『トレジャーハントから帰ってこない』人がいる。
「また、悩んでるの?」
白衣の男、パイプ椅子に座った男を見据えている。
外にはもうすぐ夜がやってくる様子。空にはどんよりとした雲が敷き詰められ、もうすぐ雨がふるか、若しくは明日は雨が降るか。
モノクロに見える世界には、血のかよっていない冷たさすら感じられる。
「もう、辛くて辛くて。この世界でひとり、私だけこんな辛い想いをしてるんじゃないか?そんなふうに思えるほどに辛くて」
白衣の男はうっすらと笑みを浮かべ、
「そんなわけないじゃない」と言った。
「みんな少なからず辛いよ。それが生きてるってことさ」
「そうですかね・・」
白衣の男、デスクランプの明かりを点けた。
そして机上の明かりを見ながらおもむろに口を開く。
「スポットライトは、全ての人間にあたってる。君だけじゃない。主役は、君だけじゃないんだよ」
パイプ椅子の男は、黙って白衣の男の言葉を聞いている。
「主役は酷な状況に身をおく運命なんだ。そして、それを乗り越えなきゃならない」
白衣の男はそう言って、パイプ椅子の男を指差した。
「酷な状況を乗り越えてこそ、面白い人間になれる。今の悩みを乗り越えて、君は厚みのある人間になれるんだよ」
「酷な状況を乗り越えて」
「そう、酷であればあるほど、きっと良い」
白衣の男が椅子に深々と腰を沈めた。
「まぁ、酷にも種類があるけどね」
パイプ椅子の男、眉根を寄せて考え込んでいる。
「種類・・ですか・・」
「そう」と白衣の男。
「私が言っている酷は、誰もが経験するような酷の話。誰が聞いても辛すぎる酷は、別だよね。」
「別・・」
「そう、別。そうだ、酷と言えば、命がけの仕事をしている人もいるよね。そういう人って、困難にいつも遭遇しているんだろうね。例えばさ、君も知ってると思うけど」
デスクランプに照らされて、陰影のある顔が、うっすらと笑った。
「今も、何処かで」
『トレジャーハントから帰ってこない』人がいるよね。
私はトレジャーハンター。
今まで数多の危険な場所で、数多の宝物を探してきた。
とにかく数多。そう、数多。
まぁ、なにを探しあてたかは割愛する。割愛とは『本当は話したいけど、仕方がなくやめておく』という意味だ。
あんまり言ったら自慢になっちまうだろ?それに、モテちまう。私はそんな事でモテたいなんて思わない。
トレジャーハンターだと名乗るのも嫌だ。それは「私は格好いいですよ」って自分で言ってるのと同じだ。
確かにトレジャーハンターという仕事は魅力的だと思う。冒険にはスリルがつきものだし、苛酷な状況にもなんども出くわした。
その経験は私の一部となり、肩書きだけでなく、中身まで磨きをかけてくれた。
そう、いま私が置かれている状況だって、私という人間の『血となり肉となる』に違いない。
まぁ、もしも、生きて帰ることができたならの話だが。
さ、もう一人言はやめだ。私はいま、洞窟の中、窮地に陥っている。
下をみると、底なしの闇だ。私はそこから伸びている一本の丸太の上に立っている。
油断したら足がガクガクして、立っていられなくなって、闇に吸い込まれていきそう。
助けて。
「一か八かよ!どれでもいいから丸太に飛び乗って!勢いよく!」
「わかってるよ、わかってる。エマ、あんまり急かすな。少し考えてるだけだよ」
底なしの闇からは、何本もの丸太が疎らに伸びていて、私はエマのいる後方の場所から、前方の目的地までいくため、それに飛び乗ってきた。そしていま、中間地点くらいだ。
私が運がよかったのは、最初の丸太に飛び乗った時、次の丸太に移る準備があったということだ。立ち止まろうと思っていなかった。
だからよかった。
一本めでいきなり、丸太が勢いよく沈んだ。
次に飛び乗った丸太も、足をついた瞬間に沈んだ。そしてまた違う丸太。やっぱり沈んだ。
そしていまの丸太だ。
沈まぬ丸太もあるようだ。私は一息つき、気持ちを沈めた。
すると、次の丸太に行くのが恐くなってしまった。
目的地まで到達すると、橋を下ろせるようになっている。
私があっちまでいけば、エマは橋を渡ることができる。
ズルい。
まぁ、丸太が沈むなんてお互いに知らなかったことだから、仕方がないっちゃ仕方がないが。
「ほら!男でしょ!行きなさい!」
エマが叫ぶ。私は弱音を隠し、平常心を装い、振り向いた。
「ただの男じゃないよ、俺は」
「どういうことよ!」
そこでうっすらと笑ってみせる。
