くだらない? いいえ。切実な使用方です
ある日、唐突に彼女は現れた。
「本来の歴史ではあなたは無惨に死にます」
随分な言葉だ。
相手にするのも面倒くさい。
「よろしいのですか? あなたは『何か出来るかもしれない』なんて思い続けて老齢となり、そのまま絶望しながら死ぬのですよ?」
だが、こんなことを毎日のように言われたら流石に気分が悪い。
そこで彼女に問う。
何をし始めればいいのかと。
「いきなり全てを変えるのは無理です。ひとまずは早く寝ることを心掛けてください。え? 早起き? それはとりあえず後でいいです」
なんて言うものだから、私は午前2時に寝ていた生活から彼女に言われるがまま午後11時に寝るよう心がけた。
早く寝た分だけ目は早くに覚めたけれど、まだまだ身体が起きようとはしてくれない。
「それで構いません。いきなり早く起きることは無理ですから」
彼女は期限を設けなかった。
これが例えば一ヶ月後とか三ヶ月後とかまでに『早起きも習慣に』なんて言われたらプレッシャーだったろう。
しかし、彼女に言わせれば『無残な末路までまだまだ時間があります』ということらしい。
「世界を救うみたいなとんでもない使命ではありません。私がお願いしたいのは健康的な生活だけですから。だからまだまだ時間はありますよ。今のところは」
やがて、自然と私は早起きができるようになった。
と言うより起きることが習慣となってしまった。
「始めはスマホでもいじっていて大丈夫ですよ。起きることが重要なので。それにまだ時間はありますから」
そう言われれば私はまずスマホをいじることにした。
早起きをしてスマホをいじるのと、夜更かしをしてスマホをいじることに何の違いがあるのか分からない。
そう思い聞いてみれば彼女は答えた。
「目的はあくまで早寝早起きの維持です。二十年もすれば分かりますよ」
そんなものか。
――にしても、朝はあまりにも人が少ない。
私はある日、気分転換に外に出てみようと思い始めた。
それで構わないかと彼女に聞くと彼女はにっこり笑ってこう言った。
「お任せします」
朝の散歩で得るものはなかった。
あえて言うなら散歩をしたという満足感だけだろうか。
それを彼女に伝えようと家に帰ると既に彼女はいなかった。
そして、二度と会うこともなかった。
*
「お疲れさまです」
そう言われて私は静かに目を覚ます。
今まで側にいた『過去の私』はもう隣にいない。
代わりに私の肌は眠りに入る前と比べて幾分か良くなっている。
「ちゃんと続けたんだ」
過去の私を少し褒めてやる。
まぁ、過去なんて言っても数十年も前とかじゃなくて、本当に二年前くらいの過去なんだけど……。
「ご満足いただけましたか?」
「そうね。悪くない」
「それは良かったです。それではあちらの窓口でお支払いを……」
そう。
ここはタイムマシンを使用できる施設なのだ。
とはいえ、過去に干渉するには多くの制限がある。
――例えば自分の肌年齢を改善したい程度なら大丈夫。
『美容にしか使われないタイムマシンなんて。なんてくだらない……』
なんて、以前は言われていたけれど。
少なくとも私にとってこれ以上の使い道はないと思う。
そう言い聞かせながら私の給料半年分の料金を支払った。




