラと、ちょっと名前がわからない男(以前に名前を聞いたが、忘れてしまった)は、武器を持ち、ボロボロになった機体をあとにした。
燦々と輝く太陽に照らされた密林では、動物の鳴き声や、虫の声が満ちている。
「暑いわね」とレイラ。
暗部ローラ支給の、ダークグリーンのツナギの胸元、ジッパーを少し下げる。
そして、長い黒髪をかきあげる仕草。
「ふぅ~!セクシー!」と名前がわからない男。短髪で筋肉質、まだ20代後半くらいで、口が臭い。
「ふぅ~!」と言った時に、口の臭さが私の鼻に届いた。
「やめろ」と私。
「なんだよ、いいじゃねぇかよ少しふざけたって。生き延びることができて、嬉しいんだよ」
そういうことじゃない。お前の口が臭いんだ。
流石に言えず、彼の言葉を無視した。
「ねぇ、ここ、どこなの?」とレイラ。
「天国じゃねぇことだけは確かだな。いや、レイラと一緒に密林を歩く事が出来てるってことは、天国なのかもしれないな」嫌らしい目でレイラを見る名前のわからない男。
「あんた」とレイラ。
「口が凄く臭・・」
「あれはなんだ!?」私はレイラの言葉を遮った。遮ろうとして遮ったわけではなかったが、結果としてそうなったから、名前のわからない男には感謝してもらいたいと思う。
私が指差す先、木の枝になにかがたくさんぶら下がっている。
それもあちこちにたくさん。
「あれ、パンツじゃねぇか!?」と名前のわからない男。
「そうね、ブリーフ、トランクス、女性のパンツまである」
レイラがそう言った刹那、密林がグラリと揺れたような気がした。
目を凝らす。どうやら透明な何かが動いている。
「おい、何か動いてないか?」
すると、その透明な何かが人間の形に変わり、突如、姿をあらわした。
「きゃっ」両手で目を覆うレイラ。私はその姿に唖然とし、動けなくなってしまった。
顔には般若のお面、弓矢を持っていて、背中には矢を背負っている。
そしてなんと、全身裸ではないか!股間のところでぶらぶらとチン○が揺れている。
「変態・・」そうつぶやいた瞬間、弓矢を構えたその変態。
「あっ!」私は咄嗟に防御の姿勢をとった。しかし、矢は私ではなく、名前のわからない男に向かっていく。
「うぐっ」と呻き声を上げ、倒れる名前のわからない男。
私とレイラはマシンガンを撃った。しかし、再び透明になり、消えていく変態。
「大丈夫か!」レイラは闇雲にマシンガンを乱射している。
名前のわからない男を腕に抱き、私は言った。
「しっかりしろ!」
「俺はもうだめだ・・」
「だめじゃない!」
私の腕の中で目をつぶっていく男。
「名前を呼んであげて!名前を呼んで、励ましてあげてよ!」とレイラ。
名前・・私はしきりに頭の中、彼の名前を探す。
「早く!」
「あぁ」と私。「ふ・・ふしゅりぃるぃ!しっかりしろ!」
「えっ?」銃の乱射をやめたレイラが、私を見る。
「今なんていったの?ちゃんと名前を呼んであげて!」
「だから呼んだだろ!」私は叫ぶ。「ふ・・・しゃとすぃ!しっかりしろ!」
「聞こえないわ!なんて言ったのよ!」
私はレイラに向かって叫ぶ!
