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Call my name-心に響く声-  作者: 橙子
亜衣子編
6/37

三歩進んで…?


 最初に乗ろうと決めた乗り物の列に、四人一緒に並んでいたが、自分たちの順番が来たとたんに祐真と未唯菜が素早く先に乗り込んだので、亜衣子は驚いて目を見開いてしまった。


「祐真!? 未唯菜ちゃんっ!?」


「じゃ、お先にーっ」


 そう言って、二人乗りのそれはふたりを乗せて悠々と発進してしまう。


 ちょ、ちょっと待ってよ、それじゃあたしに高坂くんと乗れっていうの!?


 ただそばにいるだけでも意識してしまって仕方ないのに、こんな密着なんてしたらどうなってしまうことか。亜衣子は顔が勝手に赤くなってしまうのを止められなくて、思わずうつむいてしまう。


「もしも…悲鳴とかうるさかったら、ごめんなさい。私、声量だけはとんでもないから……」


 合唱部に入っていたために腹式呼吸も完璧なおかげで、無意識下では声が出過ぎる時もあって、こういう時に隣に座っていた友人の耳をしばらく難聴気味にしてしまったこともあるのだ。人によっては女の黄色い声が嫌いだという人もいるし、亜衣子としては先に言っておくしかない。しかし高坂は、何も気にしていない様子でけろりと答える。


「ああ、気にするな。それを言ったら、剣道部の掛け声のほうがよっぽどとんでもないから。野郎の野太い声に比べたら、女の子の綺麗な声のほうがよ全然いいってもんだ」


 驚いて顔を上げたところで、ふたりの番がやってきて、高坂が率先して乗り込む。亜衣子も後からスカートを気をつけながら隣に腰を下ろすと、安全を確認した係員の合図と共に機体が発進して、徐々にスピードを増していく。けれど亜衣子の心を占める緊張感は、決してそちらからではなく、自分の身体の片側にぴたりと密着した高坂のそれで。亜衣子のものとはまるで違う、がっしりとしたつくりの筋肉質のその身体に、もうドキドキが止まらない。つい先日、ちょっと手が触れたばかりでもあんなにドキドキしたというのに、こんなに急に身体全体で密着することになるなんて。つい先刻までは、考えたこともなかった。


 そんなことばかりを考えていたから、以前乗ったことがあるはずのそれの行く先を完全に忘れていて、突然訪れた急降下や急カーブに、亜衣子はさっそく我を忘れて悲鳴を上げまくってしまった…………。


「大丈夫か?」


 降りる際に、高坂が亜衣子の二の腕を掴んで支えてくれる。触れられているそこからどんどん熱を帯びて行くようで、亜衣子はもう熱が出そうだった。


「あ…大丈夫よ。あんまり久しぶりだったから、こういうものだって忘れてたみたい」


「亜衣子先輩、大丈夫ですかー?」


「でもこれで、リハビリも済んだろ。じゃ、次行こうぜ、次!」


 先に降りて待っていた祐真と未唯菜が、さっそく次に乗るものを吟味しているのを見ながら、亜衣子は高坂に声をかける。


「高坂くん、もう大丈夫よ、ありがと…」


 勇気が続かなくて、語尾が消え入りそうになりながらも伝えると、高坂はいまやっと気がついたようで、慌てて手を放す。


「あ、ならいいが……まあ、無理はするなよ」


 高坂の頬も赤くなっている気がするのは、気のせいだろうか?


