第一章 気化葬 其の二
八月二日 木曜日 久遠 駆流
長い距離を走ったからか、思いの外ぐっすり眠れた。
父の気化葬当日。家から最寄り駅まで歩きいて施設へ向かう。電車を三回乗り継ぎ、乗車時間は一時間と少し。
イヤフォンをして、平成歌謡を聴きながら晴天を貫く太陽光を浴びる。気鬱な心情とは裏腹に
車窓から雲一つない絶景を覗くと、施設に近付くに連れ、東京湾の方角にブルー東京の景色が広がる。
多くの人が憧れる、一度は住んでみたい街ナンバーワン。資産家、大企業の経営者、著名人、選ばれた人間のみが居住する高所得者エリア。地上から何十メートルもの高さに洒落た円型住居が等間隔に聳え立ち、周囲に広がる緑が大都会のオアシスを形成する。あの住まいの主はロボットの執事を従え、何不自由のない生活をしているらしい。僕には一生縁のないおとぎ話だ。
― ホワイト東京 第八地区 ホワイト東京 第八地区 ―
慌ただしい駅の構内。多くの体温が摩擦を起こし、夏を更に暑くする。
悲壮感はない。すれ違う多くの人間の方が、辛そうな顔をしている。ここは旧千代田区で実家から近く、料理が苦手な母に連れられてデパ地下のお惣菜を買いにきたことがある。しかし今ではそのデパートは廃業し、中国資本の企業ビルに変わったらしい。
地図アプリを頼りに、僅か五分足らずで施設に到着。葬儀場は郊外や山中にあるイメージが瞬時に崩れ去り、白く巨大な建築物を前に畏まる。
(KIKKA)と黒く名が刻まれ、近代美術館のような出で立ちながら、シンプルな作りに殺伐さを感じてしまう。
「オキャクサマノ トウロクバンゴウヲ ニュウリョクシテクダサイ」
大きな(K)のモニュメントの前に、僕より背の高いロボットが現れる。
予約時と同様に登録番号とシンプルコースのボタンを押すと、あと七分三十二秒で父を乗せた車が到着し、分かれた三つの扉の内、左手に進むよう画面指示を受ける。
「クオンタケトサマデオモウシコミノ クオンカケルサマデゴザイマスカ?」
扉の前にいた小型ロボに「はい。」と答えると、ロボは「ツイテキテクダサイ」と誘導する。
最安値コースといっても入口は想像以上に綺麗で、要塞のように頑丈で分厚い自動扉を潜る。そしてお決まりの消毒シャワーを浴びる。
「なんて静けさだ…」
黒服を着た多くの参列者は言葉を交わすことなく、その者達の足音とロボットの稼働音だけがフロアーに響き渡る。気を紛らわすクラシックのBGMはなく、絵画の展示物、観葉植物も置かれていない。まるで自分が死後の世界に案内されているみたいだ。
「オツカレサマデゴザイマス トウチャクイタシマシタ」
正面にガラスのようなものに囲まれた、壁一面真っ白で正方形の部屋がある。
右上には(simple24)と字が書かれ、中央に大きな荷台がある。そして上部にはレンズが付いた銃のような機械が四方に設置されている。
ここで一体何が起きるのか、視界が落ち着かない。
「コジンサマ、ゴトウチャクデゴザイマス」
ロボの向きに合わせて後方を見ると、ガラスの窓越しに黒い車が到着し、自動で後部扉が開いた。そして機械のサーカスが始まり、施設の荷台が車に近付いて、器用に遺体を載せた荷台とドッキングし遺体を移し替えた。
父の遺体が扉を通過し、淡々とこちらへ向かってくる。
気にならなかったクーラーの冷風が、恐怖を乗せて背筋を刺激する。
裸だった父は白い着物を着て、真っ青だった顔は白く化粧されている。
両親が揃って自殺することが情けなく、独りで立ち会って良かったとさえ思う。そして葬儀の簡素化に感謝の意を示したい。
― ポン ピン ポン パーン ―
ロボの眼部が青く発光し、180の数字が表示された。
「オワカレノジカンハ サンプンデス」
躊躇することなくタイマーが作動する。
三分って昔のカップラーメンじゃあるまいし。因みに今は一分で食べられるものがある。
―150-
逆に、高級料亭シリーズのカニ鍋風うどんは六分かかるけど、メチャクチャ美味い。
―120-
昔は短距離だって早かったんだ。中学の時だけど、八百メートルで二分切りを目指していた。あの頃が僕の人生のピークで、ラブレターを何通も貰ったな。恥ずかしくて誰とも付き合うことは無かったけど、こんな侘びしい人生を送るなら、密かに両想いだったあの子と付き合っておけば良かった。
―60-
早く終わってくれ。昨日走り過ぎたから眠いんだ。早く家に帰って、保科に借りた最新のVRゴーグルでエッチな動画を見たいんだ。同居人のキムから特売品の角煮炒飯を仕入れたとメールも来てる。久しぶりの贅沢飯を堪能させてくれ。
これでいい。気を紛らわしたまま、終わってくれ。
「ジカンデス」
父を載せた荷台が正方形の部屋に入ると、室内の荷台へと遺体を押し込んだ。
飛行機の離陸時のような機械音が強みを帯び、透明だった窓ガラスが曇っていく。
「オワカレデゴザイマス キカ ジッコウイタシマス」
抑揚のないロボのアナウンスのあとに、銃のような機械から四筋の閃光が放たれ、父の身体を貫いた。
そして一瞬にして父は消え去った。
「キカ シュウリョウイタシマシタ ショウメイショヲ ウケトッテ オカエリクダサイ」
昔に流行っていたプリクラかよと、小口から(気化証明書)を受取る。
終わった?父の葬式が。
だって遺体がないのだから、終わったんだよな。
― 父さんの会社には武道に長けた優秀な警備員を厳選している。困った人々のもとに駆け付けて安心を届ける。機械に負けない警備を日本中に提供していくんだ。 ―
「父さん、見たか?機械技術の進歩って凄まじいよな。こんなに効率よく遺体を処理できてしまうんだ。最高じゃないか、我が家にぴったりだよ!」
「駆流、良く頑張ったな。マラソン大会、六年連続一位なんて、さすがパパとママの子だ。」
「一度も見に来てくれなかったじゃないか。結果でしか物事を捉えられない。だからテクノロジーに惨敗したんだよ。母さんは死んだんだよ!」
僕は透明に戻ったガラスと白い部屋に、自然と罵声を飛ばしていた。
ロボのアラームによって駆け付けた人間のスタッフに宥められるまで、反射的に、衝動的に、一種の獣のように吠え続けていた。