8 冒険の結果
リーリエたちは、町に家を買った。
家を買うという判断ができたのは、たった1度きりと心に決めた、あの冒険のお陰である。
上位者4人がいたことで、大物まで討伐。結果、高額な報奨金がギルドより支払われた。
それを、皆がリーリエ、もちろんトーマスにも均一に分配してくれたのだ。
リーリエは驚き、辞退しようと努めた。役に立っていないどころか足を引っ張ったことは己で痛いほど分かる。
だけど上位者たちはみんな優しかった。
「一緒に冒険に出たら等分が当たり前じゃよ。リーリエちゃんがいたからこのメンバーで冒険することになったんじゃから、リーリエちゃんは重要な主力メンバーじゃよ」
と大魔導師は諭すように言った。
大剣士も、
「報酬の配分を不平等にするヤツは大成しない」
などと笑った。
女性の魔法使いも微笑んだ。
「そうですよ。貰うべきです。一時的にでも仲間になったのです。ここで不平等を出しては他に示しもつきません」
最年少の剣士については、なんだか照れたように、
「このメンツで出れたのがすごく良い経験になった。成長も実感してるし、リーリエさん、きっかけくれてありがとう」
などと言った。
これが上位者の貫禄と人格なのかもしれない。
リーリエはトーマスと共に困惑したが、ありがたく、高額な報奨金の分配を受け取った。
というわけで、大金が手に入った。
ちなみに、やっぱり冒険に出ると稼げるんだ・・・とリーリエだけでなく、この話を聞かされた娘と息子も思った次第だ。
とはいえ、まぁ性格や能力があってこそ選べる手段である。
そして、分配はリーリエだけでなくトーマスにも等しく行われた。
結果、リーリエとトーマスで話し合い、娘と息子のことを考え、町でも暮らせるように、家を買うことにしたのだ。三階建ての一軒家。
トーマスは町での拠点にすると言う。
そして、娘がとても喜んだ。比較的おとなしい子だが、嬉しさを持て余して、しばらく飛び跳ねて続けていたぐらい。娘の様子にリーリエもホッと嬉しくなれた。
なお、大金はまだ残っていて、その残った金で、トーマスはリーリエに贈り物をした。
リーリエの弓には3つの魔法石が取り付けられるが、いまだに展開の魔法の1つのみ。残り2つ空いている。
トーマスは今回のことで、リーリエのことをとても心配に思ったらしい。
「弓だと、防御ができないだろ。弓が盾みたいになれたら、俺も安心だし、防御の魔法の盾が出る魔法石を付けさせてくれ」
魔法石自体も、指定する魔法を入れること自体も、お金のかかることだ。
だけど今回トーマスは余ったお金で、リーリエの弓の防御力強化をしてくれた。
リーリエが弓を構えて、盾になれと考えると、弓の持ち手を起点に魔法の盾が現れる。
小石を、最後には大きな石を息子に投げてみてもらったが、きちんと弾いて守ってくれた。これなら、たとえば森で大型動物に突撃されそうになった時に使えそう。いまだに突撃されたことはないのだが、その危険には備えておいたほうがいい環境、つまり山の家に住んでいる。
「あんまり無茶するなよ」
とトーマスに心配されつつ、リーリエはなんだか色々嬉しくなった。
「ありがとう、トーマス」
とはにかんで告げると、トーマスも嬉しそうになった。
浮気疑惑は、もう無かったことにすると約束したし、そのつもりだったけど、なんだかこれでこれからも仲良くやって行けそうな気がする。
さて。町の家を購入したことで、リーリエたちの暮らしは変わらざるを得なくなった。
とりあえず、トーマスは町にいることも多いので、町の家を拠点にするのだが、リーリエも3日のうち2日は町の方で過ごすようにした。娘のためだ。
一方の息子の方は、案の定、山の家がお気に入りで、滅多に町には来ない。ただ、「これ一緒に持っていって」と頼んだりすることも増えたので、以前より町との交流が増えた。
そして。町に家を買ってから、仕事をどうしようか、と2年ほど本当に試行錯誤することになった。
ちなみに娘の方は、その2年の間で、なんとギルドに冒険者登録し、ギルドに出される子どものお手伝い程度の仕事を受けるようになった。
町に来た時、豪華な建物があって、娘はずっと気になっていた。しかし王侯貴族関係の建物で、一般市民がとても入れる場所ではない。
ところが、たまに、ギルドに一時的なお手伝いの募集を出す、とお友達の母親から聞き、その募集を待ち構えてついに念願を叶えた。それ自体はちょっとした掃除のお手伝いだったのだが、それをきっかけに他の気になる建物への募集にも応募している。大人しいのに欲望に対する行動力のある子である。弓の上達を願ってギルドで働き出した昔のリーリエを思い出させる。
さて、試行錯誤の結果、リーリエは、運搬を仕事にすることになる。が、もちろんそこまでの経緯がある。元々、運搬なんて考えつかなかったことだ。
まず、リーリエの方は、慣れているから・・・と、ギルド職員としてまた雇ってももらえないかと相談しに行った。すると、丁寧な口調ながら、結構ハッキリ断られてしまった。
「あれは小さい頃だったのと、年頃の娘さんだから、冒険者が格好つけて自制するから窓口にいてもらったけど、正直今はいらなくて・・・」
つまりオバさんになったから、もう冒険者の自制の効果がないからリーリエは要らない、ということだ。
