観光地:夢見ヶ浦海水浴場
今日もまた、僕は一人で海辺に向かっている。
電車の窓から見える景色は、いつものように単調で、灰色のビルが延々と続いていた。
三十七歳になった僕の日常は、会社と家の往復に縛られている。
妻と五歳の娘と過ごす平凡な家庭生活の中で、ただ一つだけ、不思議で特別な時間があった。
それは、夕暮れどきの海辺で姉に会うことだった。
夢見ヶ浦海水浴場前のバス停を降りて、海辺への小道を歩く。
潮の香りが鼻をくすぐり、カモメの鳴き声が聞こえてきた。
時計を見ると、午後四時半。
いつものように、少し早めに着いた。
岩場に腰を下ろし、海を眺める。
水平線の向こうに太陽が傾きかけていた。波の音が規則的に響き、僕の心を落ち着かせてくれる。
「また来てくれたのね」
振り返ると、姉が微笑んでいた。
いつものように、彼女は突然現れた。
足音も気配もなく、まるで夕日の中から生まれ出たかのように。
「夏夜姉さん」
僕は彼女の隣に座る。姉は相変わらず美しく、あの日から一日も歳を取っていないように見える。
いや、むしろ若返っているかのようだ。
二十代の女性のような、初々しい美しさを湛えている。
白いワンピースに薄いカーディガンを羽織った姿は、まるで大学生のようだ。
「今日はどんな一日だった?」
姉が尋ねる。
「いつもと同じだよ。会社に行って、今から家に帰るんだ」
「奥さんと百音ちゃんは?」
「由香里は元気だよ。百音はもうすぐ五歳で、最近お絵かきに夢中なんだ」
そう言うと、姉は少し寂しそうな表情を見せた。
「姉さんは今日、どこにいたの?」
僕が聞くと、姉は急に明るい表情になった。
「昨日は遊園地にいたの。メリーゴーランドに乗って、綿あめを食べて。その前は団地で子どもたちと一緒に住んでたわ。みんなでかくれんぼをしたり、折り紙を教えてもらったり」
姉の話を聞いていると、現実感が薄れていく。
「おもちゃ売り場でおままごとをしたこともある」
彼女は続けた。
「宇宙飛行士が来て、一緒にお茶会をしたの。とても楽しかった」
「姉さん、それって本当のこと?」
「本当よ。とても楽しかった」
姉は無邪気に笑った。
「それって、姉さん一人なの?」
「一人じゃないわ。いろんな人がいるのよ。子どもたちや、着ぐるみや、優しいおじさんとおばあさん。みんな私の友達よ」
僕は姉の横顔を見つめた。
夕日に照らされた彼女の肌は、まるで透き通るように白く、どこか非現実的な美しさを湛えていた。
「あのね、琉生。私もう、歳をとるのはやめたの」
姉の夏夜は、ある日僕にそう告げた。
十年前、夫を交通事故で亡くしたその日から、彼女は歳を取らなくなったのだ。
最初は気のせいだと思っていた。
悲しみに暮れる姉を見ていると、時が止まったように感じるのは当然だと自分に言い聞かせていた。
しかし、一年、二年と月日が流れても、姉の外見は全く変わらなかった。
むしろ若くなっているようにさえ見える。
姉は僕より三つ年上のはずなのに、今では二十代にしか見えない。
少なくとも、僕にはそう見えるのだ。
あの日から、姉の時間は止まっているように思える。
姉の異変に気づいたのは、夫の葬儀から半年後のことだった。
僕は姉を心配して、彼女のマンションを訪ねた。
インターホンを押しても返事がない。
管理人に事情を説明し、部屋の鍵を開けてもらうと、部屋はもぬけの殻だった。
家具も服も、夫の遺品も、すべてが跡形もなく消えていた。
慌てて姉の携帯電話に連絡すると、彼女は意外にも落ち着いた声で答えた。
「琉生、ごめんね。引っ越したの」
「どこに?住所を教えて」
「それはちょっと難しいの。でも、会いたかったら夕方の海辺に来て。日没まで、あの場所にいるから」
あの場所というのは、僕たちが子供の頃によく遊んだ海辺だった。
