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ミステリショートショートシリーズ

オールドローズとアクアマリン

掲載日:2025/02/21

  

「ヘンリエッタ」、「ウィルバート」、「ダンカン」。

三軒とも店だ。

それぞれコーヒーショップ、紅茶の茶葉専門店、あるいは店内飲食スペースも完備。

それと、バーだ。


「ダンカン」という店に掲げられているのは、トロッコの看板。

他のオールドローズの外観とはまるで違う、一角に。


「ヘンリエッタ」と「ウィルバート」が、シオナとプラムの向かって右側に。

トロッコの看板は大きいから、向かって左側の「ダンカン」は、特にシオナの眼には目立って見えた。

バーは夜の開店。


一方でその他の二店は開店中。

まるでパーティーのあとのように散らかった通りと。

オールドローズ、ではなく、色はアクアマリンだ。


散らかった食べカスに、プラムが鼻をこすりつけている。


バーの方が気になったが、夜のどこかで。

プラムの散歩じゃない候補の日に、来るしかない。

ようやく、散歩コースを変えたところなのである。


シオナとプラムが、この「オールドローズ」の色が目印の街に越してきて、数か月。

それまでは街のメインカラーである、オールドローズの外壁が目立つ通りしか、散歩コースにしていなかった。


たまたまコースを変えようと思ったのは。

シオナがふいに、中華料理店が周辺にないと、気が付いたからであり。


前の「シックスティーン」では、何故か仕事内容と全く関係がない。

ルーロー飯の賄いが出てきて。

今の勤め先の「シックスティーン」では、それがない。

中華の味が、欲しかった。







「中華料理店、ですか」


と、ヘンリエッタの主人。

主人は女性で、従業員は数人程度。

異国の地のコーヒー豆と。

インスタントコーヒーばかり、瓶に詰まって棚へ並んでいる店内。


「そういえば、あんまりないわねえ」


「そうですか……。アクアマリンの通り以外には、あります?」


「アクアマリン?」


「ああ、ええっと。この街、色。派手じゃないですか? 主な色はオールドローズ、この一角だけ。青いっていうか」


とシオナが言うと、店主は笑い出した。


「アクアマリンか。確かに色的にはそうね。全然、〖勇敢〗っぽい印象はないけれど」


「勇敢」


と言って、シオナは眼をぱちくり。


「あたし好きなんですよ、アクアマリン」


主人が言って見せてきたのは、指輪だった。

確かに、アクアマリンだ。

小さい宝石の粒。

薬指ではないものの。


「そ、それ。うちの店のじゃないですかね」


「あら。シックスティーンの店員さんなの?」


「そうなんです」


話が盛り上がる。


「ヘンリエッタ」の店の前に立っているプラムの木の近くに、パグ犬のプラムを繋いできたから、それも話題になった。


店主。

直毛のストレートヘアが若干、青味がかって見える。

肩くらいまでで切りそろえた、艶のある髪。

眼がぱっちりしていて、とても美人だ。

鼻も高い。


「どの辺り普段、身体疲れています?」


とシオナが尋ねる。


「結構行くのは、パワーストーンのほうだけかなあ。整体? のほうは、今度行ってみるね」


プラムが騒ぎ出したので、シオナはブラジル産の豆の瓶を買って、その日は。

店を出た。







プラムはその、「アクアマリン」の通りの匂いを。

良くも悪くも、憶えてしまった。

というか彼の頭から離れないのか、散歩コースはそこで安定するようになってきた。

いつ行っても、通りは綺麗、とは程遠い。


ついでに。

プラムは「ヘンリエッタ」の店の匂いも憶えてしまった、かもしれない。

自然、シオナの脚は夜のバー「ダンカン」へ向いていて。


「お店の位置、どのへんなの?」


とダンカンの主人。

この人も、女性である。


暗い店内だが、主人の顔が美人だというのは、シオナにも分かった。

はっきりした低めの声は、どことなく「ヘンリエッタ」の主人に似ている。

というより、そっくりである。


「えーと、オールドローズの通りの……」


「色のことはいいからさ。何丁目とか。別に通りの名前が色だらけってわけじゃあ、ないんですから」


「私、越してきたの最近なんですよ」


「どのくらい経った?」


「半年くらいかな」


「まあ、人によって〖最近〗の度合も違うよねえ。はい。ジン、一杯目」


グラスは、店内の点々とした光を反射している。

酒が得意なわけではないが、場の雰囲気に押されて。

シオナは呑んだ。







果たして。

中華料理店は周辺に見つからず。

トロッコの看板が目印の「ダンカン」、シオナはそこでハイボールの瓶を買った。

プラムは、それにも飛びついた。


コーヒー、ハイボール。

