遊園地:スカイドリーム
「わあ、すごい!」
雲がとっても近くに見える!飛行機の小さな窓から外を見ると、真っ白でふわふわした雲がまるで綿菓子みたいだ。
お母さんが隣で寝ているから、僕は静かに窓に顔をくっつけて外を見ている。
「あれ?あの雲、なんだか変だな。」
他の雲とちがって、色がついている。
ピンク色の大きな輪っかが見える。観覧車?まさか、そんなわけないよね。でも、よく見ると...
「うわあ!」
思わず声が出てしまった。雲の上に、本当に遊園地があるんだ!
ピンク色の観覧車がゆっくり回っている。
その隣には、虹色に光るジェットコースターのレールが雲の間を縫うように走っている。
建物はまるで綿菓子でできているみたいに、ふわふわで白くて、ところどころにカラフルな色がついている。
「お母さん、お母さん!見て見て!」
お母さんを起こそうとしたけれど、ふと気がつくと、僕はもうその遊園地にいた。
どうやってここに来たのかわからない。
でも、足の下にはふわふわした雲があって、歩くとぽよんぽよんと弾む。気持ちいい!
「いらっしゃいませ、スカイドリームへようこそ!」
振り返ると、宇宙飛行士のような格好をした人が手を振っている。
でも怖くない。僕は駆け寄っていく。
「ここは雲の遊園地『スカイドリーム』です。何でも好きなものに乗れますよ。お金はいりません。時間の心配もしなくていいんです」
本当に?それじゃあ、まずは観覧車に乗ってみよう!
観覧車のゴンドラはピンク色で、中はふわふわのクッションでいっぱいだった。
ゆっくりと上に上がっていくと、雲海が一面に広がって見える。
白い雲の海の中に、たくさんの色とりどりの建物が浮かんでいる。
「きれいだなあ」
心からそう思った。こんなにきれいな景色、見たことがない。
観覧車を降りると、今度はジェットコースターに向かった。
虹色のレールはキラキラ光っていて、まるで本物の虹の上を走るみたいだ。
「怖くないですか?」
係の人が聞いてくれた。
「大丈夫!」
そう答えて乗り込んだ。ジェットコースターは雲の間を縫うように走る。
風が気持ちよくて、景色は最高で、少しも怖くない。むしろ、鳥になったような気分だった。
お腹が空いてきたので、食べ物を探してみた。
綿菓子の建物の中には、いろんな食べ物屋さんが並んでいた。
「何が食べたいですか?」
店の人が聞いてくれた。
「えーっと...」
メニューを見ると、知らない食べ物ばかりだった。でも、どれもおいしそう。
「雲ハンバーガーはいかがですか?ふわふわで、とても軽いんですよ」
「それください!」
雲ハンバーガーは本当にふわふわだった。
でも味はしっかりしていて、とてもおいしい。食べても食べても重くならない。
「雲ジュースも飲んでみませんか?空の味がしますよ」
空の味?どんな味だろう。飲んでみると、なんだかとても懐かしい味がした。
それからどれくらいここにいるのかわからない。時間なんてどうでもよくなった。
メリーゴーランドに乗って、空飛ぶ馬に乗って雲の間を駆け抜けた。
お化け屋敷に入ったけれど、そこにいるお化けたちはみんな優しくて、怖がらせるよりも笑わせてくれた。
ゲームコーナーでは、雲投げゲームをした。
ふわふわの雲を的に向かって投げるんだ。当たっても外れても、みんなが拍手してくれる。
「すごいですね!とても上手です!」
そう言って、キラキラ光るメダルをくれた。
でも、メダルなんてどうでもよかった。ここにいるだけで幸せだった。
園内を歩いていると、他にもお客さんがいることに気がついた。
みんなとても楽しそうで、笑顔でいっぱいだった。
小さな子供もいれば、大人もいる。でも、みんな子供みたいに無邪気に遊んでいる。
「楽しいですか?」
隣にいた女の人が話しかけてくれた。
「うん!とっても楽しい!」
「よかった。ここはいいところでしょう?ずっと楽しくいられるのよ」
本当にそうだ。ここに来てから、嫌なことなんて一つも思い出さない。
学校のことも、宿題のことも、お母さんに怒られたことも、全部忘れてしまった。
「ずっとここにいられるの?」
「ええ、ずっとよ。時間なんて関係ないの。」
すごい!それじゃあ、もっともっと遊べるんだ。
でも、ふと気になることがあった。
「僕、どうやってここに来たんだっけ?」
考えてみても思い出せない。飛行機の窓から外を見ていて、それから...
