10 思い出と、急変
「なんでも良いからエピソード話してよ。直接知ってる人の話って貴重だ」
小さな似顔絵が出来上がるという3日後。荷物運搬の仕事帰りに似顔絵店を訪れたリーリエは、会話の流れで店主にこう頼まれた。
「お礼に、娘さんに1枚、好きなのあげるから頼むよ」
「うーん。あの子の好きなのってどれかしら。まぁせっかくだし、良いわよ、思い出ね」
リーリエは少しだけ考えたが了承した。
ちなみにここは出店も立ち並び、大型鳥ギアスが立ち止まるには人通りが多すぎる。だから少し離れたところの顔馴染みの宿屋の店先、馬を留めるところに預かってもらっている。
ものすごく気軽に、ちょっとだけだからとギアスを置いてきたが、まぁ多少話し込むぐらい良いだろう。
リーリエは先ほど受け取ったばかりの、指の一関節ほどの大きさの小さな似顔絵を手のひらの上で眺めて、自分が何を言われたか、どういう状況だったか、記憶を掘り起こした。
「私は、弓使いに憧れててね、弓を教えてもらえると思って、ギルドにお手伝いにいってそのままギルドの受付もしてたの。15、16歳ぐらいだった。勇者がギルドに来て、魔法塔に行くために依頼を出してきてね」
今やリーリエは32歳。歳をとったものである。ついでに娘は12歳、息子は10歳。感慨深い。月日は早い。
「仲間は誰が他にいたんだ? エディー・グェンと、ユーリティシーティと」
「来た時は勇者だけだったの。えーと、勇者に、えっと、私がずっと弓を背中に背負ってて、それを見て、勇者が、あ、折りたたみの弓なんだけどね。今も展開の魔法のついた弓持ってるんだけど、私」
「へー、どれ?」
「え、これよ」
話の流れで弓を見せる。展開させて欲しいと言われたので、周囲の邪魔にならないか確認の上で、弓を元の姿に戻す。
キレイな弓だと褒めてもらったので、リーリエは得意げになった。
「良いでしょ。自慢なの。結婚の申し込みに貰ったんだけどね」
「見せてもらってなんだけど、ごめん、話がズレて、エディー・グェンと、ユーリティシーティを教えてくれないか」
「そうだった」
リーリエは思い出しつつ、話の流れで、銀の矢も見せたりしつつ、勇者に昔会ったこと、弓が上手になりたい、強くなりたいって思っていたところに、勇者に「もうこの子は伸びない」と言われたこと。正確にいえば、仲間のユーリティシーティとコソコソ話してたのを、今の旦那に話を横流ししてもらって聞いたわけだけど。ということ。それで聞いていて悲しくて辛くて、今思っても当然だと思うけど、それで、耐えたけど泣いちゃって、仲間の人の方、つまりユーリティシーティっていう名前だったっけ、に、練習が無駄になるなんて思わない、頑張ったら頑張っただけ実るものだ、まぁ上達っぷりは人によって違うとは思うけど、なんて、すっごく親身に優しく慰めてもらった、あ、今の旦那にも、旦那も悪いと思ったみたいでご飯連れて行ってもらったりプレゼント色々もらったりしたわけなんだけど。そう思うと、嫌な思い出とくっついてるけど、私の人生の、大きな出来事だったなぁ。
なんてことを、聞かれるままに似顔絵店の店主に話した。
長話になったので途中で椅子を出してもらって座り込んで話したほど。
店主も、リーリエの思い出話を聞きながら、当時の絵を「こんな感じ?」と描き出してくるので、見ていても楽しくてちょっと長居した。店主はついでに少女だったリーリエがギルドに立っているところの絵や、銀の矢の細工を褒めて矢と細かい模様を書き写したりもした。
絵になるとなんだかさらに思い出される。
そうだった。あの時、勇者が来たんだ。言葉に傷ついて泣いちゃって、だから励ましてもらったんだ。
頑張ったら良い、無駄になることなんてない。
確かにそうだ。あの時から私、上手くなったもの。
最近弓ってあまり使ってないけど、ギアスと移動が多いから、やっぱり弓が使えると安心だし、私は弓をやって良かったよね。何かの時に心強いもの、自分が。動物にも当たるし。威嚇できてるみたいだし。
銀の矢のこともあの時、教えてもらったよねぇ・・・そういえば銀の矢、一度鑑定受けても良いんじゃない? お守りとして持っておけ、もうダメ助けて、みたいな時にこそ使うんだ、練習もダメ、なんて言われて、そのまま、来たけど。
リーリエは椅子から立ち上がった。
「なんだか思った以上に長居しちゃった。喉が乾いた。そろそろ帰るわ。ありがとうね、絵も素敵だったし、忘れかけてたことも思い出せて良かった」
店主も笑顔を見せた。
「こっちこそ、勇者エディー・グェンとの話が聞けて良かった。助かる。そりゃ喉も渇くよな。これで飲み物でも買って。たくさん聞かせてもらったしお礼だ。絵も、娘さん、これ好きかもしれない、多分これだ。これをあげるよ」
「良いの?」
店主が店先を見回して、選んでくれた一枚、少年勇者の方の似顔絵をリーリエは受け取る。
「良いよ。俺も話集めていかないとさ、ずっと同じ話で描き続けるわけにもいかないだろ。絵は、多分、それ娘さん好きだと思う。たくさんありがとうって、娘さんにも伝えといて」
「ありがとう」
渡された小銭と、小さな絵と、娘のための絵をポケットに収める。
ギアスも待たせている。行こう。
リーリエは改めて店主に告げた。
「この町に来てくれてありがとう、元気でね。あなたの絵、とても素敵だと思うわ。みんな喜んでるもの」
「ありがと。リーリエさんや娘さんとも会えて良かったよ。元気でな」
リーリエが大型鳥ギアスのところに戻り、さっき受け取った小銭をそのまま預かり賃として宿に支払い、さて町の家に戻ろう、とギアスの背に乗ろうとしたところで、
「リーリエ!」
トーマスが宿の方から駆け込んできた。リーリエは驚いた。トーマスの顔が怖い。えっ、何!?
