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3-3 鬼の統制局長や


     × × ×     


 結果から申し上げますと。

 天音さんたちの寸劇は大成功を収めました。女子高生の衣装に袖を通した天音さんは薄幸の被害者を演じられました。まるで本物の魔獣に襲われ、自衛隊の兵士により救出されたかのようでした。

 自衛隊側も人文字で魔獣を表現するなど、演出に工夫を凝らしていました。

 観客の皆さんから盛んに拍手を送られ、お見事という他ありません。


 一方、私なりに知恵を絞りました「魔法演出」は早々に頓挫してしまいました。

 私が東屋あずまやの陰からこっそり杖を伸ばしていたところを、突然近づいてきた男性に取り押さえられてしまったのです。


「なにしとんねん!」

感嘆詞ポイ!?」


 私は思わず魔力を流してしまいます。

 すると相手の男性はみるみるうちに女の子に変貌したではありませんか。

 これはこれはジングシュピールの河村かわむらさん。昨日以来の再会です。

 私は地面に倒れた彼女・・を介抱させてもらいます。故郷の村に居た時から私の太ももは枕にピッタリだと評判でした。

 河村さんはすぐに目を覚まします。


「おはようございます」 

「おう……元に戻してくれ。今の寸劇が終わったらオレらの出番やねん」

「ジングシュピールの漫才が見られるのですか!? 私、コウモリの耳を引きちぎるネタが見たいです!」

「また見せたるから戻してくれ。あと人前で魔法使うな言うたやろ。陸自に見つかったらどないすんねん」

「逃げます」


 私は昨日同様に術式逆進魔法スクメイガッモハイを河村さんに施します。もったいない気がしますが、女の子の姿では相方さんにビックリされちゃいますからね。仕方ないです。

 すっかり元のおじさんに戻った河村さんは、ズボンのベルトを締め直します。


「はあ。コミリなあ。一応言うとくわ。自衛隊も警察も大阪統制局も、異世界人エルフは見つけ次第追い出すうとるけどな。実際のところ、自分らの役に立つエルフは手元に残したいはずやねん」

「ノコシタイハズヤネン?」

「考えてみいや。今、大阪はタバコも足らんくらいの日用品不足やろ」


 河村さんはポケットからタバコ入りの小箱を出します。紫色です。駐屯地内はタバコ禁止と柱に描かれていますから、点火器で火をつけることは出来ません。

 存在しない煙を吹き飛ばすように、東屋の中を爽やかな風が吹き抜けます。春草の匂いが心地良いです。


「600万人が生きていくにはものすごい本数のタバコ、まあタバコだけやないが、要るもんがあるわけや。せやから統制局の官僚が必要なもんを数出かずだして、お前らのボスに複製依頼の申請出しとるわけやが、供給が全然追いついとらん」


 河村さんは小箱をポケットに戻し、駐屯地の出入口に目を向けます。

 ちょうどガラチナ様の土人形が正門をくぐり抜けていました。

 土人形が持ってきた袋には金属製の尖った装飾品がたくさん入っています。受取人の自衛隊が安堵の表情を浮かべていました。大阪ではアクセサリーも不足しているようです。


「ああいう物騒なモンも、酒もタバコも足らんねん」

「私が複製しましょう」

「そう。そういうことや。当局はお前みたいなエルフを囲い込みたい。自衛隊も同じやろ。さっき飛んどった陸自の輸送ヘリの部品かて、大阪では調達でけへんはずや。持続可能性を考えて、みんなコミリを欲しがっとる。お前は今モテモテやねん」

「モテモテ……モテモテという日本語は『異性が入れ食いになる』という意味だったはずですが、河村さんの使い方は合っていますか?」

「日本語の比喩表現や」

「そうでしたか。てっきり私たちの言葉で餓死寸前モテンモテンと仰ったのかと思いました」

「ようわからんけどな、とにかくアレや。見つかったら捕まるさかい、お前は人前で魔法を使こたらアカン。絶対やぞ」


 河村さんから念押しされちゃいました。

 私なりに特技まほうをテレビドラマに活かせる方法を探りたいのですが。仕方ないですね。私は杖を袖口に戻します。


 杖を持たない時の私は無力です。ただの小娘に過ぎません。それも招かれざる異邦人です。


 駐屯地中央の石舞台では寸劇の出演陣が拍手を浴びていました。ヒロインの天音さんが手振りで応えています。羨ましいです。

 続いて河村さんがマイクの前に立ち、相方にツッコミを入れます。聴衆の笑い声がお二人の漫才を加熱させます。羨ましいです。


 私も早くあそこに立ってみたい。

 そのために必要なのは、天音さんのような演技力と、美しさと、そして何より足元の──ああ。感嘆詞ポイ


 私は妙案を思いつきました。ヒントは河村さんのお説教の中にありました。


 私の故郷・北トルカ村では村同士の械闘ゾンズゥにおいて捕虜を得た場合、捕虜を殺すことは避け、代わりに味方の死者数に応じた数の指を切り落とす風習があります。しかし私の両手はまだ血で汚れていません。

