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ミステリショートショートシリーズ

オールドローズとアクアマリン

  

「ヘンリエッタ」、「ウィルバート」、「ダンカン」。

三軒とも店だ。

それぞれコーヒーショップ、紅茶の茶葉専門店、あるいは店内飲食スペースも完備。

それと、バーだ。


「ダンカン」という店に掲げられているのは、トロッコの看板。

他のオールドローズの外観とはまるで違う、一角に。


「ヘンリエッタ」と「ウィルバート」が、シオナとプラムの向かって右側に。

トロッコの看板は大きいから、向かって左側の「ダンカン」は、特にシオナの眼には目立って見えた。

バーは夜の開店。


一方でその他の二店は開店中。

まるでパーティーのあとのように散らかった通りと。

オールドローズ、ではなく、色はアクアマリンだ。


散らかった食べカスに、プラムが鼻をこすりつけている。


バーの方が気になったが、夜のどこかで。

プラムの散歩じゃない候補の日に、来るしかない。

ようやく、散歩コースを変えたところなのである。


シオナとプラムが、この「オールドローズ」の色が目印の街に越してきて、数か月。

それまでは街のメインカラーである、オールドローズの外壁が目立つ通りしか、散歩コースにしていなかった。


たまたまコースを変えようと思ったのは。

シオナがふいに、中華料理店が周辺にないと、気が付いたからであり。


前の「シックスティーン」では、何故か仕事内容と全く関係がない。

ルーロー飯の賄いが出てきて。

今の勤め先の「シックスティーン」では、それがない。

中華の味が、欲しかった。







「中華料理店、ですか」


と、ヘンリエッタの主人。

主人は女性で、従業員は数人程度。

異国の地のコーヒー豆と。

インスタントコーヒーばかり、瓶に詰まって棚へ並んでいる店内。


「そういえば、あんまりないわねえ」


「そうですか……。アクアマリンの通り以外には、あります?」


「アクアマリン?」


「ああ、ええっと。この街、色。派手じゃないですか? 主な色はオールドローズ、この一角だけ。青いっていうか」


とシオナが言うと、店主は笑い出した。


「アクアマリンか。確かに色的にはそうね。全然、〖勇敢〗っぽい印象はないけれど」


「勇敢」


と言って、シオナは眼をぱちくり。


「あたし好きなんですよ、アクアマリン」


主人が言って見せてきたのは、指輪だった。

確かに、アクアマリンだ。

小さい宝石の粒。

薬指ではないものの。


「そ、それ。うちの店のじゃないですかね」


「あら。シックスティーンの店員さんなの?」


「そうなんです」


話が盛り上がる。


「ヘンリエッタ」の店の前に立っているプラムの木の近くに、パグ犬のプラムを繋いできたから、それも話題になった。


店主。

直毛のストレートヘアが若干、青味がかって見える。

肩くらいまでで切りそろえた、艶のある髪。

眼がぱっちりしていて、とても美人だ。

鼻も高い。


「どの辺り普段、身体疲れています?」


とシオナが尋ねる。


「結構行くのは、パワーストーンのほうだけかなあ。整体? のほうは、今度行ってみるね」


プラムが騒ぎ出したので、シオナはブラジル産の豆の瓶を買って、その日は。

店を出た。







プラムはその、「アクアマリン」の通りの匂いを。

良くも悪くも、憶えてしまった。

というか彼の頭から離れないのか、散歩コースはそこで安定するようになってきた。

いつ行っても、通りは綺麗、とは程遠い。


ついでに。

プラムは「ヘンリエッタ」の店の匂いも憶えてしまった、かもしれない。

自然、シオナの脚は夜のバー「ダンカン」へ向いていて。


「お店の位置、どのへんなの?」


とダンカンの主人。

この人も、女性である。


暗い店内だが、主人の顔が美人だというのは、シオナにも分かった。

はっきりした低めの声は、どことなく「ヘンリエッタ」の主人に似ている。

というより、そっくりである。


「えーと、オールドローズの通りの……」


「色のことはいいからさ。何丁目とか。別に通りの名前が色だらけってわけじゃあ、ないんですから」


「私、越してきたの最近なんですよ」


「どのくらい経った?」


「半年くらいかな」


「まあ、人によって〖最近〗の度合も違うよねえ。はい。ジン、一杯目」


グラスは、店内の点々とした光を反射している。

酒が得意なわけではないが、場の雰囲気に押されて。

シオナは呑んだ。







果たして。

中華料理店は周辺に見つからず。

トロッコの看板が目印の「ダンカン」、シオナはそこでハイボールの瓶を買った。

プラムは、それにも飛びついた。


コーヒー、ハイボール。

アクアマリンの通りかあ……。