「じゃあレイラが呼んでやれよ!」
「わたしは無理よ」とレイラ。「だって、名前知らないもの!」
男は息絶えていった。
相変わらずの動物の鳴き声を聞きながら、私たち二人は変態野郎におびえて、銃を構えていた。
「あいつ、何者かしら」
「わからない。でも、名前をつけるとしたら」ポコ○ン野郎だなと言いかけたとき、レイラが言った。
「透明狩人ね」
「そうだな」私はうなずいた。
「だけど、なんで裸なのかしら。私、どうしてもあいつが現れたら目をつぶってしまう。一体どうしたらいいの?」
私はレイラの言葉を受け、考え込んだ。確かに裸のあいつを見たら、自分も一瞬動きを止めてしまう。
それはなぜか。
それはきっと、あいつが普通ではないからだと思う。
しかし、あいつにとっての普通はきっと、裸で生活することなんだと思う。
だとしたら、あいつの普通に自分もなればいいのではないか。
そうすることで、あいつを見てもなんとも思えなくなるのではないか。
「わかった」私は言った。「俺たちも裸になればいいんだ。そしたらあいつを見ても何も思わない。だって、裸でいることが普通のことなんだから」
私はそう言って、服を脱いだ。
「ほら!レイラも早くするんだ!」
「何言ってるの?馬鹿じゃないの?」
「馬鹿じゃない!こうすることで、あいつに勝てる」
私はそういいながら服を脱ぎ続けた。そして、透明狩人と一緒の状態。つまり、全裸になった。
「さぁ!レイラもやれ!全部脱ぐんだ!じゃないとあいつに勝てな・・」そういった時、再び密林の一部が揺れた。
「来たぞ!」
私は全裸でマシンガンを構えた。
「もう付き合ってられない!」
そう言ってレイラがどこかへ走り去っていく。
私はそれにかまわずに、透明狩人が姿を現すのを待った。
しかし、姿を現す前に矢が飛んできた。
私は避ける。また矢。避けながらマシンガンを乱射する。
「はっはっはっはっはっはっはっはっ」私は笑いながら銃を乱射する。
透明狩人が姿を現した。相変わらずチン○ぶらぶらだ。
しかし、私もぶらぶらだ。何も変な事はない。それが当たり前だからだ。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!透明狩人ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
乱射したマシンガンの弾が、透明狩人にあたる。尚も撃ち続ける私。
そしてついには透明狩人に勝った。
倒れた透明狩人に、私はパンツを履かせた。般若の面はとらなかった。なぜなら、別に見たくなかったからだ。
「どうだ、パンツを履いた気持ちは」私は倒れた透明狩人に向かって吐き捨てた。
ふと、その般若の面の額に、小さくレインコートの模様を認める。
「暗部・・ローラ・・なぜ、この変態野郎に・・」
私はレイラの走り去った方向を歩いていた。密林には夜がやってきていて、日中の暑さは少し和らぎ、裸の私にはちょうどいいくらいの気温になっていた。
どれくらい歩いただろう。ぼんやりと明かりが見え、私はそちらの方向に向かっていった。
なにやら人の声も聞こえる。数人の笑い声。
私は疲れ果てた体に鞭を打つようにして、走り始めた。
村だ!いくつかの家、そして大きな焚き火が見える。その周りに人が集まっている。
「レイラ!」私は立ち止まり、つぶやいた。
焚き火を囲む人々の中に、楽しそうに会話するレイラの姿。
「レイラ!」私は叫んだ。
すると、焚き火を囲む人々がざわめき始めた。
「あの人、知り合いか?」レイラの隣にいる老人が、私を見て、怪訝な表情をしている。
「いいえ」とレイラ。
「知らない人よ」
焚き火を囲んだ人々の内、数人の男が立ち上がり、私に向かってきた。
「なんだお前は!服着てねぇで、この変態野郎!」
誰かの声。
私はその後、男達に取り押さえられ、一晩、手足を縛られ、納屋にぶちこまれた後、
翌日、どこかの警察に引き渡された。
「奇跡的に生き延びたなんて、そうですね、不幸中の幸いですね」
「そうだろ?それをラッキーだと思えばいいんだ。そうする事で少しはマシに思えるんじゃないかな」
白衣の男がそう言って立ち上がった。
「外はもう晴れたみたいだね」
「そうですね」とパイプ椅子の男。
「傘を持ってこなくて、ラッキーだったね。だって、傘は邪魔になるだろ?」
パイプ椅子の男は薄っすらと笑い、小さく頷いた。
「まぁ、意図してもってこなかったんですけど、実際雨に打たれてみると、やっぱりもって来ればよかったなぁって後悔してたところがありました」
白衣の男は何も言わず、パイプ椅子の男を見た。
そうして少しした後、「じゃぁ」と言い、パイプ椅子の男が立ち上がった。
「また来ます」
パイプ椅子の男が扉の方に向かっていく。
「ねぇ」と白衣の男。パイプ椅子の男が扉のノブに手をかけながら、振り返る。
「悩んでいるって事は、きっとラッキーな事なんだ。悩む事すら出来なくなってしまったら・・」
デスクランプの明かりだけが闇を照らしている。
その下には知らない別の世界が広がっていて、たくさんの人が生きている。
自分の悩みなんて、本当はちっぽけなものなのかもしれない。
白衣の男が小さく息をついた。
そしておもむろにつぶやいた。
「それはお終いだよ、きっと」




