聖剣じゃなくて魔剣だった件
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「へー! ゲームアーカイブスでたんだこれ。ダウンロードしてみようかな」
家庭用の次世代コンシューマ機をオンラインで繋げて過去作品のゲームをダウンロード。今はもう誰でもよく日常的にしていることだ。メモリにデータをダウンロードすればソフトがなくとも懐かしのゲームが遊べる。
私はもう十年は前に発売された好きでよくプレイしていたロールプレイングゲームをオンラインショップで発見した。私が小学三年の頃だったっけ。
コンビニでシリアルナンバーが記載されているカードを購入し、さっそくそのゲームをダウンロードした私は、スタートを押したと同時に意識が途切れたのだった。
「ん、と。なに、どうしたの私」
気がつくとそこは川だった。そして流れる川の中にある岩にもたれ掛かるように倒れていた。
なので下半身がびっちょびちょのずぶ濡れだった。しかも何かの小魚が私の生足をつんつん突いている。別に私の角質を食べているわけでもないその小魚は、私が見ていると気づいたのかそそくさと川の流れに身を任せ遠のいていった。
「なんか私どざえもんみたい」
水死体ではないがこのまま横になっていて他人に見つかったらそう思われるに違いない。とりあえず川から上がって火でも熾せれば熾して服を乾かさなければ。
川岸へ行こうと岩によじ登ると前方の別の岩に何かが刺さっているのが見えた。
「あれって剣だよね」
剣だ。ゲームや漫画でよくみる剣が岩に刺さっていた。でもなんで剣が岩に? 普通刃こぼれしないか?
そう思ったが私は閃いた。
「ピコーン! あれはまさしく聖剣! そうに違いない!」
そう決め付けた私はさささっと、どこかのGが頭文字につく生物の動きみたくそれはもう素早い動きでじゃばじゃばと聖剣に近づいた。
「これを抜けば私も晴れて勇者に!」
わっくわくしながら聖剣の柄に手をやると、ひたりと冷たい何かが私の首筋に当たった。
「貴様、何者だ」
これはまずい。もしかしたらこの聖剣は聖なる岩に安置されていて、今私の首筋に当てられている刃物を所持している美ボイスの持ち主である男性は、聖剣の守り手なのかもしれない。
で、私は突然現れた美貌の怪しい女人であるからして。
「あっ怪しい者じゃありません!」
いかにもなセリフを吐いてしまった私。
「殺されたいか」
「ごめんなさいもうしません許して下さい!」
絶対零度まで下がったと実感できるほどの男性の声色に、私は当てられている刃物などすっぱり忘れてその場で勢いよく土下座した。
「……立て」
「は、はい」
私のこの潔い土下座が功をそうしたのか、男性は刃物をちゃきんとしまって私に立つように命令してきた。
「こちらを向け」
こあいよう、この男性。私は言われるままに男性の方へ体を反転させるとなんと目の前にはどす赤黒い長髪と瞳をした肌が浅黒いイケメンが立っていた。
これは守り手というよりも、聖剣を手にしようとした勇者を殺すために来た魔族の刺客ではないか!
耳だって尖がっている。目つきも凶悪だ。なのにイケメン。そして美ボイス。
無駄な脂肪一切無い感じの服の上からでも分かるしなやかな体つきを嘗め回すように見ていると、男性と目が合った時更に周りの温度が下がった気がした。
おそらく私が視姦したせいで気分を害したのだろう。けれどだ、イケメンは目の保養と世界の理で決まっているのだ。甘んじて受けてもらう。
そう思って見ていたのだが、このイケメンも私のことをガン見してきてた。いくら私が美貌の怪しい女人だからって、いやすみません、ただのごくごく普通の女子ですが!
そんなに見るほどの容姿でもないのに、とイケメンの視線の先を自分に当てて辿ってみるとそこはちょうど胸の位置だった。
なんてことだ! ずぶ濡れだったから下着がすけすけの丸見えだった! ぎゃあ! 思わず両腕で隠した。
「なんだ、お前も俺のことをじろじろ見ていただろう。こちらも見て何が悪い」
「イケメンは目の保養! 女はセクハラ!」
私は世の中の常識をイケメンに教えてあげた。
「イケメン? セクハラ?」
きょとんと知らない言葉に首を傾げる仕草もイケメンがやると鼻血が出るくらい萌える。
「お前、なぜここにいる。ここは魔剣を封印してある魔族にとっての聖地だ。人間がこれるようなところではないはず。何者だ」
「へっ魔剣? 聖剣じゃないの? 魔族ってやっぱりお兄さん人間じゃなかったんだ」
イケメンが私が触った剣を魔剣と言った。こんなとこにこんな風に刺さってるなんて聖剣だとばかり思ってたのに。しかもなんかこの口ぶりじゃ魔族の土地の大変重要な場所にいるみたいだし。私なんかやばくない。
「私! いつの間にかここに居て! 剣があったからなんだろうって近づいただけなんですっ」
私は慌てて釈明を始めた。だって本当のことだし! しかもなんかこれダウンロードしたゲームの冒頭に似てる。今気づいたけど! でもあれこそ聖剣で、魔剣なんかじゃなかったけど!