と、シオナは思う。







「同じ名前の人が、来たんだよねえ。指名で。二人とも、よく顔が似ていてさ」


と、店長のアズマ。


「ダンカン」へシオナが脚を向けてから、三日経っている。

シオナは前日、休みだった。

その休みの日も、シオナはまた「アクアマリン」の通りに、プラムと一緒に。

今度は、「ウィルバート」へ寄った。


紅茶の茶葉専門店。

相変わらず、通りは散らかったまま。

同じように散らかったままだった。何日過ぎても。


「へえ~。なんていう名前だったんです?」


とシオナ。


一方。

今回は指名が入っていなかったため、マッサージのほうは他の指名された従業員へ任せて。

アズマとシオナは、ストーン店側で店番をしている。


マッサージの店兼、パワーストーン店併設。

それが「シックスティーン」という店で。

石の効能を信じる顧客にとっては、マッサージの効果にプラスという意味で、「バズ」。


「クラリスっていう名前でさ。苗字も同じで」


とアズマ。


シオナ。


「偶然にしては、ですねえ」


「双子で同じ名前とか、ないよな」


「それは、絶対にない」


休みの日、シオナは「ウィルバート」の店の前の、すずかけの木。

その近くにプラムを繋いで、店内に入った。


女性の店主。

シオナは驚いた。

髪の長さも目鼻立ちも、「ヘンリエッタ」の主人とそっくりだったので。


違いは、店内の香りと雰囲気くらい、だろうか。

「ウィルバート」の店主は、赤いエプロンをしている。


「あの、姉妹さんとか。ですか?」


と、シオナは思わず尋ねていた。


「いえ、違うのよ。ちょっとした、実験みたいなところがあるの。ここで店を出しているのもね」


微笑んでそう言った声も、同じ。

少し低めの、美しい響き。


と、シオナが思い出している所へ。

客が来る。


「アクアマリンを……」


と言って、シオナたちの方へやって来た客の顔を見て。

アズマ。


「クラリスさん?」


それには答えず。

客の方も、シオナへ向けて。


「あら、昨日のお客さん」







紅茶の茶葉店「ウィルバート」へ行ってからというものの、プラムの様子がおかしい。

三つの店で購入した品物全てに飛びついては、唸る。

ぐるぐる回り出す。


「ヘンリエッタ」の店主と、「ウィルバート」の店主が。

仮にクラリスという名前だったとして。

「ダンカン」の店主でもいい。


アズマの話では、クラリスは現時点で二人目撃されている。

加えて、シオナが最初に行った「ヘンリエッタ」の店主は、アクアマリンを付けていた。

購入先は「シックスティーン」。

シオナたちの店。







「じゃあ、姉妹さんではない、と。でも、そっくりな気がします」


と言ったシオナの言葉を、笑って受け流した「ウィルバート」の店主。

あるいはクラリス。か?


店内の匂い。香りは、シオナにとってはまるで違って感じられる。

しかし、犬の方が匂いに関しては正確だ。

プラムの様子の、おかしさから見て。







もう一回。

シオナは「ダンカン」へ行った。

同じジンを注文し、中華料理店の話をする。

今度は、店主に名前を尋ねる。


「どうして、名前なんか?」


と店主。


暗い中で微笑んでいるのが分かるが、やはりよく見えない。


「うちの店に、クラリスさんって人が来たんです」


「ああ。そう。行ったかもしれないわね。それが何か? ああ、店の人にお礼言っておいてよ。パワーストーンの効能もよかったし、体の歪みが取れたから」


「そうじゃなくて」


とシオナ。


「顔……」


シオナはよく見ようとして店主の所へ、カウンターから手を引いて。

明かりの近くへ。


同じ顔。







三人。

姉妹でもなく、同じ名前で。

同じ顔。


プラムは吠えたてる。

アクアマリンの通りに向かって。


その日は、昼間。

通りに二人の人影。


「ダンカン」から出て来た人物。

そして「ヘンリエッタ」から出て来た人物。


同じ顔。

吠えられて驚いた顔も、髪の長さも。

同じ。


犬からすれば、同じ匂いの人間ということになる。







プラムはもう十六歳だ。

あまり、無理をさせられる年齢じゃない。

シオナが八歳のときから、一緒のパグ犬。


実験とは、何か。

あの日は、通りの様子を掃除している様子の二人だったが。

通りの散らかりは、同じままだった。


シオナは詳細を知ることはないし、知る気もなかった。


決めたのは、散歩コースを変えること。

アクアマリンの通りには、二度と近づけない。

そのことで。


シオナは、三店から買った三品の中身を、急いて急いてカラにした。

   

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