表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2025(水)

水差し

作者: 葉山麻代

 綺麗な入れ物だった。


 その美しい口の細い壺のような物は、年に一度の祭りの時に使われる。祭りの舞を舞う演者に捧げる飲み物を入れるのだ。井戸からの水を入れただけなのに、それはまるで甘露のような極上の味わいで、恍惚のうちに舞を終えるらしい。


 いつからあるのかも、誰が用意したのかも不明で、いつの間にか祭りに不可欠な物になっていた。村で一番の長老に聞けば、子供の頃から有った気がすると言っていた。


 それが飲めるのを楽しみに、舞の練習を頑張る子供たち、飲めるのは15歳からで、演者に指名されるように、頑張って覚えるのだ。飲んだことがある大人たちは皆口々に、なんとも言えない極上の味わいだったと恍惚の表情で語り、子供たちの期待は否が応にも高まっていく。


 村の者なら誰もが知っていた。祭りの時期以外に、外に出してはいけないと。その理由を知らずとも、昔からの言い伝えなら、何か理由があるのだろうと、祭り以外で外に出したりはしなかった。



 ある年の祭りのあと、厳重にしまわれたその入れ物を、盗もうと考えた者がいた。その者は、田舎暮らしに憧れたらしい家族で、都会から移り来て村に馴染めずに、村への仕返しをかねた嫌がらせのつもりだった。


「あの入れ物は、見た目も美しいから、良い値で売れることだろう。こんな田舎に有っては勿体無い」

「そうよね。せっかく私たちが都会から越してきてやったのに、野菜のひとつも寄越さないなんてあり得ない。売るほどたくさんあるくせに」


 都会から越してきた、もとい、何かやらかして逃げてきたこの家族は、他人の畑から勝手に野菜を持ち帰ったり、荒らしたり、色々な家から出禁をくらい、村人たちから避けられていた。


 全ての良くない物事は、他人が悪いと思い込む他責思考で、質が悪い。準備や片付けは一切手伝わないのに、打ち上げや振る舞いにだけは参加する。そして食い尽くす。


 この家族、(なずみ)一家は、夫の沼夫(ぬまお)、妻の棒女(はるめ)、息子の舟行(しゅうこう)という。妻の名前に至っては、出生届けの時に親が漢字を間違えた。この字は「(ぼう)」で「はる」とは読まない。本当は「榛女(はるめ)」とつけたかったらしい。その為、普段は名前を仮名で表記している。


「ねえ、いつにする?」

「まだ片付けで出入りしてるやつらがいるから、もう少ししてからが良いだろうな」

「それもそうね」


 神社の宝物庫のような蔵に、祭りに使う祭具はしまわれる。舞に使用された舞台の飾りもしまうため、舞台の解体が終わっていないうちは、人が出入りしているのだ。


「パパ、ママ、いつになったら飲めるの?」

「もうすぐよ」

「俺も一度飲んでみたかったんだよ」

「私も飲んでみたいわよ。舞を覚えないと飲めないなんて、ケチ臭いこと言って、本当にムカつくわよね」


 そんなに難しくない舞を覚えれば良いだけなのに、何がそんなに面倒なのだろう。


「片付けに混ざって、盗んでくれば良いじゃん」

「そうだな。手伝うふりして、場所を確認しとくか」


 翌日から、片付けを手伝う振りをして、入れ物の場所を確認した。手伝う姿を見て、心を入れ替えたのかと、村の人たちは、少しだけ見直したのだった。


「どこにしまってあるのか、全く分からなかった」

「え、そんなに奥深くにしまわれてるの?」

「どうしたら聞き出せるか、考えてくれよ」


 夫婦で考えてみたが、何も思い付かない。


「ママも手伝えば良いじゃん」

「仕方ないわね。私も手伝うふりして探すわよ」

「僕は、学校で聞いてみるよ」


 翌日から、棒女(はるめ)も村の祭事に関わることを手伝うようになり、すっかり回りから見直されたのだった。


 日に1時間くらい片付け、15分くらいお茶をして解散する。皆、農作業の合間に参加するので、お昼ごはんを食べたあとに少しずつ進めているのだ。


(なずみ)さん、お茶にするよ」


 片付けの最終日、棒女(はるめ)はお茶に誘われた。これまでは、何も持参してこない棒女(はるめ)はお茶に誘って貰えず、勝手に参加しては嫌がられていた。がしかし、最後の日くらいはと、気を利かせてくれた人がいたのだ。


「皆さん、お疲れさまでした。今年の祭りも、無事やりとげ、花飾りや舞の衣装も、正しくしまうことが出来ました。これからは、来年の祭りを楽しみに、頑張って行きましょう」

「おー」

「カンパーイ」


 普段なら、あれもこれもと飲み食いするが、酔ってしまっては話が聞けないので、お茶だけをすすり、控えめに食べていた。


「はるめさん、お酒召し上がらないの?」

「今日は、ちょっと」

「体調、悪いの?」

「そういうわけでもないけど」

「無理しないでね」

「ええ、まあ」


 親切な村人が、心配して尋ねてきた。棒女(はるめ)は適当にあしらい、どうしたら良いかと考えていた。


(なずみ)さんの奥さん、体調悪いんですって? 大丈夫? 何なら飲めそう?」


 祭りの実行委員長が、話を聞いて心配したらしい。


「舞の水なら、なんて、ははは」

「あー、あれ、美味しいわよね。でも、社殿奥の鳳凰の間に安置してしまったから、来年まで飲めないわね」


 なんと、こちらから聞かずとも、情報を得てしまった!