男はいつでも、どんなときでも、余裕じゃなくちゃいけない。
私は彼女を指差し、言った。
「俺はトレジャーハンター、だよ」
「だからなに?」エマが私を見つめたまま、答えを待っている。
私はおもむろに口を開いた。
「いまは君の笑顔が宝物さ。俺はそれをつかむため、あの橋を下ろすよ」
決まった。私は前を見据えた。
エマは間違いなく私の事が好きだと思う。
エマは私と同業者だ。いつの頃からか、私が宝を探しにいくと、いつも必ず彼女が現れる。
それがエマが私の事を好きだということの所以だ。
私が宝を探しにいく場所、そこにいく日にち、時間を調べているかのように、いつもやってくるのだ。
いや、実際に調べているのだ。彼女が以前、白状した。それも言い訳をまじえて。
「俺の事、調べているのか?」と私。
「そうよ。あんたはトレジャーハンターとしては最低。だけど、宝物に近づく運の良さは本物。だからあなたを調べているの。宝を横取りするために」
嘘だと思う。
私の事が好きだから、私の事を調べて、私の事を追ってきているのだ。
間違いない。
私は今日、それをはっきりさせようと思っている。
もしも私の事が好きだと認めるなら、いままでの横取りは水に流すつもりだ。
そして、「探し出すのは俺、持っていくのは君。そんな事はもう終わりにしよう。全部、持っていったよね。もう終わりだ。今日から僕らは、ひとつになろう」というのだ。
そのまえに、たくさん男を見せなくては。
ここにたどりつくまで、私は男を見せてきた。
この洞窟の最初の難関は、通ると前方から弓矢が止めどなく飛んでくる狭い通路。
私は自分のリュックを盾にそこを進んでいき、弓矢を停止させるスイッチを押した。
彼女はそのお陰で難なくその通路を通る事が出来たが、私のリュックは穴だらけ。
中に入っていた着替え、サバイバルセット、何もかもがダメになってしまった。
そして何本かは私の体をかすめていった。あちこちがひりひり痛い。
次の難関は、動き出す骸骨。
これはもう、マジで怖かった。
私は鞭を振り、そいつに立ち向かった。
ピシピシとそいつに鞭をふるったが、全く効き目がなし。鞭は何度も剣で切られ、ついには使い物にならなくなってしまった。
今度は短剣で立ち向かった。当然相手はスッカスカの骸骨だから、どこを刺していいのかわからない。
それに、やっぱり短剣じゃ近づけない。
もうどうしようもなくなって、リュックサックを振りまわし、ぶつけてみた。そしたら骸骨にあたり、崩れていった。
まぐれだった。
その時だ。あんまりに闇雲に振りまわしていたせいで、壁やら何やらにもぶつけていて、おまけに最後は骸骨に向かって投げつけてしまったから、骸骨を崩し、そのまま後ろの深い穴の中へ落ちていってしまった。
だから私は今、何も持ち物がない。身軽でいいと思うかもしれないが、あそこには財布も入っていたし、パスポートも入っていた。
どうやって帰ろう・・・。
まぁ、帰れないかもしれないから、考える必要はないかもしれないが。
他にも難関はあった。そしてどの難関も、彼女は私のお陰で難なく突破する事が出来た。
エマの方を見る。
金髪を後ろに束ね、逆三角形の小さな顔には、魅力的な瞳、細い鼻、小さな唇。かわいらしく点在するそばかす。黒のタンクトップが強調するそれほど大きくはないバスト、くびれ。クリーム色の綿パンに包まれた、しっかりとした腰、長い足。
この世界のどんなトレジャーよりも、魅力的だ。
私は心を決めた。
「よし!行くぞ!」私は足を踏ん張り、呼吸を沈め、目に力を入れた。
次の丸太を見据える。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ジャンプ。そして、着地。
ぐしゃっと足をくじいた。
刹那、動き出す丸太。
「ちきしょぉぉぉぉぉぉ!」
私は目を瞑った。もう次の丸太にはジャンプ出来ない。
終わりだ。神様、どうか彼女を守ってください。それが出来ないのならば、彼女を天国の私のそばに。
「ん?」私は目を開けた。丸太は沈んでいくのではなく、上がっていく。
そしてやがて、ちょうどいい高さまで上がり、丸太が前方の目的地まで傾いていく。
私はそのまま滑り落ち、地面に転がった。
尻を思いっきり地面に打ち付ける。
「やったわね!」私はエマの方を見る。
「あぁ、やったよ!」
まぐれだった。傾いた丸太は、傾いたままに制止している。
