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9 リーリエ、仕事と鳥と

一向に売れないので、リーリエは困って兄に打診したが、兄も、頼まれたから売ってもらわないと困る、と言った。

仕方ないので店に並べ続けたある日。全て、小さく萎み、乾いた豆粒のようになって、動かなくなっていた。

焦ったリーリエはすぐに、ちょうど町に降りてきていた息子に頼んで兄に知らせに行ってもらった。


ところが息子なので、寄り道したり、途中で遊んだり、休憩したりして、田舎の実家に息子がたどり着いたのは翌日だった。遅くなったから一旦、森の家の方に帰ったそうだ。信じられない。

本人が言うには、そんな急ぎとは思わなかった、とのこと。


息子がたどり着いた時、実家には兄はいなかった。なので数日を田舎の家で待ち、兄は来ないので、仕方ないから魔法塔まで行くか、と動き出した時に、ちょうど家に帰ってくるところだった実母と遭遇したそうだ。


そこからは、母が騎乗できる動物を息子に貸してくれて、息子は速やかに魔法塔に着き、兄に会い、小さくカラカラになった例の生き物たちを兄に渡した。


なお後日判明するが、元々、エネルギーが尽きると萎むような生物だったらしい。高度な暗算を覚えて答えを自動的に返してくれる生物だったとも分かったが、多分魔法塔以外で高度な暗算なんて求めていないのだ。そんな生物を売ろうとしないで。本当に。


さて、この兄の方のバタバタがあって、母が、一匹、騎乗用の大型鳥の生き物をリーリエにくれた。


足が早い。騎乗用の生き物だ。

今回のように連絡に駆け回る時に、この生き物がいると便利だろうし、どう? と母からの伝言だ。

ただ、この一匹は、集団生活するはずなのに、はぐれモノで、孤立して少し困っていて、リーリエの方で面倒を見てくれると母たちも助かるのだけど、と。


息子の伝達速度に頭を痛めたリーリエは、ありがたく、騎乗できる大型の鳥を受け入れた。

リーリエよりも背が高く屈強だ。ただし攻撃力はない。立ち向かっていく度胸がないからだ。

そのくせ、背中に人間や多少の荷物を乗せても動じない。

これもどうやら魔法塔が生み育てている動物のようだった。


名前をギアスとつけた。ちなみに、娘はどうも苦手そうで、息子は犬の方が好きらしくてあまり構わない。

なので、もっぱらリーリエが世話をすることになった。


そして、この大型鳥ギアスだが、思った以上にリーリエの生活に欠かせない相棒になったのだ。


リーリエと娘の二人乗りでも支障がないし早く移動できる。

森の家から町に。町から田舎の実家に。

そのうち、頼まれて、他の場所へ連絡や、ものを届けるようなことも出てきた。


町にも羨ましがった人が出てきて、母に相談した。魔法塔にも確認が必要とのことで、なかなか待たされたが、同じ種類の動物を売って分けてもらえることに決まった。


なお、条件があって、ギアスは群れることを好まないが、他の個体は群れでないと暮らすことができないそうで、最低6匹以上購入していつも団体行動できる人にだけ、売り渡しても良いとのこと。


急に欲しい、という人や、たくさんの荷物を運んで欲しい、という人も現れるようになり、家族と相談した結果、町の家の1階を改装して、大型鳥を常に10匹は常駐させるようにした。ちなみにギアスだけはきちんとスペースを保って個室を作った。特別扱いだが、一番古くからこの場所にいる個体なので、他の個体からリーダー視されるようで、問題はなさそうだ。


なお、リーリエはギアスたちに普通に乗ることができるのだが、特に女性や子どもは、乗り続けるのが難しい様子だったので、ギアスはリーリエ用として無しで良いとして、他の個体には手綱をつけ、それに慣らすようにした。それでも難しい人もいたので、人に頼んで専用の鞍も用意して使った。


