11 守る意思
聞きたいことは山ほどあるけど、分からないことしかないけど、えっ、トーマスに騙されてる? そんなはずはない、あんなに真剣だ、トーマスは本気だ、でも、これはトーマスたちのチームの判断で、だからまだみんな知らない、どうしよう、やることは、決まってる、森の家に行けば良い、リーナとルクがいる、会わなくちゃ。それで森の家で様子を見ていたら、それで、良い。
考えがぐちゃぐちゃになりそうだけれど、まずやるべきことはトーマスが言った通りに、森の家に向かえば良いのだ。
あぁ、とはいえ、町の家に寄ってからでも良かったのじゃない? 食材が。でもあんな真剣で、寄っている場合じゃなかったし。
山に入ったところで、道の先、娘と思われる少女が道を歩いていることに気がついた。すぐにギアスで駆け寄ると、やはり娘だった。
泣きながら森の家への道を歩いている。
「リーナ! どうしたの! パパが大型鳥で商人に送らせたって」
「ママ。ママ。途中で降ろされたの、これ以上はダメって、歩いてって」
「えっ、ひどい! どこで! とにかく乗りなさい!」
娘は涙を拭きつつ、片方の手はギュッと胸元のペンダントを握りしめている。不安だったに違いない。
ギアスに娘を引き上げると、娘は背中からギュッとリーリエに抱きついて、
「ママ」
と涙声で呼んだ。
「うん」
とリーリエが答える。リーリエは思い出し、もう遠い昔のようだけどついさっき貰ったばかりの、少年勇者の似顔絵をポケットから取り出して娘に見せた。
「これ、似顔絵のお店の人が、ママへのお礼に、リーナにってくれたの」
見て慰められると思って渡したのに、娘はそれを見て、
「ママ!」
とまた泣き声で呼んだ。
「うん、何。帰りながら聞いてもいい? ルクも待ってる」
「上の勇者が、魔王に、乗っ取られて、町を襲うって、」
「パパが言ったのね」
ギアスを再び森の家にと走らせながら確認する。
「違う、これ」
速度をゆるくして後ろを振り返ると、娘はペンダントを持ち上げて見せようとしていた。
「魔法塔の人が、話してる、逃げろって」
「えっ?」
「今は言ってないけど、これ、話せる道具になってた、ペンダント、魔法塔の人が話してくる」
確かにそのペンダントは、娘が魔法塔の企画でもらったものだ。そんな機能つけてたの? 魔法塔。
「一度だけ、強い魔法使えるようにしてくれた。持ってる人、子ども、5人、いるって、全員、生き残るために、使いなさいって、守るか、攻撃か、どっちか、1度だけ。逃げ切ったら」
娘が泣きながらもリーリーエに説明し続けている時、ペンダントが光を放った。
声がした。男の声だ。
『未来ある子どもたち。新しい情報が入ったので伝えます。良いですか、なんとしても生き延びて。良いですか、魔法塔の地下に、食糧庫があります。あなたたちには開くようにしておきます。このペンダントを無くさないで。他の人には使えません。渡してもいけませんが、命よりは価値はありませんから、命を落とすぐらいならこれは手放しても良いのです。良いですか、魔法塔の地下に、食料を、魔法で守っておきます、生き延びるのです』
落ち着いて話しているように聞こえる。だけど時折、その後ろと思われるところで何か急いだように叫んでいる。
ペンダントが瞬く。
娘ではない、まだ幼い女の子の声が聞こえた。『魔法塔の皆さんはどうするんですか』
耳を澄ませたが、答えが返ってこない。と思ったら、『少し待って。皆さんは自分の未来を考えて』という男の声が聞こえた。これが返事のようだ。返事になっていない気がするが。
娘の顔がまた歪む。
「ママ、どうしよう、どうしたらいいの」
「ママの背中にしっかり引っ付いて。とにかく家に帰って、ルクと合流よ。パパが、森に逃げろって言ってた」
「うん」
魔法塔に危険があるなら、田舎の実家も危険なのでは。心配が募るばかりで、何も分からない。とにかく、森の家に。そう、それに、トーマスたちの早合点で、何もなくて大丈夫ってことも、いや、でも魔法塔もこんな風に。
リーリエは森の家の周り、開けて草原のようになっている場所に辿り着いた。
「ルク! いるの!?」
進みながらリーリエが声を張り上げる。
さらに家に近づいたところで、森から大型動物、に一瞬見えたが、息子がなぜか6頭に増えていた愛犬と共に飛び出してきた。
「ママ! ママ!」
息子が悲鳴のような声をあげている。息子にも何か分かっているのだろうか。
「ママ!」
と言った息子が、驚いたように立ち止まって、リーリエのもっと頭上を見て、ぺたん、と座り込んだ。
犬たちも息子のそばで立ち止まる。
何、みんな揃って、上を見ている。
リーリエは自分の上を見た。空だ。何も見えない。後ろ?
