7 考えるべきこと
居場所を聞きつけたらしい。リーリエとトーマスの間に立ち塞がった他の上位冒険者たちも、それぞれ、「いや心配で」と現れて、みんな同じテーブルで飲食を共にすることになった。
イライラと怒りを持て余していたリーリエだったが、美味しいものを食べつつ、ワイワイと、最近はどうだ、とか、冒険の話などもしてくれるこの状況に心がほぐれてきた。
リーリエは心身満たされたように落ち着いてきて、そして次第に冷静になり、反省に至った。
怒り心頭だったとはいえ、娘の前で、トーマスに矢を放たなくて良かった。軽率だった。
「ごめんね、ママ、悩んでいたのと、パパは足が早くて、ママには追いつけないと思って、とっさに弓と矢を取り出しちゃった。反省してる。怖い思いをさせて、ごめんね」
食事の席ながら、リーリエが娘に詫びると、娘は困ったようにうなずいてから言った。
「ママは怒って怖かったけど、私はお茶を飲ませてもらってたよ。それにパパがママを怒らせたって分かってる。でも浮気って何?」
リーリエが動揺していると、こほん、と小さな咳払いがした。女性の魔法使いだ。
「えぇとー、あの、そういえば」
と言ったきり困った様子で、それを大剣士が、「あ、そういえば」と引きとった。
「ところで、お嬢ちゃんたち、今日は町に泊まったらどうだ。宿代は、このメンツで出してやるからさ。家でダンナと顔合わせて、また頭に血が昇ったら大変だろ」
「確かに」
と若い方の剣士が難しい顔になって頷いている。
この人たち、他人の家庭の事なのに、グイグイ心配してくる。
リーリエはキッパリと言った。
「あの人は今日は家になんて帰ってきませんよ、絶対に。私たちは普通に帰ります。息子も留守番で待っていますし」
なのに、皆の顔が晴れない。
「息子というのは、ルクくんじゃったかな。幾つになったかの」
「ルクは今6歳です。日中の留守番はできるけれど、夜には戻らなくちゃ心配です。まだ子どもです」
「サンダタ、あなた息子さんを迎えに行ってきたらどうです。リーリエさんは落ち着くまで町で過ごした方が良いですわよ。私たちがいた方が」
女性の魔法使いは若い方の剣士にそう言ってから、リーリエを見つめた。
「ねぇ、リーリエさん。腹立たしい気持ちはわかります。しかし皆のために冷静さを失ってはいけません。それが平和につながるというものです」
「はぁ・・・」
平和と結びつけられても・・・。
リーリエは微妙に不思議な気持ちになりながら、返答のしようがなくて、相槌を打った。
「リーリエちゃんや、良いかい、話し合いの席には、この中の誰か、またはこのレベルの冒険者2人以上、同席させるんじゃぞ」
「えぇ?」
上位冒険者2名以上? リーリエは困惑を表したが、大魔導師の真剣な表情と声色に変化はない。
「今日は宿じゃな。ふかふかベッドの良い宿をとってあげるから、息子さんも呼んで、町で過ごしなさい。代わりに、良いかね、絶対に一人でトーマスに会いに行ってはいけないよ。この町のみんなのためじゃぞ」
言い方が大袈裟だ。
しかしみんなが真剣に言い聞かせてくる。
それだけ心配してくれているということだ。
リーリエは、おとなしく従うことにした。
さて。
リーリエとトーマスの話がつくまで、結果、8日が必要となる。
息子の方は、剣士が迎えに行ってくれたが、警戒して、行かない、家にいると言い張った。立派にお留守番のできる子どもである。
そこで、魔法具を使って息子と話し、本当の迎えだと信じてもらえたが、結論は変わらなかった。
森に植えた種がやっと芽を出したところで、水やりと観察するから、家を離れるのは嫌だ、と言い張るのだ。町に来るのを断固拒否。これは言い出したら聞かないやつ。
仕方がないのでリーリエの実父の方に連絡を取り、しばらく山の家に泊まってもらうことにした。
息子と実父は気が合うらしく、他の家族が不在でも、仲良く楽しく過ごすことになる。良かった。