そして、初めこそ、ものの運搬自体は、善意で行なっていたが、色々とあまりにも依頼が増えてきて、きちんと金額を決めてお金をもらうことにした。

それでも依頼はよく入った。


みんなに喜んでもらえるし、必要だった。

まさかこんな仕事があるなんて、思わなかったぐらいだけど、これが今のリーリエのできることで、きちんと収入がもらえる仕事だった。


さて、こんな暮らしで日々は過ぎ。今やリーリエは32歳。

大型鳥たちのリーダーとなったギアスが信頼を寄せるボス、リーリエ。そんな貫禄さえ身に着いた気がするが、本日は娘と一緒に町に買い物に出ている。

娘にご褒美を何か買ってあげるよ、と約束したからだ。


先日、娘は魔法塔の誰かが出した子ども向けのクイズに全問正解した。

魔法塔は、全問正解者の子どもには、ご褒美に小さな魔法石のペンダントをプレゼントした。

お守りにすると良いよ、幸運の魔法がかけてあるよ。たまに話しかけてくるかもしれないよ、というメッセージを添えて。


話しかけてくる…。魔法塔って、変な魔法ばっかり作ってるんじゃないのかしら、などとリーリエは思ったが、お年頃になってきた娘の方はペンダントにとても喜んで、お守りとして毎日大事につけはじめた。

