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1-1 大阪の外におる人も応募できますからね


     × × ×     


 こんにちは。私は北トルカ村のコミリです。ちょっとだけ魔法が使えます。今はまだ修行中の身ですが、いずれ叔母のような一人前の魔法使いになりたいです。

 そんな私にはもう一つ、夢があります。村のみんなには内緒ですよ。実は私、テレビドラマに出てみたいのです。


 去年のカナ祭りで手に入れた本が全ての始まりでした。あっ。えっと。カナ祭りは皆さんの言葉だと古本市に近いです。

 私が落穂おちぼと交換してもらった本には『異世界受像法』という非公認魔法が記されていました。非公認魔法。ちょっぴり危険な臭いがしますよね。私は怖くなり、叔母に術式再現を手伝ってもらうことにしました。


 するとビックリ。おうちの窓に異世界の光景が映し出されたのです。窓の向こうでは短耳族の男女が聞き慣れない言葉を話していました。背景の川辺には無数の灯がともされ、彼らを見守っているかのようでした。涙ぐんだ少女が、可哀そうなことに若者から三行半みくだりはんを叩きつけられていました。

 やがて老人の甘い歌声が流れ始めると、見たことのない文字が右から左に流れてきました。もうわけがわかりません。

 私はあっけに取られてしまいました。


「これが大阪人オオサカじんなのかい」


 叔母もビックリしていました。


 大阪オオサカ──偉大なる准賢者じゅんけんじゃガラチナ様が『誰も見たことがない壮大な魔法』の実演として、賢者試験の演習場に召喚した異世界都市です。

 叔母の話では、近づいたら地元の守衛に追い返されてしまうそうですが、一部の魔法使いは負けじと『異世界受像法』で内部の様子を覗いていたのでした。


 それからというもの。私はすっかりテレビのとりこになってしまいました。

 中でもテレビドラマには心を盗まれたと言いますか。昔話で言うところの「テベリ師のオオモン」ですね。あっ。伝わりませんよね。ごめんなさい。オオモンは日本語だと『自撮り』が近いかもしれません。


 とにかく私はドラマが大好きになりました。面白くて、悲しくて、楽しくて、嬉しくて、切なくて、やりきれなくて。

 何より。出てくる人たちがみんなキラキラしてて。

 私もああいうふうにテレビに出てみたい、素敵な女の子の役を演じてみたいなぁって。自然と思うようになったのです。


「あ……え……い……う……」


 私は修行の合間に皆さんの言葉を学ぶようになりました。

 叔母の伝手つてで『はじめてのにほんご』という美しい本をいただき、一枚一枚丁寧にめくらせてもらいました。叔母には「ありがとう」と日本語で伝えました。


 読む。書く。聞く。話す。

 基本を繰り返すのは魔法の修行と変わりません。半年も経たないうちに──あっ。こっちの半年はそちらでいう2年でしたっけ。えへへ。今後はなるべく日本の暦に合わせますね。ともあれ。私はテレビの言葉をかなり理解できるようになりました。

 ドラマ以外のニュースやバラエティ番組も楽しめるようになり、私のテレビライフはどんどん充実していきました。


 同時に。私の中には焦りがつのっていきます。

 なぜなら。

 あと2年後には、大阪が元の世界に帰ってしまうからです。


 准賢者ガラチナ様が魔法連合に誓いを立てたのは『旧巡暦きゅうじゅんれき1周分の都市召喚』。

 皆さんの暦で言うところの10年間限定の都市召喚でした。これは私のような魔法使い見習いにとっては天地創造に等しい偉業なのですが、テレビドラマの女優志望者としては心苦しいタイムリミットに他なりません。


 あと2年。あと2年で何もかも幻のように消えてしまいます。

 早く大阪に行きたい。テレビ局に行ってみたい。でも。師匠おばの言いつけを破るわけにはいきません。私は半人前の見習いなのです。幼い頃に何度も頼み込んで弟子にしてもらえたのです。

 それなのに。今はテレビドラマに出演したいなんて。魔法の修行を後回しにしたいなんて。言えるわけがありませんでした。


 ある時、私は気分転換にテレビをけました。窓ガラスに刻まれた想定術式が信号を受け取り、芸人さんたちの楽しい会話をおうちの中に届けてくれます。夕方のワイドショーです。

 今日の司会は漫才師が務めていました。おそろいの青い背広が似合っています。


『──企画中の新作ドラマ、ついに出演者のオーディションが始まるわけですが。視聴者の皆さんからスターが誕生するかもしれません』

『ぜひぜひ、こぞって。ご応募ください』

『大阪の外におる人も応募できますからね』

『いや、外の人らがテレビ観てるわけないやろ!』


「あわああああああっ!?」


 私は叫びました。

 全身に火が付いたような気分でした。


 善は急げです。タンスからお祭り用のオシャレなモンコジャラ、ええとチュニックに近いドレスをいくつか取り出しまして。姿見の前で自分に似合いそうなものを選びます。持ち主の叔母には内緒です。白地の刺繍入りが良さそうですね。

 衣服が決まれば、胸元に見習いの記章を火貼バチして。あとは大阪の皆さんのマネになっちゃいますが、手作りの「犬耳付きカチューシャ」を頭に被ります。うん。私の丸っこい顔にも似合ってます。きっと可愛いです。


 さあ、いざ行かんや。


 叔母宛の手紙を残し、私は密かにおうちを出ます。夕焼けに彩られた地平線の彼方、天空へそびえたつ巨大な塔が並んでいました。

 あそこにテレビがあるのです。


新連載です。不定期でやっていきます。中編小説の予定です。

プロットは完成済みですから私がおふざけでフラフラしなければ、順序良く終わると思います。

ロードムービーっぽいハッピーな作品ですので、ぜひぜひよろしくお願い致します。

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