 次の乗り物に行く途中の道で、ベビーカーを押す若い夫婦が目に入ったので、亜衣子はそっと道を譲る。「可愛いなあ」と思いながら何気なく振り返ると、小さな靴が地面に落ちているのに気付く。見覚えから、ついさっきのベビーカーに乗っていた子どもの靴だとすぐにわかった。若夫婦はまるで気付かずに進んでしまっているので、亜衣子は慌てて靴を拾って追いかける。すぐに済むと思ったので、他の三人には何も言わないままで。


「あの…っ 落としましたよっ」


「え? あら!」


「すみませんね、ありがとうございます」


 笑顔で礼を言う若夫婦と別れ、三人の元に戻ろうとしたところで、かけられる声。


「あっれー、君可愛いねー」


「連れとはぐれちゃったのー? なら連れが見つかるまで、俺らと回らないー?」


 見知らぬ男たちだった。亜衣子の身体が、先刻とは違う緊張感で一瞬すくむ。


「あ…連れはいますので、結構です!」


 そう言って、早々に立ち去ろうとしたところで、二の腕を掴んでくる手。その瞬間、そこを中心にぞわぞわと鳥肌が立つような感覚が、亜衣子の全身を包む。


「は…放してくださいっ!」


「えー、そんなつれないこと言わないでさー」


「放してっ!」


 ダメだ。やはり、高坂でない男に触られるのは、どうしても我慢ならない。懸命に身をよじって振り払おうとするけれど、へらへら笑っているのに男の力はどうにもならないくらい強くて、亜衣子の力では振りほどけない。こんなことなら、三人のうちの誰かにでもひとこと告げてから動けばよかったと思いながら、目尻に涙がにじみかけた亜衣子の身体が突然解放されて、ふわりと誰かの腕に包まれる感覚。硬い感触だったけれど、あたたかくて、不思議と嫌悪感は覚えない。


「な、何だよ、お前っ」


 ついさっきまでは余裕をたたえていた男たちの表情が、今度は焦燥に彩られている。


「ひとの連れに勝手に触ってんじゃねーよ」


 頭上から聞こえるのは、低い、逢えなかった間も決して忘れることのできなかった声。けれどいまは、普段亜衣子に向けるものとはまるで違う険しさをまとったそれを発しながら、男たちに挑発的な笑みを見せている。それもやはり、亜衣子は見たことのなかった表情だ。


「…っ んだよ、男連れかよ」


「しらけんな、行こうぜっ」


 負け惜しみとも思える言葉を残して、男たちは立ち去っていって。あとには、ぼんやりとしている亜衣子と、安堵のためか小さく息をついている高坂だけが残される。


「……突然姿が消えたと思ったら……こんなとこでからまれてるんだもんな、驚くぜ」


 くしゃりとみずからの髪を手でかき上げながら、高坂が呟く。


「ご…ごめんなさい……落とし物を届けてすぐに戻るつもりだったから、言わなくても大丈夫かと思って…………」


 怖かったところを助けてもらえて嬉しかったのも束の間、いまは申し訳ないと思う気持ちでいっぱいで、高坂の顔がまともに見られない。どうして自分はいつもこうなのだろう? 高坂に面倒をかけてばかりで……自分で自分が嫌で仕方がない。


「頼むから……あんま、心配させないでくれ。こんなことが続いたら、こっちの身がもたない」


「ごめんなさい……」


 もう、それしか言えない。さっきまで浮かれていた心が、まるで空気の抜けた風船のように萎んでいく。そこで、見かねたらしい未唯菜が明るい声を出しながら亜衣子の腕に勢いよく抱きついてきたので、その場の空気の色ががらりと変わる。


「まあまあ、亜衣子先輩も無事だったんだし、よかったじゃないですかー」


「姉ちゃん、今度はひとこと言ってから行ってくれな? 慎吾先輩だって心配してるだけなんだから」


 祐真も続いてこちらにやってくる。


「う、うん…ふたりもごめんなさい」


「でもまあ、無事でよかった。あんまり気に病むなよ?」


 ぽん…と温かい手が頭の上に置かれて、一瞬ののちにすぐ離される。その温もりに、心が少し軽くなった気がしたけれど、自己嫌悪は完全には消えない。


「あ…助けてくれて、ありがとう─────」


 やっとの思いでそれだけ告げると、高坂がようやく笑顔を見せてくれて。厚い雲に覆われていた心に、一筋の陽光が射した気がした。それでも、完全には気分は浮上できなかったけれど、ほんの少しだけ心が晴れたような、そんな気がした。