「事実のようだな。お前から虚言が感じられない。だがこの場所は人間には毒のはずだ。なぜ生きていられる」
「え、毒? なんともないですけど。空気だって普通ですよ」
イケメンが私にとって毒とか言ってるけど、周りを見ても毒々しい空気みたいなのは見えないし別に息苦しくもないよ。むしろ自然の中の美味しい空気だと思うんだけど。
今度はこちらがきょとんと首を傾げる。でも私がやったからって誰も萌えないけどね。
「ふむ。そうか、お前がそうだったのか」
そんな私を思案気に見ながら顎に指を当ててイケメンが呟く。一体なんだっていうんだ。
私は下着が透けていることも忘れて川の周りを見渡していた。ここ、本当にすっごい自然のど真ん中って感じだわ。見渡す限り山山山。空を見上げると太陽と赤い月? があった。やっぱりここ異世界?
ゲームやろうとしてただけなのになんで。そう思ってたら急にイケメンが近づいた気配を感じた。
したと思ったらビリって服を破かれて、胸元を露わにされて! ま、まさか強姦!? で、でもイケメンになら貴重な経験……じゃない! なにするんだこのイケメン! 私まだ処女なんだぞ!
「やはり、魔痕があるな」
まこん? イケメンの視線の先、つまり胸の谷間に紫色の何かのマークが付いていた。もしかして聖痕の逆バージョンみたいなやつか。いつの間にこんなのが。疑問に思って見ていると、徐にイケメンが私の胸を掴んだ。
「ぎゃあ!」
「騒ぐな。減るものでもない」
いやいやいや、減るって! 私の乙女的な何かが! この野郎。イケメンだからって何でも許されると思うなよ! しかも揉むな!
「変態! 痴漢っ強姦! 助けて!」
私は思いっきり叫んだ。
そしたらイケメンはふっと笑った。その麗しい微笑みに我を忘れて私はぽーっと見上げる。
「お前は俺の花嫁だ。俺のものを触って何が悪い」
「はなよめ? って、花嫁!? はあ?」
なにこいつ、なに言ってんの。初対面の相手にさ。もしかして残念なイケメンというやつなのか。
頭オカシイやつって目で見てやると、イケメンの眉間に皺がよった。
「俺は魔族を統べる魔王、グリニュエル・サーロードだ。聖地に何者かが現れたのを感知し飛んでみれば、魔剣を抜くことの出来る証、魔痕を持つ者が現れた。俺は魔剣を扱える唯一の存在だが、封印を解き放ち抜くことは出来ない。それが出来るのは魔痕を持つ者のみ。つまりお前だ」
「魔王?」
魔王って! いきなりラスボスじゃん! 私オワタ! 小指一本で死ねる!
イケメンの素性を知って途端に青褪めた私。けれどイケメン、いや魔王は笑っていた。
「案ずるな。殺しはしない。お前は花嫁だと言っただろう。剣を抜け」
「あ、はい。剣を……」
殺されないと言われてほっとして、私は言われるままに剣の柄に手をやった。本当に抜けるのこれ。
半信半疑で上へ引き抜こうとしたら、するりと豆腐に刺した箸のように魔剣が抜けた。魔王の言うことは本当だったらしい。
「抜けちゃった」
「これで証明されたな」
にやりと笑った魔王。私から魔剣を取ると、腰に差していた二つの剣のうち空の鞘に魔剣を入れた。魔剣の鞘だったのか。
収まるべき場所に戻ったとばかりに、淡い光を放った魔剣。そんな不思議体験にぼうっとしていると、魔王がいきなり私をお姫様抱っこした。
「わ! ちょっと、なに」
「城へ戻る。さっそく婚儀だ。お前の名は」
「あ、莉奈。真壁莉奈」
「リナか」
はあ、婚儀! いや、花嫁ってマジだったの。魔剣抜くだけで終わりでいいじゃん!
私のそんな思いを無視して、魔王は私の名を嬉しそうに呼ぶとそのまま城へと私ごと転移した。
そしてそのまま配下の魔族たちに婚儀を執り行うと告げると、魔剣をいう証拠を目にした配下の魔族達は喝采し、あれよあれよという間に私は魔王、グエルと結婚してしまったのだった。
どうしてこうなった。ゲームやろうとしてただけなのに!
後で聞いた話だが、どうやら魔痕を持つものはその代の魔王に一人だけらしく、女であることは稀なんだとか。
配下の魔族に結婚しろととやかく言われていたグエルはこれ幸いとばかりに私を道連れにしたのだ。元の世界に帰れる方法も分からないし、性格はそれほどひどくもないしイケメンだし、結構私のこと大事にしてくれるしで、私もまんざらではなくて。
結局経緯はどうであれ、私とグエルは仲睦まじく夫婦として過ごしていくことになったのだった。しかもグエルと通じたからか私の寿命はグエルと同じになってしまった。魔族は何千年と長生きなんだって。見た目も死ぬ直前までは若いままだし! なんかもう私人じゃなくなっちゃったみたい。
でもまあいいか、死ぬまでずっと仲良く一緒にいられるしね。
ここまで読んでくださった方、本当に有難うございました。




