3 リーリエ、人生を大きく決めるアドバイスを受ける
横流ししてもらっている話の内容に、リーリエは目が潤んできた。
自分が今、全然強くないことは分かっている。
これ以上強くならないと言われている。もう伸びない。まだ下手で弱いのに。
傍のトーマスが、リーリエの様子に気づいて動揺したが、ありがたいことに情報提供はそのまま続けれくれる。金銭の受け取りをした以上、依頼をきちんと最後まで行う義務がある。
「『じゃあ何でそんな子に声をかけるのよ、かわいそうに』
『まさか弓をいつも背負うような子が、しかもギルド職員でさ、ものすごく可能性のある子なのかもしれないって、思うだろう? ただの一般市民が背中に弓くくりつけて過ごしてるなんて思わないだろ普通。とにかくもう無駄だ。無理。僕は嫌だよ、成長しない子なんて。だから』」
「お前!」
パン、と音がして、リーリエの傍のトーマスが吹っ飛んで倒れた。
リーリエは涙を流しながら、その様子と、トーマスを吹っ飛ばした体格の良い、太り気味の冒険者を見た。
彼はトーマスに向かって怒っていた。
リーリエが口を開こうとして、その人はズカズカと足音を立ててギルドを出て行った。怒りながら。
トーマスは頬をおさえながら、無言で床から身を起こした。チラとリーリエを見やって、気まずそうに俯いた。
ちょっと、泣いてるわよあの子!
なに、クソッ、余計なことを!
勇者たちが慌てたのが分かった。
リーリエはボウッとしていた。自分がたたかれたわけでもないのに。
トーマスがたたかれてしまった。
あの太っちょの人は、リーリエを心配して、トーマスを叱ったんだろう。でもトーマスだってリーリエが泣いてしまうなんて思わなかった。契約が成立して、だから、気まずくなっても、ちゃんと仕事、トーマスが聞き取れる会話を、リーリエに届けてくれていたに過ぎない。
でもリーリエが涙を流すから。
勇者たち二人が何か言い合って、そして美青年の方が窓口に先に来た。
「ごめん、聞いちゃってたのよね、そうよね、見えるところで、配慮が足りてなかったわ」
とその人は謝った。盗み聞きだと怒ることなく。
ここはギルドだ。リーリエに聞こえなくても、聞き取る能力を持った人はたくさんいる。そう気づく実力者だからこそ配慮不足だと謝っているのだ。
「あの、えぇと、あいつは、あぁ言うけど、えっと、私も弓を扱うのよね。あ、そうね、何か、教えてあげられるかもしれないわ、私、なかなか、弓も強いのよ。お詫びに、答えられることは答えるから、好きなことを聞いてちょうだい!」
リーリエは濡れた目でじっと見て、何かを言おうとして唇が震えるのを感じた。
声を出したらその途端、泣き声になりそうな気がして、口を引き結ぶ。そこまで無様になれない。
「ごめんなさいね」
美青年が手を伸ばしてきて、リーリエの頭を自分の胸に抱き寄せた。
「そうよ、頑張ってることを否定されたら誰だって傷つくわ。当然よ。でも、あいつも、あなたには聞かせないようにしたのよ、そこは分かって欲しい。ギルド内で内緒話って、もっと気をつけるべきなのに、そこは迂闊だったわ」
リーリエは、どこかぼうっとなりながら、声を出そうとしてまた震えたのでまた口を閉じる。
「どうする? 嫌ならもちろん断ればいいのよ。私に見せるのが嫌ならそれで良いし、ごめんなさいね」
リーリエは答えを迷っていた。
ギルドには弓の上達を願って仕事に来ている。
普段なら弓を見てください、教えて欲しいです、と、すぐに答える。
だけどもう上手くならないと、勇者が言った後だ。
でも、納得はできていない。リーリエのことを何も知らないのに、弓を引いたところを見たわけでもないのにダメだと言われても。
実際に引いてみたところを見てもらえば。
でもそれで、これ以上続けてもダメだって、見てもらった上で、言われたら・・・。
怖い。
ずっと練習を頑張ってきたのに。
リーリエは見て欲しいという気持ちと、怖いという気持ちで迷った。
リーリエは感情をなんとか抑えながら、答えた。
「あの、矢を、見てもらうことは、できますか? 鑑定してなくて、どんなものか、分からない矢を、持っているんです」
「矢?」
美青年が尋ねる。
すると、後ろにいた勇者が出てきた。機嫌は悪くなっていて、この場にいたくなさそうだ。
「その背中に背負ってるやつ? 木の枝ではないやつ」
勇者がぶっきらぼうに確認してきた。
「はい」
リーリエはこくりと頷いた。中身を見せていないのに、勇者には分かるようだ、と遅れて気がついた。