その様子はなかなか微笑ましい。


ちなみに、この企画はたまに実施されるが、全問正解というのはあまり聞かない。

だから、リーリエとトーマスからも、ご褒美に、予算内なら好きなものを買ってあげる、と約束した。そのお買い物が本日だ。


娘は、どうやら欲しいものがあるらしく、リーリエの手を引いて屋台が並ぶ中を誘導している。

そして、娘はリーリエを振り仰いで、声を上げた。似顔絵屋の前だ。

「ママ! 私、勇者ブランの似顔絵が欲しいの!」

「えー?」

見目のいい少年の素敵な笑顔が描かれた似顔絵だ。ちなみに、リーリエも娘も、本人を見たことはない。最近、名前を聞くようになった勇者だ。

「欲しい、カッコイイ、私たちの憧れなの!」

「でも、似顔絵、もう何枚も持ってなかった?」

「この笑顔は持ってないの! 新しいから、見て、高いの」

娘が示す値札を見ると、確かに他のより高値がついている。

「分かった、ご褒美はこれでいいのね?」

おねだりが似顔絵というのがリーリエには腑に落ちないが、人の欲しいものってそれぞれよね・・・と思わざるを得ない。

それにしても、考えていた予算に比べて、ずいぶん安価で済みそうだ。


「買うなら今だよー。もう5日後にはこの町を出るからね」

と店主が声をかけてきた。

「えっ、そうなの」

娘が驚いている。

「リーナ、2枚買ってもいいわよ。もう買えなくなっちゃうものね」

「うん」

娘は真剣な表情で頷いて、店頭に並んだ似顔絵に目を凝らしている。


「奥さんもどうです?」

と店主が声をかけてきた。

「奥さんなら、勇者エディー・グェンが、ここに」

店主が勧めてきたのは、リーリエの若い頃から活躍している勇者の似顔絵だ。

リーリエは苦い顔で笑った。『この子はもう伸びない』と言った勇者を、リーリエは今も好きではない。

「あー・・・」

リーリエは言葉を濁し、ついでに、この頃、不思議に思っていたことを店主に言った。

「勇者って、1人しかいないと思ってたのに、今は2人いるのよねぇ」

「そうですよね。2人いるんですよね」

と店主もどこか首を傾げるように、何かを考えるような表情で言った。


勇者は一人しか出てこない。勇者が死んだら、次の勇者が現れる。

なのに、昨年、若い勇者が現れた。まだあの勇者が活動しているのに。


娘が口を挟んできた。

「上の勇者じゃもうできないことがあるから、新しい勇者が現れたのよ!」

まるで決まっていることのように言う。

ちなみに、子どもたちは、どうやら自分たちの年齢で勇者になった少年を心から応援しているようだ。


リーリエが苦笑していると、店主が話を切り替えた。

「それで、奥さんはどうします? 俺、5日後には次の町に行くので、この絵を買うなら今しかないんですよ」

「そうねぇ・・・」


この店がやって来たのは2ヶ月ほど前。珍しさもあってすっかり人気店になった。とはいえ、初めに比べて客が減ってきたのだろう。


いなくなるのはやはり寂しいものがある。

餞別として、リーリエも1枚買っておこうか。


「勇者エディー・グェンではなくて、その仲間の、すっごい美青年、分かるかしら。言葉づかいが女性な人だけど、男性なの」

「あー、ユーリティシーティ?」

「そんな名前だった気もする」

「これ?」

店主が足元からカバンを出し、そこから分厚い冊子を取り出した。バサバサとページをまとめてめくって、あるページをリーリエに差し出して見せた。


昔からの勇者である、エディー・グェンと、その仲間の顔や姿がいくつも描かれている。似ている気がする。とはいえ、もう正確に覚えてもいないのだけど。

「あっ、この人かな」

とリーリエが声を上げると、店主がメモのような小さい文字を読み上げた。

「ユーリティシーティ。勇者エディーが無愛想なところがあって、この人が交渉とか会話を助けたりするらしい」

「そうそう。そうよね」

リーリエは懐かしくなって相槌を打った。気づいて、そばで聞いていた娘にも説明する。

「すごくいい人だったの。ママが何だかんだ頑張って来れたの、この人が励ましてくれたおかげかも」

「会ったことあるの?」

「うん」

リーリエは答えながらじっと似顔絵を見つめて、そして、やはり選別になるし、と思って1枚買うことにした。


「この人の1枚、小さいのある? この歳だから、大きいサイズの似顔絵って恥ずかしいから小さいのが良いの」

「ある、というか、小さいのを描くよ。3日後に受け取りに来れる?」

「描いてくれるの?」

「もちろん。全部俺が描いてるんだから。お嬢ちゃんも、ここにないやつで欲しいと思うの言ってくれたら描けるかも」

「本当? でも、私、これが良い」


こうして、娘のための2枚を購入し、リーリエは小さいのを描いてもらうことになった。


店からの帰りに、娘はリーリエに心配そうに言った。

「ママが似顔絵を買うなんて思わなかったよ。ねぇ、パパが嫉妬するんじゃない?」

「まさかぁ。しないと思うけど」


とはいえ、娘の心配が当たったら面倒だ。絵が出来上がる前に説明した方がいいかも。


ちょうど、その日は町の家で、リーリエはトーマスと顔を合わせたので、話題を振っておくことにした。

「似顔絵店が5日後に移動するんだって。リーナたちがずいぶんお世話になったし、選別にと思って私も似顔絵を頼んじゃった」

「ふーん。誰の似顔絵にしたんだ? リーナは少年勇者のだろうけど。・・・まさかお前も・・・?」

「違う違う。私は、あのほら、昔からの勇者の仲間の人よ。あの時、勇者と一緒にギルドにいた、あの人」

「・・・あぁ」

トーマスも思い出したようだが、顔をしかめた。

「なんか腹立つ思い出なんだよな」

「そうね」

「似顔絵なんて買わなくても良かっただろうが」

トーマスの機嫌がちょっと悪い。

リーリエは困ったように少し首を傾げた。


「勇者の方は、私も嫌なんだけど・・・だって、私に酷いこと言ったでしょ」

正確には直接言ってきたわけではないのだけど。

「それで、一生懸命慰めてフォローしてくれたのが、あの仲間の人なんだもん」

「俺だって夕食誘ったり色々フォローしてやったぞ」

「そうだね」

これは嫉妬されているのか何なのか。リーリエは苦笑した。

話を変えた方がよさそう。


「ところで、今日も不思議に思ったんだけど、最近、若い勇者が現れたけど」

「ん? あぁ」

「勇者って、一人だけなんじゃないのかなぁって不思議」

「あー、うーん」

トーマスも途端、困惑を見せた。

「そうなんだよなぁ、俺も変だなって思うんだけど。冒険者の間でもこの話題になるんだけど、でも2人いるのが事実なんだよなぁ」


互いに無言になって見つめ合う。

なんだか不穏なことが起こる前触れなのではないのか。勇者2人がいないと対応出来ないような何かが。

だけど口に出したくはない。


トーマスが不遜さを嫌って話題を変えた。

「まぁ、似顔絵出来上がったら見せてくれよ」

「え、見たいの?」

「どれだけ似てるかは見たいだろ」

「そっか、そうね」

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