2 勇者、リーリエのいるギルドに立ち寄る
リーリエは16歳になっていた。
ギルドの職員として正式に働いている。背中に、折りたためる弓と、矢筒を背負いながら。
こうなったのには理由がある。
まず8歳の時、リーリエはギルドから1本の矢をもらった。浮かれて家に帰り、リーリエはすぐに試し撃ちをした。
ギルドの1本の矢は、銀色の金属で作られていて細かい模様がびっしり彫られている。いつもの木の枝の矢とは違い太さも重みもある。
リーリエは矢を弓につがえようとして何度も取り落としてから、ついに放つことに成功した。
途端、黒い火花がシュババァッと出て、音を立てて飛んでいく。
狙いが外れていたらしく、目標とは違う木の幹にドォン、と当たり、木を大きく揺らした。
明らかに、リーリエの力ではない威力が乗っている。
「す、すごい!!」
リーリエは興奮した。
ナイフも使って木の幹から矢を回収し、さらに何度か試しうちをしようと思った。
なのに、そこから放つことのできたものは、全てヘロヘロッとした軌跡で、木の幹に当たってカラン、と落ちるだけだった。
たった一度きりの魔法の矢だったのかな。
だったら、あんな試し打ちなんてしなければ良かった。もう魔法の矢ではなくなってしまったのかも。
リーリエが不安にぐずぐずと涙さえ浮かべて眠った翌日。
目が覚めたら、リーリエの弓は壊れていた。正確に言おう。弟によって壊されていた。
前日のリーリエの試し撃ちを見ていた弟が自分もやりたくなって、こっそり早朝にリーリエの弓を持ち出し、力任せに扱った結果だった。
弟はリーリエを見た途端大泣きした。
弟の足下に散らばる壊された弓と、投げ捨てられている銀の矢を見て、ショックでリーリエも大泣きした。
大事なものは隠しておかねばならない。少なくとも弟の手の届かないところに。と、リーリエは学んだ。
ちなみに、この一件で、リーリエは新しい弓を買ってもらえた。今までの弓はとても小さくなっていたから、新しい弓がもらえたことは喜ばしい。めげずに練習を頑張ろうとリーリエは思った。
ただ、銀の矢については、試し撃ちをする勇気が持てなくなってしまった。
下手なまま使って、壊したりしないかなどなど、心配になってしまったのだ。
もう少し自分に力がついたら・・・。あの重さの矢を、ちゃんと放てるようになったら・・・。
それに、あの矢を使っていいのか自体に自信が待てなかった。
鑑定してもらえば何か分かる。
でも鑑定にはお金がかかる。
すぐそんなお金は出せない。
その上、お金を貯めて鑑定して、残念、もう普通の矢です、って言われたらどうしよう。
そして11歳の時にも事件が起こった。
母が帰ってきた時だ。
母は放牧の民で、近くに来た時に、この家にも帰ってくる。
この母は、生活における感覚がリーリエたちと違う。
家の中にあるものはどこにあろうが、誰が使っても良いと思っている。無断でだ。そして、使ったら返しはするのだが、返すまでの期限が年単位で長いのだ。
リーリエは、いつもの弓の練習をしようとして、戸棚を見て驚いた。矢がない!
慌てて部屋を見回す。
急いで犯人の可能性のある弟に「私の銀の矢、知らない?」と尋ねると、弟は知らない、触らせてくれないくせに、と怒っている。
疑ったことを詫びつつ他の家族に聞いてみようとしたところで、兄が手にあの矢を持って家に入ってきたのを見た。
「それ! 私の!?」
リーリエは叫んだ。
兄も叫び返した。
「母さんが! 装置が故障したからって、ちょうどいいのがあったって、素材に使ってた!」
「嘘」
リーリエは青ざめた。
兄が渡してくれた矢を眺める。泥に塗れていた。
「とりあえず拭いたけど洗った方がいいかも。肥料の土に刺してたから」
「嘘・・・お母さん!」
リーリエが母に事情を聞きに行くと、兄の言った通りだった。
母は、あまり悪びれず、ごめんなさーい、と言った。
「ちょうど良いのがあると思ったのに。大切なものなら身につけておきなさいよ」
大事なものは、常に身につけるしかない。家族すら油断できない。
リーリエは、すぐに父の道具を借りて矢筒を作り、その中に銀色の矢、そして自分が作った木の矢を入れ、常に背負うようになった。
弓も背負いたかったが、動くのに邪魔すぎた。断念した。
というわけで、現在16歳。
リーリエは組み立て式の弓を見つけて手に入れてからは、弓まで背中に担いでギルドの窓口にて仕事をしている。
本当は窓口ではなくて、冒険に行きたいんだけど・・・。
リーリエを仲間にしてくれる冒険者がいない。
リーリエが弱いからだ。リーリエもお荷物にしかなれないことは分かってしまう。
でも冒険に出ないと、腕も上がらない。
ギルド職員や冒険者に、剣に変えれば、とアドバイスもされた。ちなみに魔法は適性がないから難しい。
でも、リーリエは弓が良いと言い続けた。
なぜなら、剣で戦うのは怖いのだ。直接斬り合いなんて無理。そんな勇気はリーリエにはない。
リーリエは、遠くから弓で矢を射ることならまだできると思う。幼い日に憧れで弓を選んだけど、遠くから、というのが戦士気質ではないリーリエに合っていた。
ちなみに弓の腕前だが、止まっているものなら結構狙ったところに当たるようになった。
でも、動いているものは難しい。たまに食料にウサギを狩ろうとして失敗ばかり。
無駄に木の枝で矢を作る技術だけ上がっている。銀の矢を真似て、細い矢に軽い装飾までできるぐらいになった。