勇者は無言でじっとリーリエを見つめてから、
「おい、ユーリ、こっちに。相談」
とまた美青年をリーリエから引き離して奥に引っ張っていく。
その途中、勇者は床から立ち上がっていたトーマスを睨みつけた。
「余計なことしやがって」
言われた方のトーマスも勇者を睨み返した。
「トーマス、ごめんね」
向こうに行った勇者を気にしながら、リーリエはトーマスに聞こえる小声で詫びた。服の袖で顔の涙を拭きとりながら。
「いいや。俺は仕事をしただけだ」
トーマスも小声で返してくる。
「うん。ありがとう」
「知りたいだろ。自分のことを目の前で話されてさ。親切だと思って持ちかけたんだぜ」
「うん。知りたかった」
「あいつら、今度は遮断魔法使ってやがる。できるけど、まぁ、あいつらのために止めておいてやるよ」
トーマスは少し肩をすくめて見せた。どこかホッとして見える。
「うん。遮断魔法なんて、仕方ないよね」
「頑張れば別に問題ないけどよ。まぁ二度目は見逃してやるってだけさ」
「ふふ。そうだね」
少し無言に。
そしてトーマスはリーリエを見た。
「そうだ、ちょっと今日でも飲みに行かねぇ? 安くてうまい店見つけてさ」
これはリーリエを泣かせたことを気にしているのだ。
リーリエは少し笑って見せた。
「気にしなくて良いよ。ありがとう。ちゃんと仕事をしてくれたんだって分かってるよ」
「まぁ聞けよ。それがなかなか良い店なんだ、田舎から出てきた兄弟でやっててよ」
「そっか。オススメのお店、気になる。行こうかな」
「おぅ。今日来るならおごってやるぞ、特別だ」
「本当?」
そんな会話をしていたところに、美青年の方が戻ってきた。
真面目な顔だ。
勇者は向こう、壁に持たれて成り行きを見守っている。会話は美青年に任せることにしたらしい。
「会話中ごめんなさいね。あなたを思って提案するわね。あなたの武器のことだから、あなただけが聞くべきよ。武器の性能って戦力がバレるから、皆、秘密にしてるでしょ? だから今から個室に通してくれない? 利用料があるならもちろん払う」
一人のギルド職員がリーリエの横に来た。奥で様子を見ていたようだ。
「僕も同席して良いなら料金は不要です。リーリエ、僕も同席で良いかな。秘密は守れるし、そもそものことがあるし」
8年前に矢をくれたのはこのギルド職員の気紛れだ。
「はい」
とリーリエが答えた。
案内されたギルドの2階の個室にて。
リーリエの横に、ギルド職員。前には、美青年と勇者が座っている。
そして間にあるテーブルには、リーリエの取り出した銀の矢が一本。
「じゃあ、早速だけど」
と美青年が言った。
「この矢、あなたが身につけているのはすごく良いことみたいね。これからも変わらず身につけて過ごすと良いわ。この後で、弓の引き方も見てあげる。コイツはあなたの能力について失礼なことを言ったけど、私は、毎日の練習が実を結ばないなんて変だと思う」
リーリエは真っ直ぐに美青年の瞳を見つめた。
きっと嘘でも同情でもない、本心からの言葉に思える。
「上手く行かないものを直したらその分上達するものよ。そうでしょ? 上手くなるスピードこそ人によって違うとは思うわ。向き不向きはあるものね。でも、続けることに意味がないとは私には思えないわ」
美青年の話に、勇者は嫌そうな顔をしている。でも反論する気はないようだ。
「だから弓も頑張れば良いのよ。そして、この矢よ。これはお守りにしなさい。とっておきの一本なの。もしも、もうダメなんて危機がきた時にこそ使うと良いわ。お守りの矢としてあなたを助ける威力が出るかもしれない。こればかりは分からない。とにかく、これはきちんと矢として使える、なかなかない高級品よ」
話に、コクリとリーリエは頷いた。
相手もうなずいて続けた。
「お守りが矢なのだから、弓は引けた方が、やっぱり良いと私は思うわ」
「はい。ありがとう、ございます。あの、矢のことで確認したいことがあって・・・」
リーリエは、8歳の時の試し引きの結果について話をした。
一度だけ黒い光をまとって威力のある矢になった。その後はヘロヘロ。そこから怖くて試していない。
「たった一度の魔法がかかっていたのかなって、思ってました。そうではなかったんですね? いつかのために、試し引きで練習するのは、どうですか?」
「ダメ。試す矢じゃないのよ」
と美青年はたしなめるように言った。
「本気の時だけ使うのよ。そうじゃなかったら、ずっとお守りとして持っておくの。良い?」