「そ、そうですよね。来年飲むことにします。ちょっと用を思い出したので、この辺で」


 棒女(はるめ)は、意気揚々と帰っていった。村人たちは、酒が入っていることもあり、棒女(はるめ)の不審な行動を、あまり気に止めていなかった。


「聞いてきたわよ!」

出来(でか)した! 良くやった! おまえは、素晴らしい!」

「本殿の、鳳凰の間にあるって、実行委員長が話していたわ」

「本殿にあるのか! そりゃ蔵にはないわけだ」


 今日で片付けが終わったので、もう蔵に出入りする人はいなくなるが、神社の本殿には神主がいるので、神主がいない日を狙おうと、夫婦で話し合った。


 変に疑われないように、棒女(はるめ)は、少しだけ愛想良くして過ごしていた。すると、立ち話や、井戸端会議に混ぜて貰えるようになり、神主のスケジュールも分かるようになった。


「上京した息子さんが入院したらしくて、明日、明後日は社殿に誰もいないそうよ」

「あら、なにがあったの?」

「盲腸ですって」

「なら、心配ないわね」


 これは、良い情報を聞いた!と、棒女(はるめ)北叟笑(ほくそえ)んだ。

 家に帰ると早速夫に話し、明日の深夜に決行することに決めた。


 昼間は、誰かが神社の境内にいることがあったか、日が暮れてくると、人っ子一人いなくなった。


「ちょっと不気味ね」

「誰もいないからな」

「居たら困るわよ」


 鳳凰の間がどこだかは分からなかったが、奥の方だろうと当たりをつけ、全ての部屋の戸を開けていった。


 スッと開けた障子戸の先に、麻縄に白い紙が垂れ下がる、注連縄(しめなわ)の結界の中に、それはあった。


「なにこれ? なんで回りに紐が有るの?」


 注連縄結界を知らないらしい。


「なんでも良いからさっさとずらかろうぜ」

「それもそうね」


 やはり、夜の神社は不気味なのだ。

 注連縄結界を破り、美しいそれを掴み取った。一瞬、声が聞こえた気がした。


「何か言った?」

「俺は何も言ってないぞ」

「そうよね」


 持ってきた袋に詰め込み、神社の本殿から逃げ出した。


 家に帰りつき、袋からそれを取りだし、水道水を入れてみた。コップに注ぎ飲んでみたが、あまり美味しくない。


「何これ、全然美味しくないじゃない」

「あ、たしか、井戸水を入れるって聞いたぞ?」


 ひっくり返して中身の水道水を全部出し、空にした。


「仕方ない。井戸水汲んでくるか」

「どこに井戸があるか知ってるの?」

「蔵の側に有るぞ」


 それを持ち出して人に見られても面倒なので、鍋を持って井戸水を汲みに行った。


 深夜の井戸は、それはそれは不気味で、跳ねる水音が耳元に迫ってくる。


「早く帰りましょう」

「そうだな」


 急いで帰り、汲んできたばかりの井戸水を注ぎ込んだ。少し待ち、コップに注ぎ飲んでみた。


「旨い! なんだこれ?」

「甘いような、旨味があるような、不思議な味!」


 本来は舞を舞う前に飲むが、この夫婦は舞いなんて知らない。当然、踊ったりはしなかった。なのに、ガブガブと飲み続けた。

 まるで酒をあおるように飲み続け、踊りも踊らずそのまま寝入ってしまった。


 翌朝、息子が起きてくると、キッチンに両親が倒れていたが、様子がおかしい。


「ママ? パパ? どうしたの?」


 倒れている両親を揺すって起こそうとして気がついた。

 足がおかしい。父親はズボンなのでパッと見では気がつかなかったが、スカートを穿いている母親の足が、細くごつごつしていて、まるで鳥の足のようなのだ。良く見たら、父親の足も同じように鳥の足なのだ。


「ギャー!!! 化物! ママとパパを返せー!」


 息子が騒いだので、両親が目覚めた。


舟行(しゅうこう)、何を騒いでいるの?」

「クケー、クケケ、クコー、クケケー」


 母親は人の言葉を話したが、父親は人語を話せなくなっていた。


「あなた、どうしたの?」

「クコー、クケケー!」


 息子は泣きながら外に逃げていった。



(なずみ)さんの所のボウズ、どうしたんだい?」

「ママとパパが、ママとパパが」

「何かあったのか?」


 たまたま息子に出くわした村人が、隣人を呼んで、(なずみ)家に訪問した。


 そこは地獄絵図だった。

 手足が鳥で、顔だけ人の顔をした、(なずみ)沼夫(ぬまお)が、鳥のように鳴きわめき、足だけ鳥の(なずみ)棒女(はるめ)が、気が狂ったようにその夫を叩いていた。


 そして、傍らにそれが転がっている。


「おまえたち、それを盗んできたのか!?」

「あ、祭りの水差し!」


 村人が、水差しと呼んだ時だった。


「我は水差しなどではない」


 頭に響くような声が聞こえた。村人たちにも聞こえたのだ。


「今の声はなんだ!?」

「誰の声だ?」


 すると、水差しだと思っていたそれは、見たこともない不気味な鳥の姿になり、羽を広げて飛んでいってしまった。



 我々は今まで、いったい何を飲んでいたのだろう。

適量を飲んで、舞を舞ったり、踊りを踊っておけば、体に貯まらず手足は変化しなかったのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