実家から車で一時間ほどの距離にある、夢見ヶ浦の海水浴場だ。
岩場があって、そこに座って海を眺めるのが僕たちの定番だった。
最初は半信半疑だったが、指定された時間に海辺に行くと、確かに姉がいた。
夕日に照らされた彼女の横顔は、まるで映画のワンシーンのように美しく、どこか現実離れして見えた。
「姉さんは変わらないね。僕は毎日歳を取ってる。髪も薄くなってきたし、疲れやすくなった」
「そう見えるの?私には、あなたは子供の頃と同じに見える」
姉の目には、僕がどう映っているのだろう。
彼女の時間感覚では、僕たちは永遠に子供のままなのかもしれない。
「最近、変な夢を見るんだ」
姉の横顔を見ながら、僕は言った。
「どんな夢?」
「家族と過ごしている夢。百音が大きくなって、結婚して、孫ができて…でも、その夢の中には姉さんもいる。ずっと今のまま、若いままで」
姉は興味深そうに僕を見た。
「それは夢なの?現実なの?」
「わからない。境界線がぼやけてる」
最近、僕の記憶は曖昧だった。
姉が何をしているのか、どこに住んでいるのか、まるでジグソーパズルのピースがバラバラに散らばっているような感じだ。
しかし、姉と海辺で過ごす時間が増えるにつれ、彼女の不思議な日常が少しずつ見えてきた。
「私は毎日いろんなところで遊んでるの。遊園地で、団地で、おもちゃ売り場で。でも、それがいつのことだったのか、よくわからない。昨日なのか、去年なのか、それとも明日のことなのか」
姉が他人事のような調子で呟いた。
それを聞いて、僕は黙りこくる。
そのまま僕らは並んで歩いて、テトラポットの並ぶ海岸線沿いを眺めた。
「私たち、よくここで貝殻を拾ったわね」
姉が言った。
「うん。姉さんはいつも綺麗な貝殻を見つけるのが上手だった」
「琉生は砂のお城を作るのが好きだった。でも、いつも波に流されちゃって、泣いてたわね」
僕は笑った。
「百音も同じことをするよ。砂のお城を作っては、波に流されて悔しがってる」
実際のところ、僕はその記憶をはっきりと覚えている。
しかし、姉が話すと、まるでそれが昨日のことのように感じられた。
彼女の声には不思議な力があって、聞いているうちに、時間の感覚が曖昧になってくるのだ。
「同じ血を引いてるのね」
姉は微笑んだ。
「百音ちゃんに会ってみたいわ」
「百音に?」
「ええ。きっと琉生に似て、可愛い子でしょうね」
僕は少し考えた。姉に娘を会わせるべきなのだろうか。
しかし、今の姉の状態を五歳の子供が理解できるとは思えなかった。
そうしていると、夢見ヶ浦に日が落ちるのが見えた
雲がゆっくりと形を変えながら、まるで巨大な絵画のように広がっている。
海の上に光が反射し、空が美しいオレンジ色に染まった。
「綺麗ね」
姉が言った。
「うん。毎週見ても飽きない」
「毎週?」
僕は姉を見た。
「僕は毎週ここに来てるよ。姉さんに会うために」
姉は不思議そうな顔をした。
「でも、私たちが会うのは時々じゃない?」
「時々?」
確かに、僕の感覚では毎週海辺に来ている。
しかし、姉の記憶では、僕たちは時々しか会っていないことになっている。
「覚えてない?夕日が沈むまで、いろんなことを話したじゃないか」
「ごめんなさい。私、記憶が曖昧で。まるで夢の中にいるみたい」
姉の記憶は、どうやら連続していないらしい。
「それじゃあ、改めて聞くよ。新さんのことは覚えてる?」
姉の表情が曇った。
「彼のことは覚えてる。愛していた。今でも愛してる。でも、彼はもういない」
姉にとって、時間という概念は存在しないらしい。
過去も未来もなく、ただ「今」があるだけ。永遠の夕暮れの中で、彼女は生きている。
「姉さんにとって、時間はどう流れてるの?」
姉は少し考えてから答えた。
「よくわからない。気がつくと夕方になっていて、あなたがここにいる。それ以外の時間は、まるで眠っているみたい」