尻が痛い。でも、我慢。
私は立ち上がり、橋を下げるスイッチを押した。
スイッチの横にある木で出来た立て看板に『橋が下がります』と丁寧に書かれている。
命が弄ばれている。この洞窟の仕掛けをつくった人間は、碌な人間ではない。
やがて橋が下がっていき、エマは難なくこちら側にやってきた。
「流石ね、尊敬するわ」エマが私に向かって微笑んだ。
突如、崩れ落ちていく橋。丸太も全て沈んでいく。
その光景を見て、エマが呟く。
「もう、先に進むしかないって事ね」
「あぁ」私は言った。「きっと、何処かに出口があるさ」
出口はなかった。
私達が先に進むと、扉があり、小さな部屋が現れた。
そこには一体の骸骨が横たわっていて、他にはなにもない。
エマがその骸骨に向かっていく。
「これ、これがお宝なのね」エマが骸骨の持っていた黄色のダイヤモンドを手に取った。
すると、苦しみだしたエマ。ダイヤモンドが地面に落ちる。
「どうした!エマ!」
エマが地べたにのたうちまわる。私はうろたえながら、骸骨の方を見た。
何か手紙を持っている。
その手紙を骸骨から奪い、私は読んだ。
「ダイヤモンドには毒が塗りこまれている。さぁ、ここに辿り着いた人間よ。100年に1滴だけ落ちる、聖なる涙の滴を飲み、その効果を自らに体験せよ。聖なる涙の滴は、この部屋の真ん中、くぼみの中にある筈だ」
私はその手紙に書かれている、この部屋の真ん中、地面のくぼみを探した。
地面が少しくぼんでいる個所を見つけた。そこに1滴の水。
「エマ!」私は叫び、エマの体を起こした。
「エマ、あそこにある聖なる涙の滴を舐めるんだ」
「なに・・・それ・・」
「あれが、この洞窟の宝だよ。どんな万病にも効く、聖なる涙の滴だ。俺はそれを探すように依頼され、この洞窟に来たんだ。さぁ、早く舐めるんだ」
私は無理やりエマをくぼみまで連れていった。
エマが聖なる涙の滴を舐める。
すると、苦しそうにもがいていたエマの呼吸が静まり、やがて、以前のエマに戻っていった。
それから私達はその部屋の中、二人きり、座り込んでいた。
「宝物、もって帰れなくなっちゃったね」
私は笑みを作り、言った。
「いいんだよ。そんな事より、君が元気になって良かった」
エマが笑う。
「聖なる涙の滴。あれを舐めてから、上手く説明出来ないけど、体が軽くなったような、スッキリしたような、不思議な気分なの。なんだろう、わかんない」
「そう」私は言った。
聖なる涙の滴は100年に1滴、この小さな部屋の天井から、あのくぼみに落ちる。今度はいつ落ちるのだろう。
いつが100年目にあたるのか。
「ねぇ」とエマ。
「どうやって帰ろうか」そう言って少し笑う。
私はポケットにある発信機の事を思い出した。
私の依頼人が、私に渡したものだ。小型の四角い発信機で、リュックには入れず、ズボンのポケットに入れてある。
「だいじょ・・」うぶだよと続けようとしたら、エマが私のほうに寄ってきて、
キスをくれた。
「もう少ししてから、考えようっ」エマが言う。
「そうだね」私はエマを抱き寄せ、小さく言った。
そして再びキスをする。その時、エマに気づかれないよう、ポケットから発信機を取り出し、
スイッチを切った。
「知っています。トレジャーハンターが行方不明だって、ニュースでやってました。確か、女性の方の家族がとてもお金持ちで、捜索願いを出しているそうですね」
「あぁ」と白衣の男。
「男性のトレジャーハンターを追い、出て行ったっきり、連絡がないそうだね」
夜が窓の外にある。雨は降らなかった。遠くのビルではいくつもの明りがついていて、
まるで大きなアリの巣。そこにはたくさんの人間が存在し、生きていて、今日も傷つけあい、騙しあい、時に協力しあう素振りをみせながら、それぞれに食糧を掴んでいる。
「では、帰ります」パイプ椅子の男が立ち上がった。
「あぁ、また来なさい」と白衣の男。
パイプ椅子の男が会釈をし、扉まで歩いていく。
そして窓の外を見て言った。
「どこへ向かっているんですかね」
「あぁ」と白衣の男も窓の外を見る。
遠くで、軍用飛行機のようなものが飛んでいく。
その暗いボディには、大きくレインコートの模様。
「暗部・・・ローラ・・」
そう白衣の男が呟いた。
静かな部屋の中、パイプ椅子の男が去っていく。
部屋の中で一人、白衣の男は呼吸だけを静かに繰り返し、
じっと外の景色を眺めていた。