 今なら間に合います。


 ジングシュピールの漫才が終わり、舞台上では自衛隊の騎士階級・佐々木三等陸佐がマイクを持っています。

 私は彼の前に立つことにしました。


「いやはや。さすがはジングシュピールのおふたり。抜群の漫才でしたねえ。長尺のネタはテレビでは早々見られませんから、大ファンの自分としても新鮮な気分でした。さて。お次の演目は第728音楽隊による特別演奏──」

「失礼します」


 私は彼の前に立ちます。

 あらかじめ石舞台周辺の兵士たちには偽去術ササパァをかけておきましたから、私の登壇を止められる者など居ません。


 舞台上から眺める景色は私の中に特別な高揚感をもたらします。数多の大阪人がみんな私のことを見ています。きっと駐屯地祭の演目だと勘違いされていますね。

 佐々木さんも「どこの部隊の企画?」と他の自衛隊騎士に確認を取られていました。


 私は息を吸い、日本式の挨拶をさせていただきます。


「こんにちは。私は北トルカ村のコミリです」

「君はさっき劇団の人と一緒に居た……」

「魔法使いをやっています」


 私は袖口から杖を取り出します。先ほど河村さんに禁じられたことをあえてやろうというわけです。

 私ったら、まるで悪者ですね。

 まずは佐々木さんが腰に下げていた金属射出器を2丁にして差し上げました。お近づきの印です。


 私はずっと被っていたフードを外します。

 一気に会場内の空気が変わりました。ざわついています。

 佐々木さんの目も狩人のものに変わります。


「その長い耳は……もしや、昨日堺方面の検問所を抜けてきた未確認エルフだな」

「北トルカ村のコミリです」

「……日本語が通じるなら、お前の目的を言ってくれたまえ。今ここには一般市民が多くいる。荒事は避けたい」

「私を自衛隊に入れてください」

「おや? 自衛隊の活動にご興味が……じゃなかった。申し訳ないが日本国籍を待たないエルフには入隊資格がない。お引き取り願おう」

「でも私なら皆さんの武器を複製できちゃいますよ?」

「むむううう」


 佐々木さんは腕を組みます。悩んでいるみたいです。きっと相談相手が欲しくなったのでしょう。ポケットからスマホを取り出していました。


 舞台袖では天音さんが心配そうにこちらを見つめ、河村さんが頭を抱えていらっしゃいます。私は何だか申し訳ない気持ちになります。

 周辺の自衛隊の兵士たちは私の姿を捉えられず、変な形のメガネを付けたり、しきりに首を捻ったりしていました。

 おっと。こちらに向けられた大型の金属射出器は全て泥化術で溶かしておきますね。あれは危ないです。


「お待ちなさい!」


 観衆の喧騒を切り裂くように女性の甲高い声が聞こえてきます。

 少数の側近を率い、舞台に上がってきたのは背広姿の中年女性でした。

 お客さんたちが「鬼の統制局長や」「なに駐屯地祭で遊んどんねん」「はよワシにキャベツ配れや」とヒソヒソ話をしています。

 どうやら河村さんが時折仰っていた役所の偉い人みたいです。

 女性らしい佇まいの中に隠しきれない気の強さを感じます。ドラマによく出てくる上司役っぽいです。


「わたしは大阪統制局の赤根あかねといいます。あなたを統制局の嘱託職員としてスカウトさせてください」

「待ってください赤根局長。今、自分も旅団長の裁可を仰いでいるところで」

「佐々木三佐はお黙りなさい。ロクに魔獣も撃退できない『なにわ旅団』に魔法使いなど不釣り合いです」

「だから戦力としても魔法使いが欲しかったわけですよ。あなた方、統制局はすでに2人くらい抱えていると聞いてますよ」

「あらあら。自衛官が陰謀論を唱えるなんて世も末だわ。あの魔法使いはわたしたちが預かります」

「待ちなはれ!」


 ここで第三の男が現れました。多くのお巡りさんを引き連れ、とても偉そうなお巡りさんが近づいてきます。

 お客さんたちは「大阪府警まで来るんか」「あそこに府警の本部あるからなあ」と困惑気味です。

 お巡りさんもまた私のことを囲い込みたいようでした。


 私は困ってしまいます。どうしましょう。本当にモテモテになっちゃいました。


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