さて、町にいる間に、リーリエとトーマスは結果として4度話し合いを行った。
その間、トーマスは誤解だと言い張り、浮気を認めなかった。
「そもそも、じゃあもし浮気だったらどうしたいんだ、離婚でもするっていうのか、子ども2人もいるのに、どうするんだ、金もいるだろうが」と言われてみて、リーリエは自分の選択肢がほとんどないことに気付かされた。
収入をトーマスに頼り切りの現在、別れた場合、どうやって暮らせば・・・。考えていなかった。リーリエは黙り込むしかない。
そもそも、離婚というのは相手が犯罪者になった時ぐらいにしか行われない。
結婚して不仲になった場合、せいぜい、別々に暮らして、それぞれに恋人を作って、という暮らしになるぐらい。
別々に暮らす。
それで良いような気もする。でもトーマスが新しい恋人を作るのは腹が立つ。そして生活費。こっちにお金を回してくれなくなったら困る。
と同時に、トーマスがあまりに誤解だと言い続けるものだから、リーリエはよく分からなくなってきた。
実は本当に誤解だったりするのではないか。当日見た姿も、にやけてると思ったけど笑っただけ? っていうか浮気ってどこからどこまで?
あれは浮気じゃなくて気まぐれの遊び。そうなの?
その上、生活費。お金のこと。確かにとても大きな問題だった。
ちなみに、娘、そして魔法具を使って息子に、一緒に住むのにママとパパとどっちが良い? と聞いてみたら、二人ともママが良い。という答えだった。一緒にいる時間が違うからね。
安心した。嬉しい。大好き。
一方で、子ども2人を連れて暮らすとなると、トーマスと縁を切ったとすると、どうやって稼げば。
ぐるぐる迷い続けると、リーリエには正しい答えが分からなくなる。
町の友人には「騙されてるって、ちょろすぎ」と言われるが、じゃあ別れた場合の収入源はどうしたら?
子ども二人と満足して暮らすには、それこそリーリエが冒険者になるぐらいしか稼ぐ手段を思いつかない。
でも。
そんな時。7日目の晩のことだ。
「ママ、このまま、町にずっと住もうよ」
と娘が言い出した。決意した声音で。
リーリエは驚いた。
なるほど、町に連泊したことで、町の魅力に気づいたのだろう。この期間で町にお友達もできた。
今までは町にはお買い物程度にしか来なかったから、娘には同年代の友達がほぼいなかったのだ。
町には美味しいものがたくさんある。たくさんの人がいて賑わっている。
娘は8歳。
リーリエは、6歳でギルドのお手伝いを始め出した。
知り合う人がどっと増えて世界が広がったことをリーリエも覚えている。
娘もそのタイミングなのかもしれない。
これをきっかけに、町に住んだほうが、良いのかもしれない。
「ちょっと待って、考えてみるね・・・」
とリーリエが言ったら、娘は泣きそうになった。
断れらる可能性を娘が察知したようだ。ぬか喜びはさせたくないし、考えることをどう伝えれば良いのだろう。
町に住む。それでも良い。
あの家はトーマスの父方からのものだ。トーマスに返せば良い。
生活費だ。
部屋を借りるにもお金がいる。
だめだ。トーマスに、相談が必要だ。腹立つけど、間違いなく旦那で、子どものことも、相談しながら一緒に育ててきたんだから。
それに息子のことだ。今回でさえ山の中の家に居続けている息子は、町を選ばない気がする。
リーリエは一人しかいない。親として、トーマスが必要だ。
こうして、リーリエは8日目に、毎回トーマスとの話し合いに借りるギルドの個室にて、冒険者2人にも同席してもらい、浮気のことよりも大事な話がある、とトーマスに切り出したのだった。
そして結果、浮気については、白黒はっきりしないまま、浮気しないように、という注意の上で、この話は一旦これで終わりにしよう、と決めた。
トーマスが親の自覚を持っていて良かった。