ギアスに乗りながら速度を緩めて、リーリエは後ろをなんとか振り仰いだ。
ギョッとして体が硬直する。
空の一部が真っ黒になっていた。
町の上だ。
「何、あれ」
呟いているうちにギアスは息子の元に辿り着いた。空をよく見ようとギアスを町の方に向けると、ギアスは空を見て、腰を抜かしたらしくペタンと座り込んだ。
「きゃあ!」
娘が慌ててしがみついてくる。リーリエともども、転がり落ちるのは免れた。
ギアスから草原に降りたリーリエの足に、息子が、はって来てしがみついてくる。
「ママ、ママ! 怖い、助けて! 助けて!」
息子の頭を撫でて、足にしがみつかせながら、リーリエは空をふり仰ぐ。
黒い空がさっきより広がっている、ボコボコと波打っている。
ゴ・・・
空から響くような音が聞こえ始めた。これは・・・広っがっているのではく、近づいて来てる?
「ママ、空が、落ちてくるよ・・・」
娘が涙声、呆然と呟いた。娘も抱きついてくる。
逃げなきゃ。森。森だ。
でも、これは。
空が落ちてきている。真っ黒な、岩になった空が近づいてくる。
落ちたら、逃げる場所なんてもうない。終わりだ。
わぁあああ、と息子の大きな泣き声に、リーリエはハッとした。
助からない。
でも、でも、守らなくちゃ。森、森に逃げた方が良い?
わぁああ、と娘まで声をあげて泣き出した。
黒い空の中に、大きな目が現れた。ゾッとした。魔王? わからないけど、こちらを脅かす何か。
娘のペンダントから声が聞こえた。『一度だけ、強力な魔法です、良いですね、みなさん』
言葉の最後が震えているのが分かった。
娘の耳にも届いたらしく、震えながらペンダントを握りしめて、泣きながらリーリエを見上げる。
「ママ、ママ。どっち、どうしよう」
それでリーリエは思い出した。
「ママの弓で障壁出す。ママの弓の後ろにいなさい。ルク、森の中が、良いと思う?」
「だめ、ダメ、全滅する、森が消える、全部」
「どうしよ」
リーリエは心をそのまま声に溢した。
だめだ、どうしよう。守らなくちゃ。
上のもう一つの大地のように広がりながら、黒いゴツゴツした空が近づいている。大きな目は町の上にあって真下を、町を見つめている。
きっとその下、冒険者が迎え撃とうと・・・。
トーマス。リーリエは震えた。どうしよう、彼はもう帰ってこない。
トーマスだけじゃなくて、みんな。大魔導師も、大剣士すら。誰も、町のみんな。もう。
そして、自分たちもきっと。
リーリエは震えながら弓を取り出した。
障壁の魔法は維持できる時間が決まっている。早く出しすぎては勿体無い。
弓の形に戻し、リーリエはいつもの癖で、流れるように背中にいつもある矢筒に手を伸ばした。
すると娘の頭、髪の毛に触る。
しがみついている娘と、息子と。それから。手に持つ弓と、いつも背負っている矢と。銀の矢。
『これはお守りにしなさい』
似顔絵にしてもらったあの青年の言葉が蘇る。
『もうダメなんて危機がきた時にこそ使うと良いわ。お守りの矢としてあなたを助ける威力が出るかもしれない』
そうだ。そう言われた。ずっとお守り。ずっと身につけてきた。
一番初めに、黒い光が出たことを思い出す。小さな子どもにとても出せない威力の矢を、あの時放った。
あぁ、もっと早く、鑑定を受けておけば。でももう、今、これしかない。
やらないよりは、試す方が良い。全力で。
「リーナ、ルク。ママ、ママのお守りの矢を、使う」
娘がハッとしたように リーリエから手を離す。だけど怖いのだろう、すぐにふらつくように座り込んで、リーリエの足にしがみついた。息子はもう片方の足にずっとしがみついている。
「足、動かすけど、合わせて。ね」
「う、うん」
「うぁあああ」
息子の方が激しく泣いている。
リーリエは銀の矢を取り出した。構えるのに足を動かすと、娘の方が手を離した。邪魔になると思ったのだろう。
「ルク。ママの、邪魔になる、ルク」
娘が呼びかけて息子も放したようだ。
「大丈夫、絶対、ママが、守るから、ね」
リーリエは落ち着かせようと言葉を出した。動揺させないよう、ゆっくり、柔らかい口調になるように。
あぁ、ペンダントからの、魔法塔の人の話し方、こういうことか。
安心させたい。自分にできる範囲で。努めて。守りたい。
「リーナ、ママが、矢を打ってみて、タイミング見て、障壁出す。ママの障壁でダメそうなら、リーナのペンダント使って。まずは逃げるの。ギアスも守って。逃げるとき、ギアス使えるでしょ」
「うん、ママも、一緒だよ」
「うわあぁぁぁん」
「ルク、パパが、森のことはルクに聞けって言ってた。とにかく頑張って、逃げましょう」
「無理だよ、無理、ママ、守って、全部、パウルたちも、森、全部、生きてる、守ってよぅ、嫌だ」
「リーナとルクは生き延びる、絶対」
「ママも」
「無理だよぅ!」
騒がしい。愛しい。
リーリエは広がる草原の上、明らかに厚みと広がりを増していく、絶望だけを感じさせる黒い空、大きな目玉に狙いを定めた。
銀の矢で。
お願い、娘と息子を、町を、みんなを守って!
ずっと持ってた私のお守り!
リーリエは銀の矢を放った。