「そんなこと、どうでもいいじゃない」
さっきの女の人が言った。
「うん、だけど..」
なんだかモヤモヤした気持ちになった。
でも、その気持ちもすぐに消えてしまった。だって、目の前に新しいアトラクションが見えたから。
「雲の滑り台」と書いてある。
長い長い滑り台が雲の斜面に作られている。
「これも乗ってみよう!」
滑り台はとても楽しかった。
ふわふわした雲の上を滑って、最後は大きなクッションに飛び込む。何度も何度も滑った。
そのとき、遠くから音楽が聞こえてきた。とても懐かしい音楽だった。
「この曲、知ってる...」
でも、何の曲だったか思い出せない。心の奥が少しちくっとした。
「あ、コンサートが始まりますよ」
係の人が教えてくれた。
「みんなで聞きに行きましょう」
コンサート会場は雲でできた大きなホールだった。
たくさんの人が座っている。
ステージでは、天使のような格好をした人たちが歌を歌っている。
歌声はとてもきれいだった。でも、なぜか涙が出てきた。
「どうして泣いているの?」
隣の人が聞いた。
「わからない...でも、なんだか...」
言葉にできない気持ちだった。嬉しいような、悲しいような、寂しいような。
歌が終わると、みんな拍手をした。僕も拍手をしたけれど、さっきの気持ちが消えなかった。
コンサートの後、一人で園内を歩いた。
さっきまでの楽しい気分が、だんだん変わってきた。
「僕、本当はどこから来たんだろう」
また同じことを考えている。でも今度は、もっと真剣に考えてみた。
飛行機...そうだ、飛行機に乗っていた。どこに行くために?
「出張...」
その言葉が頭に浮かんだ。出張って何だろう?
「会議...プレゼン...資料...」
いろんな言葉が浮かんでは消える。僕の知らない言葉ばかりだ。
でも、なぜか知っているような気もする。
「営業部...売上...ノルマ...」
ああ、頭が痛い。思い出そうとすると、頭がキリキリする。
「そんなことを考えちゃダメよ」
気がつくと、さっきの女の人がまた隣にいた。
「嫌なことを思い出すのはよくないわ。ここは楽しいところなのよ。ほら、新しいアトラクションができたわ」
指さす方向を見ると、大きな城が建っている。さっきまではなかったはずなのに。
「雲のお城よ。中は迷路になっているの。とても楽しいわ」
でも、僕はもうアトラクションに興味がなくなっていた。
「僕、帰りたい」
「帰る?どこに?」
「わからない...でも、帰らなきゃいけない気がする」
女の人の顔が、少し困ったような表情になった。
「でも、ここがあなたの家よ。ここより楽しいところなんてないわ」
そうかもしれない。でも...
その日、キャビンアテンダントの木村は機内を見回りながら、窓際の席でうなされている男性に気がついた。
「お客様、大丈夫ですか?」
木村は優しく男性の肩に手を置いた。
男性は涙を流しながら何かをつぶやいている。
「もうすぐ着陸いたしますよ」
その声に、男性はゆっくりと目を開けた。混乱したような表情で辺りを見回している。
「降ろして」
男性は突然そう言うと、窓に顔を押し付けながら叫び始めた。
「降ろして!降ろしてください!」
「お客様、いかが致しましたか?」
木村は冷静に対応しようとしたが、男性はさらに興奮した様子で窓を叩いた。
「あの遊園地に降ろして!雲の上の遊園地に!」
木村は困惑した。雲の上の遊園地?何のことを言っているのだろう。
「お客様、少し落ち着いてください。お気分がすぐれないのでしたら...」
「降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!僕を降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!降ろして!」
しかし男性は窓の外を見つめたまま、「あの遊園地に降ろして」と繰り返すばかりだった。
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2015年、客室乗務員の証言によると、窓に顔を押し付けて泣きながら取り乱す乗客が急増したという。
最初に報告されたのは3月の羽田発大阪行きの便だった。
30代男性が突然泣き出し、「降ろして」と懇願するようにと叫んだという。
その後、同様の事例が月に数十件のペースで全国の航空会社で報告されるようになった。
年代は、女子高校生から年配の男性まで様々だった。
彼らは一様に「ピンク色の観覧車」「虹のジェットコースター」「綿菓子の建物」といった具体的で共通した幻覚の内容を語った。
医師らは集団ヒステリーや暗示の可能性を指摘したが、患者同士に接点がないケースが多く、原因は特定できなかった。
最も深刻だったのは着陸後の症状である。一部の乗客は空港で「あの遊園地に戻りたい」と呟き続け、家族や同僚が迎えに来ても反応しなかった。
東京都内の会社員A氏(42歳)、大阪府の営業マンB氏(38歳)、名古屋市の管理職C氏(45歳)の3名は、それぞれ帰宅後数日以内に勤務先のビルの屋上から飛び降りを図った。
航空会社は事態を重く見て、国土交通省と連携して調査委員会を設置した。機内の気圧や酸素濃度、電磁波の影響など様々な要因が検討されたが、異常は発見されなかった。
唯一の共通点は、全ての事例が高度1万メートル付近、雲海の上を飛行中に発生していることだった。
類似の証言は他の航空会社でも相次いで報告され、2020年末までに全国で約300件の事例が確認された。
しかし年が明けると症例は急激に減少し、現在では月に数件程度まで落ち着いている。
専門家の間では「集団心因性疾患」との見方が有力だが、患者たちが語る幻覚の内容があまりにも具体的で一致していることから、未だ謎に包まれたままである。
おわり