そもそも、人手不足だが、人を雇うほどではないという。
リーリエはショックを受けたが、つまり小さいからと温情で雇ってもらっただけで、まぁ世の中こういうものだよね、と引き下がった。
では何を仕事にできるだろう、と考えているところに、話を知った実家の弟が、
「町でこれ売ってきて」
とリーリエに頼んだ。
実家は、兄が母の方の仕事に関わり、残された弟が周囲の期待を受けて父の仕事を継いでいる。ただ、弟としては、修理や大工というのではなくて、もっと何か小洒落た品々を作って売りたい、と思っているのだ。
というわけで、弟、そして父も作った木のコップやお皿、トレイ、クシ、アクセサリー・・・などなどを町に持ち込んで、売ろうとしてみたのだが、どこで売って良いのか分からない。
ギルドの前を一日だけ借りてみたが、あまり売り上げは良くなかった。このような日用品は、みんな、すでに持っているからだ。
そして、ギルドに場所代を払うと大きく赤字になった。
困ったので、新しく買った一軒家の前で品物を並べてみた。やはり売れない。そもそも、ギルド前より人通りが少ない。
これは無理そう・・・。
ある日、リーリエが売り物としてついでに出していた、装飾を入れた木の矢に目をとめた人がいた。
ちなみに矢を店頭に置いたのは、リーリエでも、ちゃんとした弓使いの人の役に立てるかもしれない、と思ったからだ。そうなったら嬉しい。
さて、目を留めてくれた女性は、弓使いには見えない。通りすがりのちょっとしたお金持ちのマダムに見えた。
女性は矢を手に取って、
「この細工、素敵ね」
と言った。話し方が上品で、きっと良いところの人なんだな、とリーリエは思う。
「ありがとうございます。私が彫ったんです」
「まぁ、そう」
女性は目を輝かせた。
「あの、じゃあ、このカップを買ったら、ここに、このお花の模様を彫ってくださる?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
リーリエが、選ばれたカップを受け取り、護身用に持っている短剣でいつも矢にするように装飾を入れると、女性はとても喜んだ。
「私、このお店をみんなに話しておきますね!」
こうして、
「あの店で買ったら、希望の細工を入れてくれる」
とほんのちょっぴり、ほんの一時期、人気になった。数日間のことだった。
その数日間が終わると、特に売れない日々に戻った。
やはり、みんながすでに持っている品物しか売っていないからだとリーリエは思う。
誰かにプレゼントにするには、素朴すぎるし・・・。
場所代はかからないけど、これで食べていくのはとても無理・・・。
そもそも、毎日、店番をしているわけにもいかないし・・・。
実際収入に困っているわけではない。トーマスが現役の冒険者で、きちんと稼いでいる。
だけど、リーリエはあの浮気騒動の時に、自分に収入がないことを不安に思った。だからリーリエも稼ぐ手段を持っていたい。
そんな中で、今度は兄の方から、
「この生き物を町に売り出してほしい」
と頼まれた。
兄は、幼少時から、母の方を手助けしている。母は全く詳しく説明をしないが、遊牧の民として魔法塔から頼まれごともある。例えば、魔法塔から不思議な生き物を預かり、飼育しているそうだ。
兄は、小さい頃から、父と母の連絡係になるだけではなく、母のお使いで、魔法塔に行くこともよくあった。そして、そのまま魔法塔に重宝されるようになった。
魔法塔は、結構気難しい場所で、出入りする人間を厳選する。ちなみに単に、「気の合わないやつは要らない」という感じである。
兄は小さな頃から母のお使いで関わっているので、魔法塔も可愛がり安心したようだ。ちなみに兄は結婚していて、相手は魔法塔の中の人。つまり何かの才能ある魔法使い。ただ、塔の外に出てこないので、会ったことはない。
ちなみに、この町には他の町より優秀な魔法使いが多いが、理由は魔法塔だ。
高いレベルの魔法や人の元に、各地の魔法使いが集まってくる。リーリエの力になってくれた、女性の魔法使いも、魔法塔のためにこちらに移住した一人だと思われる。
さて、そんな兄なのだが、魔法塔の誰かから、
「この生物、みんなの役に立つと思うから、町に広げてきてほしい」
と、いかにも世俗に疎い人が言いそうなフワッとした依頼を受けて、ある生物を20匹ほど頼まれて、「そうだリーリエに頼もう」と思ったのだという。
犬のような猫のような、猿のような。比較的小さい。どうも魔法で生成された生き物らしい。
「これ何?」
とリーリエは尋ねたが、兄も、
「分からない」
と真面目な顔で答えた。
どうしようもない。
とりあえずリーリエは店頭に5匹、並べてみた。みんなチラチラ見たが、「それは何?」と聞く人さえいなかった。
聞かれても困る状態だが。
何か分からないものは、売りようもない・・・とにかく困る。そんなことをリーリエは学んだ。
ちなみに、見た目が可愛かったら愛玩生物として注目されたかもしれないが、ただのふわふわした毛玉に、半眼の、何を考えているのか分からない目玉が1つ付いている状態で、正直「可愛い」からは遠い見た目だった。
そして、たまに声を出すのだが、
「ふぅーん」
という、相手に関心のない時に打つ、気のない相槌みたいだった。
これはダメだ・・・。