僕は背筋に寒気を感じた。姉の時間感覚は、明らかに僕とは違っている。
「夏夜姉さん、本当に、どこで何してるの?」
思わず口に出してしまった言葉に、僕自身が驚いた。
「…どういうこと?」
姉は振り返って、悲しそうに微笑んだ。
「い、いや、まるで現実離れしたことを言うから…」
僕は言葉に詰まった。何を言えばいいのかわからない。
目の前にいる姉は、間違いなく僕の姉だ。
声も、仕草も、笑い方も、すべて記憶の中の彼女と同じだ。
しかし、同時に何かが違う。現実感が薄いのだ。
「そういうことなら、一つ言えることがあるわ。夫が死んでから、時間の感覚がおかしくなったの」
姉が言った。
「最初はただの心の問題だと思ってた。でも、だんだんわかってきた。私の時間は、あの日で止まってしまったのよ」
「なぜ?」
「ある日、思ってしまったの。こんな悲しい思いをするくらいなら、大人になんかならなければ良かったって。子どもの頃のように、夢を見るように素敵なもので溢れた世界に行きたいって」
僕は言葉を失った。姉の言葉には、深い悲しみが込められていた。
しかし、その悲しみは諦めとも違う、不思議な静けさを伴っていた。
「姉さん、そんなこと言わないで。まるで死んでしまうみたいなことを…」
「死ぬのって、怖いことなのかしら」
姉が呟いた。また、他人事のような話し方だった。
「姉さんは生きてるよ。こうして僕と話してるじゃないか」
「話している、というより、夢を見ているのかも。美しい夢を」
姉の声は遠くから聞こえてくるようだ。まるで、異世界から語りかけているみたいに。
「もし僕たちがいま見ているものが夢だとしても、それは美しい夢だね」
僕は言った。
「ええ、とても美しい」
夕日がさらに低くなり、海面がキラキラと輝いている。
まるで、海全体が宝石でできているみたいだ。
「琉生、約束して」
「何を?」
「私のことを忘れないで。たとえ私がいなくなっても、心の中で生かし続けて」
「姉さんはいなくならないよ」
「いつかは、この夢も終わる。でも、あなたの記憶の中で、私は永遠に生きていられる」
「そんな話やめてくれ。姉さんには僕がいるじゃないか。父さんも、母さんも」
「ええ、あなたと家族がいるわ。だから私は、この夕暮れどきに存在できる。あなたが私を覚えていてくれるから」
僕は姉の手を取りたくなったが、なぜかそれができなかった。
触れたら、彼女が消えてしまいそうな気がしたのだ。
「愛する人を失うと、人は時間を失うのかもしれない。未来への希望がなくなると、時間は意味を失う。そういう意味なら、私はもう、生きてないのかもしれない。」
姉の声は、夕風にさらわれて消えていった。
「姉さんは、今幸せ?」
僕は不意にそう聞いた。
「幸せかどうかわからない。でも、不幸でもない。ただ、ここにいる。あなたと話している。それで十分」
姉の言葉に、僕は言い返すことができなかった。
太陽が水平線に近づくにつれ、姉の輪郭がぼやけ始めた。
最初は気のせいだと思ったが、確実に彼女の存在感が薄くなっている。
「姉さん、どうしちゃったの…?」
「日が沈むと、私はここにいられなくなる。でも、またいつかの夕方に会えるわ」
僕は慌てて立ち上がった。
「待って、もう少しいて」
しかし、姉の姿はもう半透明になっていた。
夕日の光が彼女を通り抜けて、後ろの岩場が透けて見える。
「大丈夫よ。私はどこにも行かない。ただ、見えなくなるだけ」
「姉さん…また会える?」
「あなたが来てくれるなら」
太陽が完全に水平線に沈むと、姉の姿は跡形もなく消えた。
まるで、最初からそこには誰もいなかったかのように。
僕はその様子を見届けた後も、一人で岩場に座り続けた。
波の音だけが響く静寂の中で、僕はぼんやりと夢見ヶ浦の浜辺を歩いていた。