「ほんじゃ次は、いよいよお待ちかねの新アトラクションということで! 姉ちゃんも未唯菜ちゃんも、もう大丈夫だよな?」


 祐真の言葉に、亜衣子は誰よりも早く答えを返していた。


「望むところよ、何でも持ってらっしゃいっ!!」


 半ばヤケになっていたと言われれば、そうかも知れない。けれど、いまはとにかく、自分自身に罰を与えたかったのだ。


「ね、姉ちゃん、すごい気合いだな」


「いまのあたしは、もう何も怖くないのよ、さあ早く連れて行きなさいよっ」


 と、亜衣子の気合いは十分だったのだけど。気合いだけですべて乗りきれるほど、世の中は甘くなかったのである。




         *     *     *




「亜衣子先輩、大丈夫ですか~?」


 ベンチに腰を下ろしてぐったりしている亜衣子に、未唯菜が心配そうに声をかけてくる。


「だ…大丈夫よ……」


 無理に笑顔を浮かべて答えるが、まだしばらくまともに歩けそうにない。


「無理するな、ゆっくり休んどけ」


 隣に座る高坂の声は穏やかだけど、きっと内心では呆れ返っているに違いないと、亜衣子は思った。矢でも鉄砲でも持ってこい、というような気分で新アトラクションに臨んだはいいが、もともと絶叫系が得意でない亜衣子に簡単に越えられるほどそれは甘いものではなく。結局、またしても高坂に半ば抱えられるようにしてここまで連れてこられてしまったのだ。もう、自分が情けなくて仕方がない。穴があったら入りたいとは、こんな気分のことだろうか。


 どうしてあたしっていつもこうなのかな。体力も勇気も、何もかもが足りなくて。いつも、好きなひとに迷惑をかけてばかり──────。


 もう、泣いてしまいたいほどだ。ここでそんなことをしたら、高坂にとっては更なる迷惑にしかならないだろうから、懸命に堪えるけれど。


「とにかく、時間もちょうどいいし、そろそろ昼にしようか」


「あ、じゃあ俺、何の店があるかちょっくら見てきます」


 高坂の言葉に、祐真がそれだけ言って駆け出していく。


「祐真くん、待って、あたしも行くー。」


 未唯菜もその後に続いて、歩調をゆるめた祐真と共に歩いていく。その仲睦まじい姿が羨ましくて、亜衣子の目尻にかすかに涙がにじんだ。


「さっきもだけど、ほんとうにごめんなさい……何であたしってこうなのかな。祐真や未唯菜ちゃんみたいに、もっとしっかりできたらいいのに」


 自分より、ふたつも年下の子たちのほうがしっかりしてるなんて、情けなくて仕方がない。自分では努力をしているつもりだけれど、その努力が思うように報われたことなんて、いままであっただろうか?


「あんまり気にし過ぎるなよ。誰だって、得手不得手というものがあるさ」


 高坂は慰めてくれるけれど、亜衣子の心はもうどん底まで沈んでしまっていて、今度はなかなか浮上できそうにない。そのうちに祐真と未唯菜が戻ってきて、近くにあった飲食店をあれこれ説明してくれる。


「とりあえず、行ってみるか。笹野、立てそうか?」


「あ、うん、もう平気」


 これ以上、高坂に迷惑をかけたくない一心で、亜衣子は懸命に足腰を奮い立たせて、よろめきながらも何とか自分の足で歩いていく。時折、祐真や高坂が手を差し伸べてくれるが、ここで甘えたら自分はもう一人で何もできなくなってしまうと思い、一生懸命自分の力だけで歩く。これ以上、最低な人間にはなりたくなかったのだ。


 何とか飲食店にたどりついてから、それぞれに好きな物を注文し、自分の分を払おうとしたところで再び先回りして払ってしまうのは、高坂と祐真。お店の人の前で払う払わないの悶着を起こすのもどうかと思い、とりあえずトレイを持って席に行こうとするが、それすらも高坂たちに先に持っていかれてしまい、亜衣子の手が虚しく空を切る。