アクアマリンの通りかあ……。

と、シオナは思う。







「同じ名前の人が、来たんだよねえ。指名で。二人とも、よく顔が似ていてさ」


と、店長のアズマ。


「ダンカン」へシオナが脚を向けてから、三日経っている。

シオナは前日、休みだった。

その休みの日も、シオナはまた「アクアマリン」の通りに、プラムと一緒に。

今度は、「ウィルバート」へ寄った。


紅茶の茶葉専門店。

相変わらず、通りは散らかったまま。

同じように散らかったままだった。何日過ぎても。


「へえ~。なんていう名前だったんです?」


とシオナ。


一方。

今回は指名が入っていなかったため、マッサージのほうは他の指名された従業員へ任せて。

アズマとシオナは、ストーン店側で店番をしている。


マッサージの店兼、パワーストーン店併設。

それが「シックスティーン」という店で。

石の効能を信じる顧客にとっては、マッサージの効果にプラスという意味で、「バズ」。


「クラリスっていう名前でさ。苗字も同じで」


とアズマ。


シオナ。


「偶然にしては、ですねえ」


「双子で同じ名前とか、ないよな」


「それは、絶対にない」


休みの日、シオナは「ウィルバート」の店の前の、すずかけの木。

その近くにプラムを繋いで、店内に入った。


女性の店主。

シオナは驚いた。

髪の長さも目鼻立ちも、「ヘンリエッタ」の主人とそっくりだったので。


違いは、店内の香りと雰囲気くらい、だろうか。

「ウィルバート」の店主は、赤いエプロンをしている。


「あの、姉妹さんとか。ですか?」


と、シオナは思わず尋ねていた。


「いえ、違うのよ。ちょっとした、実験みたいなところがあるの。ここで店を出しているのもね」


微笑んでそう言った声も、同じ。

少し低めの、美しい響き。


と、シオナが思い出している所へ。

客が来る。


「アクアマリンを……」


と言って、シオナたちの方へやって来た客の顔を見て。

アズマ。


「クラリスさん?」


それには答えず。

客の方も、シオナへ向けて。


「あら、昨日のお客さん」







紅茶の茶葉店「ウィルバート」へ行ってからというものの、プラムの様子がおかしい。

三つの店で購入した品物全てに飛びついては、唸る。

ぐるぐる回り出す。


「ヘンリエッタ」の店主と、「ウィルバート」の店主が。

仮にクラリスという名前だったとして。

「ダンカン」の店主でもいい。


アズマの話では、クラリスは現時点で二人目撃されている。

加えて、シオナが最初に行った「ヘンリエッタ」の店主は、アクアマリンを付けていた。

購入先は「シックスティーン」。

シオナたちの店。







「じゃあ、姉妹さんではない、と。でも、そっくりな気がします」


と言ったシオナの言葉を、笑って受け流した「ウィルバート」の店主。

あるいはクラリス。か?


店内の匂い。香りは、シオナにとってはまるで違って感じられる。

しかし、犬の方が匂いに関しては正確だ。

プラムの様子の、おかしさから見て。







もう一回。

シオナは「ダンカン」へ行った。

同じジンを注文し、中華料理店の話をする。

今度は、店主に名前を尋ねる。


「どうして、名前なんか?」


と店主。


暗い中で微笑んでいるのが分かるが、やはりよく見えない。


「うちの店に、クラリスさんって人が来たんです」


「ああ。そう。行ったかもしれないわね。それが何か? ああ、店の人にお礼言っておいてよ。パワーストーンの効能もよかったし、体の歪みが取れたから」


「そうじゃなくて」


とシオナ。


「顔……」


シオナはよく見ようとして店主の所へ、カウンターから手を引いて。

明かりの近くへ。


同じ顔。







三人。

姉妹でもなく、同じ名前で。

同じ顔。


プラムは吠えたてる。

アクアマリンの通りに向かって。


その日は、昼間。

通りに二人の人影。


「ダンカン」から出て来た人物。

そして「ヘンリエッタ」から出て来た人物。


同じ顔。

吠えられて驚いた顔も、髪の長さも。

同じ。


犬からすれば、同じ匂いの人間ということになる。







プラムはもう十六歳だ。

あまり、無理をさせられる年齢じゃない。

シオナが八歳のときから、一緒のパグ犬。


実験とは、何か。

あの日は、通りの様子を掃除している様子の二人だったが。

通りの散らかりは、同じままだった。


シオナは詳細を知ることはないし、知る気もなかった。


決めたのは、散歩コースを変えること。

アクアマリンの通りには、二度と近づけない。

そのことで。


シオナは、三店から買った三品の中身を、急いて急いてカラにした。

   

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