今起こったことが現実だったのか、それとも幻想だったのか、判断がつかなかった。
でも、姉と過ごした時間、交わした言葉、共有した記憶。それらは間違いなく真実だった。
携帯電話を取り出して、時間を確認する。
午後七時を回っていた。
いつの間にか、こんなに時間が経っていたのか。
僕の感覚では、姉と話していたのはほんの少しの間だったのに。
帰りのバスの中で、僕は考え続けた。姉は本当に存在するのだろうか。
それとも、僕の心が作り出した幻影なのだろうか。
しかし、そんなことはどうでもいいような気がしてきた。
重要なのは、僕が姉を必要としているということ。
そして、姉もまた、僕を必要としているということ。
生きているとか死んでいるとか、現実とか幻想とか。
それよりも、まだ彼女に会えるという事だけは紛れもない本当のことだった。
それから毎週のように、僕は海辺に通った。
姉との会話は、根本的には内容は同じだった。
彼女の記憶は断片的で、前回のことを覚えていない。それでも、僕は姉に会い続けた。
「今日はちょっと違うわね」姉が言った。
「何が?」
「あなた、疲れて見える。本当に疲れてない?」
確かに、僕は疲れていた。
毎週海辺に通うことで、体力的にも精神的にも消耗していた。
しかし、姉に会えるなら、それは些細なことだった。
「大丈夫だよ」
「無理しないで。私のために自分を犠牲にしてはだめ」
姉の言葉に、僕は戸惑った。
いつもの彼女なら、そんなことは言わない。
「姉さん、何かおかしいよ。いつもと違う」
「そうかもしれない。私も、何だか違和感を感じてる」
姉は海を見つめていた。
いつもより表情が真剣で、どこか寂しそうに見える。
「あなたが毎日ここに来てくれるのは嬉しい。でも、それであなたの人生が台無しになったら、私は悲しい」
「人生が台無しになるなんて、そんなことない」
「本当に?あなたには、もっと大切なことがあるんじゃない?」
僕は首を振った。
「姉さんより大切なものなんてない」
「でも、私はもう…」
姉は言いかけて、口をつぐんだ。
「もう、何?」
「でも、私はもう成長しない。変わらない。あなたは毎日歳を取って、変わっていく。いつか、私たちの間には大きな隔たりができてしまう」
姉の言葉は正しかった。しかし、僕はそれを受け入れたくなかった。
「時間って、本当に不公平ね」姉が呟いた。
「どうして?」
「私の時間は止まってしまった。でも、あなたの時間は流れ続けている。いつか、あなたは私を必要としなくなる」
「そんなことはない」
「いつか、あなたは老人になって、私は若いままでいる。その時、私たちはまだ兄妹でいられるかしら?」
僕は答えられなかった。確かに、姉の言う通りかもしれない。
「それでも僕は、姉さんに会い続けたい」
「どうして?」
「姉さんは僕の大切な記憶の一部だから。子供の頃の思い出も、姉さんとの約束も、全部大切なものだから」
姉は微笑んだ。しかし、その笑顔には諦めの色が浮かんでいた。
「ありがとう。でも、いつかはお別れしなくちゃ」
「お別れ?何を言ってるんだ?」
「結論が出たの」
姉が言った。
「私は、あなたの記憶の中で生きている。でも、それはあなたを縛っている」
僕は首を振った。
「縛られてなんかいない」
「本当に?あなたは私に会うために、現実の世界を犠牲にしている。それは、私が望んだことじゃない」
姉の言葉は優しかったが、その中には強い意志が込められていた。
「だったら、なぜ僕に会いに来るんだ?」
「琉生が私を必要としているから。そして、私も楽しい時間を過ごしたいから。今の方が、前よりも自由なの」
「どういう意味?」
「生きてる時は、時間に縛られてた。仕事に、結婚生活に、大人としての責任に。でも今は違う。好きな時に好きな場所に行って、好きなことができる」