「今日は、甘えておけって。たまには男にも見せ場をくれよ」


 高坂くんは意外と意地悪だわ。甘え過ぎたくないって思っているのに、甘えるしかない状況を作り出してしまうんだから。


 内心でそんなことを思いながら、未唯菜がさりげなく貸してくれる手を借りながら、高坂と祐真が先に座った四人掛けの席へと進む。


「まあとりあえず。新アトラクションは乗れたし、俺は後は何でもいいなー」


 満足顔で祐真が言うのを、キッと睨みつけて、亜衣子は喉元まで出かかった言葉を何とか飲み物と一緒に再び嚥下する。誰のせいでこんなことになったと思っているのだろうか!?


 まあ半分は自分自身のせいに他ならないけれど。それでも、祐真が絶叫マシン好きでなかったら、ここまでの事態にはならなかったのではないかと思うと、我が弟ながら憎らしい。憎々しげに思う心が、血のつながりのせいか祐真に通じたのかはわからないが、その報復とばかりに昼食後の休憩の後に、抵抗する暇も確認する間も与えられずに謎の建物の中に引っ張り込まれて、問い詰める前に当の祐真は未唯菜と手を取り合ってそそくさと先に行ってしまい、亜衣子は途方に暮れる。


「まったくもう、祐真ときたら……でも、ここ何のアトラクションなの?」


 ヤケに暗い屋内に戸惑いながら高坂に問いかけるが、高坂は非常に言いづらそうな表情を浮かべたまま、「あー……」としか答えようとはしない。その珍しく煮え切らない様子に不審を抱き、なおも問いをぶつけようとしたところで、背後から肩をたたかれる気配。もしかして、次の客が「早く進んでくれ」といっているのだろうか?


「あ、すみません、いま先に……」


 言いながら振り返った亜衣子の耳に、高坂の焦りを多分に含んだ「あっ」という声が届くが、それどころではない状況が、亜衣子の眼前に現れていた。亜衣子の肩に手を置いていたのは、いかにもたったいま蘇ってきましたよと言わんばかりの様相を呈したゾンビそのものだったからだ!


「い……やあああああっ!!」


 腹式呼吸の威力を存分に発揮した、亜衣子の見事なソプラノの悲鳴が、その場に響き渡った──────。


 もう許さない。そんな思いを胸に、亜衣子は件の建物を後にする。心意気と瞳から発せられる気迫だけはすさまじいが、何にしても高坂の腕にしっかり抱きついたままでは、迫力も何も感じ取れない。しかしこの行動については亜衣子の意思からの結果ではなく、あの後次々と現れた、どう見ても人外の存在にパニックを起こして明後日の方向に走り出そうとしてしまった亜衣子を高坂が止めようと腕を差し伸べたが故に、ようやっと拠り所を見つけた亜衣子がしがみついてしまった結果であって、彼にも彼女にも罪はない。


「よー、姉ちゃん、楽しめたかー?」


 先に外に出ていた祐真が、能天気な顔と声で訊いてくるのを見て、自分の中で何とかもちこたえていた最後の忍耐力の糸がブチっと切れた音を、亜衣子は確かに聞いたと思った。


「祐真─────っ!! あんたねえ、今日はいったい何なのよ、ひとをバカにするのもいい加減にしなさいよっ!?」


 高坂の腕から手を放し、間髪入れずに走り出して、祐真の胸ぐらをつかんで勢いよく叫んだ亜衣子だったが。


「まあまあ、姉ちゃん、落ち着いて────姉ちゃん?」


 息継ぎなしで一気に叫んだからか、それとも先刻までのハードワークによる疲労からか。周囲の声や音が何故だか遠くから聞こえてくるような気がすると同時に、亜衣子の身体から力が徐々に抜けていって。そのまま、亜衣子の意識は暗い深淵の中へと沈んでいってしまった…………。

また少しずつ高坂との距離が近付いているかな?

けれど亜衣子、体力エンプティです(泣)

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