父も大工や工作をする人だから、本来リーリエは作る人向きなのかもしれない。
でも・・・。
ちなみに16才になった今も銀の矢の鑑定は受けていない。
理由は色々あるが、リーリエが町で一人暮らしを始めて生活にお金が必要になったことも大きい。
それでも貯金すれば良いのだけど、町には魅力が溢れている。
美味しいもの、可愛いもの、流行のオシャレ、アクセサリー、などなど。
リーリエは弓を大事にしているが、イマドキの暮らしにも魅力を感じる。
つまり、鑑定結果、もうただの矢でしかない、と言われるかもしれない、ならば、そのお金をご飯やオシャレに回した方がもったいなくないんじゃないか。
そんな乙女心で、鑑定にはまだ行けていない。
さて、そんな暮らしのリーリエのところ、つまりギルドの窓口に、旅の冒険者と思われる人がやってきた。良い装備を身につけている。顔立ちも整っている。身分のある人かもしれない。
「案内人を募集する。依頼を出したいんだ」
と、低めの良い声でその人はリーリエに言った。
「依頼ですね。わかりました」
リーリエは格好良さに赤面しながら職員として応答した。
「では依頼書を作りますので、詳しく条件を教えてください」
「うん。魔法の塔に尋ねたい人がいる。その人のところに案内できる人を雇いたい。報酬は、銀貨3枚」
なかなか良いお値段だ。だけど、あの場所に入るにはそれぐらいを惜しんではならない。
「依頼者のお名前は?」
「エディー・グェン」
告げられた名前に、リーリエは書きかけている書類から目をあげた。話題の、有名な勇者の名前だ。
「ほんもの・・・?」
思わず呟いてしまったリーリエに、勇者は笑んだ。
「そうだよ。魔法塔のスービィ教授に会いたい」
本物なんだ。リーリエは驚きにも頬を染めて、依頼書を書いた。
依頼書が書き上がるのを待つ勇者は、リーリエの背中を見て声をかけた。
「きみはいつも弓を背負ってるの? 街中で、受付の人が、珍しいね」
「あ、はい。でもまだ冒険に出たことがなくって・・・行きたいんですけどなかなか、人が・・・」
「へぇ? じゃあ人助けだ、半日、一緒にどう? 僕たちと一緒だと、半日でもかなり伸びるよ」
え、とリーリエが驚いて、書類から目をあげて勇者を見た。
その途端、勇者はギョッと何かに驚いた。
あからさまに視線が泳ぎ、勇者はあらぬ方向を向き、そしてリーリエには背中を向けた。まるでギルド内を眺めるように。
リーリエは急いで言った。
「あの、本当に、良いんですか。お願いしたいです。一度も冒険に行けてなくて、一人は、弓だから難しくて、でも弱いから普通だとお荷物にしかならなくて、でも、あの、勇者さんたちなら、お荷物の私でも、問題なかったら、お願い、お願いします!」
こんな機会なんてない。しかもなぜか勇者は発言を取り消そうとしている。取り消される前に、頼み込むしかない。
リーリエは恥を忍ぶように赤面したまま、ギュッと目を閉じて思い切って告げた。
「やば・・・」
と、勇者から小さな声が漏れた。
困っているようだ。発言を後悔しているようだ。
でも、一度だけで良い、お荷物なリーリエを入れてくれるのは、リーリエを守り面倒をみてくれる余裕のある実力者しかいない。勇者たちなら・・・!
「なにしてんのよ、エディ。半日、仲間にいれてあげれば良いことでしょ?」
綺麗で低い声がした。
リーリエが閉じていた目を開けて前を見ると、勇者の隣に美しい男の人がいた。間違いなく男性だと分かる体つきに装備なのだが、それでいて美しい。
「いや、だってさ」
「何よ。アンタが誘ったの聞こえてたけど?」
「ちょっとこっち、あ、ごめんちょっと待って。あ、書類確認に戻るから、すぐ」
リーリエに断りをいれつつ、勇者が美青年をひっぱってギルドの入り口の方、つまりリーリエから離れたところに行く。
なんなの。なに。私の顔を見て誘うのやめたの? 失礼じゃない。そんな。これだってお化粧もちゃんとしてて、どうしようも。え、そうじゃなくて、軽い挨拶みたいなもので、本気にしたらダメだったの?
リーリエはじっと勇者達の動向を見つめる。
手元に書きかけの書類があるが、まだそちらを進める気になどならない。
勇者たちはこちらに背を向けて、つまり壁を向いて何やらコソコソ話しているようだ。
何なのよぅ。
ちなみにギルドにいた全員が、勇者たちの動きを気にしている。リーリエも気にされているが、結局勇者たちの動きの問題だ。
窓口のリーリエのもと、そっと声がかけられた。
「情報提供、25ティン」
窓口に、気配察知などに長けた小柄な冒険者の男が立っている。
リーリエは無言で言われた額のコインを出した。
優雅なランチが2回ほど食べられるお値段だが、払わない選択肢は今のリーリエにはない。
コインがすっと受け取られ、小柄な男、名前はトーマス、がさらに窓口に近づいた。
勇者たちを眺めながら、トーマスは小さく口を開く。
「『無理だって、成長MAX行ってる。普通の町の一般市民なんだ』
『あんたそれ言うけど分からないじゃない。一度ぐらい良いじゃないの』
『ユーリには分かんないだろうけど、もう完全に伸び代がない。普通冒険者なら一度でもものすごく伸びるんだ、僕たちと一緒に大物を狩れば。でももう彼女は成長の余白がない』
『えぇ? まだあの子若いのよ。連れて行ってあげるぐらい良いじゃないの』」
トーマスが小声で、今なされている会話を聞き取り、リーリエに横流ししてくれている。
「『無理だって。本当に彼女はもう伸びない。僕は無駄なことは嫌いだ』」