そして、その席の中で、「誤解なんだけど1年も心配させたのは悪かった、お詫びに何がいい」と言われたので、リーリエは思い切って、上位冒険者を雇って、一度自分を冒険に連れて行ってほしい、そうしてくれたら今回のことはきちんと水に流す、と提案した。
これで冒険者になれたら、お金には悩まされずに済むように思ったのだ。
この話を具体的に進めようとしたところ、例の冒険者4人が、心配で放っておけない、と、善意で同行してくれることになり、日帰りながら、リーリエは冒険者になることができた。
なお、違うグループなのにわざわざ集まってくれるこの4名は本当に強く、大勢に憧れられている存在だ。
だから他の冒険者からやっかみも受けた。
なんであんな奴に。ゴマすりがうまいんじゃねぇの。と嘲笑すら聞こえたが、リーリエは弱いので強者に来てもらうしか冒険に行けない。なので、そういう声と人は無視することにした。
冒険に一度出れたらその分強くなれるはず。そうしたら冒険者になる道が開くのではないか。そうなったら暮らすのに十分なお金を稼ぐことができるはず。
今のリーリエにとって、冒険者になるのが一番良い解決方法に思えた。
ただし、二度と冒険にはいかない、とリーリエは思うことになる。
魔物の襲撃に怯えたし、それを切り倒すのもすぐそばで行われて非常に怖かった。
上位者が4人もいるのでお膳立てしてもらって、木の矢で魔物を射る体験もしたが、それで怒って凶暴化するのを目の当たりにして体が恐怖で震えた。
これを日常にするなんて絶対無理。
震えて弓を握りしめ、涙目になるリーリエを囲むように冒険者たちは進み、お膳立てで矢を3本放った以外は全て他の冒険者たちに対応してもらい、ついでに、この面子だし、という理由で、討伐対象だという大物も倒し、最後は腰を抜かして歩けなくなったリーリエをトーマスが背負ってくれて、やっと町に帰還した。
まぁそれでトーマスとなんだか仲直りできたので結果良かったと言えなくもないが。
でも。
二度と冒険になんて行きたくない。
ものすごく稼ぐ手段だとしても。
命あってこそ、子どもも守れるんじゃないか。
そもそも成長だって、この子はもう伸びないってあの勇者に言われていたわけだし、自分でも強くなったとは思えない。
とにかくもう、二度と無理。
リーリエはトーマスの背中で思い知った。
そういえばずっと冒険に出たかったけど、そもそも魔物と戦いたかったわけじゃなかった。
単に強くなりたかっただけだ。
みんなを守れる強さを手に入れたいって。
今の暮らしで、守りたい時に、守れる人にさえなれれば。
森の生き物から子どもたちを守れたら。
それで十分。
泥棒を威嚇したりとか。
町中で弓矢を構えておかしいぐらいに大騒ぎになっている。
つまり威嚇はできているってことなんじゃないだろうか。
とにかくもう冒険は忘れよう。
お金のことは、考えなくちゃ。
娘と息子。町に住むこと。どうしよう。いろんな事を、考えなくちゃ。
***
リーリエ 人間 女性 28歳 母親
攻撃力 28/max:長年の努力により上限上昇
防御力 13 max
素早さ 18 max:長年の努力により上限上昇
器用さ 40 max
特性他 親切・真面目
加護他 幸運祈願×28 幸福祈願×28 前途祝福×28 健康祈願×28 祝福祈願×28 維持・管理者 所有枠max
所有武器
世俗名称 リーリエのお守り
本質名称 共に切り開く意思のカタチ
攻撃力 8010/∞
防御力 345/∞
精神力 4500/∞
思考力 720/∞
変換源泉
全祝福 森・風・水・光 魔法 魔物
上位変換ON:3年保持により解放済
圧縮ON:5年保持により解放済
属性化ON:8年保持により解放済
学習能力ON:11年保持により解放済
流動的能力分配ON:15年保持により解放済
神の視点ON;18年保持により解放済
属性 聖・魔
会話能力者への返答時例 『何用か。簡潔に述べよ』