姉の声は遠くから聞こえてくるようだった。まるで、異世界から語りかけているみたいに。
「姉さんの言ってることがわからない」
「私は、もうここに来るのはやめようと思うの。自分で決めて、望んだのだから、ずっとあっちにいなくちゃいけないのに。」
姉は海を見つめている。夕日が彼女の横顔を照らし、まるで天使のように美しい。
「…どうしてそんなことを言うの?僕はまだ姉さんが必要だ」
「本当に?それとも、単に手放すのが怖いだけ?」
僕は答えられなかった。確かに、姉を失うことが怖かった。
彼女がいなくなったら、僕はどうなってしまうのだろう。
「怖がらなくていいの。私はどこにも行かない。あなたの心の中にいる」
「それじゃあ不十分だ」
「どうして?」
「話したいんだ。姉さんと話して、笑って、一緒に夕日を見たいんだ」
太陽がゆっくりと沈んでいく。姉の姿も、それに合わせて薄くなっていく。
「今日で最後ね」姉が言った。
「何が最後?」
「私たちが会うのが」
僕は慌てて立ち上がった。
「待って、まだ話し足りない」
「十分に話したわ。十年間も」
「十年間?僕が会い始めたのは数ヶ月前からだよ」
姉は首を振った。
「あなたの記憶では数ヶ月でも、実際は十年間。夫が死んでから、ずっと」
僕は愕然とした。記憶が曖昧になっている。時間の感覚が狂っている。
「私たちの時間は止まっていたの。同じ夕暮れを、何度も何度も繰り返していた」
「それでもよかった。姉さんと一緒にいられるなら」
「私を忘れて、とは言わない。でも、私のことで立ち止まらないで」
姉の声は、だんだん遠くなっていく。
「どうやって?」
「前に進むの。新しい出会いを探して、新しい思い出を作って」
「姉さんがいないと、生きる意味がない」
「そんなことはない。あなたには、まだやるべきことがたくさんある。」
太陽が水平線に半分隠れた。姉の姿は、もうほとんど見えない。
「恋をして、結婚して、子供を持って。そうやって自分の家族と一緒に幸せになるの。私が経験できなかった幸せを、あなたが代わりに経験して」
姉の言葉に、僕は涙が出そうになった。
「時間ね」
「姉さん、ありがとう」
「さようなら」
「さようなら」
太陽が完全に沈むと、姉の姿は消えた。今度こそ、本当に。
今、僕は四十歳になった。
妻との間に二人の子供がいて、小さいながらも幸せな家庭を築いている。
仕事も順調で、充実した毎日を送っている。
姉の行方は誰も知らない。十年前から行方不明になっているそうだ。
父も母もとっくの昔に捜索願を警察に届け出て、それっきりだ。
僕の記憶は曖昧で、前後のことを何も覚えていない。
でも僕には一つ確信があった。彼女は自ら望んで、望み通りの世界に行ったのだ。
時々、あの海辺を訪れる。家族と一緒に行くこともあれば、一人で行くこともある。
子供たちはあの岩場で貝殻を拾い、砂のお城を作って遊ぶ。まるで、昔の僕と姉のように。
姉の姿を見ることはもうない。でも、夕日を見るたびに彼女のことを思い出す。
あの不思議な時間、幻想的な会話、そして最後の別れ。
それらは夢だったのかもしれない。現実ではなかったのかもしれない。
でも、僕にとってはかけがえのない体験だった。姉との時間があったからこそ、今の僕がある。
息子が砂のお城を作っているのを見ながら、僕は思う。
時間は確実に流れている。子供たちは成長し、僕たちは歳を取る。
でも、愛や記憶は時間を超えて残り続ける。
姉は正しかった。人は記憶の中で永遠に生きることができる。
そして、その記憶は次の世代へと受け継がれていく。
夕日が沈み始める。家族を呼んで、一緒に帰路につく。
振り返ると、岩場に誰かが座っているような気がしたが、きっと見間違いだろう。
僕たちは前に進む。姉が教えてくれたように。
愛する人たちと一緒に、一歩ずつ。