「どこいた、探したぞ、ずっと、おい! お前が最後だ、ギアスがいるから待ってたけど遅い!」
「え、なに、普通に仕事で」
その後、似顔絵店で話し込んじゃったけど。
「良いか、良いから、すぐ、ギアスに乗って山の家に逃げろ、良いか」
「え、なに」
「リーナはもう逃した、良いか、最後だ、お前が最後、探してた」
「何、待って」
トーマスの顔が怖い。リーリエの肩を掴んで訴えるように話す。真剣だ。
「良いか、逃げろ。まだ情報は皆に、大勢には出ていない。俺たちは知って、ギルドより先に判断して、勝手に、身内に、逃げろって、俺がチームの身内に声かけて回る役になった。他は全部会って逃した、リーリエ、お前が最後だ、遅いんだ。良いか、とにかく、すぐ逃げろ、町の家になんて寄るな、ここから真っ直ぐ」
「え、」
話についていけない、けれどトーマスが真剣だ。
「他の奴らはまだ知らない、ギルドが判断したら町中に呼びかけるはずだ、たぶんまだギルドの判断待ちだ。俺たちは、知ってるだろ、逃げる判断が早い。俺たちはマズイと思った。けど大丈夫で、大したことない、何でもないかも、しれないんだ。だから俺たちから、騒ぐなんて、英雄みたいに、逃げろって皆に触れ回る度胸もない。だけど身内だ、間違ってたって構わない。俺のいうこと信じて、逃げてくれ」
「わか、った・・・」
リーリエはトーマスの様子に、話を飲み込んだ。こんな風にこんなに言われたら。分かった。
ただ。
「え、リーナは、もう先に?」
「あぁ。丁度、ベルディオの旦那が来て、大型鳥全部売ってくれって、多分、ベルディオも商人だ、どっかで何か聞いてヤバイと思ったっぽい、大型鳥、あいつら団体しか動けないだろ、だからリーナを、森の家のそばまで送ってくれ、そしたら負けてやるって条件で、値引きで全部売った。良いだろ、また義母さんとこから仕入れれば良いんだから」
「え、あ、あぁ」
そっか、町の家の大型鳥、全部売った・・・え、値引き、えっと
「リーナ、逃げた」
「逃した、良いか、でも早く行ってやってくれ、ベルディオも商人だけど何をどう判断するか、リーナを送ってくれるけど、心配だ、頼んだぞ、リーナとルクを頼んだぞ。良いか、リーナとルクと、森にでも逃げろ。森の中で迷ったら、全部ルクの判断に従え。良いな」
「え、待って、トーマスは?」
「冒険者だ。こういう時のための、俺たちだろ」
トーマスが真剣に言った。
リーリエは戸惑いから抜け出せない。
「こういう時って、何、何なの。逃げるけど、でも何が」
「勇者エディの方が、乗っ取りを受けてた。勇者のフリして、魔王側のデカい封印解いたって分かった。まずい」
トーマスの言葉に、リーリエの脳裏、先ほど似顔絵店でみた勇者の絵が浮かんでくる。
え、だって。仲間もいた、勇者には。一人じゃないのに。
「え、どういう・・」
「良いからお前はすぐ逃げろ! ここは魔法塔がある、絶対狙われる、絶対まずい。ギルドの裏庭、あれ大きな封印かねてるって話が出た。魔法塔は本来その監視だっていうんだ。狙われるぞ。とにかく街から離れろ。魔法塔からも離れて、とにかくまず森ん中に逃げろ、森はルクが強い、ルクを頼れ、頼んだぞ、子ども二人、良いな! ギアス、リーリエを頼む!」
真剣なままのトーマスはギアスにも声をかけた。
ギアスの方は何事かとキョトンといつも通りにトーマスを見ている。
トーマスにギアスの背に乗せられながら、リーリエはなんとか言葉を取り戻した。
「待って、みんなにも」
「だから、ギルドの判断待ちだ! 俺たちは先に動いてる」
「トーマス、トーマスは」
「ここで逃げたら、お前、冒険者なんてやってられねぇだろ」
トーマスは言った。リーリエより落ち着いて、大人に見える。
「俺たちのチームも。冒険者全員でて、この町守ってやるよ。な?」
またリーリエは何も言えなくなった。
「ギアス、森の家に帰れ! 急げ! 行け!」
驚いたように走り出したギアスに、リーリエは慌てて姿勢を正す。
トーマスを振り返ろうとしたけれど、人も多くてきちんと見るのが難しかった。




